【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第15話 綴喜とクローイと無名とメイファ

【黒猫】

 

 厄介なことになったかもしれない。僕は綴喜の隣を歩きながら考える。

 

 

 

 横に浮かぶ綴喜という女性については、事前にご主人から情報を得ていた。目を見て、警戒はされど戦闘の意思はないこと、この辺の異変の調査に乗り出していること、影縫の長的立場にいる無名と交流があることを知った。概ね事前にご主人の記憶から読み取った情報と合致していた。

 

 ご主人の言う通り、予言の舞台がここ湯ノ石町である可能性は高そうだ。予言の絵に描かれた日本風の城は、街のど真ん中の小高い山の上に建つ夕立城にそっくりだし、気を探ってみても骨のありそうな化け物を複数感知できた。

 

 肝心のルガールの現在位置はわからない。彼ほどの実力者なら気も相当なもののはず――いや、そうでもないか? どちらにせよ彼を探すのは時間がかかりそうだ。ひょっとするともう潜入捜査に移行しているのかもしれないし。ならば僕は僕で仕事を進めていくのがいいだろう。異変の中心点でルガールとは再開できるはずだ。

 

 そんなわけで湯ノ石中学校に潜入することにした。守護者を名乗る綴喜の許可を得て。

 

 頭につけた網代笠と、緑の着物の上に羽織った白衣。感じ取れる気の雰囲気からして、まだ百年生きているかどうかという若者だろう。

 

 彼女は、読むまでもなくベラベラなんでも喋ってくれるのは助かるのだが……なんと言うのかね。ふわふわしている。

 

 無論外面的には亡霊なのだからふわふわしていて当然なのだが、頭の中でも常にぼやけている感じだった。おまけに妄想癖があるらしくさっきから凄まじい勘違いをしている。僕に不信感を抱いていないか、新たに思い出したことはないかどうか調べるために彼女にそれとなく視線を送っているのだが、その行為が明後日の方向に曲解されているようだ。こういうタイプは思考を非常に読み取り辛い。記憶に主観が大きく介入してくるためどこまでが本当でどこからが妄想なのか判断が難しくなる。

 

 まあいいか。なにかしら悪戯ごとを企んでいる高揚感に触れたが、少なくとも異変を起こそうとか大それたものではなさそうだ。放っておいて大丈夫だろう。

 

 

 

「湯ノ石中学校まではもうすぐかい?」

 

 そろそろ彼女の妄想を聞くのも勘弁願いたいので会話を試みる。

 

「はい、もうすぐです。ほら、あそこ」

 

 彼女が指さす方向に、緑色のフェンスが見えた。あそこが学校なのだろう。

 

 もう充分に情報は取れた。彼女とはお別れでいいかな。今なら逃げ出せると後ろを振り返ったときだった。

 

 

 

 黒い影が目の前にいた。

 

 

 

 人の形をしながら、その全身は真っ黒な影だった。目も、鼻も、指の数も確認できない。ただ口があろう場所からぼそぼそと言葉が発せられている。横にいるのは子供だろうか、小さな影も並んでいる。その影たちはこちらに見向きもせずに僕をすり抜けた。

 

 

 瞬間、僕は猫耳を出し、一帯の気配を探る。

 

 

 思い返してみればさっきから人の気配がなかった。車の走る音は聞こえるのに、そばにいるはずのニンゲンの気配がない。

 

 

 

 僕たちは『()()()』に迷い込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 ちょっと退屈な説明が続くから流し目で読んでくれたまえ。

 

 

『月の影』は生物のいない世界だ。ニンゲンがいる世界と酷似しながら、ニンゲンが一切いない世界。現実世界の風景と一切変わりない。光は差し込み、風は若葉を揺らしているし、用水路にも水がちょろちょろと流れている。

 

 ただ、この世界に入ってこられるのは、幻界に生ける『幻魔』だけだ。正確には、一定以上の幻力を持っているものだけ。ニンゲンを含む生物は影として存在する。現実世界と同じ動きをするが、この世界には一切干渉できない。

 

 この世界は、この世とあの世の境界である『青魂影』を研究し、改良して作りだした世界だ。中世の魔女狩りの際、逃げ伸びた法理師が集まりこの世界を隠れ家として創造されたのが元だった。ここでならいくら化け物が建物を壊しても、現実には影響がない。

 

 幻界生物は意識すれば誰でもこの世界に入れる。法理師たちはニンゲンに邪魔されない幻界生物の楽園を作ろうとしていたので、幻界生物の性質を分析し、意識するだけでこの世界に入って来られるように高度な魔法理を作り上げたのだ。この魔法理は世界で最も難解な法理として知られており、世界無形法理遺産に登録されている。常に再定理され続けるこの法理を現代世界で完全に解法できるものは存在せず、模倣した簡易法理を組み立てられるものですら、両手で数えられるほどしかいない。

 

 ただ、この法理には大きな欠点がある。一定以上の魔力があれば、意識すらしなくても『月の影』に迷い込んでしまうのだ。

 

 この世界は今や化け物同士の喧嘩の場所として使われている。近世に入り鏡会が法理に式を付け加え、規定値以上の幻界の気を感知すると、その気を発した者を含む周辺の幻魔を強制的に『月の影』に飛ばすシステムを作り上げたのだ。

 

 これは現実世界の幻界生物の均衡を保つために作られたシステムだった。ニンゲンの前で異形の者が殺し合いをやってしまっては収集がつかなくなる。この法理のおかげで、化け物どもはニンゲンの大量虐殺ができないようになっているのだから、ニンゲン保護の観点からも未来永劫維持されるべきものだろう。

 

 ただ、このシステムのせいで、幻魔は、意図せず戦いに巻き込まれることも多い。しかも一度入ると、対象の気が規定値を下回るか、対象から一定距離を離れなければ脱出できない。

 

 

 

「綴喜」

 

「どうしたのです?」

 

 振り返った綴喜は、目の前に影がいるのがわかると「ふわ!」と声を上げて数メートル飛び上がった。もちろん、比喩ではなく。

 

 彼女は体をバタつかせた後、体勢を立て直して、目を瞑った。ゆっくりと降りてくる彼女のそばに近寄る。

 

「どうやら誰かがドンパチやっているらしいね」

 

 綴喜は目を細めて空を見上げている。

 

 

「影球範囲が随分と広いように感じます。複数の方々が別の場所で闘っていらっしゃるのか、あるいはかなり名を馳せた方が闘っていらっしゃるのか」

 

 

「あるいは」

 

 

 僕は赤スカーフを尻ポケットから取り出す。

 

 

「その両方かもしれない」

 

 

 綴喜が息を短く吐いて薙刀を強く握りなおす。

 

 僕は赤スカーフをくるりと回し手袋に変化させる。両手を腕の前で交差させる。臨戦態勢をとったその時だった。

 

 パララララ。

 

 近くで連続する発砲音が聞こえた。目の前の曲がり角の先だ。

 

 続いてなにかがぶつかる音。これは少し遠い。

 

 僕がどうするか考える前に、綴喜が銃声のする方へ突っ込んでいった。つられるままに僕も続く。

 

 角を曲った先に、二人いた。

 

 奥側に見えるのは赤髪の女性。サブマシンガンで弾幕を張っていたのは彼女らしい。

 

 そして手前側の男。背中を向けており、彼の周囲を舞う包帯が邪魔でよく見えないが、僕にはわかる。会ったこともない人物だが、僕は彼のことを知っている。

 

 

「無名!」

 

 

 綴喜が声を上げながら空に飛び上がった。僕は影に隠れることにする。

 

 

 赤髪の女性の周囲の空間が歪んだ。青いプラズマが走る。

 

 

 なにかいる。彼女の後ろに、見えないなにかが。

 

 

 女性がなにか言葉を唱えた。彼女が青い炎に包まれる瞬間、後ろにちらりと見えた。

 

 

 かぼちゃ頭の黒いローブを身に付けた霊の姿。

 

 

 

 驚いた。どんな地獄を味わったのやら。赤髪の女は、鬼火を使役していた。

 

 

 

 

 

 

 

【学舎の亡霊】

 

「ぐっ――」

 

 無名が小さくうめき声を上げました。赤髪の方が放った弾丸は、無名の頭を貫くまではいかなかったようです。

 

 無名は法衣を引き戻し、体の周囲に螺旋状に走らせて、防御態勢に入りました。法衣による防衛網を突破したとしても、その下には目に見えない護封の札が肌を守っています。無名が守りに徹したら、その防御を崩すのは並大抵のことでは叶いません。

 

 

「……うっとうしい。またかくれんぼのつもりか!?」

 

 

 無名は腹立たし気に周囲に気を巡らせています。赤髪の方は、鬼火と契約を結んでいらっしゃるようで、人間の身なのに青魂影に侵入できるようです。これはとてつもないことです。おそらく命を削りながら能力を使用しているはずです。

 

 

 

 ちなみに私は霊体なので、ノーリスクかつ鬼火の炎なくして青魂影に侵入できます。

 

 

 

 ということでお邪魔します。

 

 

 

 青魂影にいらっしゃった赤髪さんは、静止している無名を前にして煙草に火をつけていらっしゃいました。大変ご立腹なようで、煙草を指に挟んだまま、額をトントンと叩いています。

 

 

 

 うう。

 

 

 

 男性とも女性ともつかない唸り声が後ろから聞こえて、私はいつものように宙へ飛び上がりました。叫び声が漏れ出ないように両手で口を押さえます。

 

 私のすぐ後ろにかぼちゃ頭の亡霊さんがいらっしゃいました。

 

 その手は枝か、あるいは茎でした。濃い緑色の茎でできた両手が私を威嚇するように、顔の前に突き出されています。手首から先は黒いローブを纏っており、頭はかわいらしいかぼちゃ頭です。

 

 最近日本にも浸透しつつある行事。子どもが仮装して近所を訪問し御菓子を貰うという、引っ込み思案の日本人には合わない行事。ハロウィンの主役とも言えるジャックオーランタンの姿でした。変わっているのはかぼちゃの中身が青く光っているところでしょうか。

 

 現代までに語られている鬼火の大抵は、霊魂の一種の存在形態です。天国に行けず、地獄にも見放された者が、あの世とこの世の狭間、青魂影を彷徨っているときに時折現実世界に現われます。但し現実世界に現われるのは生前の姿ではなく魂のみであり、そのポツリと浮かぶ魂の揺らめく様子がニンゲンにとって宙を彷徨う炎のように映るのです。

 

 

 なぜこの赤髪の女性は、鬼火を使い魔のように扱えているのでしょうか?

 

 

 疑問は尽きませんが、とにかくジャックさんとコミュニケーションをとらねばなりません。亡霊同士、仲良くなれるでしょう。友情物語の始まりです。

 

(こんにちは、ジャックさん)

 

(コロス)

 

 終わりました。いやいや、へこたれている場合ではありません。私は必死に自分は戦いにきたわけではないと伝えます。ジャックさんは唸りながらも私に敵意がないことを理解してくれたようです。

 

 

「ジャック、なにをしているの?」

 

 

 赤髪の女性、メイファさん(ジャックさんに教えてもらいました)がこちらを振り返って訝し気な視線を向けてきました。当然です。いきなり知らない亡霊と使い魔が意気投合しているのですから。私とジャックさんは同時にメイファさんに説明します。

 

「私は綴喜と申します。この湯ノ石地域の守護者をしておりまして、その、お引き取りいただけないでしょうか」

 

 すぐ隣にいるジャックさんも拙いながらも身振り手振りを交えてメイファさんに状況を伝えようと必死です。

 

 メイファさんはじっと我々のほうを睨んだ後、ふっと視線を外します。敵認定はされていないようですが、味方とも思われていないようです。

 

「ええっと、無名はですね、その目の前の男のことですけど、ただこの街の平穏を守ろうとしているだけで、そんなに悪い方ではないんですよ。キレたらちょっと山を消しちゃうみたいなところもありますけど、普段はそんなに……」

 

「穏便に済ますべきだと言いたいようだけど、私にそんな選択肢はないわ」

 

 

 メイファさんは懐からなにやらこぶし大の物体を取り出し、なにか操作をした後に無名の顔の前に放り投げます。物体はメイファさんの手を離れた瞬間に空中で静止します。

 

 見たことのない物体でした。私は好奇心で顔を近づけてみます。色は深緑色。楕円形でパイナップルのように表面が凸凹しています。上部にレバーのようなものがついています。

 

 なんでしょう。とてもとても嫌な予感がします。

 

「一発でダメなら百発ぶち込んでやる」

 

 充分に距離を取ったメイファさんがジャックを呼び寄せます。

 

 

 

 あ、もしかしてこれは爆弾で、私ごと吹き飛ばすつもりで――。

 

 

 

「ジャック、『此方へ』」

 

 

 

 次の瞬間、強烈な爆発が私を襲いました。

 

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