【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【ミツル】
「この校舎はね、門の位置が悪いんだって。裏門が裏鬼門っていう悪い方角なんだって。裏鬼門の水回りには妖気が集まってきて、凶兆が現れるらしいよ。裏門前の理科室で突然ビーカーが割れて三組の生徒が怪我したのは、昔校舎で自殺した亡霊が水溶液に反応して暴れたからなんだよ。だから陰陽道の人によって御札が貼られたんだ。もう幽霊が入ってこれないように。でも、馬鹿な大人たちが御札を外しちゃったからね。また入ってくるよ。今度は幽霊だけでなく、もっと恐ろしい妖怪が」
湯ノ石中学校は、不審者の侵入を防ぐために、昇降口や非常口上などににカメラが設置されていた。昔は地域社会と交流する開いた学校だったが、今や生徒を守り抜く閉じた学校に変遷していた。隣町の学校はIDカードを所持していないと入門を許可されないという話もミツルは聞いていた。
ただし、湯ノ石中学校は、裏門には監視カメラを設置していなかった。
これにはミツルも驚かされた。ミツルは校門上にあるカメラを何度も見てきていたからだ。
監視カメラの維持費がかかるということ、柵を越えるなどして校門以外からも侵入経路を作りだせる以上、効果が見いだせる可能性が低いとして監視カメラ設置には至っていない。但し抑止力の効果はあるとして作動していないダミーのカメラを用意していたのだ。
「だから今回の事件の犯人もわからないらしいぜ」
俊介が空を仰ぎながら話す。ミツルたちは西門近くにある飼育小屋前に腰かけて話していた。
御札を直接見たと興奮するクラスメイト、多村進の話をまとめるとこうだった。
普段裏門口から入る彼が通学路を歩いていると、とある男の先生が道の真ん中で旗を持って立っていた。今日は裏門は使えないから正門の方へ回りなさいと指示を出された。何かあったのかと尋ねると、ちょっとした悪戯があったからそれを撤去している、あまり騒ぎ立てないようにと言われた。
「でも裏門の位置から考えると西門の方が断然近いだろ? なんで西門に誘導してくれないのかって考えると裏門の前を通らせたくないからだよ。西門に行くには前を通るしかないからな。で、そこまでして見せたくない悪戯ってやっぱりちょっと気になるだろ?」
そこで彼は校舎に入った後、裏門へ回ろうと試みた。しかしその通路にも教師が立っており、行く手を塞がれた。だから校舎の上の階に登り、上から校門を見下ろしてみた。
「そうすっと生活指導のヤマセンとかが門の前に立ってるわけ。門は閉まってるんだけどほかは特に普段と変わりないように見えたんだよ、最初は。上からだと見えづらかったしな」
しかしよく見ると教師が屈んで門の前でなにか作業をしているのが分かった。それから目をこらして門扉を見ると――。
「あったんだよ。御札と張り巡らされた糸が」
御札はほとんど取り去られた後だったようで、教師の足元に膨らんだゴミ袋が置かれていた。ただ張り巡らされた黄色い糸はハサミでもなかなか切れないらしく、体育教師が外そうと必死になっていた。
以上のようなことを進は嬉々として話していた。普段なら寄りつかない女子層も話に聞き入り、時折悲鳴に似た喚声を上げていた。
「ま、進の奴の話は大げさに言ってたとしてもよ。なかなかの大事になってたのは確からしいからなぁ」
俊介が両手を打って砂を払う。零れ落ちる砂がメダカのいる水槽のハスの上に落ちる。
朝の会に先生から昼休み後に緊急全校集会が開かれることを伝えられた。内容については不審者及び生徒の非行についてらしい。あまり多くは語らなかった。
今回の件で、最終的に警察も駆けつけた。パトカーまでは出動しなかったが、警官が数名、校舎周りをウロウロしているのを見かけた生徒がいるらしい。なかには話を聞かれたと豪語する生徒もいたらしいがどこまで本当のことかは分からない。
「しかし暇人もいるもんだな。わざわざ朝早く来て噂通りに校門に御札貼りつけるなんて」
俊介が苛ついた声色で話す。ミツルは俊介の顔を横目で見る。
「……じゃあ俊は今回の件はただの愉快犯だと思ってんの?」
「愉快な奴かは知らねえよ。むしろ根暗な奴なんじゃねえの? 怪談話にかこつけて悪戯なんてするやつは」
俊介は愉快犯の意味を正しく理解していないのか少しずれたことを言っているが、噂に乗じて何者かが作為的にやったことと考えているらしい。ミツルはそれが意外だった。
「朝は噂の真相を突き止めるぜって、ノリノリな感じだったのに」
俊介は腕を組んで前をぼうっと見つめる。
「なんかさ。不思議は不思議であるべきというかさ。こうもみんなが騒いでいると怪談って感じがしなくてよ。やる気失せちまうよな」
熱しやすく冷めやすい性格の俊介は行動に起こすのも早いが投げ出すのも早い。ミツルの知っている範囲内で俊介が続けられているのはサッカーくらいだった。
だが俊介の言うことも理解できた。昨日までは一部の生徒にしか知られていなかった怪談話が今となっては全校生徒がこぞって話題にしていた。教師は隠したがっているが、裏門に御札が貼られていたことはもはや周知の事実となっていた。御札を見つけたのは進だけではない。
そして不思議なことに。
「でも、七つ目はバラバラなんだよな」
ミツルはポツリと呟く。その言葉に反応して俊介がぱちりと指を鳴らした。
「そこだよ。騒ぐ理科室、裏門の御札、怪人X、桜の下の死体、喋るチワワ、透明の猫。そこまではみんな一致してんのに、そっからバラバラになるんだよな。プールの怨霊だとか深夜の無限階段だとか。どっかの奴はトイレの草子さんが七つ目だ~とか言ってたし。本当は何だったんだろうな」
「そもそも怪人Xだとかの詳しい内容は語られてんのか?」
ミツルの問いに俊介はすぐに答える。
「一応は語られてるぜ? 四組の折田がいたろ? アイツがオカルト好きでさ。この噂にも詳しいから聞いてみりゃわかるよ」
俊介は伸びをする。
「怪人Xに関しては俺も覚えてるぜ。なんでも夕暮れ時に現れる顔面傷だらけの大男がいてよ、そいつの質問に対して満足のいかない答えをすると連れ去られて皮を剥がれるらしい。その皮を顔につけてまた夕暮れ時に現われるんだと。皮の下には世にも恐ろしい顔があるらしいぜ」
如何にもな内容だった。如何にもな内容とわかっていながらもミツルは少し寒気を感じた。
「ま、子供騙しだよな」
「んだんだ」
ミツルは俊介の言葉に同意したところで音楽が鳴り響いた。急かすような、しかし気の抜けるような音楽。昼休みの終わりと清掃の始まりを告げる時報だった。
ミツルは昇降口で俊介と別れ、自分の清掃場所の体育館裏に向かう。
ふと横に目をやると来賓玄関口前の木陰に黒猫が歩いていた。首に赤いスカーフをつけている。周囲の生徒は気付いた様子はない。
小さな違和感に首を捻るミツルを他所に、黒猫はそのまま校舎裏へと消えていった。