愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose―   作:ノエルイド

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※オリジナル設定の死徒が出てきます


再会

廃ビルの内部にて、黒い炎が迸る。周りの死者たちは瞬時に灰も残らず焼き尽くされ、呻き声の喧騒も間もなく炎に消えていく。

ここの群れを支配していた夜属はもうどこにもいない。既に塵一つも遺す事なくこの世から消えている。

やがて最後の一匹も炎に包まれる。一体何が起こったのか。突然現れて、群れの全てを燃やし尽くしたこの女は何者なのか。それを最期まで理解する事もなく消滅していった。

 

「……相変わらず凄い力ね。今回も接敵から殲滅まで5分と掛からなかったわ」

 

いつものように現場処理しつつ、自分が如何に強くなったかを実感する。

最初に夜属と遭遇した時は全く歯が立たずに半殺しにされたってのに、今じゃ逆にこちらが一方的に燃やせるようになっている。もはや並みの代行者を圧倒する程度の怪物なら相手にもならない。

現場を見渡せば、死体は一つも残っていない。人間だった頃はいちいち後処理の作業に手間取っていたけど、この力を手に入れてからは周囲の血痕や肉片をまとめて焼却するだけで済むんだから楽になった。

 

「それにしても、あれからもう1年か。時間が経つのは本当に早いわね……って何を年増みたいな事言ってんのよ」

 

私が人を辞めて、炎を操る怪物になってから早くも1年が経過した。まず、この体になってから人間の時より格段に強くなった。私の扱うこの炎は不浄の存在を焼き滅ぼす事に特化した能力であるらしく、その効き様たるや夜属だろうと夜魔だろうと殆ど成す術なく燃やされる。

遭遇する群れの規模にもよるけど、今回のような場合は歩きながら適当に炎をばら撒くだけで殲滅が完了する。夜属一匹を焼却するのに一分以上掛かった記憶は殆どない。

夜魔に対しても正面から余裕を持って打ち合えるぐらいに身体能力も跳ね上がったし、何なら今では一対一(サシ)なら炎を使わずとも殺しきれる。

人間の私じゃどう頑張っても絶対に届かなかっただろう域の世界に、こうもあっさりと辿り着けてしまっている事が恐ろしい。

それだけじゃない。1年という時間の中で炎を扱う練度も威力も増大し、人間の頃以上に超人的な動きも出来るようになった。もう秘蹟で強化する必要もないほどに私は化け物たちと戦える。

 

 

 

 

 

――――――その最たる事例を挙げるなら、この前の討伐任務なんかがそうだった。

その日の私は、任務先の街に潜伏してる強力な死徒の調査で地下の巣窟に赴いていた。道中で襲い来る雑魚どもを焼却しながら奥へ進んで行くと、例によって開けた部屋に繫がっていて、その中心には石の柩があった。

 

それを確認した私は炎を床に広げて足場全体を燃やした。部屋のあちこちから迫りつつあった不死や夜属は、瞬く間に燃え移った黒い炎に対処できずにそのまま火達磨と化した。邪魔が消えたので、私は柩に蛇腹剣を振り下ろして破壊しにかかった。

槍斧を直接叩き付けて砕き壊すのも良かったが、至近距離で不意打ちを貰う可能性を考えると中距離からボコボコ殴れる方がいい。

 

『ほら、早くそこから逃げないとお前も炭カスになって消えちゃうわよー?まあ逃げても無駄だけどねー?』

 

テキトーに煽って引き摺り出す為にガリガリと削っていく。単純な筋力も人間の頃より上がっているので、そこそこ離れた位置から剣先を当て続けるだけでも柩程度なら容易に壊せる。

しかし、中身が見えるぐらいに壊し続けても一向に出る気配がなく、それどころか中には誰も入っていない。それに気づいた直後、真後ろからの殺気に反応して槍斧で防ぐ。

 

『……よく反応できたな。後ろに目でも付いているのか?』

 

防いだ瞬間の衝撃で飛び退きながらも体制を整える。人を辞めてからはこうした死角からの気配も何となく感じ取れるぐらいには感覚も強くなっている。もし人間のままだったらこの時点で首を刎ねられていた。

 

『お生憎様、私も伊達に代行者として化け物狩りをしてきてる訳じゃないの。お前のような怪物の中の怪物だろうと例外なく殺してきたわ』

 

と言いつつも目の前の吸血鬼を観察する。足元には私の炎が広がっているけど、燃え移っている様子はない。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を身に纏っているという事だ。

 

私の炎は夜魔だろうと成す術がないほどに強力だし、何ならそれより上位のⅥ階梯……下級死徒にだって通用する。この時よりも更に以前での任務で、その地を支配してた死徒の親玉がⅥ階梯だったけどソイツも最終的には焼き殺す事ができた。だからⅥ階梯でも私の黒い炎で殺せる事は証明済みだ。

 

けれど、対峙してるソイツの足元は炎に触れているのに燃えていない。火力を上げて直接叩き込む分には通用するかもしれないが、少なくとも足元を炙られるぐらいでは全く歯牙にもかけてない感じだった。

その様子を見て、私はほぼ確信した。コイツは恐らく夜魔でもなければ下級死徒でもない。それらよりも更に上の吸血鬼。二十七祖からもその力を認められるほどに強大で、ただ存在しているだけで周囲を呪いで穢していく生きた汚染源。

教会の記録においても討伐事例が口で数えられる程度には少ない、『()()()()()()()』とも評せる特級の化け物―――――Ⅶ階梯の上級死徒。

当然ながらこの階梯の死徒とはそれまで一度も遭遇した事がない。その日、私は再び未知数の強大で理不尽な敵と対峙した。

 

小手調べに腕を翳して炎を前方に射出する。掠ったとしてもそこからじわじわと毒のように火の手が全身に燃え広がる浄化の黒炎だ。下級死徒でもこれの脅威からは逃れられない。

しかしソイツは私と同じように腕を翳した瞬間、鏡のような薄い膜を展開させて炎を打ち消した。

 

『無駄だ。貴様の攻撃は私には通用しない。貴様の攻撃は、貴様自身の攻撃によって阻まれる』

『貴様自身の、って………そうか―――――つまり()()()()()()()()()()()ってコト……!!』

 

そう、コイツは攻撃が来るタイミングに合わせて鏡を形成して相殺させたのだ。それを確かめるべく今度は槍斧で突貫し斬りかかるも、鏡に当たった瞬間に衝撃が走って仰け反らされた。即座に攻撃を繰り返すも、向こうはその度に鏡を形成して弾いてくる。

二十合近く打ち合った辺りで槍斧の先端が欠けた。私自身の膂力による刺突の威力が、そのまま100%反射されて直に伝わっているのだから当然の事だった。

 

そしてその時、私は思わず跳び退いた。錆びれた石畳からいきなり鋭利なガラスが幾つも生えてきたのだ。もし反応が遅れていたらそのまま全身を貫かれ、血の雨を吹かせていただろう。

現れたガラスの束は直後に粉々に割れたかと思いきや、小さな破片となってきらきらと光を乱反射しながらソイツの周囲を纏うように漂い出した。

 

『……そう。要するにこれがお前の【原理(呪い)】っつーワケね?』

『そうだ。私の原理は【鏡】であり、読んで字のごとくあらゆる干渉をそのまま跳ね返す。私の(おや)ならより強大な呪いで強引に押し通してくるであろうが……少なくとも貴様如きでは種が分かったところで対処はできん。

例えば、そうだな―――――ただ反射するだけでなく、こういう事もやれるぞ』

 

そういうと奴は周囲に漂わせていたガラス片を眼前に集束させて、一枚の等身大の鏡を構築した。

……鏡には私の姿が写っている。今思えば些か場違いな思考だったけど、死蝋のように血色のない肌や十字に割れた瞳孔を目にして、『ああ、外見も人間じゃなくなっちゃんだな』という複雑な感情に駆られた。

 

だけどそんな感傷に浸る余裕はすぐに消える。突然、ピシリと音を立てて鏡に亀裂が走り、やがて全体にヒビが侵食していく。

鏡の向こう側で奴は一体何をやっているの?そんな風に警戒しつつ構えていた私の目の前に、()()は現れた。

 

『なるほど。これが貴様にとっての最も忌むべき【過去】か』

『――――――――――』

 

鏡が跡形もなく砕かれ、その中からソイツの姿が見えた。破片が舞い散っていく中で、私は呼吸がほんの一瞬止まった。

人外に堕ちてから感覚が人間の頃よりずっと鋭くなったせいか、細胞の一つ一つが小刻みに震えているような怖気を覚えた。

眼前に立っている『それ』は、もう二度とこの世には現れる筈のないモノだった。いや、正確にはこれから先の未来で再び現れるけど、ソイツはあくまで()()であって目の前の悪魔じゃない。

 

――――つまり、この上級死徒がその時に模倣(トレース)したのは。

 

『鏡とは、その者の真実や過去を写し出す。それは思い出す事も忌避するほどの恐怖とて例外ではない。私は鏡の呪いを通す事でそうした対象の恐怖の根源を写し取り、その姿と能力を我が身に投影する事ができる。

そして、貴様の中に巣食う恐怖の根源は………何ともまあ、品性下劣な装いの小娘のようだな』

『―――――エレイ、シア』

 

あくまで模っただけに過ぎないと頭では理解してても、動揺を隠す事ができなかった。

当たり前だ。私の大切なモノ全てを蹂躙し、虐殺し、簒奪し尽くした元凶の姿を目にして何の反応も示さずにいられるほど心は死んでいない。

死んでいないからこそ、こうして復讐を誓っている。だからこそ、その姿を見せられて尚も戦う意思を崩さずに挑みかかった。

能力も模倣しているとソイツは言ったが、あくまで自分自身の格に見合った分しか出力を出せないらしい。つまりオリジナルほどの凶悪無比な力は発揮できないと理解した。

 

けれど、それでもソイツが模っているのはフランス事変を引き起こして白い真祖とも殺し合った最悪の死徒。数秘紋による雷霆と肉体のスペックを活かしたゴリ押し程度しかやってこなかったけど、それでも下手な応戦じゃ付け入る隙が殆どなかった。

炎を繰り出しても弾かれるし、武器で白兵戦を仕掛けても一合ごとに響く衝撃が強すぎる故に武器の方が音を上げて破損していく。

元々の変身者も強力な上級死徒であるのも悪い意味で噛み合っているから、段々とこちらが劣勢になるまでそう時間は掛からなかった。

 

気がつけば、広場の彼方此方が戦闘の余波による破壊を受けていた。膝を付きそうになるのを何とか踏み止まる。

思えば人間を辞めてからここまであっさりと追い詰められたのはこの時が初めてだった。Ⅵ階梯の時も想像以上に強大だったけど、コイツはそれと比べても数段上の次元とさえ言っていい。

二十七祖は、こんな化け物よりも更にずっと理不尽で強大なのか。エレイシアは、代行者シエルは、それをたった一人で斃していたってのか。

 

『潮時だ。武器は脆くなり、炎の勢いも目に見えて落ちた。この私とこうも殺し合えたその強さは認めてやるが、もう少し挑む相手を観るべきだったな。

全く……貴様が暴れてくれたおかげでほとんどの配下(手足)が死に絶えてしまった。

この落とし前は……そうだな。再び元の規模に戻るまで、貴様を生かしたまま私と配下(手足)たちの血袋として存分に活用してやろう。殺してもいいが、そうすると鮮度が落ちて不味くなってしまうからな。故に、まずは四肢を切り落として吊るす』

 

もはや勝ちの目を見出せるだけの余力はない。お前の負けだ。そう勝ち誇りながら、悪魔(エレイシア)の姿をした害虫はガラス片の照準を私に向けて構える。手足を捥ぐ前に、まずは全身をズタズタに裂いてやるという魂胆が見え見えだった。

本当、どこまでも悪辣な生き物だ。品性下劣なのはお前も同じ事だろうが。

私は、そんな畜生にも劣る怪物に殺されるのか。こんな薄暗くて、助けを求めても誰にも届かない場所で、死ぬまでエサとして弄ばれるのか。

ふざけるな。そんなのまるで、()()()と同じじゃないか。何もできず、何も守れず、ただ全てを理不尽に踏み躙られたあの地獄と変わらないじゃないか。そして今度は、とうとう自分の命すら奪われるのか。

 

何度目になるかも分からない、死への恐怖を感じた。しかしそれ以上に怒りで心がはち切れそうだった。目の前の吸血鬼に対して、そして力足らずな自分自身を恨んだ。

分かっている。私はどこまでも弱者の域を出ないんだって。でもこんなのはあんまりだ。死にたくない。こんなところで終わりたくない。なら殺さなきゃ。四肢を捥がれようが肉を裂かれようが殺さなくちゃ。痛みとか苦しみとか恐怖とかどうでもいい。ただ目の前の吸血鬼が鬱陶しい。煩わしい。腹正しいしムカつく。苛立つ。憎い。本当に憎い。殺したいほど憎い。私の復讐を阻もうとするのが憎い。そしてこんなゴミに阻まれてる私が憎い、とにかく憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――――――何もかも憎くて堪らないっ!!!

 

この時の私は、今まで生きてきた中で一番憎悪の感情に支配されてたと思う。それぐらい、殺意(にくしみ)を向ける事以外に何も考えられなかった。

直後、全身に鋭利なガラスが突き刺さる。絶叫したくなるぐらいの痛みに舐られ、身体中から血を吹き出し、血反吐をぶち撒けた。

 

『――――、――――、――――』

 

息も絶え絶えに乱れ――――しかし倒れはしない。そして大量に出血しているにも関わらず、体が冷たくなっていく感覚はしない。寧ろ、内側から熱が徐々に拡がっていく。

 

『……それで尚も倒れぬのは見上げた根気だな。だが最早動く事、も――――――?』

 

悪魔を模った害虫が呆けた顔になる。それもその筈、だって死にかけてた獲物の全身からいきなり黒い炎が噴出してガラスを熔かしたんだから。

 

私自身、その時に何が起こったのかは今でもイマイチピンと来ていない。けれど至る所に刺さっていたガラスがどろりと融解していくのを見て、今なら眼前の害虫の呪いに対抗できると悟った。そういう直感的な確信があったのだ。

理解した瞬間、私は動いた。炎を前方に射出してぶつけると同時に、私が立っている位置を起点として床に燃え拡がっている火の手の熱量も増幅させる。

間髪入れずに槍斧に炎を纏わせて、その上で重量化と耐久強化の秘蹟を片手間に重ね掛けする。鉄の融点は1500度以上らしいけど、刃の部分は徐々に赤熱化していた。多分、秘蹟を掛けずにいたらそのまま時間を置かずに熔け落ちていただろう。

というより秘蹟を掛けていても赤熱化は止まらなかった。

 

『小賢しいぞ、ニンゲン――――!!』

 

激昂した怒声が響く。害虫が火炎放射を切り分けながらガラスを飛ばして反撃する。しかし私が炎を薙ぎ払えば瞬く間に蒸発して消滅していく。

ソイツは目を見開いて動揺する。炎は届いていないものの、その顔は最早さっきまでの冷静さと余裕は見受けられない。信じ難いという隠せない焦りが面白いほど伝わってくる。

同時に、私への明確な怒りと殺意を孕んだ目で睨んでくる。ソイツはその時点で、ようやく私を『血袋(エサ)』から『(代行者)』へと認識を変えた。

 

ニンゲンだからこそ小賢しく生きてるんだクズが、と一言煽りたくなったがその口を閉じて自制する。そんな手間に一秒でも使いたくないと考えて突撃する。

奴が瞬時にガラスを再度発射し、その全てを弾いて熔かしきる。床からも生やしてくるが、そうした側から凄まじい熱量に晒されて私の身に届く前に刃先が融解した。

そして全力の殺意と憎悪で以って、鏡による反射を強引に突破し肉薄する!

 

『貴、様っ―――――足掻くなぁ!!!』

『―――――っおおおおおおぉぉぁぁあああああっっ!!!!!』

 

喉が潰れんばかりに叫び、火花と炎と破片と電撃をまき散らして何合もぶつけ合う。一秒ごとに互いの攻撃が加速していき、広場中を矢継ぎ早に駆け巡りながら衝突し合う。

奴が私を蹴り飛ばして雷霆とガラスを射出すれば炎で迎撃し、私が鉄甲作用で黒鍵をぶっ放せば奴がそれに気を割いた瞬間に肉薄し槍斧を薙いでぶちかます。

 

そうして一進一退の攻防を続けている内に、奴の足元に黒い炎の侵食が伸び始めている事に気づく。

私の炎がそれまでよりも数段以上に熱量を増大させた事、奴自身の存在規模がこれまでの戦いによる消耗で僅かに弱まっている事が影響を及ぼし出したのだ。つまるところ、もう奴の呪いは私の炎の干渉を拒絶できなかった。

 

『付け上がるな小娘がぁ!!【万物の写し鏡(ユニヴェール・ミロワール)】ゥ!!!』

 

いよいよ怒りを剥き出しにした害虫が鏡を幾つも構築し、そこから()()()を私へと一斉に撃ち放つ。

炎の性質も勢いも私のそれと遜色がない。しかし、火力が今一つ足りないし私ほど引き出せていない。

故に私を止めるには至らない。そのまま一跳びで突貫し、被弾するより速くゼロ距離まで接近し―――――奴の左腕を切り落とす。

 

瞬きよりも素早く奴がもう片方の腕で反撃するも、それが届く前に刃の向きを変えて横薙ぎに胴を斬り払う。堪らずに奴が飛び退いてガラスと炎と電撃の雨あられを掃射してくるが、そんな事をしてきた時点で焦燥のあまりにヤケクソになってきてるも同然だ。

 

私は回避に徹するよりも、逆に勢いのままに槍斧で弾きながら突っ込んでいく。地下の広場ももうボロボロで、いつ倒壊しても可笑しくない。そうなれば混乱に乗じてどさくさ紛れに逃走を許してしまう可能性がある。

だからそうなる前にここで絶対に殺しきる。ここまで来ていちいち回避なんかに意識を割いていられなかった。

 

『き、さま。貴様、貴様貴様貴様貴様貴様貴様―――――貴様は、一体、何なんだァァァ!!!??』

 

足元の炎からの侵食と、炎を纏わせた槍斧で斬られた箇所からの侵食で、半ば火達磨と化しつつあったソイツは私への憎悪と困惑を叫ぶ。

どう見ても正気と冷静さが崩れきっていた。呪いの規模も、さぞ溜め込んでいただろう血液(命の燃料)も底を尽きかかっているのは明らかだ。

ここ以上の勝機はもう無いと悟る。出し惜しむ余裕なんざ一瞬たりともない。後先とか度外視してこの瞬間にありったけをぶつける――――!

 

『がぁぁぁあああ!!!!アアアアアアアァァァアアアアア!!!!!』

『うぉるああああああああああっっ!!!おおおおおぁぁああああああっっっ!!!!!!』

 

互いに殺意をぶつけ合い、敵の命という一点に本能を集中させる。

 

爪で横腹を裂かれる。奴の手首を切り落とす。蹴りで義足を破壊される。奴の両足を切断する。肘撃ちで右肩を砕かれる。奴の腕を切り飛ばす。

膝蹴りで思い切りくの字に曲げて内臓を潰す。即座に槍斧を振りかぶる。瞬間、意識が飛びかける。奴が咄嗟に生成したガラスを私の背後に幾つも突き立てた。骨や臓器まで深々と侵入し、首筋に刺さった分に至っては貫通していた。

 

けれど柄を握る手を緩めない。有らん限りの膂力を振り絞り、潰れた喉から獣のような雄叫びを上げ――――――遂に首を断ち切り、ダメ押しになけなしの炎を浴びせてやった。

 

『ァ――――――――aaa――aaaaa―――――――』

 

茫然自失にも思えるような覇気の抜けた断末魔を上げて、【鏡】の原理を持つⅦ階梯の上級死徒は、炎に包まれながら悪魔(エレイシア)のカタチをぐずぐずに崩して消滅していった。

最期にどんな顔をしていたかはよく見ていないので分からない。けれどきっと、明らかな格下に足元を掬われた事実に絶望していたに違いない。実にいい気味だわ。

 

あの害虫の敗因は偏に遊びすぎたコト。上級死徒という存在そのものが圧倒的な捕食者であるが故に、私の事を敵と見做して尚も無意識に格下だと決めつけていた。

私を殺せる瞬間なんて最初に対峙した時に幾らでもあった筈なのに、吸血鬼としての歪んだ傲慢さと嗜虐性がそれをみすみす見逃してしまった。生かして血袋にする、だとかほざきやがってたのがその最たる表れよ。

結果として下手に追い詰めたせいで私の成長を促してしまい、挙句の果てに無様にも斃された。吸血鬼に同情とか死んでも向けたくないけど、それはそれとして優秀だった筈の駒があんな様じゃ(おや)も心底報われないでしょうね。

 

「―――――とはいえ、それでもこうして生きてること自体が奇跡のようなものよね。我ながら何であの状況から生き延びられたんだろ……」

 

その後は案の定広場が倒壊して私は生き埋めになったけど、その直前に倒壊を予期して急造の結界を拵えたからギリギリ潰れずに済んだ。身体に刺さったガラスも消滅していたので抜く手間が省けたけど、半死半生な状況に変わりはなかったのでもう天命に委ねるしかなかった。つーかその時点で治癒の秘蹟を施す間もなく意識がプッツンしちゃったし。

 

しかし神様は私に慈悲を与えてくださったみたいで、翌日には教会による救助の手が間に合ってくれた。もし半日でも遅れていたら失血死か酸素不足による窒息死を迎えてたと後から断言された。ホント、こういう時はバケモノになっておいて良かったと思うわ。人間のままだったら果たして何百回死ねたのかしらねえ?

 

ついでに武器は完全にオシャカになったのでまた新しいモノを支給してもらったけど……槍斧に関してはそろそろ30本目を超えそうな気がするわ。

 

「まあ、バケモノになったといっても見てくれは普通の人間とそう変わってないから良かったわ。言うてちょっと肌が白くなったぐらいね」

 

もっとそれらしい異形になるものかと覚悟していただけに安堵を通り越して拍子抜けすらした。だからって異形になりたいかと言われるとそれは極力NOだが。

 

それにしても………まさか私みたいな雑魚が一人で上級死徒を斃せただなんて、こうして改めて振り返っても信じられないわ。やっぱり人外のバケモノと化したのは人間的には過ちも過ちだけど、復讐の道を歩む私からすれば正解であり英断とさえ言えるわ。

ま、教会からは案の定異端扱いされて奇異の目で見られる事も多いけど……私としてはそんなものは別にどうだっていい。

なぜなら連中は元々私を汚染者扱いして幽閉していたワケだし、そんな奴らが今更白い目を向けてきたところでこれまでと何ら変わりない。どうぞ勝手に忌避してもらって結構です、と言うだけよ。

 

「…………でも、アイツは……エレイシアは、記憶によれば『代行者シエル』として活動してから上級死徒さえも遥かに凌ぐⅨ階梯、即ち死徒の頂点である二十七祖を一人で殺してるのよね。しかも三体も」

 

その内のヴローヴ・アルハンゲリとかいう奴はあくまで成り立てらしい新参の祖のようだけど、上級死徒を凌ぐ化け物なのは同じ事。

そしてこういった桁違いの戦績を見る度にやっぱりアレは悪魔みたいな化け物なんだなっつーのがイヤってほど理解できる。上級死徒の強大さを身をもって知った今は尚更にそう思うわ。

なんで教会が百年に一度の大掛かりな準備でも斃せるか否かの怪物をたった数年の間で、それも一人で三体もぶっ潰せているのか。何をされようとも決して滅びない不死身の恩恵(のろい)があるからってのを考えても気持ち悪いにもほどがある。

 

「―――――ああクソ。クソクソ、畜生!ちゃんと明確に強くなってる筈なのに!努力に見合った相応の成果をしっかり出せているのに!実力が身に付けば付くほど、化け物として力を増すほどに却ってあの女の喉元に刃が届くイメージがしにくくなる……!!」

 

何ともまあ滑稽な苛立ちだ。ここまで漕ぎ着ける事が出来ただけでも少しぐらいは喜んだっていいのに、心は全然落ち着かない。アイツを含めて埋葬機関の代行者って、本当にどこまでも人智を越えた化け物しかいないんだな。

 

「はぁ………それにしてもあと一年くらいでとうとうあいつが生き返って代行者についちゃうのよね」

 

もっと早くから人外と化す決断ができていれば……いや、そんな早くから決断できるぐらいに精神が達観してたなら代行者として就任した時点でもう実行してる筈か。

たらればを口にしても過ぎ去った以上は意味ないし、今はこの1年を今まで以上に全力で頑張ろうじゃない。

その為にもまずは落ち着いて任務を遂行する事に徹しましょう。とりあえずは半年ぐらいは普通にやろうかしら。

 

もしかしたらその中で上級死徒のような想定外の大物に当たるかもしれないけど、その時は首尾よく判断して防戦に徹するか攻めに入るかを見極めればいい。何れにしろ逃げるなんて選択肢は私にはないのだから。

 

それじゃあ、しばらくは教会の忠実な狗になってがむしゃらに働きますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして半年後。私は唐突な教会からの呼び出しを受けた。

本当に急な連絡だった。私自身、この半年間はこれと言った問題行動も起こさずに大人しく異端殲滅していただけにちょっとだけ怖い。

しかも私にだけ声をかけているらしいから尚更に不気味だった。マジで一体何の用事で連絡を寄こして来た?

 

「まさか私を異端者として秘密裏に殺す気だったり……?いえ、それはないと信じたいけど………いい予感はしないわ」

 

確かに、この半年で再び上級死徒と遭遇した時は交戦した際に周囲を破壊し尽くす事もあった。しかし相手が相手なんだからそうなるのも致し方無い。実際に報告した時もその時は教会の方もちゃんと目を瞑ってくれたし。

ていうか私以上の異端者なんて埋葬機関を除いても幾らでもいるだろうから、少なくともここで殺される事はない……かも。

 

「まあいいわ、とりあえず言いつけ通りに本部の方へ向かおうっと………」

 

そして、間もなく呼び出し通りに本部へやってきた私は教会から用件内容を二つほど伝えられる。

一つは、教会においても重大な権力のある司祭代行専属の代行者に任命する事。専属と言えば耳障りは良いが要するにソイツの手駒として首輪を着けられるという事だ。

司祭代行と口にしたけど誰の駒になるんだと思ったところで、その疑問の答えがすぐに出てきた。

 

「今日からテメェの飼い主として面倒を見てやる司祭代行サマだ。これからはせいぜいオレのために命張って馬車馬みてーに働いてもらうぞ、()

 

などと癇に障る荒っぽい物言いで告げるのは、記憶の中にいた金髪の少年、マーリオゥ・ジャッロ・ベスティーノ……と雰囲気の似た容姿の青年だった。

ひとまずこっちも懇切丁寧に挨拶とお辞儀を返して済ませたけど……この物言いに加えて金髪のクソガキに似ている事を考えると、少なくとも良好な関係にはなれなさそうね。憂鬱だわ。

 

だけど用件は勿論これで終わりではない。二つ目に伝えられたのは、何故か地下にある異端審問室の方へ案内すると言われた事だ。

そして現在、私は二名の審問官に連れられて案内されている。

 

(は?いや、いやいやいや待って待って待て待て待ちなさいよコレ本当に雲行き怪しくない?

抵抗したところで何の意味もないから審問員たちと大人しくついてきてはいるけどどうしようどうしよう。これマズイ?もしかしなくてもマズイわよね?)

 

ハッキリ言って尋常じゃない不安が浮かんでくる。なんか司祭代行も何も言わずに哀れむような顔で見送ったし。いや上司だってんならそこは部下を助けなさいよ。

本当にシャレにならないと焦りが募る。もし本当にこいつらが()()()なら私の復讐人生終わってしまう。『記憶』の通りに進むならもう半年もしない内にあの悪魔が生き返ってくるってのに、これは事と次第によってはシャレにならない。あの女に復讐するどころかまだ顔を合わせてさえいないのに。

くそ、考えろ。考えて。考えなさい!私がこの状況から助かりそうな可能性は、可能性はっ………!!

 

『――――――――――――!!』

 

「………?」

 

………などと焦ってたら、何故か叫び声のような音が耳に入ってきた。今のはなんだ、と思って進んでいる内に段々とそれは鮮明に聞こえてきた。どうやら叫び声のような、ではなく実際に誰かが叫んでいるらしい。

 

でも、なぜか耳にしている中で妙な違和感を覚えた。今の今まで勝手に膨らんでいた危機感とは違う、臭い物が詰まっている入れ物の蓋がこじ開けられるような気持ち悪さだ。

 

(………あれ。なんか、この声って、どこかで聞き覚えのあるような)

 

そう。気色の悪い違和感というのは、その絶叫が初めて聞いた気がしなかったからだ。それどころか得体の知れない懐かしささえ感じてくる。

 

どうしてこんなところから聞こえてくる叫び声なんかで、こんな気持ちになるの?この先に、一体誰が、いるの?

 

「着いたぞ。見ろ、あれがお前をここへ連れてきた理由(わけ)だ。」

 

そんな風に考え込んでいると、審問員の男がガラス張りの審問室の向こう側を指す。言われるままにその先へ視線を向けると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ"ぁぁぁああ"あああ"あ"あ"ああ!!!い"や"ぁ、ぁあ"っ!!い"た"い"いたいいたいいたいいたいい"い"ぃっぃ"いぃぃぃ"いい"いっ!!!!』

 

手足を拘束され、執行員たちによる凄絶な拷問(しょけい)を強いられている『悪魔』が、そこにいた。




余談ですが【鏡】の上級死徒は女性です
死徒としての存在規模はⅦ階梯に台頭してからまだ300年程度の新参者でした
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