愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
First Day
「それにしても街の雰囲気は至って普通ね。まあ、どうせ夜になるとまたガラリと変わるでしょうけど」
「ええ、死徒は日中は眠っていますからね。なのでわたしたちのやるべき事はこれまで携わってきた任務と一緒です」
そんなやり取りをしつつ、私たちは目の前に広がる街を―――総耶を観察する。
『記憶』での
そして『記憶』によると一応はこっから一ヶ月くらいの調査を挟んでから目標……遠野志貴に接触するみたいだからまだ僅かばかりの余裕はあるっちゃある。
ただ自分で言うのもアレだけど、今の私は『記憶』の
で、こっからは―――
「ここで潜入活動するにあたって、
「はい。一応、この街の総耶高校の女学生にしようと決めていますよ。そういうノエル先生は?」
「うーん、私もここに来るまでに色々と考えているけど、まだパッとしたものが浮かんでないわ。ふ、いっそ私も学校関係の職業に就いておこうかしら?」
「そこは貴女の判断に任せますが、なるべく早く決めておくように。スムーズに事を進める為にも、可能な限り今日中に仕事を捕まえておいてください」
「ええ、それはちゃんと心得てるわ。冷静に考えればどうせ表立って動く為の仮初めの姿に過ぎないんだし、そんなものにいちいち時間を掛けて悩む必要なんてないわよね」
とは言っても、女学生にするという発言には思うところがあるけどね。『記憶』を視ているからコイツがそう言ってくるのも分かっちゃいたけれど、本当に心身共にティーンエイジかっつーの。
だけど実年齢はともかく、確かに教師を名乗るには些か外見が若すぎる。女学生を選ぶのも……まあ、理解は示せなくもない。そっちの方がより違和感なく溶け込めるだろうしねえ。
「じゃ、ここからはお互いに別行動と行きましょっか。いつもやってるから今更言うまでもないけど、何かしら異変と遭遇したらなるべく連絡を取り合うようにするわよ」
「無論です。それではまた後で落ち合いましょう。できればその時までに被る
「はーい」
私の返事を聞き届けてからシエルは街中へと消えていく。
さ、それじゃああの子に促されたように私もさっさと
「……二十、五歳?うっっっわ………いや、気持ちはわからなくもないけどそんな微っっ妙なサバ読みする?」
『記憶』に年月の相違が無ければ、この
それでせめてもの抵抗としてたった二年程度のカスみたいなサバ読みしてるって……正直引くわぁ。
はあ………ま、どうでもいいか。ちょっとばかし不本意だけど、どうせ他にイイのが浮かばないなら『記憶』の
今の私は十四の石の影響で人間を辞めていて、そして人間を辞めた時点で肉体年齢も当時のままをずっと維持している。
そして、正確な時期は思い出せないけど……恐らく17、ないしは18辺りでそうなった筈よ。
つまり、
「………え待って。もしかして、私もワンチャン学生行ける?行けるのか?」
よくよく考えたら私も教師を名乗るには少しばかり若いんじゃないかしら?いや、けど十代後半の若輩教師だっているにはいるんだからそれは関係ないか。
でも、物は試しとも言うしやってみて損はないんじゃないの?別にそれで代行者としての活動には何ら支障ないんだし、イケる可能性を見出せているなら少しは自分の直感に素直になった方がいいのでは?
「うん、そうね。そうしましょう。やるだけならタダなんだし、ここはいっそはっちゃけても良いわよね?
いえ、はっちゃけてやるわ。やってやろうじゃない。問題ないったら問題ない!」
よ、よーし決まったわ!外見的にも18歳の時から殆ど変わってないのならこれを利用しない手はない!多分、いいえきっと普通にイケる筈よね!
もしこれで人外になったタイミングが
………と、心の中の宣言が決まったところでこれからの行動だけど―――街の調査と同時進行で鍛錬に没頭しようかしらね。
十四の石との適合もそうだけど、シエル直伝の魔術も雷霆を除いた幾つかぐらいはまともに扱えるよう練習しておきたいわ。
一ヶ月まるまる使うつもりではあるけど、現状五割以上しか適合できてないのにこんな短期間で都合よく爆速で馴染むわけがないわよね。良くてもう一、二割と馴染めば上出来かしら。
もっとも、
とはいえそれは希望的観測だし、ああだのこうだのと考えたところで上手い事成長できるかは結局私自身の努力よねえ。
「何れにしろここからの一ヶ月は、謂わば準備期間。できるだけの事を集中して熟してれば、転生体への本格的な接触の時なんてすぐにやってくる。
今はただ、その時に備えて抜かりなく行動していけばいいわね」
それじゃあ、改めて私自身の目でこの街を直に視ていこうじゃない。長きに渡る復讐の大詰めだからこそ、焦らず冷静に状況を見極めないと。
そしてせいぜい踏ん反り返ってなさい、ミハイル・ロア・バルダムヨォン。この一ヶ月間が、お前に残された最期の自由時間よ。
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
「―――というワケで、まずはここ一週間での調査結果を纏めてみたけど……思った以上に侵食されてるわよね、コレ?」
調査開始から一週間。私は今、シエルの借りてるアパートの一室でそれぞれの調査結果について話し合っている。
ロアの潜伏期間の長さから考えて、街の汚染具合もそれなりに規模が大きくなっているだろうと推察してたけど、コレはちょっとヤバいわね。
「……恐らく、今回のロアはわたしの時よりも水面下で長く活動しているのでしょう。向こうがロアとして完全に覚醒するまでは、それまでの過程で出る犠牲者の事は割り切ると口にはしましたが……これは、想定より実数が多いと考えて間違いないと思われます」
「そうよね。私も昨日の巡回で夜属を一匹見つけて処理したんだけど、この深刻具合から考えると―――もう少しここへ来るのが遅かったら、この街も私たちの故郷と同じ地獄になってたかもしれないわね」
そう考えると本当にゾッとする。死徒共は基本的に街を汚染しながら水面下でじっと力を蓄えているから、教会側が事態に気づいた時には既に手遅れになってるパターンが多いと聞くわ。
実際に私の故郷もまさにそのパターンで滅ぼされたし、この13年間の中で侵食の手が泥のように広がっている街や村と遭遇してきたのも一つや二つじゃない。
この街も今のところはまだ『人間の街』として機能してはいるけど、夜になれば日中の影に隠れていた悍ましい汚染の顔が浮き彫りになる。
どうせあと二週間後ぐらいで転生体と接触するんだからロアの抹殺は時間の問題だけど、それはそれとしてヤツの力を少しでも削ぐ為にコミュニティは積極的に見つけて潰した方がいいか。
『記憶』の
「とりあえず報告し合ったけど、引き続き屍共の処理を続けていきましょう。それだけでロアを簡単に焙り出せるとは思わないけど、力の供給源となる手足を潰すのは対死徒において常識だわ。
それに、ロア自身も
「ええ。ですので多少目立つような行動を起こしても取り逃がしてしまう事はありません。これはわたしからも断言します」
「ふ、貴女がそういうと説得力しかないわね。白い真祖と殺し合う、というのはロアという存在にとって最早本能からの習性みたいなものなのかしら?」
「まあ……否定はしません。何せ彼は、もうずっと大昔からそれを繰り返しているんですから。
他者を汚染する悪性の
つまるところ、ウイルス感染の末期症状も同然かしら。憐れむ事はしないし必要もない。
ロアがこの世に現れるという事は白い真祖もセットでやって来る。災害が大災害を引き寄せてくるんだから傍迷惑なんてレベルじゃないし、その大災害が来るまでに生じる二次被害も甚大だからマジでクソでしかないもの。
やはりあのクソ蛇は今代で確実に消さないといけない。シエルがしくっても私が焼却する。私の復讐を成就させる為にもアレを滅ぼす。
その為にももっと頑張らないと。どんな絶望に落とされようが努力を怠らずに自分と向き合う、そういう人間にのみ神様は微笑みを向けてくださるのだから。
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
―――あれから更に二週間。またシエルの仮部屋でお互いに報告し合った。
我ながら調査は順調に進んでいるわね。Ⅰ、Ⅱ階梯のゾンビ共は当初と比べて大分減らせたし、Ⅲ階梯や偶に見かけるⅣ階梯もそれなりには処理できている。
ただ、その一方で未だにコミュニティの正確な全容が見えてこない。凡その規模は推し量れるし個々の戦力も大したことないけど、ロアが一向に何のアクションも起こしてこないからイマイチ把握しがたいわ。
そして不気味に思うのはそれだけじゃない。
「調査を始めてからずっと疑問に思ってたのだけど、Ⅴ階梯の夜魔を全く見かけないのはどうしてでしょうね?
夜属までの階梯なら見かけるけど夜魔は一度も遭遇した事がないわ。シエルさん、分かる?」
「それはロアにとっての配下は手足であると同時に『信徒』でもあるからです。
……かつてとある
それらを目の当たりにした当時のロアは失望と激怒に狂い、白い真祖が来る前に自分自身の手で信徒全員を始末したんです。
だからそれ以降のロアはなるべく慎重に吟味して信徒を増やし、Ⅴ階梯以上の配下は一人も生み出していません。わたしの時もそうでしたし、この街のコミュニティの層から察するに今代も例外ではありません。
これまでの調査で夜魔を全く見かけないのはそういう事です」
なるほど、と頷く。そんな過去があったんだ。つまり信徒(笑)からの人望がまーったく無かった時代のクソ蛇もいたって事か。
だから絶対に必要以上に自我を出してこないように、都合のいいお利口なⅣ階梯までしか作ってないと。
ま、討伐する側の
それって要は自分の
さっすがどこまでも他人の心が理解できない悪魔ね。いえ、そんな在り方は例え
「この街に夜魔がいない理由はよく分かったわ。何れにしろ私たちにとっては細やかながら負担と手間が減るから好都合ね。
それと―――遠野家の調査も随分と進んだわよね。屋敷の内部には未だに潜入できちゃいないけど」
そう。重要なのはコミュニティの殲滅だけじゃなく、ロア討滅に至る為に遠野家のお家事情も把握しとかなきゃいけない。
もっともこれも『記憶』の
「調査が難航するのも仕方ありませんよ。わたしだってあの屋敷には手を焼かれます。何なんですか、あそこ?
一応、外観を始めとした外回りの情報は把握できましたけど内部が異常です。ですが当主はもっと異常です。アレ、下手に近づきすぎるとわたしや貴女でも殺されかねませんよ」
「はは、全く以ってその通りね。まさかこんな極東の僻地にあんな化け物屋敷があるなんて誰が分かるのよ?
仮にロアが関わっていなくても恐ろしいったらないわ」
「違いないですね……」
いえ。逆にそんな僻地だからこそ、なのかしらねえ?この女や私の故郷だって元々は片田舎の僻地だったんだし。
とにかくあそこの屋敷―――特に現当主の遠野秋葉には接触を避ける方が賢明ね。『記憶』で誰がロアなのかを知ってるからこそ言えるけど、あの当主サマが転生体でなくてマ~~ジでホッとするわ………。
とはいえ、長男……遠野志貴の方も油断はできない。彼も彼で『直死の魔眼』とかいう眼を通して、ナイフ一本でゾンビだろうが死徒だろうが紙のように切り捌いてくるんだから脅威でしかない。
実際、死徒に堕ちた
―――だからこそ、私は決して油断なんてしない。遠野志貴と接触して、時が来れば私が容赦も遊びも慈悲もなく彼を処理する。
ま、その前にこの女が刃先を鈍らせずにきちっと殺してくれればそれに越したことはないけどね。
…………頼むから、お願いだから、私との誓いを裏切るんじゃないわよ…………シエル…………。
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
さて、総耶の調査活動からようやく一ヶ月……ここから、いよいよ文字通りの激動すぎる二週間が始まるわ。
この短い期間で十四の石との適合は更に進みはしたけど、やはりというか当初の予想通りに二割程度しか順応の深度を上げれなかった。
それでも総じて七割以上馴染んでる事になるから決して悪くはないし、寧ろいい傾向ね。まあ油断は禁物だし、ここからが本当に忙しくなるんだけど。
何しろ『記憶』の通りに未来が進めば……このあとにヴローヴが現れ、白い真祖が本格的に動き出し、遠野志貴が転生体としてロアの情報に汚染されて、そして――――――あの女が、決して破ってはならない私との誓いを裏切るんだから。
けれど、そうはさせない。私との誓いを裏切るような恥知らずも甚だしいマネなんか絶対にさせない。
その為にこの6年間、任務以外の時間でも私なりにあの子と言葉を交わしてきた。いつか必ず殺してやるという殺意を隠しながらも、私なりにあの子との信頼関係を築いてきた。
それが今、この二週間で試されようとしている。この信頼が見事に実を結ぶのか、それとも殺意を隠した上での信頼なんて所詮は実る筈もない『ハリボテの絆』として虚しく崩れるのか―――それはこれからの私の行動で左右されると言っていい。
「………一日目。さっそく今日からシエルが調査対象の遠野志貴に接触しだすわね」
今、私は遠野志貴と同じく総耶駅行きの電車に乗っている。といっても彼とは隣の車両にいるけど、秘蹟で彼のいる車両の様子を見れるから問題ない。
そして私が彼に接触するのは翌日かららしいけど、ここで下手に出しゃばってもアレだから『記憶』の通りに今日はシエルに任せて、自分は距離を置いて観察する事にした。
2人の様子を遠くで観つつ、情報を調査・整理してから明日に備えようかしらね。こういう時こそ冷静に、注意深く状況を見極めていかないと。どうせ明日には私も接触するつもりなんだし、今出ていく必要性はないわ。
さて、て事でアイツは………あ、わざとらしく駆け込み乗車してきたわね。もし一歩遅かったら首が飛んで―――いや、普通に自動ドアの方がひしゃげるか。
………うわ、初手から暗示かけちゃうのね。しかも先輩って……ああ、彼のあの様子だと絶対にある事ない事を脳に直接刷り込まれてるわね。
そっかぁ、開幕からいきなりこんなにもトばしてたのね。アイツは限度ってもんが無いのかしら?
………いや何か、遠野志貴――――――いちいち本名で言うのも面倒だから志貴クンでいっか。彼も彼でどうも目線が下の方に……え、アイツの太股見てんの?
もしかしなくてもヤラシイ目で―――ああうん、見てるわ。アレ絶対見てるわ。そりゃ年頃の男子があんな太股丸出しの制服見たらそういう目にもなるか。
シエルもシエルで何を年相応の少女っぽく困惑してんのよ。え、アレまさか演技じゃなくて素だったりする?だとしたらアイツら出会って早々にこういうイイ感じの雰囲気だったって事?はぁーーーー許せねえわ。
あ、近くに座ってた子の携帯が彼に当たって……っていうかあのツインテの子、わざと志貴クンの方に投げなかった?気のせいかしら……?
………それはそうと何よアレ。露骨に身を寄せて顔を近づけるんじゃないわよ。大人しそうに見えて大胆ですねって、アンタも他人の事言えたもんじゃないでしょうが。
しかもナチュラルに茶道室に誘ってるし……アレか?人の見えない密室で戯れにオトナの遊びを仕掛けて彼の心身を掌握しようって魂胆なの?
部費で購入したお茶漬けが余ったから一緒に飲んでほしい、か。私も行ったらどう反応するんだろうと思わなくはないけど、今日は何もせずにガマンしなきゃね。
……ふふ、食べ物に釣られていくなんて猫みたいって、志貴クンも面白いコト言うのね。
それに対してシエルの答えは……最後まで頼りになるのは律儀で頭のいいイヌ科ね。これ、教会の狗である自分の事を皮肉ってるでしょ。
或いはいっそ誇らしげに言って―――いえ、そんな筈がないわよね。だって目覚めた直後から延々と殺され続ける地獄に晒された末に、実質的な非人間の烙印を押されて代行者を強制させられたも同然の扱いを受けたんだ。
実際はあくまで代行者になる事を推薦しただけらしいが、私と同じように他に選択肢がない時点で強制と何ら変わらない。
自分と、自分をそんな目に合わせた教会を皮肉る事こそあれ、何かしら良い印象を向けてたりしてるワケがない。
強いて言えば、そうね。それこそ黒鍵という素晴らしい存在を教えてくれた事ぐらいじゃないかしら?
もっとも、私は教会に対してこれと言って良かったと思えるところなんてなーんにも無いし、ボロクズだった私に救いの手を伸ばしてくれないどころか腫れ物扱いして幽閉してきやがった時点で大っ嫌いだけど。
聖堂教会は人類全体の味方、されど個人の味方ではない。これが実体験を通して私が理解した教会の認識だ。
それでもこうして代行者として活動しているのは―――ま、それが一番吸血鬼共を皆殺しにするのに適しているからよね。
第一、今の私は自由ではなく復讐を一番の望みとしてる狂人なんだから、そんなヤバいヤツが日常に身を置いても危険でしかないわ。
「……いけない。ちょっと思考が自嘲に耽ってるかも」
今は視察しなきゃいけないのに。あんまり余計な事は意識しないように考えないと。
―――そこから30分も掛からずに電車は総耶駅に到着し、二人に合わせて私も駅を降りて改札を出た。
無論、そこから高校の校内まで気取られないように着いていき、午後の昼休みでは食堂で離れた位置に座って食べながら視察していたけど、アイツが志貴クンと彼の親友の有彦クンも交えた三人でそれはもう楽しそうに駄弁っていたもんだからついつい手に力が入ってスパゲティの麺を絡ませていたフォークをグシャグシャに曲げてしまった。
すぐに冷静になって証拠隠滅したけど、こういう感情の抑えが利かない自分の短所にはほとほと参ってしまう。
ってか台の上がカレーばっかになってて流石に志貴クンと有彦クンに同情した。アイツ、こういう時ぐらいせめて自分の分だけで自重しときなさいよ……。
その後、下校時間に二人は約束していた通り茶道室で落ち合ったワケだけど……ここも普通に他愛のない会話が続くだけだった。
要は志貴クン自身の身の上話だ。10歳の頃の事故が原因で慢性気味の貧血を患い、父の遠野槙久ともよく喧嘩していたのもあって七年前に親戚の有間家に預けられ、父の死を切っ掛けにこの度本家に戻ることになった。しかし遠野の家族が大好きなのは今も変わらない。
そんなしんみりとした身の上話も含めて、彼はシエルと1時間ぐらい雑談に耽った。秘蹟で聴覚を強化して聴いていたけど、私はただ黙って耳を傾けていた。
結局その日はそれでお終い。志貴クンが学校を後にしたのを確認してから、私はシエルに接触した。
「調査対象との楽しい交流ごっこお疲れ様。どうだったかしら、貴女から見た彼の様子は?」
「……所感ではありますが、今のところ変調の兆しは全く見受けられません。あくまで現時点では、ごく普通の男子高生という感じです」
「でも遠野家の長男って事は間違いないのよね?私も離れてずっと視ていたけど、単にロアの意識が日中だから沈んでいるだけじゃないの?」
「否定はしませんが、現状としてはその可能性は低いと言えます。例え日中であれ、ロアの意識が色濃くなり出しているのならそもそもあんな風に振る舞う余裕なんてありません。
一応、この後も彼が遠野邸に帰宅するまでは気取られないように視察していきますがノエルはどうします?」
「パスするわ。明日からは私も接触するつもりだし、どうせならその時にまたじっくりと彼を観察するわ。
あとさ―――本当に随分と楽しそうに喋っていたわよね。先輩役になるのはそんなに楽しかった?」
あれ。なんで私、こんなこと口走ってんの?それを今、言う必要あるの?
「………まさか。わたしに日常を楽しむなんて、そんなの許される筈がない。徹頭徹尾、ただ演じていただけです」
……どういう感情でこれを言っているのか。自分は許されざる者という戒め?罪を贖う為の贖罪?私を失望させない為の言い訳?それとも、彼に対する純粋な罪悪感?
或いはその全てか。何にせよ今のは………私の失言が招いたコトね。なんで楽しかったか、なんて訊いちゃったの?
―――もしかして、無自覚に嫉妬でもしていたの?普通の日常を楽しめなくなった自分と、あんな風に朗らかに言葉を交わしていたシエルを………比較して………。
「……別に、演技の一つぐらい楽しんでもいいのに」
「え……?ノエル―――」
何か言いかけたシエルを無視し、窓から飛び降りてさっさと校舎を後にする。
とりあえず、今日の視察で得られた情報をまとめて整理しよう。つってもまだ初日だからまとめるほどの量もないとは思うけど。
「ああクソ、なんか今日は色々とむしゃくしゃする。帰って気持ちを一旦落ち着かせなくちゃいけないわ………」
―――ひとまず、運命の二週間における最初の日は、多少ムカつく事があった程度で何も異常なく終わった。