愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
「――――よし、今回もスムーズに始末できたわ!何気に駆除速度のマイベスト記録を更新できたんじゃないかしらね?」
死屍累々の現場をいつも通り処理しつつ、自己ベストの更新に感心を覚える。
施術を受け、聖別化した義足を手に入れてから早くも11ヶ月ほどの時間が過ぎた。
あれからも変わらず雑魚狩りを続けてはいるけど、この足になってから格段に駆除作業の効率が上がったし更に強くなれたんだなという実感が湧いてくる。
特にそれが顕著だったのは、あの夜属相手でも以前ほど苦戦しなくなった事だ。以前はただ一方的に打ちのめされるだけだったけど、今は多少の時間稼ぎ程度なら戦いを成立させられるぐらいにはマシになった。とはいえそれは向こうが余裕ぶっこいて手加減してくれてる内に限った事だけれど。
丸一年近くも要して未だにⅣ階梯の一匹も一人で処理しきれないのは癪だけど、少なくとも前よりは善戦できるようになれた時点で大きな進歩と言っていいだろう。ここは素直に自分の努力を褒めるべきね。
「まぁ、あの悪魔は『記憶』によるとそのⅣ階梯よりも更に二段階上のⅥ階梯だったらしいけど。そもそもロアという吸血鬼自体がその階梯なのよね。死徒に堕ちやがった
つまり私が現在進行形で必死に超えようとしてる夜属なんか簡単に捻り潰せるワケで………あ~~~~~ほんっと腹立つわぁ」
ていうかもうあと四年ちょっとであいつが生き返ってしまうのか……もう一年後には並程度のⅥ階梯を斃せるところまで行きたいけど、まず今の時点では無理よね。
まずもってレベルが違いすぎるし、夜属一匹殺すのに悪戦苦闘してるならⅤ階梯の夜魔の時点で100%ブチ殺されるでしょう。つーかその時点で代行者が束になっても勝てない程の馬鹿げた力を備えてるってヤバいでしょ。とても斃せる気になんかなれやしないわぁ~…。
「……取りあえず、ここらでそろそろ扱う武器のバリエーションでも増やそうかな。今ある武装の扱いにはもう大分慣れてきたと思うし、手札は増やしておくに越したことはないわ」
といっても胸を張って得意と言えるぐらいに扱えるのは槍斧だけなんだけど。普通に扱うだけなら黒鍵も並み程度にはできる自信がある。
でも扱える武器を増やそうとしたところで、こういうのは手先の器用さとかそもそも才能の有無もガッツリ関ってくるからねえ……さて何から手を付けようか?
そう思ってパッと脳内に浮かんできたのは、灰錠、蛇腹剣、アサルトライフル、弓といった面子だった。灰錠は既に何度か実戦でも使ってはいるものの、正直に言ってそんなに使う機会がないから不慣れと言えば不慣れだ。
あとの面子は……これは『記憶』の中であの女が使っていた武器群から連想したものだ。アイツは特に弓に関しての腕前は折り紙つきのようで、怪物たちがひしめく埋葬機関をして『弓のシエル』と称されるほどにズバ抜けてるらしい。
凡人オブ凡人の私にはそれがどれほどの卓越した腕前かは分からないけど、少なくともオリンピックのアーチェリー選手なんざ足元にも及ばない次元であるとは察せる。
加えて『記憶』にある描写を見る限り、蛇腹剣やアサルトライフルの扱いにおいてもめちゃくちゃ変態的な取り回しをしているのが見て取れる。何で秘蹟の補助なしで馬鹿でかい剣をブンブン振り回せたりアサルトライフルを片手で乱射できんのよ。見れば見るほどコイツが如何にバケモンなのかが理解できるわね。
それはそうと結局のところ扱う武器はどれにしようかしら。流石にコイツみたいな人間兵器レベルの域には及ぶべくもないとして、コイツに倣って同じ系統の武器を扱いたいという気持ちも無くはない。
『記憶』の中の
私はそういう羨望は向けてないけど、コイツの吸血鬼殺しの技術に関しては大いに参考になるし、可能な限り積極的に実践すべきだとは考えている。
現に二年半近くの中でここまで強くなれたのも、偏に
「うーん、そう思うといちいち選別するのも面倒だから一旦全部やってみよっと!こういう時こそチャレンジ精神は大事よね✩」
よし、ここの処理も終わったから後で教会の方に武器の支給を申請しとこう。親基の調査や討伐は未だに他の代行者に任せるしかないし、今日はこの辺りで引き上げて帰宅しようかしらね。
そうと決まれば次はどのぐらいの期間で最低限モノにできるかよね。言うまでもなく私は武器を扱うセンスも0か1しかないから、数ヶ月程度で全部を実戦レベルで扱いきれるワケがないし………ここは思い切って丸一年かけてじっくりと練習しましょうか。
灰錠はともかく、蛇腹剣やらアサルトライフルやら弓やらは全然触れた事すらないから心得もクソもないし、もしかしたら一年かかってもまだ素人未満の域を出てない可能性も考えられる。つーかぶっちゃけそうなってる可能性の方がずっとある。
「でも、そんなものは百も承知よ。それに決して諦めない復讐心を努力の原動力にすればある程度はなんとかなるわよね!」
こういう時はあまりネガティブに捉えず、上っ面だけでもポジティブになって励んだ方がいい。常に自分を追い詰めないといけないとはいえ、それにずっと堪えられるほど私の心は強くない。『諦めなければ最低限の結果は出せる』という希望ぐらいは抱いておいた方が精神衛生上においてもマシだろう。
「それじゃあさっそく家に戻って申請を出す準備をしないと。これからの一年は文字通り武器の扱いにひたすら注力する事になるだろうから死ぬほどイヤだけど、これも復讐の為と思って頑張らなくっちゃ!」
辛かろうが苦しかろうが強くなる為なら厭わない。アイツが目覚めるまでの時間は刻一刻と過ぎ去っているけど、その中で出来うる限りの事をやり尽くす。
さあ、また一つ苦行を死に物狂いで頑張ろうじゃないの、ノエル。
――――――そして丸一年。私は各種武装の申請を出して支給してもらった後、実戦も交えながら何度も何度も振るいまくって撃ちまくった。
その度に酷い筋肉痛にかかって動けずに寝込む事も一度や二度じゃなかったけど、特訓の甲斐あってか最低限の扱いは出来るようにはなった。
特に我ながら集中して練習していたのは蛇腹剣と弓だった。私が手に入れたのは最大で5mまで刃列が伸びるタイプだったけど、扱いがクッッソムズいから本当に苦労させられたし、うっかり射程操作の感覚を間違えて自分の腕や足の皮膚を切ってしまう事もままあった。今もうっすら傷痕が残ってるからマジ嫌だわ。
弓も弓で信じられないほど神経と筋肉を使う。そもそも私は視力も凡人並みだから秘蹟である程度強化しておかないと遠くの標的をロックオンできないし、できたとしても肝心の射撃を外すパターンがあまりにも多かった。今も外す時は普通に外してしまう。
アサルトライフルはスコープ付きだからまだ正確に狙えるけど反動がバカだから少し連射しただけで脱臼しかかるし、相対的に一番マシだったのは言わずもがな灰錠だった。
総じて散々な一年ではあったけど、それでも一定の成果は出た。例えば――――――
「―――今!」
弦を軋ませ、声と同時に矢を放つ。放たれた矢は音もなく高速で飛んでいき、
「よし、当たった。じゃ、次よ」
標的が消滅するのを確認してから、義足の馬力を活かして建物間を跳び移る。着地の度に小さくない衝撃が生身の足を襲うが、これでも予め施しておいた軽量化の秘蹟で私自身の体重を軽減しているので割と普通に耐えられる。
そうして現場まで到着し、眼下の路地裏を見下ろせば騒めきに満ちているⅢ階梯共の姿が。どうやら今回遭遇したのは不死のみで構成されたグループのようだ。
すぐ側には血の床溜まりを広げて冷たくなっている犠牲者が一人。この分だとエサを分け合って屯していた感じか。
「付近には強力な個体の姿や気配は見受けられない。というかいたら私の気配を既に察知してるだろうし、コイツらの中に脅威はいないようね。それじゃあ作業と行きましょっか」
警戒すべき要素はないと判断したので、そのままアパートの屋上から跳び下りる。そして落下の勢いを利用し、一匹の脳天に目掛けて真上から槍斧で貫く。
突然の奇襲にその場の全員が呆ける。その一瞬を逃さずに蛇腹剣を取り出し、近くにいる奴らをズタズタに斬り裂く。
そこで
そのまま蛇腹剣で斬り払って牽制しつつ、アサルトライフルに切り替えて周囲に乱射していく。反動を少しでも抑えられるように秘蹟で射撃時の衝撃と負担を軽くし、それに加えて一時的な肉体強化も付与しているので脱臼や筋断裂の心配は大きく下がっている。
「ひ、ひぃっ……!?な、なんだよこのガ、ギぃっ!?」
「や、やっぱりダメだ!逃げ―――べ」
「おい、こんなの話が違うぞ!今の時間にこの付近を巡回してる代行者はいな」
うるさい蠅のさえずりも、連続的に響く銃声に掻き消されていく。肉体を容赦なく破壊し尽くされ、ハチの巣になりながら斃れていく蛆共の姿は愉快であり不愉快だ。
やがて装填していた弾が尽きる。それを確認して周りに目を向ければ、もはや残っているのは3匹程度。加えてその3匹も穴が空きまくって瀕死のようだった。
「それじゃあ後は適当に殴り殺すから、全員大人しくそこから動かないでちょうだいね。動いたヤツは拷問して殺すから」
生かすつもりなんて一切ない死刑宣告を事前通達してから、灰錠の偽装を解いて腕に装備する。これは予め設定された紙片によって色んな形状や能力を備えるけど、私の場合はメリケンサック型で純粋に殴って撲殺するタイプになっている。
そして、半死半生になってる蠅共へ歩を進める。一匹目はヤケになって襲ってきたけど頭がガラ空きだったのでそのままミンチになるまで殴り潰した。
二匹目は既に諦めたのか全く抵抗の素振りを見せなかったので遠慮なく顔を殴り付ける。その勢いで地面に倒れ込んだところを足で踏み潰した。
最後のヤツは頭を鷲掴みにしてから、もう片方の拳で顔面を脳みそごと全力で殴り潰した後にダメ押しの黒鍵で終わらせてやった。
「生き残りや取り逃がした奴は……いないか。うん、今回もそんなに大したことなかったわね」
頬に着いた血を拭き取りながら、駆除作業の完遂を確認する。最近は大体こういう感じでスムーズに終わらせれるまでに手慣れてきているけど、これでもまだⅣ階梯を仕留めるには至らないんだから恐ろしいわ。
「ふふ……けれどこの一年の特訓は無駄になってるワケじゃないのも事実だし、そこは素直に嬉しいわね」
限られた時間の中での丸一年消費。こうして効率的に、かつ迅速に殲滅できるようになった事そのものが、その苦労に見合う成果だったと誇っていい。
やっぱりこういうのは確固たる覚悟と決意あってこそのもので、『記憶』の方の
この記憶がなければ、この私もああやって中途半端に生きて中途半端に散っていったのかと思うとゾッとさせられる。吸血鬼への復讐に生きていながら吸血鬼に堕ちて、そして吸血鬼として悪逆を犯した末に斃されるだなんて冗談でも受け入れたくない。
しかし当たり前だけどそれは『記憶』の方のノエルの顚末であって、この私には何の関係もない。いやまあ、この『記憶』の影響で良くも悪くも今の私が在ると言えば全くの無関係とは言えないかもだけど。
「うーん…………それにしても今のところ順調ではあるけど、アイツが蘇らなくていいのに死の淵から這い上がってくる時まで、もう三年と少しなのよね。どんどん差し迫ってきてるなぁ」
こう思うと、時間が過ぎ去るのは本当に早いと実感させられる。この『記憶』が確かなら、アイツは少し先の未来で息を吹き返して代行者になる。そうして私なんか影を踏むことすら敵わないぐらいに力の差を突き放していく。
だから復讐を本気で成し遂げる可能性を少しでも上げる為に、私は突き放されないようにこうして死に物狂いで自分を鍛えている。多分……いや間違いなくこの時点で『記憶』の方のノエルよりは強くなってると断言していい。
そもそもあっちのノエルは対死徒用の結界術で隔離してからⅢ階梯相当の連中を虐殺していたけど、私はそんな手間をかける必要もなくこうして正面から殲滅できるんだから比較する間でもない。そして私はこれからも代償を払いながら今よりも更に強くなってみせる。こんな低い次元で留まってるつもりなんて毛頭ない。
けど、あの女は……エレイシアは違う。『記憶』の方のノエルも思っていたみたいだけど、アレは生まれながらの怪物であり英雄だ。スタートラインから人間の及ぶ域を超えてしまっている。
仮に今の私が、その日に代行者になったばかりのアイツに全力で殺しにかかったとしても100%勝てない。それどころかほぼ一方的にあしらわれて地に叩き伏せられるだろう。
つまり順当に鍛えても絶対に無理。だからこそ本来の私ならあり得ない速さで強引に力を付けていくしかない。その為にもこうして身体の一部を聖別化した武装に置き換えている訳だけど、正直に言ってこれでも差を埋める事すら難しい。
仮に脳みそ以外の全身を武装に改造したとしても、アイツを殺せるとはとても言い切れない。寧ろ組み込まれた性能以上の力を発揮できない機械人間になる事を考えれば、その差はアイツが成長するほど残酷なまでに離れていくに違いない。
「ま、つまるところ肉体を機械に置き換えた程度じゃアイツには敵わないし、復讐も叶わないって事よね。あークソ、どうすりゃいいのかしら………」
そもそも武装に置き換える施術は負担が大きいので、この先も繰り返すようなら絶対に何回目かで堪えきれずに死んじゃうだろうから現実的じゃない。
何かしら他の方法で、どうにかして私という生き物の強さの限界値を上げるしかない。となれば―――――最早、それを叶えられるだろう手段は一つしかない。
「…………人間を、本当の意味で辞めるしかないわよね。本当の意味で、私自身も、人を超えた化け物になるしかないわよね」
自分でも驚くほどに低い声で、その言葉を零す。ぶっちゃけると聖別化だの何だのと涙ぐましく努力したところで、結局私のような雑魚は人間である限りあの悪魔は斃せない。そんなものは『記憶』を見た時点で分かっていた。
けど、この結論に達してしまった以上はもう見て見ぬふりはできない。今思えば、私は復讐の為なら何を犠牲にしても構わないと決意しておきながら、心のどこかでは人間である事に執着していたのかもしれない。
しかしそんな下らない執着はもう捨てなくっちゃ。だって本気でなりふり構わずに強くなりたいってんなら、人間である事を自分から進んで棄て去らなきゃ話にならない。怪物になって初めて、ようやく、アイツの喉元に刃を突き立てられる希望が生まれてくるんだから。
けれど、それはそれとして死徒の力には絶対に委ねない。その力の魅力に呑まれた結果がアレであり、そもそも吸血鬼を殺すのに吸血鬼になってしまえば本末転倒だ。その時点で復讐なんて成立しなくなるし、被害者としてアイツを責める資格も失われる。そんなもんはまっぴらごめんだ。
本気で復讐者として成すべきことを成したいなら、常軌の範疇に留まってはいけない。されど死徒の力には決して頼ってもいけない。
「だったら――――死徒化以外の方法で人間を超えればいいだけの事よね。無論、とても簡単な事じゃないでしょうけど」
仮に―――仮に死徒化しようとしても、私の場合はその才能すらないから死者や屍鬼にさえなれない。だからあの得体の知れない白衣の女に縋る以外では、吸血鬼になる事もできない。吸血鬼になんざ絶対になりたくない私からすれば、それは心から安心できて有り難い事ではあるけど。
「とはいっても、死徒化以外にどんな方法があるのかは皆目見当もつかない。これはもう自力で何とかして探し出す他ないわよね。想像するだけでキッツイけど。
とりあえず私みたいな脳タリンでもテキトーにパッと思いつくのは……うーん、魔術か何かで、それで何かこう、儀式的な手順を踏んで怪物化……とか??
んぐぐ、馬鹿の私にはどうもわからないわ………」
……悩んでいるだけじゃ進展しないし、とりあえずは任務をこなしつつその方法を探すとしましょう。そうね…………まあ、まずは3ヶ月ぐらいに絞ってみようかしら?
でも問題は……いざ人間を辞めた時に肉体と精神にどのような影響が生まれるか、よねぇ。『記憶』の方のノエルは死徒化した時に心身共に畜生以下の吸血鬼として染まり切っていた。ロアの意識による侵食汚染も同じようなものだし、ヒトから怪物に変わる時の影響は想像以上の変貌を遂げると見るべきだわ。
だからそれと似たことが起きて、この滾りに滾っている復讐の決意まで響いたりする可能性があるのは大分ヤだなぁ。それでも決めた以上は探すんだけどね。
「それじゃ、ここの後処理も済んだ事だし、明日から本格的に『人を超える為の手段』を探して見つけ出そうか。全ては復讐の為。吸血鬼を、アイツをこの手で殺す為に―――――私は、ヒトである事すらも棄ててやるわ」
もっと早くからこうしておくべきだった。しかし時は巻き戻せない。だからこそ、決断したからには全力で行動に移す。
復讐という生きる意味を全うするべく、人間から怪物になってやるんだ。それでようやく、私もスタートラインに立てるのだから。