愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
「――――そぉぉぉ、らっ!!」
暗がりの空間に響く唸り声。力任せに振り下ろした無骨な凶刃が、ヒトのカタチをした屍の頭蓋を粉砕する。
私は今、Ⅰ階梯の死者の集団の直中にいる。代行者として街中を捜査している時にコイツらと鉢合わせたけど、正直に言ってなかなかにキツい。
数はざっと見たところ、約20体は下らない。よく観察すると、連中の中には死者よりも凶暴で力も強い
この数を私一人で相手取るにはまだ荷が重い。一秒でも早く増援を要請したいところだけど、囲まれているからそうする余裕すらない。
「クッソ、ざけんじゃないわよ!寄って集って食い散らかすだけのゴミ虫共めっ……!」
ただ闇雲に振り続けるだけではダメだ。ここを生き残りたかったら、ほんの僅かでも頭を回して効率的に動かなくちゃいけない。そう判断して
払われた槍斧は眼前の死者共を真っ二つにしていく。肉が断たれ、腐った血が舞い飛び、ぐちゃりと地面に落ちる不快な音が耳を逆撫でる。
しかし顔を顰める暇はない。切り捌いた側から間髪入れずに返す刃で振り払い、その一撃で三人ほど切り落とす。
ここは槍斧自体のリーチと強度に助けられた。もしこの場でコレが無かったらと思うとゾッとする。
「とにかく、まずはこの気色悪い包囲網を何とかして崩す……っ!」
間を置かずに発破をかけてから踏み込む。幸い、死者共の動き自体は脆くて単調な動きしかできない。掴み掛られたらほぼ終わるが、そうなる前に頭を串刺しにし、そのまま投げ飛ばす要領で付近の奴らにぶつける。
その間に寄って来る奴らを始末しつつ、ぶつけた方へと接近して確実に頭部を潰していく。よし、少しずつこの調子でいけば―――、
「ひっ―――!?」
突然、背後からの低い唸り声に反応して飛び退く。即座に構え直して確認すると、そこにいたのは連中に混ざっていた屍鬼だった。
「屍、鬼――――――Ⅱ階梯のゾンビ……!」
Ⅰ階梯よりも上の吸血鬼……というよりゾンビであり、通常の死者よりも強力な個体。ある程度の練度を積んだ代行者たちにとってはただの雑魚だけど、今の私じゃ十分な脅威だ。
何しろ私はまだこの階梯とは戦った事はない。『記憶』の中の未来の私が割と簡単に殺せている辺り、そこまで大したヤツじゃないのは理解できるけど――――――いや、アレコレ考えるよりまず動かなきゃ……!
「おおおおおおおぁぁああっ!!」
槍斧のリーチを活かし、まずは片腕を切り落とす。怯んだ隙を逃さず、横腹から肩口にかけて切り上げる。直後に押し出し、向こうの体勢を崩す。そのまま頭を刺し潰そうとして――――――咄嗟に距離を取る。
「チッ……そりゃあ他にもいるわよね、クソが……!!」
混戦になっていたから気づけなかったけど、もう一体の屍鬼がそこにいた。もしあのまま前に動いていたら死角を突かれて
一瞬の間に襲い来る“死”に恐怖を感じるも、間合いを図りながら周囲の数を改めて確認する。
数は残り12体。包囲網は未だ崩し切れていないが密度はかなり薄まっている。やっぱり先に雑魚を排除するのが優先だけど、ここはコイツらを利用してやろうじゃない。
「そこのお前!ちょっと鈍器になりやがれっ!」
言いながら死者の一体の首を斬り飛ばし、腹を串刺しにする。そのまま肉塊の鈍器として周囲の奴ら目掛けて力の限りぶん回す。肉塊が肉塊を潰し、破壊し、赤黒い血を地面に撒いて穢していく。
「――――、――――、――――……!」
息が自然と荒くなる。不快感を催しているだけじゃない。軽量化の秘蹟である程度の無茶は利くとはいえ、死体1人分の質量を刃の部分に乗せたまま振り回すのは流石にキッツい。無理をしすぎると断裂しそうだ。
……ちらりと屍鬼の方に目をやる。片腕を切り落とした方は、どうやら死者の一匹を前方にして様子見している感じだ。つまり前にいる奴は肉壁ってワケか。ただの傀儡にすぎない
もう一匹の方は五体満足な事もあってこっちに近づいている。察するに負傷すれば一旦様子見して、そうでない内は何も考えずに近寄る程度の知能、か。
「――――これ、重いからお前にあげるわ。受け取ってちょー、だいっ!!」
屍鬼が勢いをつけて襲いかかってくるが、それに合わせて鈍器代わりにしてた死体をぶつける。直後に死体から刃を引き抜き、地面に倒れた屍鬼の頭へと振りかぶる。
ぐしゃ、と肉の潰れる音がまたも周囲に響く。わざわざ慎重に確認する間でもなく、ソイツの頭部は完全に断たれていた。
ひとまず面倒な脅威は一匹殺せた。ようやく、ようやく殺せた。残りは……8体か。
(もはや包囲網のカタチは崩れている。あとはこのまま勢いで全員ぶち殺すっ……!!)
さっきの鈍器利用は腕にかかる負担が大きいし、ここはもう素直に槍斧で切って刺して薙いで潰していく方が確実ね。ぶっちゃけ鈍器戦法は悪手だったわ。
「気色悪いし最悪だから、お前たちはここらでいい加減死んでちょうだい。私は、お前たちのような人形同然の虫ケラ如きに殺されるワケにはいかないのよっ!!」
そうだ。こんな有象無象のゴミ共を必死こいて殺す為に、私は代行者になったんじゃない。こんな奴らに、いつまでも苦戦なんてしてられない。
怒りという名の憎悪をぶつけ、連中へと突っ込む。首を刎ね、胸を貫き、頭を叩き潰し、胴体を切り落とし、一匹ずつ確実に屠っていく。
後に残ったのは、様子見に徹していたヤツとソイツが肉壁代わりに前に立たせてるヤツになった。
「――――死ね」
冷ややかにそう告げて、懐の教典から黒鍵を生成してぶん投げる。元々が腐った肉体なのもあって、私程度の膂力でも背後の屍鬼ごとあっさりと貫通できた。
教会の代行者にとっての基本武装の一つである黒鍵。死徒の肉体に通す事で人間であった頃の肉体を思い出させて浄化する『摂理の鍵』。
本当なら最初からこれを使えれば良かったんだけど、不意に連中に囲まれたものだからその場で生成する余裕が無かったわね。
黒鍵による一撃を受けた屍鬼が、
「――――はぁ――――あっ――――ぁあ、は―――――っ……」
どっと力が抜けていく。やっと、やっと終わった。一人で、全部斃せた。安堵と同時に嗚咽混じりの息が漏れ出る。
一応、周りに目を向けるも残党は見受けられない。騒ぎを聞きつけた他の連中が追加でやってきた……なんて最悪のパターンは起きていないみたいだ。もしそうなっていたら今度こそ私は終わっていたでしょうね。
過呼吸気味のそれを少しずつ落ち着かせながら、槍斧を支え棒にして帰路に着く。ホントはちゃんと周囲の後処理を済ませるべきなんだけど、そんな余裕はない。さっさと帰って休みたい……っていうか休まなきゃいけない。
「ま、だ……齢15のガキ、には……戦うだけで、荷が重すぎるっつーの……っ!!」
誰に聞こえる事もないだろう悪態を滑らせる。とりあえず、まずは今日も生き延びられた事を喜ぼう。
「はぁ~~~~……キッッツ………」
任務先で仮拠点にしてるアパートの自室に入った後、いつも通りにシャワーを浴びてから軽い食事を済ませてベッドに身を投げる。
今日は過去一でキツかった。何しろ15歳で低身長の
復讐を決起したあの日に代行者になってから早くも1年は経つけど、今回は少しばかり
「……いいえ、それは違う。本気で
私は知っている。私は理解している。あの女がどれだけの怪物なのかを。アレがどれだけの吸血鬼をこれから殺し尽くしていくのかを。アイツがどれだけの痛みや苦しみに晒されても一切躊躇わずに刃を振るう狂人なのかを。
そうだ。狂い果ててでもこの恨みを、この信念を、この決意と覚悟を貫きたいのは私だって同じこと。理性を捨てない範囲でせっせと頑張ったところでそれは叶わない。
というか、私のような虫ケラは本気で狂わないとあんな化け物の中の化け物には一生届かない。ただ行儀よく特訓してるだけじゃ、ただ生き延びてるだけじゃ、あの女の喉元に刃を突き立てれない。
だから、この程度の無謀なんかでいちいち音を上げていては話にならない。自分をもっともっと追い詰めて、もっともっと狂いながら強くならなくちゃ。
あんなⅠ階梯やⅡ階梯の雑兵とすら言えないような駒連中なんかにいつまでも苦戦している自分に腹が立つ。情けない、あまりにも情けなさすぎる。
「生き急げばその分だけ寿命が縮みそうだけど、そんなコトに憂いていられないわ。そういうのは、寧ろ捨てるべき『甘え』ね。
記憶の中の『
全く以って笑っちゃうぐらいには哀れだけど、この
反面教師としてはこれ以上ないほど有り難いものだ。これからも復讐を成し遂げる上で存分に利用させてもらおうじゃないの。
私はこの哀れな半端者にはならない。況してや死徒の力に頼って溺れるなんて、死んでもイヤだ。私は、私のやり方でこのノエル以上に強くなって、そしてあの悪魔を亡き者にする。
もしも志半ばで死んだなら、私もまたその程度の虫ケラだったというだけ。元よりあの惨劇を味わった時点で一度死んだようなものだし、失うモノを守りたいモノも何もないから後悔なんてしようがないけど。
「明日からは、もっと死ぬ気で行こう。口先だけの決意で終わらせず、本気で死に物狂いで強くなくちゃ」
本当はもう少し早い段階でこう考えるべきだったんだけど、後悔したところで過ぎた時間は戻らない。なら、せめてこれからの時間を無駄にしないように頑張ろう。
アイツが目覚めるまでまだ5年半もあるんじゃなくて、もう5年半しか残っていないんだ。それまでに少しでもあの女に、エレイシアに肉薄できるところまで限界を超えておかなくちゃいけない。無論、その後も只管に際限なく鍛えなきゃだけど。
「死ななきゃ儲けもんの精神も大事だけど……そんなのは、あの女みたいに生まれながらの強い者が持つ余裕の表れに過ぎないわ。私みたいに身の程知らずの無謀な目標を掲げているような弱者は、まず生き延びる事以上に生き延びる為に力を付けなきゃいけないんだから。
私がそんな心の余裕を持つには、それだけの余裕と自信が身につくところまで強くなってからの話よ」
届くかどうかも分からない、そんな高みを掴もうとするかように天井へと手を伸ばす。
口から漏れ出る独り言は、我ながら言い訳がましい暗示にも聞こえる。
けれど、仮にそういう余裕を持てたとしても、私は一切の妥協をするつもりはない。その余裕に甘えて傲慢になりたくなんかない。
それは、吸血鬼として身も心も腐り堕ちた『
「……そろそろ寝るか。明日も早くから起きないといけないし。ええと、薬薬………」
一旦睡眠薬を飲んだ後、消灯して今度こそ瞼を閉じる。
思い返せば、修道院の独房にいた時は不眠症で毎日が辛かったなあ。今はそれ以上に辛いけど。
………なんて考えている内に眠気が深くなってきた。この感覚さえ今も怖いが、少しは慣れてきた気もする。
どうか、この後に目を覚ましても、いつもの日常と変わらない風景でありますように―――――
―――――それから私は、更に死者や屍鬼どもの殲滅に積極的になった。
10匹だの20匹だのと言った小規模のコミュニティに目を付け、増援を一切呼ばずに一人で対峙し、武器を振るい、そして皆殺しにしてから後処理をする日々を繰り返した。
気がつけばその街での雑兵どもは全滅していた。他の代行者たちもあちこちで任務に付いているからだろうと思っていたけど、後から上に聞かされた報告によると私一人で6割以上は掃除していたらしい。
いくらがむしゃらに殺しまくっていたとはいえ俄かには信じ難いし、恐らくは私のモチベーションを維持させる為に現場監督サマが配慮してくださったありがたーいウソでしょうね。
そんなこんなで任務が終わって私は教会の方へと帰還したものの、最低限の報告や準備を済ませてから再び次の任務先へと派遣された。
といっても私が自分から進んでお願いしたので、向こうにとっては単に使い捨ての一代行者の意見と覚悟を汲んでやっただけなのだろうけど。
何れにしろ都合が良い事には変わりないので、新しい任務先でも普段と同じように生活し、そして代行者としての活動は尚更に励むべく積極的に務めている。
ただ、それにしたって―――――、
「……だめ。ダメ、駄目駄目駄目!こんなんじゃあいつへの復讐なんてとんだ笑い話じゃない!全然強くなった内に入らない!
もうあと五年半しか猶予がないってのに……!どこまで才能がないの私は!?結局このまま毛が生えた程度しか変わらないの!?
………いいえ、そんなことはないわ。落ち着きなさい。頭を冷やしなさいノエル。大丈夫、諦めない限りきっと何かしらのチャンスが巡ってくる。神様は、私を見てくださっている筈よ……!!」
この日もコミュニティの一つを始末した。もはやⅡ階梯だろうと労せずに潰せるようになったし、多勢に無勢の状況にもすぐに効率的に対応できるようになった。
しかし、焦りと苛立ちが止まらない。代行者としての資格を得る訓練じゃ平均基準到達で合格だった。そこは別にどうでもいい。最初はその程度でもそこから強くなっていけばいいし、現にこうして雑兵の群れを一人で潰せるまでには力を付けた。
だがこんなペースではまるでダメだ。本来なら最低でもこの時点でⅣかⅤ階梯辺りを難無くぶち殺せるぐらいまでになっておかないと話にならない。
けど、私にそんな怪物染みた才能なんて丸っきり無いのも事実。戦闘の基礎はしっかりと身につきつつあるけれど、何せ今の私は15歳のガキだから幾ら死に物狂いで奔走したところでやれる範囲での限界がある。
認め難くはあるけれど、受け入れざるを得ない。今の時点じゃ、これ以上強くなるのは難しい。
だからってこのまま自信を失って諦める事なんざしてたまるか。こういう壁にぶつかるのは寧ろ最初から分かりきってたじゃない。
努力を放棄するヤツに神様は振り向かない。だからこそ私は、絶対に復讐を諦めない。
「とはいえどうするか。時間は有限、早く次の手段を考えないと――――――あ」
ふと、今までの自分の戦いを思い出す。これまでの私はただ死に物狂いで戦闘の基礎を磨いてきたけど、得意分野を重点的に伸ばすという事にはあまり意識を割いていなかった。
なら、この
「極東のニホンには『急いては事を仕損じる』というコトワザもあるくらいだしね!ただでさえ行き急がなきゃいけない人生ではあるけど、ここは敢えて一旦リラックスして着実に実力をモノにしていきましょう。
今の私にできるのはそれぐらいしかないんだから……とりあえずは半年ほどそのスタンスでいこうじゃないの」
そうと決まればさっそく次の殲滅作業からそうしていこう。記憶の中の『
「よし!それじゃあ引き続き、便所のクソにも劣る汚らしい血と肉をバラバラにしてぐちゃぐちゃのミンチにしながら掃除していこっか!」
わざとらしくそんな悍ましい事を平気で口にし、再び夜の街を人知れずに駆けていく。
ああ――――多分、私はこの時から、もう既に頭がおかしくなっちゃってるんだろうなあ。