【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第17話 集結まであと一人

【生ける死神】

 

 目を開けると仄暗い青色の世界があった。

 

 

 

 同時にどっと疲れが押し寄せる。思わず膝をつきそうになるのを、歯を食いしばってこらえる。

 

 

 

 やはり無理だ。道路脇にある家のブロック塀に身を隠しながら息を整える。今の装備では、あの男には勝てない。

 

 

 

 山羊骨弾も、サブマシンガンも、手りゅう弾も、対物ライフルも、すべて試したがあの法衣と護封札を突破できない。青魂影への侵入を短時間に繰り返しすぎた影響が、すでに体の節々に出てきている。少し時間をおかなければ。おそらくあと数回使えば強制睡眠状態に入るだろう。

 

 

 空に浮かぶジャックを仰ぎ見る。

 

 

 

 ジャックと『()()』を交わすべきか?

 

 

 

 首を横に振る。誓約を交わせば勝てる可能性はある。だが、今ではない。命など惜しくはないが、今ここですり減らしても意味がない。

 

 幸い今は逃げるという選択肢が取れる。カミラお嬢様から与えられた使命は包帯男を殺すことでない。ここは一度撤退すべきだ。

 

 私は一息ついて、道路に出る。

 

 なんの変哲もない道路が続いている。左奥に止められている車はホンダだろうか。その横には集合住宅がある。辺りを見渡してみても他は普通の住宅があるだけ。塀の上に猫が一匹、空にカラスが飛んでいる。

 

 

 なんの変哲もない道路だ。

 

 

 見当たらない。

 

 

 

 ()()()()姿()()()()()()()()

 

 

 

 私は即座にグレーテルを取り出そうとするが、腕を後方に引かれた。右腕ごと体が引き飛ばされ、横のフェンスに叩きつけられた。グレーテルが地面に転がる。

 

 

「報告。本官を襲撃した加害者の能力に関して」

 

 カランコロンと包帯男の下駄が鳴り響く。手に紙の束を持っている。

 

「結論として、仮に本官の推測が当たっていた場合、不意打ちへの対処の仕様がない。但し、一度対峙した状態からなら対処できると思われる。ここにその方法を記す」

 

 男は私の前で振り返る。グレーテルを下駄の刃で踏みつけながら、書類をパンと掲げる。

 

「パーフェクトやわ。桑原」 

 

 

 

 

 

 

 

【黒猫】

 いやはやおもしろい闘いだね。僕は思わず拍手を送りたくなった。

 

 

 

 無名がいた時点で僕はどうしようか躊躇した。綴喜に自分は影縫だと嘘をつき、さらに無名と友達なんだよとほざいてしまった手前、下手に出ていくと無名に捕まってしまう可能性が高い。しかしこのままここに立ちつくしていても結果は同じだろう。

 

 なんてことを考えている間に事態は目まぐるしく変わっていった。綴喜が突っ込んでいったと思ったら、無名ともども爆発し、背後からライフル弾がぶち込まれ、次の瞬間には赤髪が磔にされていた。なにを言っているのか自分でもわからないが、実際そう見えたのだから仕方がない。

 

 無名も赤髪もまだ僕に気づいた様子はない。僕は塀の上で観戦と洒落こむことにした。

 

 耳が反応する。遠くの方で爆音が聞こえた。

 

 続けてもう一度爆発音。今度のは、さっきのより大きい。

 

 そういえばさっきも巨大なものがぶつかる衝突音のような音が聞こえていた。僕たちの他に暴れている奴が入ってきているのか。

 

 

 

「『青魂影』に入る前に、対象に触れとく」

 

 

 

 無名が赤髪に語り始める。僕は意識を目の前の女性二人に切り替える。

 

「単純なことやったわ。今までテレポーターへの対処法として使っとったけど、根っこの部分は変わらんのやな」

 

 無名が左手を掲げる。その手から伸びる包帯は、赤髪の右手へと伸びていた。現われた瞬間には消えている赤髪を、法衣を伸ばして捉えるのは現実的ではない。おそらく別の手段で捉えたのだろう。

 

 あれが法衣の力。治療したり、防御したり、束縛したり。やたら便利だな。ここまで強い聖力を籠められるのは彼の徳の高さからか。ぜひ『欲しい』が、彼自身の気質がないと扱えない類の法理だと推測する。

 

 法衣に束縛され、フェンスに縛られている赤髪の女性。名をメイファというらしい。今、彼女の記憶を読ませてもらった。本当はもっと情報を知りたいのだが、無名の法衣が邪魔してうまく『覚え』られない。顔つきからしてアジア圏の出身だろうということを推測できるくらいだ。

 

 そうだ、綴喜はどうなっている?

 

 僕は少し首を捻り、綴喜の方へ目をやる。

 

 大丈夫だ。無名の後方でのびている。目の前で爆発が起きようが霊体である彼女には効かないはずだが、感覚器官はニンゲンとほぼ同等の性能になっているので、閃光と爆音のショックで気絶してしまったのだろう。そのまま成仏しなきゃいいけど。

 

「もう逃がさんぞ」

 

 無名の声に視線を戻す。

 

「お前さんにはこれからじっくり話聞かせてもらうわ」

 

 メイファが小さく口を動かすのが見えた。直後に背後にかぼちゃ鬼火が姿を現わした。

 

 だが無名はもう動じない。せせら笑いながら挑発する。

 

「なんぞ、ハロウィンまで姿現わして。まだ五月やぞ?」

 

 鬼火は叫び声を上げながら無名に飛びかかる。無名は鬼火の突き出した手を法衣でいなし、脇腹へと蹴りを入れる。鬼火はガードレールに激突する。無名は当然のように霊体にも対応している。やり手だな。戦うと少々厄介かもしれない。

 

 無名は左足首から法衣を伸ばし、鬼火も拘束する。

 

「吐けや。お前さんの目的はなんぞ?」

 

 メイファは縛られたまま、顎を上げて喉元をさらけ出す。

 

 無名は首を左右に振ると、右腕を横に突き出した。文字が蠢く法衣が、右手首の周りを回転しながらほどかれていく。皮膚から黄金のオーラを輝くと、肌を覆っていた護符が焼け焦げて塵となり、本来の右手が顕になる。

 

 皺皺で枯れ木のような色をした、細い手だった。皮の付いた骨と言ってもいい。

 

 だがそんなみすぼらしい右手から出るオーラは凄まじいの一言に尽きる。僕も動悸が速くなるのを感じる。魔に近ければ近いほど、この光は毒だ。

 

「法衣の本来の役割は、『()()()()()()()』や。お前さんはまだなんぞ隠し玉を持ってそうやけん、少々手荒に弱らせてもらうわ。近付かずかんとな」

 

 無名がゆっくりと握り拳を作る。その拳の中に力が溜まっていくのが分かる。

 

 メイファは覚悟したのか、目を閉じてじっとしている。

 

 この位置にいて大丈夫か? 僕は身の危険を感じる。

 

 逃げよう。そもそもさっさと逃げてよかったのだ。つい観戦に夢中になってしまっていた。

 

 僕は回れ右をして立ち去ろうとする。しかし、一メートルも進まないうちに振り向く。

 

 綴喜は相変わらず道路の脇で動かない。この光、このオーラを目にしても起きないところを見ると、やはり完全に気を失っているようだ。

 

 

 

 大丈夫だよな?

 

 

 

 おそらくあの聖の光は霊体にも通用する。

 

 僕は無名に視線を移す。さすがに彼も綴喜を危険な目には合わせまい――。

 

「ここは『月の影』やけんなぁ!」

 

 無名は右腕を高く天に伸ばす。

 

「町ごとブッ飛ばしてもかまわんわなぁ!」

 

 駄目だ。完全にハイになっている。

 

 僕は急いで綴喜の元へと走る。別に助ける義理はないのだが、目の前で成仏されるのは気分が悪い。

 

 だが結果的に、無名の気砲は不発に終わった。

 

 振りおろそうとしたまさにその時、彼女の頭に空から降ってきたのだ。

 

 

 

 白い子犬が。

 

 

 

 子犬がぶつかったせいで無名の気は、狙いの遥か上方向にパウッと音を立てて飛んでいった。

 

 

 しかしその衝撃波はすさまじく、周辺の家屋は屋根が吹き飛ばされ、ブロック塀がガラガラと崩れ去った。

 

 

 僕は成す術もなくコンクリートを転がってから、なんとかニンゲン形態に戻り電柱柱にしがみつく。好みの帽子がどこかに飛んで行ってしまった。

 

 

 前を向くと先ほどの子犬が僕の胸元に向かって飛んできた。僕は考えるより先に受け止めていた。

 

 

 体中にいくつも傷がついている。息も相当に荒い。

 

 

「くそったれが……」

 

 

 辺りが少し落ち着いてから子犬が身を起こそうとする。僕はその背中を支える。

 

 

「ああ、悪ィな。手間を……」

 

 

 そこまで言ってようやく自分が抱きかかえられていることに気付いたらしい。ゆっくりと僕の顔を見上げ、目をパチクリとさせる。やがて絶望的な表情へと変わる。子犬なのに、器用なやつだ。

 

 

 

「やあルガール」

 

 

 

 僕はというと、対照的に顔の綻びが止まらない。

 

 

 

「死にかけているようでなによりだ」

 

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