愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
「――――で、私も確認してきたけど……彼、本当に戻ってたわね」
「ええ。様子を見るにかなり放心していたので、あのままどこかで立ち止まるものと思っていただけに少し予想外ではありました。
帰巣本能のようなものでしょうか。タイミングを見計らって接触を試みていましたが、多少なりとも予定が狂わされましたね」
シエルからの連絡を聞いた後、私もすぐに現場へと向かったけど確かに志貴クンは遠野邸に帰宅していた。
自意識がハッキリしないぐらい放心してたら普通はテキトーな所で立ち止まるか徘徊してる筈なのに、何で正確に自宅方面へと向かってるのか。シエルの言うようにホントに帰巣本能でも働いてるんじゃないの?
……いえ、そうじゃない。今、気にするべきなのはそんなコトじゃない。
「とはいっても、あくまでも接触のタイミングをズラされただけです。干渉する機会はこの先幾らでもあるので大した問題ではありません」
「……ま、ぶっちゃけ彼が遠野邸から外出さえすればいつでも捕まえられるしね。翌日にまたそうすればいいだけか」
彼が、遠野志貴がこの日に遠野邸に帰宅した。
これは
この『記憶』はどこかの世界のノエルが歩んだ人生の
実際、これまでもこの『記憶』の通りに色んな事が生じてきた。私が強くなった事で過程や結果が変わったものも少なくないけど、大まかな未来の流れには決定的と言える異常はただの一度も無かった。
「じゃ、話も済んだし私はとりあえず深夜の雑魚狩り作業でもしとくわ。また用事があったら連絡寄越してね」
「はい。そちらも何かあれば連絡ください」
キリのいいところで会話を締め、シエルと別れてからいつも通りの駆除活動に移る。今は一人で行動していたいので都合がいい。
とにかく現状としては私としても予測が付かない流れになっている。人生何が起こるか分からないし、こういう事態になるのも当たり前と言えばその通りなんだけど。
「にしたって、『記憶』を頼りに今までアレコレと考えて行動してきた身としちゃあ不安が大きいったらないわ……」
『記憶』を通して何がどうなるのかを知っているからこそ、綱渡りのように危うい代行者の世界で上手く立回ってこれた。
死者共の効率的な殺し方、代行者としての自分の長所と短所、教会の中での処世術、シエルの蘇生時期……他にもあるけど、主にこの四つの情報を代行者としてスタートした時点で把握できた事が何より大きい。
『記憶』の中のノエルは最期まで惨めだったけど、皮肉にもその惨めな女の『
けれど―――――ここに来て、その『記憶』の範疇にない事が起き始めている。
これが単なる偶然で、しばらく経てばまた元の因果の流れに戻ってくれる可能性もなくはない。
でもこの差異が帰結するどころかどんどん大きくなってくるなら、最早これまでのように『記憶』を頼りに行動する事はできない。ここから先は全部アドリブで上手く立ち回っていかなくちゃならない。
「直感だけど、恐らく『記憶』通りの未来に帰結する事はない。アドリブで立ち回る事前提で対応していく方がいいわね。
全く、どうしてこうなったのかしら。志貴クンの帰巣本能が無駄に働いてくれやがったせいで、『記憶』に合わせて行動しようと考えていた
路地裏から地下駐車場へと入り込みながら元凶への愚痴を吐き洩らす。
現場に足を踏み入れると屍どもの気配が幾つか在る。当たり前だがここのコミュニティに親基の気配はない。いたとしても関係なく皆殺すけど。
「ひい、ふう、みい……あー、この分なら黒鍵一つで十分ね。30秒チャレンジで処理しよっか」
数と質を把握し、黒鍵に耐久強化の秘蹟だけを軽く付与してから突撃する。
それにしても何で『記憶』と違う出来事がこのタイミングで生じたのか。今まではこんなに大きく逸脱した事は起きなかったのに―――――、
………いや、違う。よくよく考えたらそもそも私という存在自体が『記憶』から逸脱しているじゃない。
『記憶』のノエルは、魔を焼き尽くす炎を扱っていたか?白鯨の力を行使していたか?一人で夜魔やら上級死徒やらの化け物を仕留め切れていたか?シエルと協力して、吸血鬼の頂点たる二十七祖を殺したか?
そうだ。そんなのは死徒に堕ちて最期まで運命に翻弄されたノエルではあり得ない。
私自体がそういう風になる未来をこの手で焼き払っている。他でもない私自身の手で『ノエル』では絶対に不可能だった事を成し遂げてしまっている。
思えば『記憶』が不意に流れ込んできたあの時から、既に『ノエル』が辿ってきた運命から外れ出していたのかもしれない。
そこからの私自身の選択が、巡り巡って『記憶』の因果から完全に逸脱しちゃったんだ。そう解釈すれば自ずと納得がいく。
「よし、最後の一匹――――――っと、今回は22秒だったか。雑魚しかいなくてどーせすぐ終わるからって緩めに動いちゃったかしら?
うーん、我ながらちょっとばかし弛んでるわね。次からは20秒を前提にしましょう」
最後に残ったⅣ階梯を脳天から股下にかけて縦に両断し、炎で瞬時に焼却する。
並みの代行者じゃ敵わないとされる怪物でも、今の私からすればそこら辺の死者や屍鬼と何ら変わらない。
ってか、この階梯は『ノエル』にすら一方的に虐殺されていた。念入りに設けた対死徒用の結界に閉じ込めていたのと、殺されていた奴らが吸血鬼になってから日の浅い若者たちだったのもあるけれど、あんな未熟者の女にさえ出し抜かれてる時点で私が夜属如きに殺される道理はない。
もっとも、代行者になってから間もない頃はその夜属に半殺しにされちゃってた事もあったし、私ってヤツは人間のままだと本当にどこまでもちっぽけで弱っちいんだなって自覚させられたのもその時からだったなあ。
「ふぅ。これで後処理も完了したし、今日はこの辺りでいいかしら。どうせロアもヴローヴも今カチコミするにはタイミング悪いから、もう少し様子見するべきね」
状況によっては今すぐ動いてもいいけど、それはシエルと一緒に行動できる場合のみだ。
例え一人で斃せるとしても、勝手に突っ走ったらロクな事にならないでしょう。慎重に動くのは代行者……というより仕事人の基本だ。
ここから先の二週間弱の未来がどうなるかは予測不能になった以上、その基本はより大事になる。
その上で目下注意を払っておくべきなのはロア、ヴローヴ、そして。
「アルクェイド・ブリュンスタッド。最も警戒すべきはコイツよね」
……ロアとヴローヴにも言える事だが。
この想定外の流れに変わったことで一気に予測不能の危険度が上がった不安要素はやはりというか白い真祖………アルクェイド・ブリュンスタッドだ。
今この町にいる吸血鬼どもの中で一番の脅威はあの怪物だけど、今までは『記憶』通りに事が進んでいたのもあって必要最低限の注意しか向けていなかった。
だけどこうなってくると話は違ってくる。アレがどう動くかが全くわからない以上、ロアとなる遠野志貴やヴローヴよりも重点的にマークしておくのが賢明と判断したわ。
「だったら今の時点で私ができる事は……ま、シエルに伝えとくのが無難か。とりあえず真祖の動向に注意を向けるよう連絡しよ」
ぶっちゃけアレは私じゃどうする事もできない。アレはヴローヴやアインナッシュ以上の天災だ。
ただの人間が吸血鬼相手に何もできないのと同じく、所詮は『人を超えた
『はい。どうしましたかノエル?』
「ええ、通話越しになるけど一つ言っておきたい事があってね。これは私の勘だけど、今までよりも徹底して白い真祖の動向に注視しておいた方がいいわ。なんだか……そう、あまりいい予感がしないの。
そもそも吸血鬼に水面下で汚染されてる街にいるって時点で良し悪し以前の問題だけどさ」
『確かにアレが関わっていい予感が絡むことなど元よりありませんが……わかりました。ここは貴女の直感を信じましょう。
……因みにそういう予感を感じた根拠とかは?』
「さっき志貴クンが遠野邸に帰宅したって話をしたでしょう?これからもああいう予想外の事が起こるかもしれないし、その場合特に危険なのはロアよりも真祖の方よねって危惧したのよ。
アレの今後の動向に一層注意したがいいってのはそーゆーコト」
『なるほど、合理的な判断です。では現状としてロアはまだ表立っての行動は起こしていないので、当面はアルクェイドに視点を置くようにします。
……言うまでもないでしょうが、くれぐれも下手に刺激するような行動は取らないように』
「はは、そっちこそね」
――――よし、これでシエルの奴にはきっちりと伝えた。
13年前の因縁もあって私よりもあいつの方が真祖の監視を徹底してるんだし、そこら辺もまあ大丈夫でしょ。
じゃ、あとの時間は適当に調査と死者狩りに費やして今日を終えるとしましょうか。
「……うん。今のところは大丈夫――――――今のところは、だけれど」
◆――――――――――――――――――――――――――――◆
「…………よし、今日も頑張っていこうか」
四日目の朝。『記憶』だとこの時間帯に志貴クンがシエルのアパートから遠野邸に戻るんだけど……そうなる筈だった流れは昨日の時点で覆されてしまった。
一応、『記憶』を閲覧する。本来なら今日の『ノエル』は遠野志貴とは直接的な接触はせずに町の調査に勤しんでるみたい。
なら、どうしようかしら。シエルと協同で真祖の動向に監視の目を光らせるのもいいけど、アレの監視は元よりあの女の得意分野だし今日は任せっきりでもいいか。用事ができたら呼べばいいし。
「さて、だとすると他に取れる選択肢は……………決めた。それじゃあヴローヴの調査にしよっか。アレが何かしら行動起こす前にブチ殺しておきたいしね!」
『記憶』での情報が確かなら、ヴローヴは恐らく―――――否、確実に私の故郷を滅ぼした悪魔たちの一匹だ。
壁の上から見下ろしていた奇怪な影たちの一つに、大きな槍のようなモノを携えていた奴がいた。そして、そいつを中心に街の一角が永久凍土のように凍り付いていた。
ヴローヴも巨大で長大な大槍を携えていて、ありとあらゆるモノを凍てつかせる呪いを行使してくる。………これだけ合致していれば最早いちいち考察する間でもないわ。
だったら早速調査に動きましょう。もうすぐ虐殺しに表に出て来るということがわかっているなら、その前に尻尾を掴んでその首を刎ね飛ばしてやるわ……!!!
「いえ、刎ね飛ばすだけじゃあ駄目ね。ちゃんと魂の一辺も残さずにこの世から焼滅させてやらないと。
故郷を滅ぼした悪魔共の一匹なんだし、時間の許す限り拷問して苦しめたいところだけど……流石に二十七祖相手にそんな悠長に遊べないからさっさと殺してしまいましょう。ふふ、くっふふふふふふふふフフフっ!」
ああ、恐怖に緊張すると同時に愉しみだ。既にアインナッシュという祖の一角を正面から殺せた経験で自信が付いているからだろうか。
ならば殺そう。早く、早く殺そう。ただでさえロアと真祖の対応がこれから段々と大詰めになって忙しくなるんだ。面倒ごとの種はここらでさっさと焼いて殺そう!
今からこの手で因縁の一つに復讐を果たせると思うと、とても口角が吊り上がらずにはいられない――――!
「毒を撒き散らす害虫はぁ、ちゃーんと火で燃やして処分しないとねぇぇ?あっははははは!」
――――そうして即決で調査を始めてから約二時間。現在時刻は午前11時半。『記憶』によればヴローヴの根城はデパートの地下にあるらしいので、周辺の建物も含めて念入りに捜査した。
「さっきから気掛かりになってたんだけど、北口の駅前付近にあるあのデパート……なんか、キナ臭いわね」
結果、北口駅前に建っているデパートから妙な違和感を感じた。『記憶』の情報も照らし合わせると間違いなくここね。
……一見すると何処にも変なところはない普通のデパート。けれどこのデパートには一つだけとあるウワサがある。
『誰にでもできて、かつ割のいいアルバイトがある』――――そんな鼻で笑ってしまいそうな胡散臭い類のものだ。
発信元は何なのか。誰がこれを発信しているのか。その真相は依然として不明。そして、このウワサを聞きつけて関わった人間の行方も不明。
これだけならネットの掲示板とかで語られてそうに思えるけど、残念ながらこれはそんな怪談染みたウワサなんかじゃない。
「そんなもんでも金に目がくらんだ人間がひっそりと釣れるんだから、屍連中にとってはさぞ都合がいいでしょうね……」
デパートに足を運び、すぐにエレベーターに入って最上階のボタンを押す。
上の階へと進むごとに違和感は少しずつ強烈になっていく。やがてエレベーターで行ける最上階である七階で降りると、目の前には八階へと続く立ち入り禁止の立て札が置いてある。
普通の人間なら目についても近寄らないし、ウワサを聞いてやって来た人間なら何があるのかも深く考えずに通るだろう。
しかし、私はこの先に何が待ち構えているかを知っている。何故なら『ノエル』が実際にこの先に何があるのかを全て見たからだ。
シャッターを黒鍵で切り開けて八階へと向かう。到着すると、これまた『記憶』で何度も見た部屋の様相が視界に写る。
フロア全体が鉄板で覆われて……というより塞がれている。外からの光は殆ど射し込んでいない。何度見てもあからさまに雑な日除け対策でついつい失笑してしまう。
そのまま九階、十階へと進んでいくも八階と同じく鉄板張りの暗いフロアが続いた。
吸血種が管理してる領分にしては汚れ一つない異様な綺麗さが、かえって不気味さを醸し出している。
「おーい、そこのお姉さーん?一人で何でこんなところにいると危ないでちゅよぉ~!?」
「あー、お姉さん。ここ立ち入り禁止だぜ?下の階に立て札があったろ?……ってかシャッターあった筈だがどうやって入ってきた?」
「………………」
で、こいつらの下卑たツラもよーく知っている。だって二匹とも『ノエル』に散々いたぶられた末に惨たらしく殺されたんだから嫌でも記憶に残るっての。
ひとまず適当に理由を話してバイトに来たと伝えると、割とあっさり案内をしてくれた。マジでこいつら単純すぎて笑いを堪えるのが辛い。
トシとかいう男は若干訝しんでるようだけど、ハルって男は馬鹿みたいなテンションで馴れ馴れしく声をかけながら視線で品定めしている。
「んーどったのかな?あ、もしかしてハンザイに加担させられるかもとか不安になっちゃってる?
ダイジョブって!そんなコワい事とかなんもないからねー!ただテキトーに時間を潰して帰ってくるだけの簡単なお仕事だからさぁ!ギャッハハハ!」
無駄に喧しい囀りを無視しつつ、エレベーターが目的の階に到着するのを待つ。
間もなくして降下が停止し、目の前の扉が開くと同時に強い光が入ってくる。
「ふふ、案内ありがとう――――――じゃあ死ね」
「は?」「え?」
突き落とされるよりも早く、二匹の素っ首を黒鍵で刎ねる。二匹は反応もできずに首から腐った血を噴き出してその場で斃れた。
軽く焼却処理してから下へと飛び降りる。ひとまず潜入には成功した。あとは最奥部の祭壇の間まで進んで
汚臭と汚染で満ちた仄暗い石道を歩いていく。道中、動く死体だけでなく痛ましい有様で隠れ潜んでいる生存者も何人か見かけたけどそれらも無視して進む。
彼らは私のようにウワサを聞きつけてきた人間たちだろう。そしてあの二匹にここへ突き落とされ、心身共に磨り潰されながら、必死こいて食い殺されないよう逃げ惑っている。
怖いのだろう。痛いのだろう。苦しいのだろう。泣き喚きたいのだろう。夢であってほしいと思うのだろう。
ええ、分かるとも。アナタたちのその
だからこそ―――――
彼らを無視しているのは、先にヴローヴを斃した後で救出しようと考えているからじゃない。そもそもこんな状態になっている時点でどうしようもないからだ。
こうも汚染の影響を受けているようでは表社会に戻れる事は既に不可能だし、それ以前にこんな見てくれじゃ教会に死者として雑に処理されるのが関の山。
多分、修道院にすら送られずに処断される。第一こいつらはウワサの実態がどういうものかを考えすらせずに、目先の
「悪いけど、私はアンタたちにまで手を差し伸べてあげるほど慈悲深くはないから。せいぜい自分の判断の愚かさを恨みながら死ぬといいわ」
奥へ進むと血生臭さは更に強烈になっていき、べっとりと床や壁に張り付いた肉や血に塗れた人骨が散乱している牢屋が見えてくる。
こんなもの見たら普通は目撃した方も正気が揺らいで吐き気を催すでしょうけど、生憎と私はこれ以上の地獄を見慣れてしまっているので何も感じない。
よって、この様相も私の足を止めるには至らない。寧ろ余計に早足になる。
こんな地獄を作り出している奴をこれ以上自由にさせておくワケにはいかない。動揺こそしていないものの、沸々と静かな
「……そろそろね。『記憶』通りならこの先に――――あ、見えてきたわ」
侵入してから約五分。狂気と絶望しかない石道を進んだ先で例の目的地に到着した。
それまでの鬱屈で狭苦しい道中と打って変わって最奥部は開けた空洞が広がっている。天井までの高さも相当なもので40mはある。
改めて見ても、よくもまあこんなフロアがデパートの地下にあるものだと呆れてしまう。吸血鬼に人間の常識やら価値観やらを配慮する精神性なんざありっこないとはいえ、地上のモダンな都会とは何もかもが場違いすぎて引いてしまうわ。せめてもう少し場所を選べよ。
「それはそうと、相変わらずゴキブリのように屯してるわねえ」
広場の周囲にはそれなりの数の死者どもが徘徊している。総数も『記憶』と殆ど変わらないし、階梯もⅠ~Ⅱしかいない。
これだけなら全然脅威じゃない。何なら『ノエル』でも
「――――とりあえず、軽く焼き払って
手の上で黒い炎を噴出し、それを前方に振り払う。その片手間に行われた一瞬の動作で、腐った屍どもは火達磨にすらならずにまとめて塵芥と化した。
槍斧なんて大層な武器を使う必要はない。ただ殲滅するだけならこうして燃やした方が一瞬で片がつく。
そうして周囲の様子を伺っていると―――――時間にして十数秒ほどだろうか。ふと、気温が厭に低くなっている気がした。
……否、これは気のせいではなく実際に下がっている。『ノエル』はこんな変化には気づきすらしなかったけど、私は寧ろこうなる事を狙って死者を一掃した。
気温はますます低くなり、霜が漂い始めている中で私は祭壇の間の奥に見えている暗がりの通路を注視する。
そして――――瞬間、青白い炎が弾丸のような速度で腕を伸ばして迫りくる。『ノエル』は反応すらできずに捕らえられ、私も人間だった頃なら同じ結果になっただろう燃え盛る魔手。
「遅い」
仕舞っていた槍斧を取り出し、瞬時に魔手を両断して打ち消す。
炎を使えるのは何もそっちの専売特許じゃない。何なら火力においては私の方が上と断言さえできちゃうわ。
曲がりなりにもアインナッシュを焼き滅ぼせた実績は私にとっても心強いし、その程度の火力は確実にあるという何よりの証明になるから確固たる自信に繋がっている。
「そら、いるんでしょ。ドブネズミみたいに隠れてないでさっさと出てきなさいよ――――ヴローヴ・アルハンゲリ?」
通路に向かってこれから打ち斃す敵の名を堂々と口にする。
すると周囲に漂う冷気が、悪寒が、殺意が一層どよめき始めた。これは動揺だ。もっと正確に言えば『疑問』と『怒り』だ。
『何故お前がその名を知っているのか』『お前のような誰とも知れない人間がその名を軽率に口にするな』………そんな感情が何となく見て取れる。
これは相当にご立腹だ。もっとも、腹を立てているのは私もだけど。
この地獄を水面下で作っていた元凶が姿を見せる。色素の抜けたざんばら髪に、血色のない幽鬼そのものな青白い顔。
些か理性が欠けてる獣のような目をしていて、その雰囲気は紛うことなき狂人のそれだ。皮肉だけど、ある意味じゃ今の私も同類と言うべきかしら。
『“…………代行者は、元より命を惜しまぬ狗ではある。だが、貴様は輪をかけてそれに固執していないようだ。ならば俺も念入りに、貴様に自らの不躾さのツケを払わせるとしよう”』
「ははは、名前言われただけで不躾判定とかどんだけ気が短すぎなんだっての!やっぱり脳ミソ腐ってるとスルースキルも欠けて繊細になっちゃうのかしらぁ!?」
霜を漂わせていた冷気はやがて青白い炎へと揺らめいていく。それに伴い、奴を中心として周囲が熱を帯び始める。
この時点で既に奴にとって私は『敵』に値しているらしいが、どうやらまだ本気を出さずに自前の炎で対処してくるみたい。
それは都合がいい。そっちが手加減して炎を放りだしている内に、私が逆に塵も残さずに焼却してあげる。
二十七祖の