【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第13話 綴喜とクローイ①、無名とメイファ①

【学舎の亡霊】

 

 目の前の信号が青に変わる前に横にいた自転車が横断歩道を渡り始めた。まったく。あと数秒くらい待てないものなのでしょうか。

 

 夕立城で保管されていた薙刀『信楽月』を両手に抱え、私は地面すれすれを浮かんでいます。本当はもっと空高く飛びたいのですが思いのほか信楽月が邪魔で地面に浮かぶ形式をとらざるを得ないのです。

 

 道の細い住宅街に入っていきます。塀の上からはみ出している花ミズキが赤い花を咲かせています。季節を伝えてくれる植物は心に彩りを与えてくれます。

 

 別の家の塀の上には黒猫さんがいました。首に赤いスカーフのようなものを巻いています。「こんにちは」と声を掛けても逃げません。ただこちらをじっと見つめてきます。この猫は見える猫さんでしょう。

 

 ならば話をしてみましょう。猫さんの言葉で。

 

「にゃー」

 

 とりあえず猫さんの真似をしてみます。ピクリとも動きません。通じていないのでしょうか。

 

 気を取り直して今度はもっと現実の猫さんらしい声を真似してみます。

 

「まーお」

 

 やはりピクリとも動きません。今のは自信作だったのに。

 

 もっと猫さんらしくと考えたときに、なにも伝えたいことを考えてないことに気付きました。なんという不覚。この猫さんには私の一連の行動はただの阿呆のように映ったでしょう。お恥ずかしいかぎりです。

 

 今度は伝えたいことを頭の中で考えてから話しかけます。

 

「いい天気ですまーお」

 

「君、猫を馬鹿にしているのかい?」

 

 私は二メートルほど後ろに飛びのきました。無論、比喩ではなく。

 

「ね、猫さんが言葉を」

 

「なにを今さら。そんなの今まで何度も見てきただろう? 君のような獣霊なら」

 

 猫さんは後ろ足で耳の裏を掻いています。

 

 言われてみれば言葉を話す動物には何度も会ってきました。久しぶりなので気が動転してしまいました。

 

 私がふわふわ近寄ると、猫さんは塀から飛び降り、私の足元、もとい裾元まで歩み寄ってきました。

 

「なかなか物騒な物を持っているね。これから戦かい?」

 

 猫さんは信楽月を見上げます。

 

「さあ。戦にならなければいいなと思っております」

 

「そんなものを持って言う台詞じゃあないね」

 

 猫さんはその場でジャンプすると、くるりと一回転しました。

 

 するとポンと気の抜ける音がして、気が付けば目の前に人が現れました。

 

 私は再び飛び上がりそうになるのを我慢します。よくあること、よくあること。

 

「僕は()()()()()()()()()()()だ。よろしく」

 

 クロールさんは右手を差し出します。

 

 私も慌てて右手を差し出します。左手で裾を押さえながら握手します。

 

「申し訳ございません、霊体で触れませんが形だけ……。綴喜と申します」

 

 黒く、少しだけクセのある短髪。黄色の瞳。灰色キャップをかぶり、黒いタートルネックとスラックスパンツを履いていらっしゃいます。背格好は私より少し低い程度にもかかわらず、そのスラリと伸びる手足のせいか敗北感を抱かされます。

 

 クロールさんはじっと私の瞳を見つめたまま話されます。

 

「この辺に住んでいるのなら調査に協力してもらいたい。僕は影縫だ」

 

 影縫?

 

「……この辺は白鷺寺境内警備部の管轄のはずですけれど」

 

「そうさ」

 

「あなたもそこに所属していらっしゃるのですか?」

 

「ああ、つい先日からね。といっても人手が足りないから東の地区から補充されただけさ。ここでの仕事は今回限りさ」

 

 つい先日いらっしゃった桑原さんはそんなことおっしゃってはいなかったはずなのですが。

 

 私の当然の疑りを見越したのかクロールさんは付け加えられます。

 

「無名さんは知っているかい?」

 

「もちろんです。それはもう、古くから知った仲です」

 

「今日も無名さんに頼まれてきたんだ。湯ノ石中学校に行って君に話を伺ってくれとね。ほら、無名さん、なかなか自分で動かない性分だろ?」

 

 確かに。無名の物臭気な表情が思い出されます。今回の騒動にも不貞腐れているところでしょう。誰かが煽てるか、嗾けるかしなければ彼は動かないでしょう。

 

「あと桑原さんが前回は突然押し入って申し訳なかったと言っていたよ。彼はどうやら寡黙こそ正義という考えを持っているらしいから。失礼もあったかもしれないが許してやってくれないか」

 

 そんなこともありました。ある日私が桜の下で転寝していると、いつの間にか天狗さんが校庭に現れてなにやら怪しげなことをしていたのです。目を覚ました私が慌てて声を掛けたのですが、私を無視してあっという間に飛んで行ってしまいました。

 

「あのときは寝ていた私にも非があります。お気になさらずとお伝えください」

 

 詳しい話は学校でということになり、私たちは学校へ向かいます。ニンゲンの姿のままで。

 

 クロールさんは話し上手な方でした。私のまとまらない話を理解してくれたし、世界を巡ったという彼女の話はとても刺激的です。偶然出会えて本当によかったです。

 

 しかしながら、歩いて行く途中悶々とした感情が私の中に沸き上がりました。

 

 私の気にしすぎやもしれませんが、クロールさん、事あるごとにじっとこちらを見つめてきます。心をすっかり許してくれているからなのかもしれませんが、ひょっとすると、ソッチの――つまり女性を好きみたいなことがあるのでしょうか。彼女のボーイッシュな格好にも合点がいきます。もし告白なるものをされたらいかがいたしましょうか。「気持ちは嬉しいけれど」などというありふれた文句は私の心が許しません。

 

「私には思い人が居りますので」では嘘になってしまいますし、「あんたに僕はふさわしいない」ではまるで噂に聞く無名のプロポーズの言葉のようです。あの無名がその昔、そんなセリフを吐いていたとは考えられません。今の無名ときたら、しょうもない悪戯にいちいち出しゃばって拳骨を食らわせている、ただの粗暴な男です。だいだい無名は一年ほど前にも――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【聖人ミイラ】

 

 くしゅん。寒くもないのにくしゃみが出る。誰ぞ僕の噂をしているのかもしれない。

 

 

 

 湯ノ石中学校を訪れても綴喜の姿はどこにも見えなかった。彼女が校庭の桜の根元から動くことは珍しくはない。風が吹けばタンポポの種と一緒に舞い上がり、そのまま隣町まで流されたこともあった。桜前線の旅から帰ったと部下から報告は聞いていたのだが、また風に吹かれてどこかに旅立ってしまったのだろうか。

 

 桜の木をなでながら、校舎のほうを振りかえる。

 

 目の前に鉄棒と砂場がある。左手には遊具の数々。運動場の隅には花壇も植えられている。

 

 右手には体育館。ドーム状の屋根が特徴的だ。

 

 真正面に運動場を挟んで校舎は三階建て。上部に取り付けられた時計は午後一時を少し回ったところだった。

 

 体育館から嬌声が聞こえていることを考えると、今は授業中らしい。とりあえず校舎をぐるりと回ってみることにする。袴の袖口に手を入れて、カラコロと下駄を鳴らす。

 

 まったく期待はしていなかった。ただ綴喜が戻ってくるかもしれないし、少しだけ時間をつぶそうとしただけだった。

 

 だからこそ、校舎裏に潜んでいる女を見つけたときは驚いた。赤毛の髪を後ろでまとめており、黒色のロングコートを羽織っていた。煙草をくわえて、目をつぶっている。

 

 およそ中学校にいていいニンゲンではない。いていいニンゲンではないということは、ニンゲンではないということだろう。うっすらと『防覚膜』を張っているが、精度が低い。この敷地内は僕の護符が貼られているのだ。その程度の隠密法理で隠れきれると思うなや。

 

 女がこちらに気付いた様子はない。壁に寄りかかり目を瞑っている。

 

 

 

 こういうときは、先に縛り上げるにかぎる。

 

 

 

 束縛理由は後からどうとでもでっち上げればいい。

 

 

 

 ()()()()()()()やぞ。

 

 

 

 法衣を具現化させたそのときだった。

 

 生徒の悲鳴が耳を貫いた。

 

 幻力を集中させたのとほぼ同時だったので、慌てて具現化を解いてしまう。背にしている壁向こうの教室から聞こえてきた。生徒がばたばたと走る音と教師であろう成人男性の怒号が飛び交う。

 

 慌てていたのは生徒たちだけではなかった。

 

「×××××! ジャック!」

 

 赤毛の女は悲鳴が聞こえると同時に立ちあがり、そう叫んだ。明らかに想定外のなにかが起こったのだろう。

 

 逃がすか。僕は駆け出しながら再び法衣を具現化する。赤毛の女もこちらに気付いたようで、しゃがみながら腰元に右手を突っ込んだ。

 

 

 

 遅いわっ!

 

 

 

 法衣を右手から走らせる。祈語が揺れ動く布がもう少しで女に触れる――。

 

 

 

 突然女の姿が消えた。

 

 

 

 法衣がむなしく空を切る。考えるよりも先に法衣を引き戻しつつ全身を覆う。僕を中心に旋風のように法衣が回る。

 

 

 

 破裂音が二発鼓膜に突き刺さった。同時に法衣にぶつかる強烈な物体を感じる。

 

 

 

 物体のぶつかった衝撃が法衣を通して腕に伝わる。皮膚を針で刺したような感覚に思わず奥歯を噛みしめる。

 

 

 

 体勢を立て直したところで一旦法衣を体に巻きつけ、辺りの様子を窺う。

 

 

 

 教室は幾分落ち着いたようで教師の声がよりくっきりと聞き分けられるようになった。

 

 女の姿は忽然と消えていた。

 

 コロコロと足元に銃弾が転がっていた。拾い上げて観察する。

 

 銃弾は二種類あった。銀製の弾は鏡のように周囲の景色を映し、山羊骨製の弾はいまだ瘴気を発していた。

 

 聖と魔、双方に対応できるように同時撃ちしよったな。僕に銀製の弾はスーパーボールに等しいが、山羊骨製の弾は聖気に大層効く。

 

 個人で両方を所持しているのはそれなりに珍しい。無駄撃ちするには高価すぎるので、通常は儀式か処刑用にしか使われないはずだが……。

 

 僕は前方に見える裏門を見る。弾丸が当たった影響で、護封の札に傷がついていた。

 

 この裏門は方角が悪い。向きが南西。裏鬼門だ。妖怪たちの溜まり場になるので、綴喜と相談して札を貼っていたのだ。あとで付け直さねばならない。

 

 だが今はあの女を追う方が先だ。先ほどあの女が吐いた言葉、最初はなんの言葉かわからなかったが、冷静になった今、思い出した。

 

 

 

 死霊語で「戻ってこい」という意味だ。

 

 

 

 赤毛の女。死霊語。突然消える奇術。そして、この学校にいたという事実。

 

 

 

 間違いない。あの女が桑原を辱めた張本人だ。

 

 

 

 僕は聖気を全身から迸らせながら下駄を鳴らす。

 

 

 

 必ずあの女に報いを与えたるわ。

 

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