愛染ノエル・Reスタート / ―The Revenge of the Black Rose― 作:ノエルイド
訓練と称して本気でシエルとぶつかり合ってボロ負けしてから数日。
私たちは今日も今日とて世のため人のため自分たちの復讐のために死徒狩りに勤しんでいた。
「痛つつ……ねえ、稽古の時にアンタに打ちのめされてから未だに全身がズキリと来るんだけど。おかげでいつものようなパフォーマンスを発揮できないし」
「それは申し訳ないです。しかしこう言っては何ですが、一人で活動していた頃と比べればその程度は屁でもないでしょう?
それに貴女は自分が追い詰められるほどに人一倍爆発的に成長するようですから、寧ろ今は丁度いい機会なのでは?
実際、先ほどの戦闘でも動きのキレ自体は落ちていないどころか要所要所で冴えていましたよ」
「……あっそ。お世辞、ではないわね。じゃあギリギリ赦すし水に流すわ」
「ええ、ありがとうございます。赦していただいて何よりです」
こんな感じでお互いに軽口を挟みつつ、普通に丁度いい距離感でやれている。
『記憶』の中のノエルは実力がなるでなってない上に欲望を抑えきれてなかった。だからこそ勝手に羨望の想いをシエルに向けて、そして勝手に失望して身に余る力に任せて勝手に滅んだ。
私はそれを反面教師とし、復讐以外の事には欲求を向けない事にしている。こうしてシエルと程よく会話を重ねているのも、それなりに信頼関係を深めつつ死徒狩りにおいて利用する為だからだ。
生きるか死ぬかの戦いにおいてお互いに背中を預け合えるような信頼関係はバディとして必要な事だし、任務遂行への確実性も飛躍的に向上する事に繋がるからね。
だからこの前の手加減なしの試合以外では、極力シエルに対して暴力は加えないし害意も向けない。第一そんな事しても信頼どころか破局の亀裂が生じるだけなんだから、私からしてもデメリットしかない。といってもこんなのは考える間でもなく当たり前だ。
今の私たちの目的はこれから出てくるだろう次代のロアを完全に消滅させる事。そこに転生体の意思が残ってようが関係なく殺すし、況してや見逃すなんてあり得ない。
「………ねえ、シエルさん」
「? はい、何でしょうか?」
「仮に、仮によ?もし仮に、次に現れるだろうロアの転生体がすっごい善人だったとして、機が熟してソイツをいざ殺す時に、ソイツが『命乞い』でも『恨み言』でもなく『感謝』を伝えてきたとしたら、それでも迷いなく殺せるわよね?」
思うに。コイツが遠野志貴を殺す事を躊躇ったのは絆されたのもあるけど、自分の事を『突如として刃を向けてきた裏切り者』として憎んでくれずに『普段の頼れる先輩の顔もウソじゃなかった』と感謝されたからってのもあると思う。
つまりこの女は『せめて自分を悪者として思いきり憎んでほしい』という願望が根幹にあるワケだ。しかしどれだけ追い詰めようと遠野志貴は悪者扱いせずに“ありがとう”と感謝すら述べた。だから心を殺してやり遂げると決めていた筈の殺意が鈍った。まんまと絆されて、遠野志貴を生かしたままロアの意識だけを排除しようなどという行為に出た。
「……殺される間際だというのに、感謝を伝えるような人間などいる筈がないでしょう。
仮に転生体がそんな人間だとしたら、それは善人を通り越した狂人ですよ。そして言うまでもなくわたしにそういう感謝は通用しませんし、その人間の都合などお構いなしに殺します。
人は一度でも裏切られれば、誰しもが憤怒と憎悪を露わにします。況してや理不尽に殺されるとなれば尚更です。
よってノエル。貴女のその質問に対する答えは『イエス』です。貴女が人である事を棄ててまで復讐を志しているように、わたしもまたロアを殺す覚悟が揺らぐ事は何があってもあり得ないと断言しましょう」
――――何ともまあ、愚かで中途半端な覚悟だ。アホ臭くて失望や怒りなどよりも呆れてくる。
今の言葉は、本気で心からそう言っているのでしょう。ええ、私もこの『記憶』さえなければ本気で信じ込んでいたわよ。良かった、ここまで決意がガン決まっているならちゃんと最期までやり遂げてくれるだろうなって。
けれど私は知っている。知ってしまっている。このまま行けば、何れお前が遠野志貴を生かそうとするのを。そして『記憶』の中でノエルの恨み言を一言一句聞き漏らしはしなかった上で、全てを真摯に受け止めきった上で、最終的にはその圧倒的な暴力で以ってこの世から排除した事を。
『多くの
無論、例え自分自身であったとしても死徒に成り果てたヤツの戯言など同意を示すに値しない。私は自分のこれまでの行いと悪と認識しているし、その上でこの道を突き進んでいる。そこに言い訳なんざ挟まないし、況して正当化するとか唾棄すべき傲慢に他ならないわ。
「そう。それを聞けて安心したわ。まあ答えなんて分かりきってはいたけど、それでも一抹の不安ってのはあったし、それを消したかったから問いかけてみたのよ。
一緒に、そして確実に――――ロアをこの世から消しましょうね。シエルさん?」
「……ええ、そうですね。あの時の贖罪と貴女との誓いは、必ず成し遂げます」
結局のところ、ノエルは弱かった。自分の目的を遂行できるだけの強さもなければ、自分と向き合えるだけの心の強かさもなかった。アレには文字通り何もなかった。
だからこそバディを見限られ、復讐の誓いも義理も土壇場で裏切られ、あの白衣の女に付け込まれてバケモノにさせられ、その果てで虚しく滑稽に喚き散らして死んでいった。
でも私はそうはならない。私も既にバケモノの身となっているけど、あのノエルみたいに越えちゃいけない一線を越えたりなんてしない。
あくまで代行者として戦い、そしてこの女を本気で殺す為に着実に力を付けてみせる。少なくとも、こうして対等に言葉を交わして正面から責められるだけの域には既に達している。
結論として、バケモノと付き合うなら自分も相応の力と心構えで向き合わないと成立しないのだ。
今ならそれがより理解できる。復讐も、誓いも、義理も、信頼も、お互いに対等でなければ意味を成さない。
そこに生じる差が大きいほどそれらは崩壊していき、やがてはどうしようもない現実を前に外道に堕ちて死ぬか泣き寝入りするしかない。
せいぜいそうならないよう、これからも鍛錬を怠らずにコミュニケーションもしっかり取って慎重にやっていこう。
……つっても、私はどうもコイツを前にすると感情が乱されやすくなるらしいので、下手に怒鳴りつけたり八つ当たりで暴力を振るってしまうかもしれないのが怖い。
幾らコイツの自己肯定感が無いに等しいからって、そういうのをやらかしてしまうと大なり小なりどうしても後に響くだろうし、その辺りの対処は例えほんの僅かでも自分の感情をコントロールできるように慣らしていくしかない。
「……わたしからも聞きますが、あの稽古を機に貴女の武器の扱いが一段と上達してきている気がします。まだ数日しか経っていませんが、色々と学びを得られたようですね?」
「ハッ、そりゃあね!アンタという埋葬機関の代行者の超人的な動きを目の前で散々見せつけられた上で叩き込まれたのよ?イヤでもこの目と脳に焼き付いちゃうっての!」
全力で勝負したいから持参してくるようにと言ったのはこっちだけど、まさか本当に第七聖典を携えてきた時は正直驚いたわ。私みたいな取るに足らないだろう雑魚相手にアレを本気で使ってくるなんて思ってもみなかったし、おかげで反応遅れて死にかけたっての。
でもおかげで聖典の手札がどういうもんかが直に分かったのは本当に大きいし、それを扱うコイツの動きもしっかりと焼き付ける事ができた。
特に『
これもひとえに人外化の恩恵だわ。人間の頃だったらそこまで細かく見えないどころか、反応さえできずに弾一発で吹き飛ばされていたでしょうね。
「今回の経験を活かして、私は更に強くなってみせるわ。今しばらくは普通に任務を受けつつこれまで通りにアンタから魔術を教えてもらうからよろしくね?」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。わたしからも貴女から学ぶ事は得られていますよ」
「はは、そいつはどうも~」
ロアの魔術を乞いながらちまちま任務こなしつつ、その中で私自身の腕を磨く。
人間の身だったらとっくに限界にぶち当たっていたでしょうけど、今のところはまだ成長できている。才能なんてこれっぽっちもないと思ってたけど、こんなところまで至れるなんてねえ。
といっても今のところは数秘紋の
強くなる為に“妥協”は一切しない。私の復讐に、そんな言葉は存在しないんだから。
「それじゃあこの後に、またわたしと本気の稽古試合でもしますか?貴女の意気込みに応えて、今度は前回以上に全力で打ちのめしてあげますが」
「あー、いや、流石にこんな本調子じゃない時に貴女の全力を受けたら死んじゃうから却下よ。却下却下」
…………………前言撤回。時には妥協する事もちゃんとしなくちゃいけないかも。
そこから更に半年の時が過ぎた。私はその間に数秘紋の雷霆を一生懸命に勉強と実践を繰り返し、その結果として変則的・即時的な応用も使えるようになった。
例えば結界の周囲に雷を走らせて電気網のように隔離したり、設置型の地雷の要領で迂闊に踏み抜いた瞬間に炸裂する事もできるまでになった。
相変わらず他の魔術は覚えられてないけど、こと雷霆の練度自体は半年前よりもずっと上達した。着実な成長が実感できて我ながら素直に嬉しい。
無論、数秘紋の腕だけじゃない。それも含めた総合的な実力もかなり身についてきたし、3日前なんかシエルのサポートを受けて協力しながら数匹の上級死徒相手に余裕を持って立ち回れた。
「ふふ、ねえシエルさん。貴女からすればまだまだ弱すぎるだろうけど、私って確実に強くなれてるわよね?」
「いつになく上機嫌ですね。まあ、この前の連携は確かに目を見張るモノがありました。それと今の発言に訂正を指摘しますが、わたしが代行者としての貴女を『弱い』などと思った事はただの一度もないですよ」
「またまたお世辞言ってくれちゃってえ。実際、私が貴女より弱いのは事実でしょう?それに私自身、自分は強くなったと自覚した事はあれど『自分が強い』と驕った事は一度もないの。だから現状にも全然満足してないわ」
この女との連携ありきとはいえ、あの『規模の小さな祖』とすら評せる怪物の上級死徒を、それも複数相手に余裕を見せながらの戦闘ができちゃうなんて。認めたくはないけど、多分私一人の努力じゃバケモノになってもここまでは至れなかったでしょう。
それじゃ次の目標は私一人での殲滅ができるようになるところかな。
しっかし、改めて任務での日々を思い返すと………シエルとの連携力がなーんか心なしか卓越した感じになってきてるのよねぇ。
あれ?何か…………そう思った途端に、違和感を覚える。なにかおかしい。
私とコイツは、実力的にも性格的にも何もかもが相性最悪な筈。いや、実力においてはある程度ながら拮抗してるかもしんないけど……なんで寄りによってこんなヤツと呼吸が合わさってきてんの…………!?
「――――ノエル?急に険しい顔を浮かべていますけど、どうかしましたか?」
「! っ……いえ、こっちの気持ちの問題よ。些細な事だから気にしなくていいわ。ってか気にしないで」
「む、そうですか……なら触れないでおきますね」
「ええ、分かってくれて助かるわ」
あー……こういうのもあまり考えない方がいいわね。そういうのを意識するほど思考が割かれて、戦闘におけるパフォーマンスの支障にも繋がりかねないし。
それに、冷静に考えると連携の息が合ってきてるからどうしたというのか。これと言って問題とかないし、普通にメリットしかないじゃないか。
どうせ最後の最後には私がこの女をこの手で殺すんだ。ならそこに行き着く為の一環として、寧ろその連携力さえも存分に利用しろ。
加えて連携力が上がっているという事は、即ちそれだけ私たちの信頼関係も深まりつつあるという事。突き詰めて言えば、その程度にはコイツの信用を得られている事の確たる証左だ。
そうよ。それでいい。手段は選ばず、妥協をしない。それが復讐鬼たる今の私なんだから。
「あ。そういえば貴女には言ってませんでしたが、明日からとある死徒の討伐の為に単独での潜入任務を遂行します。ですのでしばらくはお互いに別行動になりますよ」
「は?唐突にそんな事言う?……で、しばらくってどれぐらいになりそうなの?」
「そうですね。情報によればその死徒は非常に用心深く、街全体に感知網を広げているようです。
なので完璧に不意を突いて殺す必要があると判断したので、現場に着き次第下水道に身を沈めて機が熟す瞬間を待とうと考えています。
しかしながら今言ったように、その死徒は本当に臆病らしいので………完全に警戒を解いて気を緩めてくれるまでに1年ぐらいは掛かるでしょう。多少根気が要りますね」
「多少って、アンタ――――いえ、それよりもそれって……」
ああ、思い出した。確か用心深い死徒の討伐のために下水道に潜伏してた事があるんでしたっけ。
1年ぐらい掛かるとコイツは澄ました顔で言ってるし、実際に『記憶』でもそうしたみたいけど……あんな雑菌や糞の混ざった汚水まみれのところにそんな長い期間潜り込むんでしょ?しかもたった一匹のクッソ臆病な死徒を確実に殺す為だけに。
「うっわぁ~……人を棄てた私からしてもドン引きよソレ。確かにそうした方が絶対に仕留める上じゃ合理的かもしんないけどさあ。よくもまあそんなのさらっと口にして当たり前のように実行しようと思えるわね」
「任務ですからね。それに、これもわたしが過去に犯した罪に少しでも報いる為の贖罪です。
わたしがこれまでに奪った命や貴女が味わった苦しみに比べれば、これでもずっと生温いものです」
そう重たげに言うシエルは相変わらずの無表情だったが、その視線はどこか憂いを孕んでいた。
目は口程に物を言う、というニホンの諺がある。コイツの今の目はまさにそんな感じだろう。
その感情は果たしてどこに向けているのか。過去に虐殺してきた人間たちにか、私に対してか、或いは自分自身か。もしくはその全てなのか。
「ふん、そっか。それは殊勝な心構えじゃないの。まあそういうところが貴女の美点と言えるけどね。
なら、せいぜい上手く行く事を願ってるわ。これでも貴女のバディですもの、それぐらいの応援はしてあげる」
「ノエル………ありがとうございます。わたしも貴女の応援を足蹴にしないよう、確実に遂行を完了しますよ」
「はいはい、礼を言うなら任務を成功させてからにしてよね。私もそれまで必死こいて頑張るからさ。
つーか、貴女こそ私の無事を祈りなさいよ。こんな殺し合いの世界だからどれだけ強かろうと死ぬ時はあっさり死ぬんだし、私は貴女と違って一回死んだらそれで終わりなんだからね?」
「ええ、それはごもっともです。なのでわたしは貴女の無事を普段から常に祈っていますよ、ノエル」
「ふ、それは実に有り難い事ね。それじゃあ明日からお互いに上手くやっていけるよう、敬虔な信徒らしく神様に祈りを捧げておきましょう?」
こうして私たちはそれぞれの無事を祈り、翌日にバディとしては一旦解散となった。
アイツは例の潜入討伐の任務に向かい、私は別の街へと派遣されたので適当なアパートの一室を借りる事にした。
「――――さて、こっから1年は暇に……なるワケじゃないし代行者にそんなものある筈ないけど、また私一人で活動しなきゃいけないわよね」
……いや、これは寧ろ良い機会かしら。実を言うと、これまでは任務の際にアイツの力に無意識に頼っていないかという一抹の不安があったわ。なら、ここらで改めて気合を入れ直そうじゃないの。
とはいえ一人になった以上はあの司祭代行の管轄下に再び置かれるからそこまでアレコレと自由には動けないんだけど。人間時代だった時はもう少し柔軟に動けてたから今がちょっとだけ鬱陶しいわぁ。
まあ命令違反してペナルティ食らうのも勘弁だからここは大人しく従って行動するしかないけどね。
「で、ソウヤに向かう事になるまであと三年程度かあ。復讐に生き急いでると時間の流れってのは本当に早く感じるわ」
借り部屋の窓に目をやりながらそう呟く。まだ時間はあるけど、ここまで長いようで短かった。
もし自分が人を辞めて怪物になるのがもっと遅かったら、或いはもっと早かったら。それぞれで全然違う結果になっただろう。
しかしどんな結果になるにしろ、私は誰かに殺されるまで復讐をやめる事はなかったと思う。強くなろうがなれまいが、復讐を抱いた時点でもうそれしか存在意義が無くなっているのだから。
だからきっと、きっと最期までその信念と覚悟を貫き通す事になるだろう。何があっても、どんな末路を辿ろうとも。
「それはそうと司祭代行の下で一人で活動する以上、吸血鬼狩り以外にできる事もそこそこ限られてくるわよねー………大人しく普通に過ごすか」
ひとまずまた半年以上は任務に従事しながら生活していこう。幸いながらシエルと一緒に過ごした日々がエミュトレする上ですっごい参考になるし、今までと同じように一歩ずつ確実に力を身に付けていくのが無難ね。
一応、代行者の暗黙のルールとしてバディが必ずつくけど……人間の頃からそういうのとはあまり縁が無かったし、加えて殆どが今の私よりずっとレベル低いしで実質一人なのよねコレが。
今になって改めて思う。決して傲慢になった訳じゃないし、ならないように心掛けてはいるけど――――私って、代行者の中でも本当にかなり強い方になれたんだなあ。