愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
「―――――――は、ぁ?」
口から吐息が漏れ出る。あまりにも唐突に視覚へ飛び込んできた、異様な光景。思考が凍りつく。視線が固定される。
『がぁっあ"っあ"あああ"あああ、は、ぁ"―――あ、あぁ、あ―――。』
『第四十三番。脳・眼球・各臓器摘出による欠損審問。復元。続いて第四十四番―――』
目の前に写る
いや、記憶によればアイツは大抵の拷問を受けているらしいから驚くことではないかもしれないけれど……
「アレは、なにを?」
「見ての通り、あの検体を【審問】している。だが、ああして目の前で起きているようにあの検体はなぜか死んでもすぐに蘇生する。我々がお前をこうして案内する二週間ほど前、アレは突如として原因・原理不明の蘇生を起こした。
しかし知っての通り、ここでは死者の蘇生などあってはならない。それそのものが異端の現象であり、摂理に反しており、一度とて起きてはならない。故にあの様にありとあらゆる方法を用いて、完全に死ぬまで審問に掛けている最中だ。」
「………私を、ここへ連れてきたのは?」
「お前があの検体と因縁があったから――――などではない。お前の扱う十四の石による魂まで焼き尽くす浄化の炎であれば、アレを完全に葬れる可能性が高いと踏んだ。つまり、お前にはこれからその炎を用いてあの検体を審問し、そして可能であればそのまま抹殺してもらう」
「――――――――」
『ぎぃ、あ"あ"あ"ぁぁああっっ!!がはっ――――ぁ……や、やぁ、あっ……』
『第四十六番、復元。続いて第四十七番―――』
あの悪魔を殺せ。男は私に淡々とした口調でそう告げた。
………改めて、目の前を見る。私の家族や友人を虐殺して故郷を滅ぼした悪魔は、虚しく『いやだ』『やめて』と慈悲を乞い求めながら叫び狂っている。その悪魔を、エレイシアを、これから私がこの手で殺す。
またとない絶好の機会。抵抗できない状態で苛烈な虐殺をされる側の苦しみと恐怖を、心身と魂に刻みつけるまで思い知らせる選択権がこの手にある。今ならずっと望んでいた復讐ができる。
その事実を前に私は―――、
「……大変魅力的な提案だけれど、お断りさせてもらいます。多分、私の炎で焼き殺しても
内心、とてつもなく歯がゆい苛立ちとやるせなさが膨れ上がる。忸怩たる思いとはこんな気持ちだろうか。
けれど今は堪えろ。ここで憎悪に従って動くのは、まだ時期尚早すぎる。実際、何をしようと本当に意味がないんだから。
「なに……?それはどういう事だ?なぜそう言い切れる?」
私の発言が予想外だったのだろう、男は微かに動揺した口で問い詰めてくる。
さて、どう言い訳しようかしら?『私は実は未来の記憶を持っていて、それによるとロアが消滅しない限りコイツも消えません!』なんて馬鹿正直に吐くのは論外も論外ね。何とか言い包めてこの場を穏便に切り抜きたいけど、この男を含めた審問員たちを納得させるだけの理由は何て言おうかなぁ。
……あ、そうだ。ここは比喩でも何でもない、正真正銘の不死身である可能性を素直に提示してみようかしら。
「あれだけ殺しても死なない、ということは何かしらの不死身の呪いに掛かっている可能性が高いんですよ。それも様子を見る限り、死徒の復元呪詛なんかよりずっと強力なものでしょう。
だから魂まで燃やし尽くても元の状態に再生する可能性が非常に高いと想います。そもそも私自身、アレの魂まで焼き尽くせるかは分かりませんからね」
仮にもロアの転生先として選ばれたほどの完成された肉体だ。なら不死身でなかったとしても、魂の強度そのものは私の炎でも燃やしきれないぐらいに凄まじいかもしれない。というか今言ったようにその可能性が凄く高い。
何れにしろ不確定要素が多すぎるのは事実なんだし、これでコイツらもすんなりと納得してくださるなら御の字だけど。てか納得しなさい。
「不死の呪い…仮にそれならば確かにあれほどの蘇生力にも道理が行くが、魂まで焼却されて尚も再生するほどとなればそれはもう奇跡の域ではないか?」
「お、おい。ここで“奇跡”という言葉をそんな軽々しく口にするのは―――」
お、ちょっと動揺してる。咄嗟に考えた急造の言い訳だったけれど思ったより効いてるじゃない♪
私って案外口も上手いかもね。ウソと真実を丁度いい塩梅で織り交ぜるのって凄くムズいのだけど今回は上手く騙せそうだわ。
でも今のところはあくまで可能性の提示をしただけであって、ここから更に納得させるにはもう一押し必要よね。念には念を入れて説得力がある感じに伝えたいけど……んー、どう言うべきかしら?
この審問官たちだってウソには敏感だろうし、下手な誤魔化しは効かない。それを考えた上で説得を試みるなら―――――よし、こう言おう。
「ええ、確かに奇跡だと仰るその意見にも頷けます。これはあくまでも私の仮説ですし、ホントにあの悪魔が死徒以上の完全なる不死身かどうかは可能性の域を出ない。ここは確信と確証を得るためにも半年近く審問を続けてみればいい、と進言しますよ」
そう、この化け物は私の家族と町の人たちを他の吸血鬼どもと挙って食い物にした。だったらここは審問という名の虐殺を止めるのではなく、寧ろ続けさせるべきだ。
コイツはあの礼拝堂で50人近くを屠った。しかし実際はロアとして目覚めた時点で、闇に紛れてもっと多くの人間を次から次へと無慈悲に一方的に理不尽に喰らっていたに違いない。
ならその分の然るべき報いは、苦痛と恐怖と地獄はちゃんと受けるべきよ。ええ、絶対に受けなくちゃならない。
そうして苦しみに苦しんだ後にこそ、コイツはようやく贖罪の意思を自覚して代行者となるのだから。
……本当なら私がそれをやりたいし、ああして私以外の手でコイツが苦しめられているのを見るのも、なぜか良い気分にはなれないし何なら不愉快でさえある。けれどそれはそれ、これはこれよ。
「その上で、もし半年後まで審問を繰り返しても蘇生の原理がわからなければ私の炎で燃やしてみましょう。その頃には私の炎も今より更に強力になっている事でしょうから。
ですので、現段階では審問を繰り返しつつ様子見して研究していく方針がいいと存じます。いち代行者の身分でこの様にズケズケと進言するのは、我ながら大変恐縮ですけどね」
あくまで畏まった態度を崩さずに現状維持を催促する。審問官たちも単なる拷問好きの
ただの一個人の推察と提案にしても、そこに理屈さえちゃんと通っていれば一応は納得して頷いてくれる筈だ。
私がコイツらと同じ立場だとして似たような事を言われたら……まあ、納得するとは思うけど。さあどうなる?
「………確かに、既に50通り近くの方法を試行しているにも関わらず、アレは当然のように蘇生している。
お前の見立て通り、あの蘇生には我々がまだ知り得ていない未知の原理が働いている可能性が高い。その根源的な仕組みを理解しない限り、十四の石による炎で焼き滅ぼそうとしたところで意味を成さない……か。
―――――いいだろう、お前の意見を聞き入れる。当面はあの検体の蘇生の原理を追究するとしよう」
「聞き入れてくださり、ありがとうございます。ひとまずはこれで話は済みましたね」
よっしゃ、やってやったわ。やっぱ冷静さを失わずに考えながら言葉を選ぶって大事だわ。これで言い包めるのは成功したし、さっさとこんなところから出ていきましょう。
「おい、勝手に話を進めてるがいいのか?」
「ああ、遅かれ早かれ半年後にはまた来てもらうからな。それにもし今ここで試してもらったとして、それで本当に検体が滅びてしまえば蘇生の原理の追究が出来なくなるだろう?ともすると、検体が蛇の転生体であった事も何かしら関係している可能性も無きにしも非ずだからな。
その辺りの因果関係も研究・解明しておくに越したことはない。故にここは代行者ノエルの意見を聞き入れておくべきが吉だと判断した」
「ご理解の程を示していただいて幸いです。ではそういう事ですので、そろそろここを後にしてもよろしくて?」
「構わない。それでは半年後にまた連絡を入れるので忘れるな」
うん、これで全員納得させてやったわね。見立て通り話の通じない
じゃあ、今度こそ話はしっかり付いたから審問室を出ましょう。
他に用なんか無いし―――――、
『第四十八番、復元。続いて第四十九番―――』
『あ"ぁぁぁあ"ああっっあ"あ、がぁあ"あ"ァァァぁあ"あ!!!!』
「……………………」
去り際に、絶叫するエレイシアを見やる。しばらくアイツは、細断なく常軌を逸した
かと言って、ここで憎悪に走ってしまえば確実に
復讐とは、それを成し得るまで徹底して我慢する事。そして、私の復讐は私だけのものだ。誰かに促されて行動するようなものなんかじゃない。
だからこそ――――――今はまだ、この胸の内で燻る炎の刃をあの女の喉元に突き立てるべき時じゃない。
それから半年間、私は金髪の司祭代行サマの指揮下の中でアレコレと工夫を重ねながら特訓を積んだ。
例えば『記憶』の中の代行者シエルの動きを可能な限りマネられるように頑張ってみた結果、蛇腹剣・弓・黒鍵の動作はまあまあの精度で再現できるようにはなれた。
流石にオリジナルのそれと比較したら精度も威力も速度もまるで足りないけど、この動きを会得できてから死徒狩りが更に
特にほんの数日前まで勤めてた都市制圧戦の任務なんかは、下級死徒十数匹の集団を前に
「ふふん、そろそろB級……いえ、A級代行者と胸を張って名乗ってもいいかもしれないわね!
……まぁ、『シエル』はAどころかSSの域に入るでしょうけど。はぁ~あ、クソッタレめ」
けれど、自分で言うのも何だが私の成長速度も異常な気がする。というよりも明らかに人間を辞めてバケモノになってからの成長がすっごく早い。まるで私自身の復讐心に比例するかのように、私の炎も肉体も強くなっていく。
人間だった頃より物事を知覚できる範囲が広がった事や、痛みへの耐性やそもそもの精神強度も軒並み上がったおかげもあるのだろう。復讐への手段を選ばない狂気が加速しつつある事も影響していると思う。
何れにせよ、かつては絶対に越えられないし抗えない絶望そのものとしか思えなかったⅥ階梯の下級死徒も、今となっては相手にならない。それどころか更に上のⅦ階梯ですらも正面から戦えるし、何なら仕留めきれる事もままある。
かつてない程の力の自覚と充実感。その一方で、元々は無力な普通の人間だったのに、気がつけば怪物を殺してしまえるほどの化け物になってしまっている事への虚しさと恐怖。
死に物狂いで手にした力が、確かな成長の表れとなっている事に嬉しさを覚える。そして同時に、もし普通に生きてたなら、こんな恐ろしい人外の力なんかとは一生縁がなかった筈だとも思ってしまう。
「エレイシアも……シエルも、こんな風な気持ちの一つでも抱いた事があったのかしら?
…………いえ、そんな筈はないわね。だってあの女は、最初から人を越えた生粋の化け物なんだから」
そうだ。そんな筈がない。
とは言え……『記憶』の中との時系列に何らかのズレとかが無ければ、あのソウヤというニホンの町に巣食うロアを滅ぼしに行くまで、まだ五年以上時間が残されている。
今の時点でそんだけ長い余裕があるんなら、アイツを超える事はできずとも不意討ちとかで殺せるくらいには強くなれている筈よ。
「――――とまあ、そんな下らない愚痴を垂れてる間に着いちゃったわね」
本部の物々しい西洋建築の聖堂を見上げながら、私は軽く深呼吸をする。半年前と同じように私は教会から呼び出され、ここに至っている。
――――曰く、ロアの転生先が教会の代行者として就任した。そしてその元転生体はロアが消滅しない限り、何をされようとも絶対に死ぬ事はない正真正銘の不滅の存在であると。
ええ、でしょうね。知ってる。よく知ってる。そうなる未来は、こうなる未来は、六年半前の時点でとうに知っていた。
アイツは今、埋葬機関の局長ナルバレックの私室にいるという。特例で事前に立ち入り許可を貰っているので、使者からの案内を受けつつ、いの一番にその場へと向かう。
「失礼致します。ノエルです」
『ああ、来たか。では入れ――――再会の時だ』
改めて軽い深呼吸をしてから、言われるがままにドアを開けて部屋へと足を踏み入れる。
そしてあの悪魔―――否、代行者シエルと顔を合わせた。
「―――ぇ」
「やぁ。実に六年半ぶりの感動の再会ね、エレイシア!そして初めまして、シスター・シエルさん。是非、これからお互いに切磋琢磨して仲良くやっていきましょう!」
皮肉と嫌味を込めた挨拶で反応を観る。エレイシア……シエルは亡霊でも見たような唖然とした顔で私を凝視する。ふふふ、亡霊なのは実際に何度も何度も死んだそっちだっての。
「どう、して………あなた、が………」
「あら、驚いたかしら?まあ、あの地獄の中で他のみんなと一緒に死んだものと思ってた小娘がこうして目の前に現れれば動揺しちゃうか。しかも教会の代行者になってると来たもんだからそりゃ驚愕すんのも無理ないわよね!」
ああ、今私はどんな顔をしているんだろう。歪んでないだろうか。ちゃんとにこやかに営業スマイルを作れているだろうか。
「ぁ――――わ……わた、しは。わたし……は……あなた、に……!」
「ん、何よ。もしかしてアンタが私に対してやった事の後ろめたさでもあんの?
そりゃあ、アンタが憎いかと言われたら憎いけど……今はアンタへ憎しみを向ける余裕なんかないわ。返してだなんて恨み節ぶつけたところで、大切な人も故郷も幸せも戻ってこないんだからさ。
それよりも、こうして私たち二人でロアへの仇討ちに人生を懸けた方がずっと有意義じゃない?どーせ普通の人生なんざもう望めないんだし、ここはお互いに割り切って協力していきましょう?
そういうワケで局長。前もってお伝えした通り、今後は私とこの子でツーマンセルのコンビを組ませていただきます。よろしいですよね?」
「ああ、構わんよ。ベスティーノには私の方から先んじて仔細を伝えておいてやる。同郷の好同士、せいぜい狂いながら踊ってみせるといい」
最初に呼び出しの連絡を受けた時点で、コンビを組ませてほしいとの旨を密かに伝えていた。
『記憶』のノエルがシエルと組んだ切っ掛けは、うっかり司教に粗相を働いて怒りを買ってしまったせいで更迭されるのを何としても回避する為だった。何ともバカな事だわ。
しかし未来でそうなるのが分かっていれば、その前にシエルとコンビを結んでしまえばいい。これだけで向こうは更迭したくてもできないし、私はコイツの力と立場に守られる。ま、こういう事も把握しているんだから私は上に対して下手な粗相をやらかしたりなんてしないが。
司祭代行には悪いけど秘密裏にこうして手筈を踏んどいて良かったわ。もし何かの切っ掛けで事前に知ったら、あの人の性格を考えれば絶対に反発してたでしょうしね。
「じゃ、そういうコトで改めてよろしくシエルさん!ロアをぶち殺すまでの道のりも、そしてロアを殺した後も、私たちがこうして生きている内は、最期までこの世に蔓延る全ての吸血鬼共を一緒に殺し尽くそうじゃないの。
あなたが贖罪の意思を掲げて死徒を鏖殺する
「…………………」
我ながら白々しいにも程がある。ロアを消滅させた後はコイツもしっかりと殺すつもりでいるってのに。
そもそも私はミハイル・ロア・バルダムヨォンという怪物に復讐する為に生きてきたんじゃない。コイツがシエルという代行者として復活するのを理解した上で、コイツを確実に殺す為にクソみたいな代行者の世界で生き延びてきたんだ。
ロアの抹殺はその為の必要な過程に過ぎない。ぶっちゃけ、この女に比べたらあの蛇野郎なんざどうでもいいとすら言えてしまう。奴は所詮、私の復讐という名の路傍の隅にこびり付いてる糞尿以外の何者でもなく、ただのちっぽけな
それを悟ってるのかは分からないが、エレ―――――シエルは、黙ったまま私を見つめている。しかし局長は恐らく真意に気づいてるだろう。もっともそれをツッコんでこない辺り、止める気もさらさらないみたいだけど。
そのあとは局長室を後にし、聖堂内の教壇にて祈りを捧げた。『記憶』の中にある通りにアイツは懺悔と悔恨を済ませ、そして私たちはロアをこの世から確実に消す事を誓い合った。
(ウソ。全てウソ。お前の贖罪は、私の復讐と同じ自己満足に過ぎないんだ。そうして本心から悔い改めているつもりでも、心の底では"罪を憎んで贖う自分自身"に酔っているだけなのよ)
でも、私からすればそれらは全部全部希薄で中身の伴っていない空虚なものとしてしか写らなかったし、心に響く事もさらさらなかった。
だって、これから先の『記憶』の通りに運命が転がれば―――コイツはこれだけロアを殺すという意思を固めておきながら、あろうことかその決して揺るがない筈の『殺意』よりも、ほんの一時の関わりで芽生えただけの『恋』を優先する。
未来のロアの転生体――――遠野志貴をあと一歩のところまで追い詰めていながら、その子の純心に絆されてしまうのだから。
「……ホント、哀れな女ね」
「……? 何か、言いましたか?」
「別に。私たちの復讐が実ればいいなって、そう口にしただけよ。この誓いが報われるといいわね、シエルさん」
そうして私たちは今日からさっそくコンビとして活動する事になった。これから先、今までより更に強大な怪物の相手をするだろうし、その中でコイツに助けられる事だって何度も起こるだろう。
けれど、それでも復讐の決意はきっと揺らがない。この女と違って、恩を仇で返す事になろうとも私は殺意を鈍らせたりしない。鈍らせてしまってはいけない。私が生きてる意味なんて、もうそれしか残っていないんだから。
人でなしのクズになる。無力だった被害者から常軌を逸した加害者になる。
それを承知の上で突き進んでいる私にとって幸せを感じる瞬間があるとするならば、それはこの女に心からの絶望と発狂を自分の手で齎せた時だろう。
――――それじゃ、つまらないし耳に入れたくもないウソっぱちの贖罪表明を聞いたところで私も心機一転しますか!