愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
「ふぅ―――あれから色々と嗅ぎまわったけどそれらしい方法・モノは未だ見つけられてないわね。流石に3ヶ月程度じゃ厳しいかあ」
たった今始末した死者どもの処理を終えつつ、焦りからの愚痴を零していく。
『人間を辞めて、人間を超えた怪物になる』―――そう決意して手当たり次第に色んな情報を掻き集めてはいるものの、有力で信憑性のある感じのものはまだ見つかっていない。
最初から容易な事じゃないと理解してはいたけど、やっぱり一筋縄ではいかないらしい。
「まぁ、その間にも任務の中で自己研鑽を続けてるから確実に強くなれてはいるけどね。今じゃ夜属と
特に自分でも信じられないなと思ったのは、あのⅣ階梯の夜属よりも更に強大なⅤ階梯の夜魔相手に時間稼ぎが出来ちゃった事だ。
三週間ほど前、いつものように死徒調査に勤しんでた時にソイツを発見した。あの時の私はマンションの屋上から遠目で見渡していたけど、その時に異様なグループを見つけた。
その死徒の集団は妙に規模が大きく、数にして50匹近くはいただろうか。不死は勿論、夜属も一匹や二匹じゃなかった。そしてソイツらは、みんな一様に先頭を歩く一匹の吸血鬼に従うように行進していた。
最初にそれを目撃した時は、取り分けて力のある夜属が他の連中を引き連れてるのかと思った。死徒の生態は強烈な縦社会だし、同じ階梯であっても力の差が大きければ渋々従う事もあるかもしれないと考えたからだ。現にこれまでも、同じ階梯で構成されてるグループでもまとめ役のように振る舞ってる個体が指示を飛ばしてるパターンが何度かあった。
そしてソイツらが行進している方角を確認すると、目測200mぐらい先に10階建てぐらいの大きなホテルが見えた。直後に移動を開始して奴らの目論見を阻みに接近する。
同時に、一帯に潜んでる他の代行者への増援の緊急要請も発信する。夜属が複数確認できた時点で私一人じゃ無理だし、今回はホテルへの到着阻止と増援が来るまでの時間稼ぎになるかと判断した。
『随分と大仰な団体行動をしてるじゃないの。
まずは挨拶代わりの足切りとして、奇襲を仕掛けて列の後ろを歩いてる不死どもを始末する。当然他の奴らも即座に気づいたけど、襲撃者が私一人しかいない事に疑問符を浮かべていた。
無論、私としては想定内だったのでここからどう時間を稼ごうかと思考を回していたら、奥の方からリーダー格と思われる奴が出てきた。
『……キミ、一人でのこのことボクたちの前に出たのかい?見たところ、まだ子供じゃないか。肉付きは良い様だけど食いでが無いから興味がそそられないな。今すぐ目の前から消えるならボクたちも見なかった事にしてやるけど、その気はない?』
『ハッ、それで?私がこのまま言う通りに消えたらお前たちはどうするの?あのホテルにいる人間たちを一人も残さずに食い荒らす気でしょ?それを分かっててみすみす見逃すなんて愚かなマネを代行者の私がすると思う?』
どこか穏やかさすら感じられる落ち着いた口調で、ソイツは私を品定めしつつも自分たちの邪魔をするなと警告してきた。
当然ながら論外も甚だしいので、私は嘲笑交じりに拒否の返答を突き返す。見逃すなどという情けは私の辞書には存在しない。
『どうやっても絶対に勝てない相手が目の前にいるのに尚も逃げない選択の方が愚かだと思うのだが……まあ、キミの意思は分かったよ。
なら、手早く殺してあげるから意味のない抵抗はしないようにな。されるとついつい苦しめたくなっちゃうからさ』
そう口にした途端、目の前から奴の姿が消えた。いや、消えたと錯覚するほどに素早く私の眼前まで接近した。
瞬間、私は半ば無意識に槍斧の柄を盾にし―――――直後に爆風でも受けたような馬鹿げた勢いで吹っ飛ばされた。
『お、反応した?キミ凄いね、今ので殺すつもりだったんだけど……つい加減しすぎただろうか?』
明らかに異常な力だった。今思えば、予め視力強化と肉体強化の秘蹟を付与してなかったらコイツの言う通り防御が間に合わずに死んでいただろう。しかも向こうにとってはこれでまだ本気じゃないらしい。
群れを見つけた時点で抱いてた違和感が確信に変わった。コイツの階梯は恐らく夜属じゃない。それよりも更に上位の吸血種であり、代行者が束になって挑みかかっても手が付けられないと言われるほどの化け物。
親基、もしくは個人に起因する
考えてみれば当たり前の事だったのに、どうして変に勘違いしていたのだろうか。しかしそれが分かった以上は尚更にこの化け物共を野放しにするワケにはいかない。
勝てる算段なんかありはしないけど、元より時間稼ぎの為にこうして対峙しているのだから何とかして持ちこたえなくちゃいけない。当時の私はそうして奮い立たせた。
『うーん……やはりおかしいな。こうしてボクらの前に出てきたからには何かしらの秘策でもあるかと思ったが、そんな様子も意図もない。
まさか、単純に他の代行者を引き寄せるまでの時間を稼ぐ為に挑発しているのかい? だとしても向こうから血袋がやってきてくれるのだから、ボクらとしては
……幸いだったのは、コイツが思った以上に
『それはどうも。敢えてこっちの意図に乗ってくれるっつーなら、私としても有り難いわっ………!!!』
啖呵を切りはしたものの、そこからは一方的な戦いになった。初めて夜属と遭遇した時のように蹂躙される事はなかったけど、こちらの攻めは尽くが弾かれて、逆に向こうからの一撃は回避もできずに防ぐのが精一杯だった。
加えて私は秘蹟をフルに使って手札を惜しまずに全力で殺しにかかってんのに、アイツは澄ました微笑みを浮かべて片腕だけであしらっていやがったんだから泣きそうになる。というか本当に泣いていたかもしれない。
言葉で表す必要もないほどに完全な弱い者虐めだった。その夜魔は次第にボロボロになってく私を見て、口元の牙を覗かせながらニタニタと嗤っていた。アレの後ろで事の成り行きを眺めてる奴らもみんな嘲った視線を向けていた。
それなりには強くなった。それなりには巧く戦えるようになれた。そんな風に少しずつ成長していた自信を粉々に打ち砕かれて、悔しさと恐怖と怒りで絶望した者の顔を観賞して愉悦に浸る悍ましさがあった。
コイツらはそういう生き物だととうに理解していても――――いえ。理解しているからこそ、憎くて憎くて仕方がなかった。全身が激痛に襲われていようとも、その痛みよりも一層強く思うほどに憎かった。
だから折れずに立ち向かった。もうまともに武器を振るう力も無かったとしても、感情に任せて殺そうとした。結果は言うまでもなく弄ばれただけだったけど、そこで今更逃げるなんてできないしそもそもする気も無かった。
そして…………10分ぐらい経っただろうか。武器は壊れかかって、義足も破損して、肉体はボロボロで、立ち上がる事もできずに首を垂れていた。対して向こうは傷の一つも負っていないし、虫を見るかのような冷めた目で私を見下していた。終始遊んでいながらそんな顔をしてやがるのが尚腹正しかった。
『うーん……キミ、もう限界か?もう少しだけ愉しみたいと思ってたのに、膝を付くのが早すぎない?まあいいや、限界なら次は暇つぶしに解体ショーでも―――――おや?』
すっかり遊び相手としての興味が失せたのか、今度は『道具』として雑に扱おうとアイツが近づいた直後―――――四方から黒鍵の雨が降り注ぎ、目の前の夜魔と一部の夜属以外の吸血鬼共が串刺しになってボロボロと崩れていく。
ようやく、増援が間に合ったのだ。しかも、駆け付けた全員が黒鍵使いのエリートたちだった。
『は、はは……バカな、害虫、どもが。さっさと、私を……殺しておけば、よかったのに………』
その辺りで意識が限界を迎えたので、後の事は記憶にない。ただ、私がこうして今も生きている時点で駆除には成功したらしい。実際にその後の教会からの言い伝であの夜魔が率いてたグループは全員駆除できたと聞いた。
…………犠牲者も何名か出てしまっていたみたいだけど、全滅よりはずっとマシだと思うしかない。代行者の世界は化け物との殺し合いの最前線だ。私だって運に見放されれば死ぬような場面はこれまでにも数え切れないほどあったんだから、とても他人事と割り切れたものじゃない。
兎にも角にも、今回もこうして生き延びた。そして更なる怪物がいる事も身をもって思い知った。であるならば、尚更に人間の範疇に留まるワケにはいかない。無謀を成し遂げる為にも私は一刻も早く人間である事を棄てて、人間を超えた力を手にしなくちゃいけない。
「けどねぇ……その肝心の人間を超える手段が見つからないのはちょっと面倒かしら。
早く見つけないとあの女が独りでに死から起き上がってくるってのに。これは……ただ闇雲に探し回るだけじゃ流石に無理がありそうかな」
さて、一体どうすればいいだろうか?自販機で購入した午後の紅茶を含みつつ、当てになりそうなところを考えてみる。
例えば魔術……とりわけその中における『禁術』の類について調べてみる?と言っても、私は魔術についてはからっきしな上に才能もないから見つけたところで恐らく実行はできない。そもそも教会は魔術を異端としているので、もしバレたら下手したら粛清される。そう考えるとリスクが大きすぎるし現実性は低いかな。
復讐の為ならどんな代償も躊躇わない覚悟でいるけど、それはそれとしてリスクの大きさを見極めて取捨選択をしっかりと選別するのも大事だしね。それを少しでも間違えれば死は避けられなくなるわ。
他には………教会の人間にそれとなく聞いてみるとか?いやでも、まずどうやって情報を引き出す?
「強くなる為に人間を辞めたいのでその方法に心当たりがあるなら教えてください」なんて直球に言える訳ないし、その場合でも異端者の烙印を押されて復讐人生とオサラバになっちゃう。そうはならないと仮定しても、私のような末端の代行者如きにそんな情報を都合よく教えてくれる筈がない。
他に具体的な案は浮かんでこないし、多分浮かんできたとしてもどれも現実性のないものになると思う。
どうやら今の時点でアレコレ考えても無駄に時間を浪費するみたいだ。となれば、もっと情報を集めるしかない。
「そうね……とりあえずはもう半年ぐらいは調査に徹してみようかしら。アイツが目覚めるまでの時間がどんどん迫ってきてるんだから、この間に何としても何かしら見つけたいところね」
それに、冷静になってみればまだ探し始めて3ヶ月しか経ってない。この時点で
引き続き自力で色々と嗅ぎまわってみるとしますか。仮に直接的なモノは見つからなくとも、それに繋がる重要な手掛かりの一つは掴めるかもしれないし。ていうかここで何の成果も得られなかったらそろそろヤバくなる。
「さ、頑張りなさいよ
改めて自分に気合を入れて動き出す。ひとまずは手掛かりだけでも絶対に手に入れないといけない。
そう都合よくはいかないでしょうけど、それでもほんの僅かでも確実に進展させる。そして、そう遠くない内に人間を超えてやるんだ。
―――――――で、そんなこんなで早くも5ヶ月過ぎちゃったわけだけど。
「…………見つ、けた。見つけたわ。ああ、見つけた。見つけた見つけた―――――見つけちゃったっ!
まさか本当にっ!こんな短期間で!こうも都合よく探し出せるだなんて思ってもみなかったわ!あっはは!ははははは!!」
吸血鬼共が潜んでた地下洞の一角にて、私は思わず歓喜の声を上げずにはいられなかった。
手掛かりの一つは絶対に探し出す。その決意で調査してはいたものの、手掛かりどころか直接的な物品まで手にできるとは予想外すぎた。嬉しい誤算というのはまさしくこの状況そのものだろう。
私が見つけたコレが、本当に人間を超えた力を手にできる超常的な代物だったのなら、アイツの喉元に大きく復讐の刃を届かせられる。あの時にまるで歯が立たなかった夜魔が相手だろうと大いに戦えるかもしれない。
「ああ、想像すればするほど期待が膨らむわ。勿論、どこまで力を付けれるかは完全に私の努力と才能次第になるだろうけど、それでも夜属を正面からブッ斃せるぐらいにはなる筈よ!
そして、私が見つけたこれは――――――『十三の秘宝』とかいう遺物のようね」
『十三の秘宝』。『十四の石』とも言われていて、これを手にすれば人を“火の王”という存在に変えてしまうのだとか。かつてファリアという名の神父が教会から秘密裏に持ち出し、その後の行方は知れず……となっていたらしいけど、まさかそんなものが偶々こうして手に入っちゃうなんてね。
ああ、これもまた一つの運命を感じざるを得ないわ。これはそう、ともすれば神様が哀れな私を見てくださっている事の証左なのかもしれない。ならば私はこの奇跡を有難く享受し、復讐の道をこれまで以上に突き進んでいくとしましょう。これで、これで私はやっとスタートラインに立つ事ができる!
「……ふふ。自分で言うのも何だけど、実に数奇なモノね。代行者になる前の私なら、恐らくこんな選択は絶対にしなかったでしょう」
何しろこれから怪物になるんですもの。方向性や在り方が全然違うとはいえ、『人ならざる化け物』という意味では私の故郷を滅ぼしたクソ吸血鬼どもと何ら変わらないのだから。
でも―――今ならそれでいいと心から言える。そもそもあの悪魔に……
半端な憤りを持った矮小な軟弱者ではなく、どこまでも揺らぎようのない憎悪のままに刃を振るう。そんな復讐鬼として生きると決意した瞬間から、その覚悟は決まっていた。
今更引き返すなんて出来やしないし、引き返すつもりもない。逆にどこまでも、どこまでも突き進んでやる。
だって、私というゴミ同然の弱者が化け物を本気で殺す為に生きるのなら―――自分もなりふり構わずに化け物になるしかないのだからねぇ?
「それじゃあ、さようなら。惨めでありながらもどうしようもない理不尽に懸命に抗った、人としての私。
そしてこんにちは!復讐の炎にその身を焦がし、純粋で純心な怨嗟のままに宿命に向かって真っ直ぐに進む、新しい私!」
これから成るだろう自分自身への祝福を口にし、堂々と石を掲げて―――――砕く。
直後、黒く燃え盛る炎が私の身体を舐るように纏いつく。全身に焼けつくような熱さが感じられる。自分という存在が、
恐れはない。痛みはない。焼かれているかのような苦しみはあるが、それ以上に歓喜の感情が湧いてくる。笑みを浮かべずにはいられない。声を上げずにはいられない!
「は、はは、ははははは!あっははははは!ひひ、はっははははははは!!これで私は、私はっ!!あーはははははははは!!!!」
止まらない。笑うのが止められない。だって、心から分かっちゃう。この炎は、もう私の力と化した事が。私はもう、人間を超えた力を手にする事ができたんだって!
全身を焼かれる苦しみはもう感じない。ああ、これだ。こういう力が欲しかった。こういう力で吸血鬼共を皆殺しにしたかった。こういう力で、あの女に復讐したかったんだ!
「そうだ。復讐だ。この炎で、アイツを焼き尽くすんだ。アイツの命を、肉体を、心を、尊厳を、願いを全て、全て焼き尽くして灰にするの。
聖典の言葉を拝借して口にするのなら――――『復讐するは我にあり』よ」
この選択を取った後悔も、この選択を取った事で生じる未来への憂いもない。あるのはただ、目標に向かって最期まで突き進む意志だけだ。
もう怖れるものはない。もしこれで尚も志半ばで死ぬような事が起きたとしても、その時は運が無かったと割り切るだけだ。どうせいつ死ぬかも分からないのだから、今はこの力を得られた事実を素直に喜んでおきたい。
「それじゃあ、次の駆除作業の時にさっそくこの力を使おうじゃない。どうなるのか楽しみで愉しみで仕方がないわぁ……!」
また笑いそうになるのを堪えつつ、その場を後にする。ああ、今日は本当に私にとっての運命の日だ。
そして覚悟しろ。私はもう、お前たちに嘲笑われるような虫ケラなんかじゃない事を身をもって思い知らせてやる。
私が、全ての吸血鬼をこの手で焼いて燃やし尽くして灰にするんだ。