【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【聖人ミイラ】
アカン、どんどん面倒なことになっとるわ。
もう隠居生活を送らせてくれ。
「ええ、無論把握はしているんですがね。ただいま調査中でして」
部下の勝山が電話片手に困り果てている。時折見えもしない相手にペコペコ頭を下げている。僕は机に突っ伏し、コロコロとバトルえんぴつを転がす。
電話が終わったらしい。勝山が深いため息をつく。
「またですよ。知らない妖怪が出歩いていると言って。『
「なにをしとるかというとな、今の三十ダメージで右手側の勝利やわ」
「……それ、ひとりでやって楽しいんですか?」
「楽しぃないけん、お前らもやれ言うとるやろ」
「もうそれ販売停止してるんですって」
僕は唸り声を上げながら上体を起こす。この
深くため息をつく。最近この地域の治安の悪さときたら、京都北部に匹敵するほどだ。向こうの方が日本の古参の妖怪が幅を利かせているだけマシかもしれない。なにせ今僕たちが相手しているのは話も通じない海の向こうの化け物たちなのだから。やれ大男に殴り飛ばされただの、やれ黒猫に眠らされただの、こちらを挑発するかのごとくあちこちでいざこざが起こしては、犯人は姿をくらませていた。
野良妖怪だけではない。昨日は巡査部長の桑原が襲撃を受けた。桑原は僕の次に古株の天狗だ。衰えたとはいえ、まだまだ一線級の力を持っているはずだった。だから見回りもひとりでやらせていた。
一連の事件の起こった地域を調べていたところ、幻気を放つ赤髪の女がいたので後を付けたのだそうだ。曲がり角を曲がったところで姿を見失ったと思ったら後頭部を殴られ、姿を捉えられぬまま攻撃され続けたらしい。駆け付けた影縫が見たのは、横たわる桑原と、血で書かれた「次はない」という死霊文字だった。
彼はなんてことはない、必ずや犯人をひっ捕まえてやると意気込んではいたが、心に出来た傷は大きい。彼が一人になるのを異様に恐れていると看護師から聞いている。
「僕が出ていくしかないんか」
「その気になってくれましたか」
「そもそも僕はもう現場には出んって話やったんやぞ」
「でも町の皆も現場復帰を望んでいますよ。久しく『夕立一の無鉄砲』が暴れるところを見ていないと」
「その名は明治政府から禁止令出されたんや、呼ぶんはやめぇ」
勝山は「いやこれは失礼」と苦笑しながら、壁に貼られた地図に新たに付箋をつけた。
夕立市の地図に赤いバツ印が点在している。妖怪が襲われた場所、妖気が異常に高まった場所が記されているのだ。印の横に貼られている付箋には日付と時刻、被害者の特徴などが書かれている。極一部を除けばその印は夕立市の西部、湯ノ石町に多い。
地図に貼られたメモ書きに書かれている被害者の特徴を見る。子鬼、口裂け女、自縛霊。真面目に働いていたり、喧嘩っ早かったりとさまざまだ。拠点を押さえるつもりならもっと大物を狙うだろう。それこそ、僕のような。
まるでなにかを、誰かを探しているようだ。
「例の予言のせいでしょうか?」
横で地図を覗いていた勝山が苦々しく呟く。
「それしかないやろな」
集まってきている海外の化け物どもは、予言を実現させたいか、あるいは阻止したいか、いずれにしても迷惑な話だ。このままもめ事が続けば、自らこそが街の守り神を豪語する『印行様』が幅を利かしかねない。それだけは阻止しなければならない。
地図上、湯ノ石町から外れた印は日付がほかのものよりも古いものが多い。最も印が集中している場所に近づくほど日付が新しくなっている。異変の中心部にある地名に、少し胸がざわつく。県立湯ノ石中学校。あの中学校には、確か綴喜が……。
ノックの音がする。地図から顔を上げて「どうぞ」と返答する。
「失礼します」
「三名の容疑者の身元がわかりました」
桐原から紙の束を渡される。容疑者の写真と、所属や経歴の情報がまとめられている。
「一人目。ヴィクトール・ロマーノヴィチ・フランケンシュタイン」
一枚目の紙に写っているのは、大層眠たげな顔つきの黒人の男だった。額も頬骨も顎も不自然なほど角張り、右の眉に深い傷跡があった。深い眼窩に隠された灰色の瞳は、ひどく暗く虚無を抱えているように見えた。
「かのフランケンシュタインが作り出した人間兵器の生き残りです。金にがめつく、高額の依頼を受ければ小国家に喧嘩を売ることもあるとのことです。怪力と管理局仕込みの水銀法理を使用するとのことです」
鬼の三兄弟が大男に殴り負けたと聞いていたがこいつだろうか。
簡単に経歴や目撃場所の報告を受けてから、二枚目の紙をめくる。銀色のツンツン頭で目つきの悪い青年がこちらを睨みつけていた。紙の端に「今の姿」とチワワのなりそこないのような写真が添えられていた。
「二人目。ルガール・ヴォルグマン。その昔北欧で暴れまわっていた狼男ですが、今はなにかしらの封印法理の影響か、野良猫にすら負けているそうです。放っておくことはできませんが、優先度は低めですね」
「油断は禁物やわ。見かけたら必ずここに一報を入れて、三人以上でかかるんやぞ」
桐原は生真面目に頷き、「三人目が問題なのですが」とホチキス留めされた書類をめくる。黒髪ショートカットで黄色い瞳の少女と、紙の端に黒猫の写真が添えられていた。
「クローイ・サリヴァン。『次元の魔女』の飼い猫です」
「クローイ?」
海外の動向に疎い僕でも知っている。秘宝「セイレーンの雫」を破壊した英雄であり、砂塵翼賛会で大乱殺を唆した大罪人だ。近頃はおとなしくしていると聞いていたが、日本に来ていたのか。
「読心と記憶改竄・思念法理のスペシャリストです。触れただけで記憶を読み取れるようで、これまでに盗集した法理の数は、千はくだらないとのことです」
「……たしか先週、次元の魔女も無断で入国しとったよな?」
「はい。我が国の幻魔省が遺憾の意を示したところ、鏡会がすぐに呼び戻したようですが」
背もたれに深く身を預ける。きな臭い。管理局の化け物と、鏡会のはぐれ者と、ついでに犬っころが同時にこの街に降り立っている。管理局と鏡会が手を組むとは到底思えないので、双方の勢力がぶつかれば戦闘になるのは明白だ。
「桑原巡査部長を襲撃した赤髪の女の正体は未だつかめず。現在調査中です」
紙の束を机に放り投げて天を仰ぐ。顔を両手でごしごしともんでから立ち上がる。
「とにかくパトロールは絶対に二人一組で。僕の印鑑を使ってええけん、中央へ即時一級法理使用の許諾申請を」
「承知しました。……どちらへ?」
「湯ノ石中学校。綴喜に会うてこうわい」
「……念のため確認しますが、誰か付けますか?」
そうだった。僕が今二人一組と命令を下したところだった。失笑しながら振り返る。
「僕を誰や思うとるんぞ、桐原」
「っ失礼しました。無名さん」
桐原が頭を下げる。ちらりと勝山と目を交して高揚している二人を残して外に出る。どうにも期待されているようだ。
お望みとあらば、暴れてやろうではないか。僕は護封の法衣を顕在化する。三百五十八の祈語が書かれた法衣が、五体に沿うように螺旋状に浮かび上がる。
一匹残らず磔にしたるわ。僕の殺気を察知してか、寺門の前に屯っていたハトの群れが飛び立った。
【犬っころ】
一度付けられた名前というものはそうそう変えられるものではない。今回の件で俺は改めて名前の重要性というものが身にしみてわかった。
家に潜りこんでから一週間が経った。俺は「チワワンコ」などと呼ばれても微動だにしないようにしているのだが、俺の努力もむなしくガキは一向にへこたれない。俺が冷たくあしらっても律儀に世話をしてくる。
おさげ姉はニンゲンとしては近年稀にみる理解者だ。俺の狼の本質を一発で見抜いていたし、頑なにドッグフードを拒む俺に肉を与えてくれる。まあ俺からあふれ出る気高き狼のオーラを汲み取れないほかの連中がおかしいんだがな。
母親は俺を「ワンちゃん」と呼ぶ。そのまんまだ。最初は俺を飼うのを戸惑っていたようだが、今となっては一番俺を溺愛している。色々な犬用のおもちゃを買ってきては俺に試してくる。普段ならそんな代物小便引っ掛けて終わりだ。しかしあんまり邪険に扱うとこの母親、目に見えてしょぼくれるので、仕方なく、本当に仕方なく遊んでやっている。
父親は仕事で会う機会が少なく、いまいち行動がつかめないが、動物病院に連れられたときに車で流していた音楽がマイケミとサム41だったので、悪人ではないことは確かだ。
今のところ特に異変はない。とりあえず家に簡易の結界を引いておいた。外から入ってきた幻魔は一発でわかる。
(とまあそんな感じだ)
俺は二階のベランダからリリスへと通信する。洗濯物が風にはためいている。この暖かな陽光の下ならすぐに乾くだろう。
この時間は誰も家にいない。子ども二人は学校。父親は仕事。母親もどうやら花屋でアルバイトをしているらしい。
頭の中に微かに震えが伝わる。リリスがため息をついているようだ。
(よくもそんな話を自慢げに報告できますね。あなたが誰からどんな呼び方を受けているかなんて興味ありません。異変はないって家以外の場所も調べたんですか? 学校は?)
(そうはいってもなかなか抜け出せないんだよ。十時前から三時過ぎまでの間ならウロウロできるけどよ)
母親が家を出てからガキンチョが帰ってくるまでの時間だ。もっともガキンチョはすぐにどこかに遊びに行ったり、夕方まで帰ってこなかったりが多いのだが。
リリスが訝しげに聞いてくる。
(ひょっとして楽な環境に流されて、ろくに調査していませんってことじゃないでしょうね?)
(あるわけねえだろそんなの)
正直あった。細かい点に目をつぶればここは居心地がいい。何もしなくても飯が食えるし、住居も確保されている。なるほど、数多の犬たちが牙を失くした理由もうなずける。
リリスが追撃してくる。
(まあ、誇り高き狼様が飼い犬相手の玩具で満足はしませんよね。早くこの生活を脱却しようと血眼になって異変を探しているところでしょう)
(まあそんなところだ)
俺は「丸かじり! わんわんボーン」を後ろに蹴りながら答える。
このままだと分が悪いのでこちらから切り返してみる。
(というかお前はいつになったら帰ってくるんだよ。お前が来りゃこっちだって少しは動きやすいのに)
またも微かに脳が震える。念波は息遣いがくすぐったく感じることが欠点だ。
(こっちでの用事が思ったよりも長引きそうなんです。というか私がこそこそ動いていることが公になったらしく、鏡会から国外に出るなと通告されました)
おいおいと思いながらも、一方でそりゃそうだなとも思った。次元の魔女たるリリスが無許可でこの国に入国できたことがそもそもおかしい。無理やり結界を超えたんだろうが、二度目はないだろう。
リリスが続ける。
(だから私の力はあまり期待しないでください。その代わり強力な助っ人を派遣しているので大丈夫です。あなたに会いたがっていたので、仕事を手伝ってもらうことにしたんです。モテモテですね、ルガール)
(そりゃ楽しみだ)
俺に会いたがっている奴なんてロクな奴じゃあない。俺に恨みを持っていることは確実として、そこに殺意があるかどうかが問題となるレベルだ。皮肉屋の黒猫か、聞かん坊の雪男か。これは本気で早めに仕事を終わらしにかかった方がよさそうだ。
気持ちを新たに俺はリリスに別れを告げ、部屋の時計を見る。まだ正午を少し過ぎたあたりだった。
ベランダから飛び降りる。誇り高き狼の力、見せつけてやる。