男が少なすぎるこの世界で、自分を負けヒロインだと思い込んでいる幼馴染と俺の【遺伝的相性】が最高だと判明してしまったんだが   作:メソポ・たみあ

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第6話 負けヒロインの性癖?

 

《愛染なのか視点(Side)

 

 私が学校の屋上でハジメにキスを迫った、その翌日――

 

「…………んで、遺伝的相性が最高な幼馴染との関係に悩んでるから、私のトコへ相談に来た……と?」

 

 場所は保健室の中。

 

 黒月先生は椅子にもたれかかりながら、ものすっっっごく怠そうに聞き返してくる。

 

「はい……」

 

 私の椅子に座りながらしゅんと縮こまり、気恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤くしながら、小さく返事した。

 

「ハアアアァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………」

 

 生気のない目をしながら天井を見やり、長い長いため息を口から漏らす黒月先生。

 

「いやな? 私は一応、養護教諭だからな? そりゃ生徒の相談には乗るよ?」

 

「はい……」

 

「でもさぁ、幼馴染で仲良しで遺伝的相性が最高で、なのに恋人じゃなくて、オマケに距離感のとり方に悩み始めただなんて……そんな惚気話を聞かされる身にもなってみろ? お?」

 

「ひゃい……」

 

「こっちはな、もう三十路なんだ。すっかり男との結婚を諦めた婚期逃し女にとって、お前の話は聞くだけでメンタルがゴリゴリと音を立てて削られていくんだよ。わかる?」

 

「ひゃい……しゅみましぇん……」

 

 肉食獣に追い詰められた小動物のようにカタカタと震え、謝ることしかできない私。

 

 でも、黒月先生しかいないのだ。

 

 遺伝的相性が〝最高〟であるが故に、幼馴染(ハジメ)との接し方に悩んでしまっているなんて――そんな相談をできる人は。

 

 だって彼女は、私とハジメの【遺伝子相性診断(ゲノムマッチング)】の結果を知っている、ただ一人の人物だから。

 

 黒月先生はボリボリと頭を掻くと、

 

「……スマン、タバコ咥えていいか?」

 

「あ、もしお吸いになられるのなら、私は全然――」

 

「保健室でタバコが吸えるかバカもん。それに私は生徒の前では吸わない主義だ」

 

 そう言って彼女はポケットからタバコの箱を取り出し、一本のタバコを抜き取って口に咥える。

 

 勿論、今言ったように火は付けない。

 

 その慣れた動作から、黒月先生が普段から頻繁にタバコを吸っていることが窺い知れる。

 

 たぶん、タバコを口に咥えていると落ち着くのだろう。

 

 ……なんだか大人の所作って感じで、ちょっとだけカッコいいかも、なんて。

 

「フ~~~……で、お前はなにをそんなに悩んでるんだよ? さっさと恋仲になっちゃえばいいだろうに」

 

「それ、は……そうなんですけど……」

 

「言いづらいことか?」

 

「……」

 

 沈黙で私が答えると、黒月先生は「ふむ」と小さく唸る。

 

「おい愛染、あまり私を見くびるなよ」

 

「え?」

 

「確かに惚気話を聞くのは怠いが、これでも給料を貰って養護教諭をやってるんでね。それなりのプロ意識ってのは持ってるつもりだ」

 

 彼女は曝け出された素足を組み、さっきまでとは違うやや堂々とした座り方になる。

 

「お前が相談するなら私は聞く。アドバイスが欲しいならしっかりアドバイスもする。勿論、絶対に口外はしない」

 

「黒月先生……」

 

「友達にも幼馴染にも言えないコトなんだろ? なら私が聞くぜ?」

 

 フッと優しく微笑んでくれる黒月先生。

 

 そんな頼りになる大人の姿に――私は全て打ち明けようと決めた。

 

「……ありがとうございます、黒月先生」

 

 私は膝の上でキュッと両手を握り、

 

「実は……ハジメと遺伝的相性が〝最高〟だって教えられてから、自分がおかしくなっちゃったような気がして……」

 

「と、言うと?」

 

「えっと……遺伝的に相性がいい人は、いい匂いするって言うじゃないですか」

 

「ああ、らしいな」

 

「私も、ハジメはいい匂いがするなって思うんですけど……ハジメの匂いを嗅ぐと、頭が真っ白になっちゃうんです」

 

 ポツリポツリと、語り始める。

 

「凄くいい匂いだな――ずっと嗅いでいたいな――って思った瞬間、自分が自分じゃなくなるみたいになって……」

 

「……」

 

「どうしようもなく、ハジメが欲しくなって――止まらなくなっちゃうんです。その感覚が怖くて……」

 

「ふーむ……」

 

 黒月先生は前髪をグッと掻き上げ、なにやら考える。

 

「その欲しくなる(・・・・・)ってのは、性的衝動が暴走する――ってコトか?」

 

「はい……」

 

「なるほど」

 

 腕組みをし、足を左右組み替える黒月先生。

 

 そして数秒ほど無言となった後、

 

「もう一つ、突っ込んだ質問をしても?」

 

「大丈夫、です」

 

 

「愛染、ズバリお前は――〝匂いフェチ〟か?」

 

 

「…………へ?」

 

「あるだろ? 特定の匂いを嗅ぐと興奮するって性癖。アレかって聞いてる」

 

「いっ、いや、性癖って……!」

 

 聞かれて、思わず顔が熱くなる。

 

 私はどちらかと言うと、友人たちとあまり大っぴらには性の話をしない方だ。

 

 勿論、興味がないワケじゃないけど……。

 やっぱり、は、恥ずかしくて……。

 

 逆にミネやテニス部の友達なんかは、割と性の話題にオープンな方。

 

 むしろ積極的に話しているまであるかもしれない。

 

 お陰で、たまに困っちゃう時もあるくらい。

 

「それでどうなんだ? お前は匂いフェチなのか?」

 

「そ、それは、その……」

 

 ……どうなんだろう?

 私って匂いフェチなのかな?

 

 少なくとも、これまで自覚したことはない。

 

 誰かの、なにかの匂いを嗅いで興奮するというのは、ハジメの(・・・・)が初めてな気がする。

 

 そ、そもそも、自分がなんの性癖(フェチ)を持っているのかなんて、考えたことも……!

 

「わ、わかりません……。匂いを嗅いで興奮したのは、ハ、ハジメのが最初で……」

 

「なるほど、なるほど」

 

 黒月先生は身を屈ませ、足に肘を突いて考えるようなポーズを取る。

 

 その表情は真剣そのもの。

 どうやら先生にとっては、真面目な質問だったみたい。

 

「……性的趣向の如何を問わず、遺伝的相性が良すぎる相手の体臭に、自我を喪失するほど過剰な興奮を示す――か」

 

 彼女は上体を起こして再び背もたれにもたれかかり、

 

「わかった、話してくれてありがとう愛染」

 

「い、いえ……」

 

「体質……と言っていいかわからんが、過去に【遺伝子相性診断(ゲノムマッチング)】関連で同様の事例があったかどうか調べてみる(・・・・・)。なにかわかったら教えるよ」

 

「はい……。あの、黒月先生、私ってなにかの病気なんでしょうか……?」

 

「さあ、どうだろ」

 

 彼女は敢えて答えをぼかす。

 養護教諭としてあまり適当なことは言わない、という彼女なりのスタンスなのかもしれない。

 

「遺伝子の相性ってのは、明け透けに言えば身体の相性だ。肉体的相性のいい相手を求めるのは一種の生理現象だし、匂いに惹かれるってのも別におかしくはない。フェチズムを病気と呼ぶなら、人類は皆病気ってことになるしな」

 

「は、はぁ……」

 

「とにかく、悪い方向に考えるなってことさ」

 

 ニヤッと悪戯っぽく黒月先生は笑い、

 

「ま、私にとって一番楽ちんな答えは、お前が〝変態的なほど重度の匂いフェチに目覚めただけ〟――にしてしまうことなんだが」

 

 彼女にそんなことを言われて――私はまた恥ずかしくなってしまう。

 

「ううぅ……私って変態だったんでしょうか……?」

 

「バッカお前、この場合の変態は褒め言葉だぞ。むしろ喜べ」

 

「え、えぇ……」

 

「よく言うだろうが、なんちゃら色を好むって。性癖(フェチ)がマニアックだったり性欲が強い奴ってのは、総じて人生を前向きに生きてる。いいことだ」

 

 黒月先生は咥えていたタバコを口から離し、

 

「そもそもの話――光永(ハジメ)の奴は、なんて言ってたんだ?」

 

「――!」

 

「お前が匂いフェチであることを〝嫌だ〟なんて、アイツは一言でも言ったのか?」

 

 そう言われて、私はハッとする。

 

 ハジメは……私が部屋で押し倒した時も、屋上でキスしようとした時も、私のことを受け入れようとしてくれた。

 

「嫌だ」なんて、一言も言わなかった。

 

 むしろ――「嫌じゃない」って、そう言ってくれた。

 

 わからない。

 私に気を遣ってくれただけなのかもしれない。

 ハジメは優しいから。

 

 でも……一昨日も、それに昨日も、ハジメは私に興奮してくれていたように思う。

 

 ハジメも、どこか嬉しそう(・・・・)に見えただなんて――私の都合のいい思い込み、なのかな……?

 

「お前は一人で思い悩む癖があるようだが、たまには大事な幼馴染とちゃんと向き合ってみるべきかもな」

 

 それでも悩んだら私のトコに来い、と黒月先生は言うと、おもむろに椅子から立ち上がる。

 

 そして机の横に置いてある女性モノの鞄の下へ行き、なにやら鞄の中へと手を入れる。

 

 たぶん、あの鞄には黒月先生の私物が収まっているのだろう。

 

 そしてなにかを掴み出すと、私の傍へと戻ってきて――

 

「ま、なんだ? 一応渡しておくぞ。手ぇ出せ」

 

「……? 渡すって、なにを――」

 

 私は言われるがまま、手の平を黒月先生へと差し出す。

 

 すると彼女は、そんな私の手の平に〝小さくて四角いピンク色の袋〟を置いた。

 

「――――ッ!? こっ、こここ、コレって、コンド――ッ!?」

 

「言っておくが、あくまで私個人の私物だからな。若さゆえの過ちが起きないようにって気遣いだ」

 

 いつものように気怠そうな様子で、黒月先生は肩を竦める。

 

「生憎と男相手(・・・)に使ってるモノじゃないから、そっちのアドバイスはできん。詳しい使い方は自分で調べるこった」

 

「……え??? あ、あの、男相手じゃないって、なら誰に――」

 

「聞くな」

 




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