愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
………カーテンの隙間から差し込む光で微かに眉をひそめる。
目を覚まして時間を確認すると、時刻は5時半を差していた。
「うん、今日は普通に早起きできたわね。いつもこんぐらいの時間で起きれればいいんだけど………」
こびり付く眠気が鬱陶しい。さっさと顔を洗って吹き飛ばそう。
もっとも、この身体になってからはその気になれば何日もぶっ通しで集中する事もできる。
だけど現状としてはロア討伐の日が刻一刻と目の前まで近付きつつあるので、なるべく体力は節約しておきたい。
備えあれば憂いなしってね。
上体を起こしてベッドから降り、洗面台で軽く用を済ませてから日付を確認する。
……今日で七日目。私たちが遠野志貴に接触し出してからもう一週間になる。
今日の『ノエル』は遠野志貴と朝のHR直前で接触してから放課後に待ち合わせの約束をして、そしてものの見事にすっぽかされて舌打ちしてたわね。
別にこの女の行動を倣う必要はないし、出来ればそうしたくもない。
ただそれはそれとして学校で接触するところまではやっておこうかしら。まだ転化の兆候は表われないとはいえ、一応彼の様子はしっかりと確認したい。
その後の事は……ま、それまでの間に考えておきましょう。どうせ今日の時点では何も異常は起きないでしょうし。
「――――あ、おはようございます。ノエルさん」
「ん、おはよう志貴クン。それはそうと今朝はいつもよりちょっとだけ早くない?」
「はい、恥ずかしながらちょっと時間を間違えちゃって……。
ノエルさんの方こそ俺より早く登校してるなんて流石です。部活動か何かの準備ですか?」
「そんなんじゃないわ。ただ、家で何もやる事なくて暇だなーって思ったから来てただけよ。
早朝は静かで空気が良いし、景色でも眺めて暇をゆっくりと潰すには最適と思わない?」
「あ、ちょっと分かる気がします。俺もよく教室の窓からぼんやりと眺めてたりしますよ」
「ふふ、でしょ?授業中でもついついそうして1人だけの世界に入っちゃうコトあるわよねえ」
前言撤回。いや、撤回するぐらいの異常でもないけど。
『記憶』だとシエルと一緒にドタバタと学校に駆け込んでたけど、今日の彼はHR直前どころか30分ほども早くに登校してきた。
些細な違いだけど、これもまた
「にしてもキミって時間を間違えると遅刻するんじゃなくて、早くから登校するんだ。
まあ偶々今回はこうなったってだけでしょうけど、何となく志貴クンは勤勉家の節が見受けられるわね。
クラスの先輩な私が言えた事でもないけど、もう少しゆったりと気楽に動いてもいいんじゃない?」
「はは、十分気楽にやってますよ。それに勤勉家って言われるほど勉強好きでもないですし。
もしそうなら金曜日に無断欠席なんてしていないでしょう?」
「ふふふ、そうだったわね。アナタも十分に
……なんて揶揄ってみたけど実際のところ、その時は貧血による早退だったんでしょう?一応訊くけど今は大丈夫?」
「はい、そっちは大丈夫です。今朝は特に調子が良いし、この分なら放課後までやっていけそうですね」
……調子が良い。調子が良い、ね。
確かに見たところ血色もいいし、慢性の貧血持ちとは思えないぐらいだわ。
見ようによっては
「それなら良かったわ。何事も健康で好調なのが一番よ。
ところでこの際だから質問しちゃうけど、キミのその貧血って生まれつきなモノだったり?」
「いえ……生まれつきじゃなくて後天的なモノです。子供の頃に事故にあって、それ以来からというか」
「まあ、それは気の毒に。それで運動があまりできなくなったり、食欲も薄くなってしまったのね。
………因みにもう一つ質問をするけど、その事故というのはどんなモノだったの?」
「どんなモノかって、それは………………、
ただの事故、ですよ。こうして無事だし、大したコトじゃありません。強いて言っても、それこそ貧血持ちになっているだけです。
あと、そろそろHRの時間が迫っているので失礼します」
発言に言い淀んでいる様子で彼は答えると、そそくさと私の横を通り過ぎる。
「あら、確かにそうね。時間が過ぎるのは早いわ。変なコト訊いて悪かったわね志貴クン。
体調が良いなら今日からしっかりとしなさい。余計なお世話かもだけど、無断欠席は極力しない方が身のためよ」
私も去り際に忠告をし、彼から離れる。
そのまま教室に――――は向かわず、いつものように屋上で今しがた見た彼の様子を振り返る。
あの感じから察するにどうやら事故については本人も覚えが曖昧そうだ。
『記憶』を閲覧する。ここにも彼があったという事故に関する記録は特にない。
ただそれでも
『記憶』の中におけるコイツの調べだと、彼は七年前に本来の遠野家の長男に襲われ、生死を彷徨う大怪我を負って親戚の家に預けられた。
この一件こそが事故の正体であり、当人に詳細な覚えが無いのもそこで長男の手によって一度殺されたから……と考えれば合点がいく。
文字通り死の淵にまで追いやられるほどの惨たらしい臨死体験を味わされて、そのショックで事故に関する記憶が殆ど欠け落ちているんなら納得ね。
「そういう意味じゃ、彼が羨ましいわね」
ぽつりと、不覚にも言葉を漏らす。
彼はそういう、生きているだけで精神的に大きな負担になるような
言い換えると無意識に忘れる事が、できている。これは私にはできない。そうしたくてもできなかった事だ。
どれだけ蓋をしたくても、どれだけ妄想に逃避しようと、どれだけ苦しもうと、どれだけ背けたくても忘れられない。忘れられるワケがなかった。
だからこそこうして復讐者になった、とも言うべきだけど。
一生のトラウマになるような記憶を思い出す事も蝕まれる事もなく生きていけている彼が、少しだけ羨ましいと思う。
「………いえ、何を考えてるのよ。遅かれ早かれロアに汚染される運命にある彼が羨ましい?
我ながらまだこんな寝言をほざくなんて、つくづくニンゲンらしさが抜けきってないわ」
今も何処かで息を潜めてるだろう
けどほんの僅かでも滅殺し損ねれば
というより『記憶』の方でも
遠野志貴=ロアであるという認識を前提としていたから、『ノエル』は言うに及ばず『シエル』も
だから、最悪この時点で
彼がさっき『調子が良い』と元気そうに言ってたのもその疑惑を強めてしまう。
これが偶然の快調ってだけならまだいい。
問題は『
もし後者であれば現時点で遠野志貴がロアと化す末路は避けようがない運命として確定する。
そうとなったらもう殺すしかない。
「
正直なところ、私としてはどちらに転んでも構わない。
そりゃあ先に
私にとって最も復讐すべき標的はシエル。でもロアが消えない限りアイツも殺しきれないので、まずは何が何でもロアを滅ぼさなくちゃいけない。
13年前からずっと掲げてきた目標、使命と言っていい。だから私は長男だろうが志貴クンだろうが、そいつが『ロア』であれば必ず殺すだけ。
そこまでやって、ようやく復讐する為の前提条件がクリアできるんだから。
「『調査対象と接触。今のところはまだ何も異常は見受けられないが、これから段階的に表れていく可能性アリ。真祖と並んで要監視を徹底して継続するべき』っと。
ま、あの女ならロアの魂がどこまで浮上してるかを正確に知覚できるし、こんな報告いちいち律義にしなくてもいいかもだけど」
それはそれとしてあんまり伝達をサボってると後が怖いので、すべきタイミングでしっかりやっておく。
ここだけは『ノエル』も最低限以上にちゃんとやってはいたわね。数少ない評価できるところよ。
この後は……真祖の監視と行こうかしら。今はまだ日中だから帰って自主練に励むのも悪くはないけど、自分からシエルに警告した以上はこっちもちゃんとやっとかないとね。
とはいえ今は志貴クンの監視でいい。どうせ今夜も真祖の方から彼に寄ってきて一緒くたになるだろうしなあ。
「ほんっとお熱いコト。それを見せられるこっちの気持ちも……考えてくれるワケないか。クソがよ」
◆――――――――――――――――――――――――――――◆
――――八日目の朝。今日の目覚めもいつも通り最悪だ。
「もう数えるのも馬鹿らしいぐらいになるから慣れてしまってるけど、悪夢を見るのが当たり前になってるのはこの街じゃシエルと私ぐらいでしょうね……はは、きっしょ」
思い出すと、今日は中学の友達だった子が足先からゆっくりと挽肉にされて血と内蔵がブシャブシャ飛び散るスプラッターな内容だった。
強いて言えば夢自体は普段よりも
「……あ、睡眠薬もそろそろ使い切るわね。また新しくどっかで買ってこなきゃ」
とはいえ最近………というか二年前ぐらいから段々と効き目が薄くなってきている。
余程疲労が溜まってない限りは自力で眠れないから薬に頼って寝るしかなかったのに、これじゃその内耐性が付き切って全く効かなくなるかもしれない。
やっぱり特注の強力なヤツを用意するしかないのか。もしくは何とか自力で寝れるよう努力してみるか。
不眠症ってダルい。これも全部あの地獄のせいよクソったれ。
「それはそうと昨日は結局仲良しこよししてるところを見せつけられただけだったわ。
進展は実質なし。
思ったより『コレだ!』というような手掛かりが得られず、苛立ち混じりのため息をつく。
起きた傍から機嫌を悪くするのはよろしくないけど、こればっかりは事実なので覆しようがない。
それでも現状として受け入れるしかない。ひとまず、今やれる事を冷静に考える。
まず、昨日の真祖の監視行動。これは結果として、真祖がこの街に来た目的や吸血鬼についてなどを調査対象に説明しながら交流していただけに終わった。
細かいところも挙げると日付が変わるまで交流してたり当然のように明日も会う約束を交わしてたりもしていたものの、肝心の
故に実質進展なし。よってこの結果は役に立たない。
次に『記憶』を閲覧する。
この日の『ノエル』は保健室でシエルと一緒にこの国の吸血鬼事情や今後の予定について話していて、その後にベッドから目を覚ました志貴クンと軽く雑談してる。
接触らしい接触はその程度。ハッキリ言って監視に意識をそこまで向けていない。
まあいいわ。『ノエル』がそうなら私は今日も積極的に動こう。
それに『記憶』通りに未来が進んでいない現状を考えると、志貴クンは保健室のお世話にはならないかもしれない。
じゃあどうしようか。
とりあえず午前中は志貴クンの監視に目を向けるべきよね。些細な変化がないかをつぶさに見なきゃだし。
昼からは…………、
「そういえば、櫛塚方面のところに病院があったわね。そこの調査でもしようかしら」
住宅街から離れた工業地帯。そこにもう何年も前に営業停止し、今は廃墟と化している病院がある。
シエルとの一ヶ月に渡る調査の中でそこも当然ながら把握しているけれど、もしかしたら死徒の根ぐら……というより残党がまだ生き延びているかもしれない。
そもそも根ぐらになっていたのも私たちが総耶に来るよりずっと前の頃だったらしいし、今更ここを調べても微かな汚染痕ぐらいしかなさそうね。
よし、予定は決まった。さっさと行動を開始しよっと。
「ここね。櫛塚の廃病院………見れば見るほど寂れたお化け屋敷にしか見えないわぁ」
ところどころ不自然に倒壊している廃墟を前に率直な感想を垂れる。
元死徒の根ぐらという経緯も納得の様相だけど、廃墟なだけあって内部もかなり薄暗そうに見受けられる。
ぶっちゃけ本当に今も何匹か隠れていそうだ。ヤツらにとっちゃ
……午前中の志貴クンの監視はやはりというかこれと言った進展は何もなかった。
ただ、屋敷を出て間もなく
前者はほんの一時事情聴取されるだけだったけど、後者は完全に真祖のマイペースぶりに振り回されていた。
私としても後者に関しては流石に彼に同情した。同じ立場だったら私だって悲鳴上げてるもん。
そんなこんなで午前中の監視を終えた私はシエルに定期連絡した後、ここの廃病院へと訪れている。
自分で来ていて何だけど、こんなところに
第一アレの棺は下水道にあったし、本体は少なくともここには潜んでないだろう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……まあ
入口から内部に入る。院内は廃墟特有の不気味な静寂が支配していて如何にも何か出てきそうな雰囲気だ。
当然、見落としなんてあっちゃいけないので一部屋ずつ確認をしていく。
……ところどころに微弱な汚染痕が見られるので片手間に浄化しているけど、この感じだと痕が残ってから随分と時間が経ってるらしい。
比較的新しいモノならどこかに
一階、二階を調べ終わって三階へと上がる。
ここまでは異常なし。この階もそれなりに広いけど30分足らずで終わるでしょう。
夜属や夜魔の気配もなし。結局ここにも何も無、
「――――っ!?」
不意に背後から現れた『何か』の気配。
瞬時に身を捩ると同時に
弾き落としたそれは巨大な爪のようなモノで、深々と床に突き刺さっている。
これは何なのか。即座に飛んできた方へと意識を向ける。
……仄暗い通路の奥から何かの足音が近づいてくる。しかしよく聴くとヒトのそれにしては随分と重々しい。
それだけじゃない。どう聴いても二足歩行のそれにしては強烈な違和感がある。
これは―――――これは、まるで虫の這いずる、音………のよう、な……?
「……………は?」
思考が強制的に止まる。姿を現した
ヒトとも、虫とも言えない不定形の生命体。
樹皮のような、革のような、一目で頑強だと分かる外皮。
だらしなく肥大化し、血管を這わせた醜悪な腹部。
その腹部から伸びた六本の蜘蛛脚。
肩の瘤には牙とも爪とも言えるような鋭利な部位が何本も群生している。今飛ばしてきたのはアレだろう。
人のような上半身に、蟲のような下半身。
こんなモノは見たことがない。聞いたことも、与太の可能性として過った事すらない。
何。何なの、コレは。
「っ!!」
なんて考えてるとアレが多腕を一斉に伸ばしてくる。
開けたところなら楽に避けれるけどここは屋内だ。見切って斬り落とすしかない!
視覚に神経を集中し、向かってくる多腕を一本ずつ正確に断ち切る。
触手のように撓る腕。どうやら骨は存在しないらしい。同時に死徒の匂いがある事も理解する。
「コイツ、新種の
でも、この個体の戦力は
何時から
地の利においてはヤツに分がある。下手に動きすぎれば致命傷をもらう。
「ふぅ――――めんどくさ。なんでこんなのが、いるんだか――――!!」
一息ついて、奔る。
屋外に誘いたいところだけどコイツもそこまでバカじゃないだろう。
なら、向こうが動ける範囲を燃やしてしまえばいい。
槍斧に炎を付与して前方に薙ぎ払う。
炎は舐り回すように床や壁を覆っていき、ヤツを呑み込まんと伸ばしていく。
当然ヤツとしても素直に受け入れる筈もなく、3mほどもありそうな巨体を全力で後退させていく。
それと並行して瘤に生えている棘を弾丸にして飛ばしてくる。問題ない、この速度ならもう対応できる。
炎を振り撒き、弾丸を打ち落としながらも接近し、ヤツを観察する。
先ほど斬り落とした腕は再生しきっている。凄まじい速度だけど死徒である以上はそれに使う血液にも限界がある。
あの巨体にどれだけ血液が貯まってるのかは分からないけれど、あの速度から考えると消費量もバカにならないハズ。
「――――
雷霆が表皮と内側の肉を焼き焦がし、身体機能を破壊する。
しかしヤツは後方に下がりつつも弾丸を飛ばす。分かってたけどこの程度じゃ決定打に欠ける。
しかも破壊された側から音を立てて即時に再生している。
人間だった頃の私なら成す術なく喰われてたでしょう。
「もっとも――――この時点でお前の能力は凡そ把握できたわ」
巨体に見合わぬ素早さ、瘤の棘による遠距離攻撃、撓る多腕による物量攻撃、そして異常な再生力。
確かに脅威ではある。もしかしたらまだ何か隠し持っているかもしれない。
でも
得体の知れなさはともかく、戦力としては結局凡百の下級死徒と同レベルと見た。
そんなんじゃ仮にまだ何かしら能力を秘めてたとしても焼け石に水、宝の持ち腐れだ。
足に力を入れ、ヤツの懐まで一気に加速する。
ヤツの多眼が反応する。ああ、でも身体が致命的に間に合ってない。
「――――バラバラになれ」
槍斧を瞬時にブン回し、周りの壁や床ごとヤツの肉体を乱雑に切り刻む。
当然、一撃ごとに不浄を
『■■■■■■■■!!??』
……崩れる床と共にヤツは名状しがたい不細工な悲鳴を出して落ちていく。
あの蜘蛛そのものな頭部のどこから悲鳴なんてものを発してるのか。気色悪いったらないわ。
そのまま私も下の階に着地し、瓦礫を浴びているヤツを確認する。
ヤツの肉体は切り刻まれ、火達磨にされて尚も再生しようと奇怪に蠢いている。
でもそんな再生なんざ私の炎が許さない。この炎は死徒のような不浄なる魔を滅する十四の石によるもの。
例え二十七祖だろうと直撃を受ければタダじゃ済まないし、場合によってはそのまま滅ぼせる。
お前のようなヒトと蟲をツギハギしただけのような猛獣モドキの
もうこの時点で討伐は終わった。あとは念入りにトドメを刺すのみだ。
「身内や仇に文字通り死んでも死なないバケモノがいるせいかな。
私ね、こういう勝ち確定の状況になってもしっかりとトドメを刺さなきゃ安心できないの。
……ま、知性が全く感じられない畜生以下のお前に言っても分からないでしょうけど」
手を翳し、炎を全体に浴びせる。
ヤツは断末魔すら黒い炎に掻き消されながら消滅し、この世から完全に退場した。
「――――はあ。それにしても本当にビックリした。
まさかこんなヤツが潜んでたなんて想定外も想定外よ。何でこんなのが発生してんだか……」
自然発生でこんな化け物が生まれるとは到底考えにくい。
死徒の呪いはウイルスのように感染・拡大するし、変異性も多岐にわたるけどここまでの異形は形成されないハズ。
ほぼ確実にコレを造ったヤツがいる。それが果たしてロアなのかは分からないけれど、とにかく製造者がいるのは間違、
「……?」
そこまで考えて――――ふと、妙な感覚を覚える。
何だろう。これは……既視感?私はこの怪物を、初めて見たワケじゃない?
いや、そんな筈はない。『記憶』にもこんな風なバケモノを目にした事はない。
我ながら何を考えて、
「……ちょっと、待って。まさかこの怪物って、そういうコトなの?」
今しがた過った可能性に戦慄する。しかしそれなら妙に合致するところがある。
この、人とも蟲とも付かない、どちらもが中途半端に混ざり合った―――――
そうだ。これは……………13年前のあの地獄に垣間見た『巨大な虫にされてた街の人たち』とそっくりなんだ。
ってことは、見ただけで生きることを諦めてしまいそうなぐらいに悍ましい八脚の大蜘蛛も、この街の何処かに潜んでいるかもしれない………?
「………とりあえず、これもシエルに報告ね。ここに来てこんなヤツも出てくるなんて、どうなってんのよこの街は?」
背筋に冷たい
冗談じゃない。冗談じゃない。冗談じゃない。
まだ断定したワケではない。だけど可能性を示唆するモノがこうして出てきてしまった時点で懸念がヘドロのように拭えなくなる。
ヴローヴは原理血戒自体に蝕まれていた事と日中だったのもあって何とか斃せた。
でもアレは違う。悍ましさのほんの一端しか見ていない私でも直感で断言できる。アレはアインナッシュと同じだ。中途半端で壊れかけていたヴローヴなどとは違って、二十七祖としての本来の規格に座している。
あくまで可能性とはいえそんなのがロアや真祖と同じ街にいるかもしれないとかふざけないでほしい。
これもまた警戒すべき事案だ。
何時どこから襲ってくるか分からないという点ではロアも同じだけど、死徒としてはⅥ階梯止まりのアイツと違ってあの大蜘蛛は確実に祖だ。
個の脅威性では言うまでもなくそっちに軍配が上がる。
「『緊急の報告。櫛塚の廃病院で異形の屍鬼と遭遇・交戦し、これを討伐した。しかしその特徴から考えられる最悪の懸念として、ヴローヴを除く二十七祖がもう一匹この街の何処かにいる可能性がある。現時点ではまだ可能性の域を出ないものの要注意はされたし』……っと。
クッソ、マジで勘弁してほしいわ………」
何れにしろまた厄介な要素が増えてしまった。
ああもう、これだから吸血鬼はこの世から絶滅させなきゃならない蛆虫なのよっ……!!
……少し落ち着いてから廃病院を後にした私は駅から戻り次第、調査対象の監視を再開。
やはりというか深夜になると真祖が接触し、死徒狩りに路地裏のアパートに入ったりとでやってる事は昨日と殆ど変わらない。
あの場所の事後処理も後でちゃんとやっておくとして、真祖との交流が続いてる以外には何も異常なし。
本日も進展はなさそうだ。今のところ真祖が彼を噛みそうな節もないし。
そういう感じで彼が真祖と別れて、帰路についてるのをじっと観察していると――――不意に事態は訪れた。
「あれは――――影?」
街灯の辺りに何かが立っている。姿は文字通り黒い影に覆われていて詳細は視認できない。
……彼も気づき、瞬時に警戒してナイフを取り出した。けど影の方は怯みも動揺もしない。寧ろ嗤っている、ように思える。
それはゆっくりと志貴クンに接近し、警戒した彼の方から仕掛ける形で凶器の打ち合いが勃発した。
今しばらく様子見していると、徐々に志貴クンの勢いが鋭く増していく。
影の動きに早くも適応しつつある様子で、反対に影の方は防戦一方になっている――――様に見える。
何となく胸騒ぎがする。あれは、相手の
もしそうなら掌に乗せられているのは逆に志貴クンになる。なら流石に見過ごせないわ。
様子見に徹するのはここらで十分でしょう。
「―――――そこまでよ、薄汚い吸血鬼」
黒鍵を投げつけ、着弾の勢いで壁に吹っ飛ばして固定する。
そのまま式典で付与した私の炎を着火させ、何もさせずに火炙りにする。
「“アアアアアアaaaaaaaaa………!!!!”」
耳が腐りそうな断末魔を上げた末に、影は跡形もなく霧散した。
この散り方……間違いない。やっぱりコイツは本体が差し向けた“影の分身”ね。
こういう吸血鬼としての能力を使えるのは基本的にⅥ階梯以上の死徒に限る。
そして現状のこの街においてこんな芸当ができるだけの力を持つ死徒は、あの大蜘蛛を除けば一匹しかいない。
つまり、この分身の本体こそが―――――。
「あの、ノエルさん………?」
「ん、ああ……そういえば志貴クンにこの姿を見せるのは初めてだったかしら。
見ての通り、実は私シスターなの。ただし、吸血鬼みたいな人ならざる異端者を力で強制的に断罪する方のね」
「ええ……?シスターって、じゃあその言い方だと生徒は仮の姿なんですか……?」
「うん、そうよ。まあ学生も学生で楽しませてはもらってるけど、本業はこっち。
この街に巣食う吸血鬼を斃す為に本国の教会からやって来た、というのが目的なの。
っていうかキミもあの金髪の真祖から聞いているんじゃないの?私みたいに吸血鬼を狩る執行人――――“代行者”の事をさ」
「…………………代行者。それって、教会の?」
あ、これ触りしか知らないヤツだ。意外ね、あの真祖の事だから私たちの
それとも私のようなシエル以下の金魚のフンは眼中にないってか?
………ま、それならそれで別にいいわ。真祖に目を付けられるとか死んだも同然だしね。
「あら、何かその感じだと役職名しか知らないっぽいね。あー、だとすればこれは無駄に口を滑らせちゃったかな。
でもいいわ。この際だからパパっと軽くレクチャーしてあげる」
そうして私は自分がなぜ代行者としてここに来ているのか、そもそも代行者の役割とは何なのかを一通り説明した。
「要約すると、代行者とは吸血鬼の牙から人々の安寧を守護する使命に殉じている。その為なら時として手段を選ばずに断罪する事もままある。
……そういう仕事人のような役職、という事ですか」
「ような、じゃなくて仕事人そのものよ。そして、
代行者は任務を遂行するにあたってツーマンセルで行動する事が基本原則なの。だから私以外にも少なくとももう一人いるわよ。
どうせ遅かれ早かれキミは知るだろうから今言っちゃうけど、そのもう一人がシエルさんなの」
「は、え?ええ?シエル先輩が、代行者!?
――――ってことは、ノエルさんとシエル先輩はお互いにコンビの代行者としてずっと前から潜入してたって、コトなんですか……!?」
「うん。大体一ヶ月以上前からあの子と既に潜入してたわ。どう、ビックリした?」
そう。そしてその一ヶ月以上の調査が――――ひいては13年前からずっと続いていた因縁が、もうすぐ終わろうとしている。
「いや、ビックリするも何も、情報の整理が追いつかないというか……先輩が、代行者?本当に?」
「逆にここでしょうもないウソを言うと思う?
まあ、つまりはそういうコト。私とあの子は吸血鬼狩りの代行者で、元々この街に任務として来ているの。
当然、キミが金髪の真祖……アルクェイド・ブリュンスタッドと行動を共にしているのも把握しているわ」
「……!」
「私たちからしても真祖は吸血鬼の一種。だからそんな吸血鬼と行動しているキミもまた無視するワケにはいかないので、さっきまでキミの事を静かに尾行してたわ。
無論、今日も真祖と街中を歩いていたところもバッチリ遠くで視てたわよ。……これも任務の一環だから悪く思わないでね?」
「………そこは、理解できます。立場が同じなら俺もそうしてるでしょうし。
でも弁明しておきますが、俺は誓って良からぬ事とかは考えていません。
アイツと一緒に行動しているのも、自分たちの住んでいる街の為に吸血鬼を狩り出す協力をしているってだけです」
……自分たちの住んでいる街の為に協力している、ねえ。本気で言ってるんだろうけど、だからこそ実に健気なこった。
「そう。ならその言葉を信じてみようじゃない。そして一つ、私からも忠告してあげる。
私たちが討伐を目指している死徒はもう何年も前からこの街を汚染しているのよ。正確に言うと七年近く前からね。
ソイツは案外身近なところにいて、長期間潜伏しつつ街を死都に塗り替える手法を得意としているの。特に
わかる?要するに街を守りたいならまずは自分の身の安全を常に意識しておいたがいいってコト。自分すら守れないヤツに何かを守るなんて土台無理な話だからねえ」
「――――それは、どういう?」
ふふ、心の奥底では薄々ながら理解してるクセに敢えて訊ねるのね。まだ直視したくはないって事かしら。
「だってそうでしょう?さっきの影は明らかにキミに意識を向けて命を狙ってきた。吸血鬼を殺して回る真祖ではなく、他ならないキミ自身をね。
これがどういう意味か。それをもう少し真剣に考えた上で常に身構えておきなさい。
――――それじゃあ命があったらまた会いましょう、
うん、まあこんなところで十分でしょう。
柄にもなくベラベラと喋っちゃったけど、これで彼としても危機感を持ってくれるわよね。
一跳びでその場から離脱し、夜の街へと繰り出す。
今夜は大きな収穫だ。
これが分かっただけでも進展した。後でシエルに報告しないと。
「いい。いいわ。素晴らしいわ。なら尚更に真祖より先に見つけてブチ殺さないと!
シエルにも譲ってあげるもんか。最後の最後であのクソ蛇に滅びの手向けを渡すのは私だ……!」
一番の仇はあの女だけど、それはそれとして全ての元凶であるロアもまたこの手で確実に殺さなくちゃいけない。
その為にも明日からもっと真剣に調査して、ヤツの潜伏地点を把握しておかないと!
ああ、潜伏地点といえば思い出したけどアイツの棺って確か学校の下水道にあったんだっけ。
はは、『ノエル』も驚いてたけどまさかそんなところにあるなんて灯台下暗し――――――
「――――――――」
自然と足が止まる。ゆっくりと、視線を校舎の方角へと向ける。
どうして『記憶』で場所が分かっていながら調査とかしてたんだろう。何で答えを把握してるのに気づけなかったんだろう。
―――――最初から分かっているなら、機を見てとっとと実行に移せばいいじゃん。