愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose―   作:ノエルイド

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炎は幻想を掴む

「―――今日も手掛かりは得られず、か」

 

成果の掴めない一日の終わりに愚痴を吐くように呟く。

あれから約一ヶ月。幻想種の力を手にする―――そう決めてから色んなところを虱潰しに探し回ってはいるけど、一向に手掛かりすら得られていない。

 

「幻想種の情報なんてそう簡単に見つけられる筈がありません。こういう時は根気強く探し続ける事ですよ、シスターノエル」

「わかってるわよ。私も一応、まだまだ探すつもりではあるしね」

 

シエルも一緒になってくれているおかげで、教会の目を気にせずに行動できるのは好都合だ。

しかし探せど探せど成果なしの現状が続いていると理性とは別にどうしても焦燥感に駆られる。やり方をもう少し工夫すべきだろうか?

 

……そう言えば十四の石を探して見つけた時の経緯ってどうしていたっけ。

いや、確かあの時も今のように闇雲に行動したところから始まって、それで何処とも知れない死徒の根倉で偶然にも見つけたんだったわ。

つまりあの時の経験は参考にならない、か。だとすると結局シエルの言う通り、何か進展が出るまで根気強く粘り続けるしかないのね。

 

「……ところでノエル。わたしなりに考えてみましたが、まず幻想種というのは存在が神秘そのものです。それ故にそういった類の情報は魔術師や秘蹟会、ごく一部の魔術師上がりの死徒といった神秘に精通している連中が手にしている場合が殆どです。

しかし、想定されるパターンはもう一つあります。存在自体が神秘という事は人目に付かない場所―――例えば山奥や海の底、地図に載っていない小さな島といった自然の僻地に遺骸が眠っているという可能性も考えられますよ?」

 

シエルの言葉になるほどと頷く。この一ヶ月間も人目に付かないような場所で探索した事はあったものの、そんなところまで及んだ事はなかった。

つまり、これまでは単純に探している範囲が狭かったというわけだ。もっと広い視野で探さなくちゃ手掛かりを拾える可能性も大きくはならない、そういう事だろう。

けれど言われてみれば当たり前の事でもある。況して虱潰しに探しているなら尚更だ。思い返せば十四の石の時もそれなりに広く動いていた……気がする。

 

「なら明日からはそうしましょうか。勿論、魔術師や死徒を見つければ『聞き込み』して吐かせるだけ吐かせる事も試みていこうかしらね。

秘蹟会は……止めておいた方がいいわよね?」

「まあ、独断で幻想種の情報を手にする為に嗅ぎ回っている事を教会側に悟られたくなくば。そこはわたしからもオススメはしませんよ」

 

もっと早くそうしてれば良かったと思うけど、この女に言われるまで気づけなかった事は事実。歯痒くはあるけど、方針が決まったのならそれに沿ってさっさと動くべきだ。

 

それじゃあ次はそうしよう。これも復讐の為よ、ノエル。

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

―――そして、更にもう二ヶ月の時が過ぎた。

私たちは行動範囲を広めつつ、道行く中で遭遇した魔術師や死徒に“聞き込み”しながら手掛かりの入手に注力した。

 

それを続けていた結果―――

 

「ふ、ふふふふふ!ああ、やったわ!絶対に見つけてやるって前提で探してはいたけど、まさか本当に都合よく手掛かりが手に入るだなんて思わなかったわ!

ねえシエル、貴女もこれ凄い事だと思わないかしら!?」

「ちょっと、燥ぎすぎですよノエル。……と言いたいですが、確かに否定はできませんね。わたしもこんなに早く見つけられるなんて些か想定外です」

 

そう、見つけた。見つけたのだ、更なる力を手にする手段―――それも、幻想種の情報をピンポイントで!

思わず大人げなく気分が舞い上がる。まだ手掛かりを掴んだだけとはいえ、それでも普通は探しても手に入るモノじゃない幻想種に関する情報を見事に手にできたんだ。これを喜ばずにいられるだろうか。

 

ああ、これもまた努力を惜しまず妥協を許さずに生きている私への神さまのお導き。きっとそうに違いない。

ならばこのまま更に正確な情報を集め、そして幻想種の力を確実に掌握するところまで漕ぎ着けてやるわ!

 

「それで、肝心の手に入った情報は―――遺骸の在処について、ですね」

 

シエルの言葉に頷く。コイツの言ったように手にした手掛かりは幻想種の遺骸が眠っているとされる場所についての情報だ。

何でもその遺骸は、ある特定の海域の何処かに今も朽ちる事なく埋まっているという話だ。海域についての情報もある程度は掴んでいるし、より正確な範囲の特定はこれからしなくちゃいけない。

それよりも海の何処かにあるって事は、つまりその幻想種は海に生息する生き物だったのだろうか?

 

という事は、もしも上手く取り入れる事に成功すれば、発現する能力も海に関するもの―――例えば水を操れるようになるとか、そういう類になる可能性が高いかもしれない。

 

「海にある遺骸、か。ふふ、もしかしたらクラーケンとかリヴァイアサンかもしれないわね?」

「ゼロではないでしょうが、その可能性は流石にほぼあり得ないと思いますよ。というよりクラーケンに関しては今も海の底でひっそりと生きている、という通説があるぐらいですしね」

「え?生きてんの、そいつ??」

「まあ、わたしも実際にこの目で見たわけではないので断言はできませんが……北海の何処かに今もなお生き続けている巨大な古代種がいるとの噂は聞いた事があります。それがクラーケンである、なんて言われているだけです。

仮にそうなら、わたしたちが手掛かりとして探り当てたこの遺骸は少なくともクラーケンではありませんね。恐らくは別の幻想種でしょう」

「なるほど……じゃあ、クラーケンでなくともリヴァイアサンという可能性は無きにしも非ずってところなのね」

「その可能性も限りなく低いとは思いますけどね」

 

ま、確かにリヴァイアサンみたいな私でも知ってるような伝説の海獣が、そんなところに遺骸を残して眠っているなんて普通はあり得ないか。

でも、私としてはこの遺骸の正体が何であれ取り込まない手はない。何しろこうして手掛かりが掴めたんだから、このまま諦めずに探索を続けるべきだろう。

無論、普通の生き物がそうであるように幻想種にも種族ごとにおける格差はあるでしょう。一口に海にまつわる幻想種と言っても、私が知らないだけで数多くの種がいるだろうし、その大多数は規模(スケール)の低い連中ばかりかもしれない。

シエルの第七聖典の素体となってる千年クラスの聖獣に匹敵するような怪物なんてまず絶対に見つけられないし、そもそも私たちが目的としてるのは遺骸なんだから大したことない奴のそれである可能性が高い。

 

けど、別に私としてはそれでもいい。どんな形であれ幻想種の力さえ取り込めればそれでオッケーだ。遺骸の存在規模(ライフスケール)の如何に限らず、その力を私のものにさえできれば関係ない。

……寧ろあんまりにも規模(スケール)が大きいと、取り込んだ際に私の身が持たないかもしれない。

 

『力を得るという事は同時に何かしらの代償が付き物です。その代償によっては貴女は命を落とすかもしれませんし、更に強大な力を身に付けたいと望むのであれば、寧ろそれほど重い代償になる可能性が高いでしょう。

ノエル、それでも貴女は承知の上で探すというのですか?』

 

以前に言われたシエルの忠告を思い出す。復讐に殉じる覚悟とかとっくにできてはいるけど、だからって道半ばで死ぬのもそれこそ本末転倒だ。

しかし、だからと言ってここで今更日和るのは笑い話にもならない。私には自分の命以外に失うものなんて無いんだから、得られるものは代償(リスク)が伴おうとも積極的に取り込まなくちゃ強くなんてなれない。

 

「まあ、遺骸の正体が何であれここまで来たからには何としてでも特定するわよ。今のところこの手掛かり自体は信憑性の高いものだと分かったからね」

「ええ、そうしましょう。ただ、もし本当に手に入ったとしても、それがわたしたちの手に余るような代物であった場合は……そのまま触れる事なく放置する。これでいいですね?」

「ん、日本の言葉を用いるなら触らぬ神に祟りなしってヤツよね。いくら遺骸だっつっても幻想種のそれなら、そういう特級の危険物の可能性だってあるし」

 

できればそんな拍子抜けもいいとこな結末になるなんて絶対になってほしくないけど。ま、そうなるか否かも天運任せか。

 

兎にも角にもまずは場所を特定して見つけ出す。今しばらくはこれに集中しなきゃいけない。

 

もうすぐ―――もうすぐのところまで来ているんだから、絶対に諦めるもんか……!

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

―――あれから翌年を迎えて、更に二ヶ月が経過。

私たちは海域をある程度特定し、その範囲を根気強く探索する事に時間を費やした。

 

そして―――とうとう、それを手にする事ができた。

 

「………はは。凄いわね。全力で探そうとして行動したら案外見つかるもんなのね。それで―――今あなたが言ったのって本当なの、シエル?」

「……正直に言ってわたしも少し―――いえ、かなり驚いています。絶句している、とさえ言ってもいい。

それほど動揺させられるぐらい、“コレ”は………途轍もないモノです」

 

探索の末に、半年足らずで本当に遺骸を探り当てて手にしてしまった。これだけでも驚愕と歓喜に打ち震えている。けどシエルと一緒にこの遺骸について軽く調べたところ、手に入れたそれはそんな感情すら絶句で上書きしてくるモノだった。

 

まず、これは神獣の遺骸らしい。神獣というのは幻想種の中でも最高位の(ランク)に位置する怪物の中の怪物で、幻獣や魔獣なんて目じゃない規模(スケール)らしい。

この時点で色々とおかしいけど、念の為どんな神獣なのかも特定するべくシエルの方で調べてもらう事にした。ロアの膨大な知識を持っているこの子なら、そういうのにも調べが付くと思ったからだ。

そして、実際にこの遺骸の正体の神獣が何であるのかを突き止めてくれた。曰く、その神獣とは―――

 

「モビー・ディック―――またの名を『白鯨』。あまりにも巨大な体躯で多くの船を乗組員ごと海の藻屑にした伝説の海獣。それが、この遺骸の正体です」

 

その名前は私でも一応は知っていた。確か、小説の『白鯨』として有名な鯨の怪物だったかしら。作品自体は映画で映像化もされてはいるし、海にまつわる海獣としては世界的に名が知られている方だ。

でも、そんな創作上の怪物が、この遺骸の正体と?

 

「白鯨って、実在していたの?あれってあくまで創作の怪物な筈じゃあ……」

「いえ、それは一般世間における表向きの話です。白鯨自体はおよそ遥か昔から存在していた古代の幻想種であり、それは決して創作上の生き物などではありません。

そもそもの話、小説の『白鯨』は著者であるハーマン・メルヴィル氏が捕鯨作業に従事していた頃の実体験をモデルとして1851年に発表されたものです。

もし白鯨がそんな近代に創作された怪物だったとして、()()()()()()()()()()()()()存在が神獣の域に至ると思いますか?」

 

……確かに、そんな200年にも満たないような規模の怪物が神獣であるのかと言われればそれは強烈な違和感がある。

第一、ホントに創作上でしか存在していないなら物理的な遺骸がある事自体がおかしいし、シエルはこういう時に真っ赤な嘘を吐くほどふざけるような性格じゃない。

じゃあ、という事は……本当の本当にこれはモビー・ディックの遺骸だっていうの?

 

だとしたら―――これ以上の大当たりはない。私自身、モビー・ディックについてはほとんど知らないから神獣の中でどれくらい強いのかも分からないけど、少なくとも神獣ってだけで強大なのは間違いないでしょう。

無論、危険(リスク)も相応に大きいけど……それを加味して尚、上手く順応できた時のリターンの魅力が勝るわ。

 

「それで、今一度訪ねますが―――そのモビー・ディックの遺骸を、貴女はどうするつもりですか。ノエル?」

 

シエルが真剣な面持ちで訊いてくる。どうするのかって、そんなの当たり前でしょう。

 

「とりあえず、貴女の説明でこの遺骸が何なのかは理解できた。神獣モビー・ディックね。貴女の説明を聞くに、こんな掌に乗るようなサイズの遺骸の欠片でも、さぞ強大な力を内包しているのでしょう。

じゃあ、どうするもこうするも―――これを直接食べて取り込む方が一番手っ取り早いわよね?」

「な―――馬鹿なんじゃないですか!?例え遺骸の一部であったとしても、モビーディックほどの神獣となれば存在規模そのものが今の貴女よりもずっと強大なんですよ?直接的な経口摂取なんてハッキリ言って自殺行為です!」

 

ふん、貴女ならそう言って本気で私の身を心配して説得するわよね。だから何って話だけど。

馬鹿だと言われようが関係ない。半年近くもの時間をかけてやっとこうして手にできたんだ。もし耐え切れずに死んだのなら、私なんかその程度の存在だったって事実が残るだけ。

 

「は、要するに私の魂が許容量オーバーして耐えられなくなるって言いたいんでしょう?でもね、私のような雑魚はそういうデカいリスクのある選択を常に取り続けてないとアンタみたいなバケモノには追いつけっこないの!」

 

どうせ人としての私はとっくに死んでるんだ。だったら尚更、これを躊躇う理由なんてありゃしない。

 

今更ここまで来て、後悔なんてするか――――――!

 

「はむっ―――んぐ、うっ……!」

「あっ……」

 

シエルが止めるよりも早く、遺骸を喰らう。遺骸の味は決して上等なモノではなく、寧ろ微かな磯臭さに不快感を感じる。

しかしその程度なら我慢できるので噛み砕いて飲み下す。半ば化石化してる遺骸なんて人間のままだったらとても噛み砕けるものじゃなかっただろうけど、人外となって咬合力も強靭になっているおかげで問題ない。

 

そして……遂に取り込んだ。手に入れてやったわ、幻想種の―――それも最高位とされる神獣の力を!

 

ふふふふ、これでいいわ。あとは総耶に着くまでの時間の中でじっくりと遺骸と馴染んでいけば問、

 

 

「…………………あ?」

 

 

あ、れ。なんか、おかしい。急に、胸が痛くなって―――なっ、て―――。

 

 

「ぁ―――う、う"ぁぁぁ!!が―――ぁ、ぐぅううぅぅぅ………!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

 

いたい。いたい、いたいたいたいたいたいたい痛い痛い痛い痛いイタイタイタイタイタイ!!

む、むむ胸どころじゃなぃ。腕も、足も、腹も、顔も頭も内臓も心もいたいたいいだいいいだ、いあ、あああ、あああああアアアアアアアア―――――!!!!

 

「!! ああ、だから言ったじゃないですか!ノエル、ノエル……!!」

 

なに、ごれ。血管が、肉がちぎれそう。ぜんしんがら、ぎしむおどが響いでくる。砕げる?割れる?壊れる?

だめ、まとまらない。いたい、いたい。いたすぎてなにも考えられない。つぶれる。いたみにつぶされ、つぶされてねじれてひんまがっておぼれて、わたしがしんでしんでしんでしぬしぬしぬしぬしぬじぬじぬじぬじぬじぬああああああああああっあ、ああたま、アアアアアアアアあああああアアアアアアアア

 

 

「ノエル、ノエル、ノエル!!わたしが見えますか!?分かりますか!?しっかり、しっかりしてくださいっ!!」

 

 

―――、―――、――――――なにか、きこえる。でもそんなばあいじゃない。いたぐでなにもアアアアアアアアアアアアアアアアっああ、ああああ、き、き、?きこえ、きこぇない。きこえ、ないし、なにもこたえ、ガあああぁぁああ、あぎ、い、だ、だま、れよ。いま、じゃべれなぃのわがっアアアアアアアア、ああああ、ああああああああぁぁ―――あああああああ、はァぁああ、あ、あ―――――!!!

 

のま、れる。わたしのぜんぶが、のみこまれる。わたしのからだも、こころも、たまし、も、ぜんぶ、すりつぶされて、し、しま、う。こわい、くるしい、つらい、いたい、いたい、なんでこんな目に、いたいいたい、いたい、このまま死ぬの?しぬ?しん、?しんじゃうの?いたいいたいやだいたいいたいいたいまだいたいたいたいいたいこんないたいいたいいたいいたいみち、なかばでいたいいたいいたいいたいイタイタイタイタイタイ

 

「すぐに処置します!!ですから、お願いだから、どうか死なないで……ノエル………っ!!!」

 

イタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

 

 

 

―――うっすらと、閉じていた瞼を開ける。

 

 

なに、ここ。ここは、ここは―――海の、中?

 

 

身体の自由が、効かない。ただ身を任せて流れているだけしかできない。

 

 

今、沈んでいるのか。それともその場で漂っているのか。それすらも分からない。

 

 

―――わたしは、どうしてこんなところに?

 

 

これは夢だろうか。水の中にいるのに冷たくもなければ息苦しさも全く感じない。

 

 

―――わたしは、そもそも生きているの?

 

 

見渡す限り、どこまでも深い蒼色が続いているだけで、それ以外なにもない。なにも見えない。

 

 

上は微かに明るくて、下は底のない暗闇が大口のように広がっている。このままゆっくりと、あの暗い海の底に沈んでいくのだろうか。

 

 

 

『―――■■■(おきろ)

 

 

 

……え?

 

何処からか、変な声が聞こえてくる。でも、何だか人の発音がノイズみたいに混ざっているような、言葉じゃ表しにくい声色だ。

 

 

 

『―――■■■■■■(いつまでねむっている)

 

 

 

声は海中に響き渡っていくような感じで、まるで()》みたいに透き通っている。

 

 

同時に、暗い海の底から『何か』が見えてくる。それは影だった。とてつもなく大きくて、ぼやけていて、ゆっくりと―――わたしの方に、向かってくる。

 

 

わたしは、何もできずにそれを見つめる事しかできない。言い知れない恐怖に全身が震える。その巨きな影は、やがてわたしの目の前にやってきて―――、

 

 

 

『―――■■■■■■■(はやく さめるがいい、ニンゲン)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

―――その声と共に、わたしの小さく脆い意識は再び海に沈むように落ちていった。

 

 

 

 

 

 

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆

 

 

 

 

「―――――――、?」

 

ずきりと、微かな痛みに目を覚ます。瞼を開けると、見覚えのある天井が見えた。

察するに、どうやらここはシエルの部屋で……私は何故かベッドで仰向けに寝ているらしい。

いや、本当になんでここにいるのよ。どうして私はこんなところで寝てた?……なんだか、凄く苦しい思いをしていた、ような気が………。

 

「! ―――ノエル!気が付いたのですか!?」

「ぁ………シエル、さん?」

 

その時、目の前にシエルが割り込んでくる。その顔は明らかに私を酷く心配している様子だった。

 

「とりあえず痛みを緩和する秘蹟を掛けつつ傾向を伺っていましたが、もう少しだけ安静にしておいてください。容態が急変する懸念も考えられるので―――」

「ちょっと待って。今これ、どういう状況?なんで私は貴女の部屋で寝てるの?こうなる前は何があったワケ?」

「あ……そ、そうですよね。すいません、貴女が意識を取り戻してくれた安堵で思わず気が動転してしまいました。

えっと、順を追って説明しますね。まず、貴女がこうなった経緯ですが―――」

 

そうしてシエルは丁寧に事の次第を説明してくれた。私がモビー・ディックの遺骸を強引に経口摂取で取り込んで、直後に尋常じゃない様子で悶え苦しんだ果てにそのまま気を失い、そして倒れた私をシエルが自室に運んで一日中看病してくれていた……らしい。

 

「………貴女の覚悟が本物である事はわたしも理解してはいます。だからと言って、蛮勇にも限度があります!

いくらロアに対する復讐のためだからって、もうあんな無茶はしないでください!ただ吸血鬼に挑むのとはワケが違うんですよ!?

ノエル―――お願いですから、貴女はもっと自分の身を大切にしてください!でないと復讐もままなりませんでしょう!?」

「…………………」

 

本気で心から心配してくるシエルに、私は何も言い返せない。

半ば泣きそうな顔で必死に訴えているのを見て、抱く必要もない筈の罪悪感が胸を刺してくる。

どうしてこんな感情を私はコイツに抱いているの?まさか、コイツに対して申し訳ないと思っているの?私が、コイツに?

 

「………ごめん、なさい。それは、確かにその通りだったわね」

 

そんな疑問を振り払い、ひとまず形だけでも謝罪はしておく。けどそれはそれとして、一番自分の身を粗末にしてる不死身女には言われたくない。

それにこの女がどんなに忠告しようが私は止まらないし止まれないわ。死徒化以外に強くなれる手段があるのなら、どんなリスクを孕んでいようと私はそれを取る。

なりふり構ってるようじゃこの女には到底追いつけない。だから私は、これからも自分にできる範囲で無茶を犯し続ける。その覚悟を変える気なんてさらさらない。

 

「……分かったなら、ここでしばらく安静にしていてください。貴女があんなに苦しむところなんて、もう二度と見たくないので」

「だから、悪かったってば。安静にしとけばいいんでしょ、安静にしとけば」

「ええ。………本当に、お願いしますよ」

 

………第一、なんでこの女は私みたいな狂人をこうも心配しているのか。

何?ロアを殺したあとで自分も殺されないように今のうちに私に媚び売っとこうとか、そんな賢し気な魂胆で接してるつもりなの?

だからこうして甲斐甲斐しく看ているの?『自分はかつて化け物だった時とは違って心を入れ替えています。だから許して』と打算的アピールをする為に?

 

それとも―――――――そんな打算とか一切関係なく、ただ私というヤツが掛け値なしに大切で、無茶して苦しんでほしくないし、死んでほしくもないからという仲間意識でそう接しているっていうの?

 

 

 

…………わからない………………わからないわ…………………。

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