【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第28話 三つ目の怪談 透明の猫

【改造人間】

 

 とぅるるるるるるん。電話の音が鳴り響いている。

 

 

 

 不快だ。さっさと切れろ。

 

 コールは十四回で切れた。しかしすぐにまたかかってくる。

 

 そういえば昨日、ルガールと抗争した際にも電話が鳴っていたな。あのときは後でかけ直せばいいと思い、相手さえ確認してなかった。

 

 仕方あるまい。まさか昏倒させられ、柱に縛りつけられることになるなんて考えていなかったのだから。

 

 

 

 俺は今、どこぞの地下駐車場の柱に縄で縛りつけられている。目を覚ましてから三時間ほど経っただろうか。その間に何人か人が通ったが俺に気付いた様子はない。俺の周りに『防覚膜』が展開されている。

 

 ただの縄なら寝相で引き千切ることができるが、これをつけた犯人はそう甘くはない。ロープに細かい法理が施されている。おそらく『意志反転の法理』だ。右に行こうと考えると左に向かってしまい、ご機嫌に口笛を吹こうと思ったら急にそんな気持ちを消失させる法理だ。俺もさっきからロープを千切ろうと考えているが、その度に「もう少し縛られていようかな」という変態じみた思考に墜とされるのだ。

 

 では意識を逆にすればいいのだが、物事そう簡単なことではない。このロープの法理は応用が加えられていて、意志反転の二重化がなされている。縛られていようと考えても、その気持ちも反転させられ、振り出しに戻される。見た目通りの八方塞がりだ。反転する思考から逃れるには縛られていることを忘れるしかない。この法理を書いた者が意識を失ってくれれば少しは弱まるのだろうが。

 

 

 

(ヴィッキー!)

 

 

 

 突然頭に言葉が飛び込んできた。甲高い波長。今一番話したくない相手からのテレパシーだった。

 

(なんの用だ、オメガ。簡潔に要件を――)

 

(あー! やっと答えた! 無事でなにより! っていうか何で電話に出てくれないんですか! 昨日からずぅ~とかけているんですよ!)

 

()()()要件を言え。『トレース』されたら厄介だ)

 

 

 

 テレパシーに関する細かい説明は省くが、大雑把に言って、オメガたちとテレパシーを伝達し合うことができる。信頼できる仲間だからこそできる技だ。通信料はかからないし、一度つなげることができれば通信速度も速い。

 

 ただ欠点もある。最近法理鏡会が逆探知トレースの法理を編み出した。俺のように遠い国から極秘で潜入しているような者は、電話通話の方がまだ安心だ。

 

 今、日本は厳戒態勢をしかれている。このトレースの法理が国中に張り巡らされている可能性が高い。

 

 

 

 そんなことはオメガも重々承知しているはずだ。

 

(オッケー、ヴィッキー。色々話したいことはあるけど、とりあえず伝えることだけ伝えておきますね!)

 

 オメガは思念をまとめて送ってくる。

 

 

 

(ヴィッキーが追っていた法理師、間違いなく日本にいます)

 

(奴は予言者のヴェルナーとグルだったんですよ)

 

(ヴェルナーが支援していたんです。法理師がヴェルナーの予言したとおりに騒動を起こして災厄を実現させて、名声を得るために)

 

(とある筋から得た情報でまだ公開はされていないですけどね。ヴェルナーはもうすぐ捕まるらしいですよ)

 

(それでヴェルナーの通信記録から法理師とコンタクトとっていたことがわかったんです)

 

(そのおかげで盗んだ文書と奴の今居る位置がわかりました)

 

(鏡会から盗んだ法理は『生贄の魂の再利用』)

 

(通信場所は日本。四国。××県夕立市周辺。正にヴィッキーのいる場所ですよ!)

 

 

 

 わずか一秒の間に頭の中に流れてきた。思念領域をともにしているので頭の中で整理する時間も必要ない。

 

 

 

(つまりはヴェルナーが壮大な自演行為をやろうとしていたってことか?)

 

(ええ。予言というのもおこがましい。ヴェルナーはでまかせの予言を広めてからそれに合う様に結果を作り上げようとしているんです)

 

 

 

 BB(ブラック・ブック)操法だ。俺はため息をつく。

 

 

 

 俺たち幻界の住人は人々の畏怖の念を糧にして顕在化している。人々から忘れられないために、風説や、口伝や、小説などで己の存在を誇示し広める必要がある。普通はそれを行うのはニンゲンの役目だが、幻界の奴らが自分たちの手で逸話を創作し、力を集めるとする行為のことをBB操法という。

 

 その昔は魔の矜持に反する行為として禁忌かのように疎まれていたが、『永遠のロメロ』によるゾンビ映画の成功ですべてが変わった。不死勢力が一気に時代の覇者となったのを目の当たりにした幻魔たちは、BB操法を積極的に取り入れるようになった。ロメロ以降、現在に至るまで空前の自作自演ブームとなっている。

 

 ただこれは本来自然発生的に起こるべき畏怖の発生を妨げる行為、かつ現実世界への過度な干渉を招きかねないとして、万象法廷によって一定の規制がなされている。世界規模になるとほぼほぼ突破不可能な厳しい審査を潜り抜け、莫大なブック宣言料を支払わなければならない。今回の予言がBB操法によるもので申請を出していなかったのなら、どう考えてもアウトだ。

 

 

 

 なんとも間抜けな話だ。予言の捏造は重罪だというのに。ノストラダムスの失敗のときに懲りていればよかったものを。いや、あの失敗があったからこそ復権を狙ったのだろう。おそらく今回の件は一枚岩ではない。裏で世紀末派や新世紀派がこっそり支援していたに違いない。

 

 

 

 しかしばれてしまった以上、この件は表向きには爆弾でしかないはずだ。その火の粉が自分にかかるとくれば管理局も早急に片付けたいに違いない。

 

(管理局の上層部は慌てふためいてますよ。このことが広く知られたら失墜どころの話ではありませんからね! 幸いまだ公式発表はしていなかったので知らぬ存ぜぬで通すつもりらしいです)

 

 それはそうだろう。そのうえで、確認しておかなければならないことがある。

 

(それで、俺の雇い主はどちら側だ?)

 

(それがですね、世紀末派です。自作自演をしようとした側です。この期におよんで、まだ予言の実現を企んでいます。ニンゲンたちに広まってしまえば、こっちのもんだと思っていますね。首謀者は逮捕されますが、後任団体が活気を取り戻してくれればそれでいいと。己の身を犠牲にしてでも野望をかなえたいようです。涙が出ますね。……で、どうします?)

 

(権力争いに興味はない。重要なのは一点だけだ。報酬はどうなっている?)

 

 

 

(さらに二倍出すそうです)

 

()()()()()()()()()()()()()。その代わりリスクを背負っているんだ。必ず報酬は払えと雇い主に伝えろ)

 

 

 

 あの勢いだけが人生のオメガが、言葉に詰まった。

 

(……いいんですか。ヴィッキーも捕まっちゃうかもしれませんよ)

 

(うまいことやるさ。それより雇い主が捕まらないかが問題だ。オメガ、誓約書を修正して即刻調印させろ。あとは雇い主の動向を逐一チェックしておけ)

 

 

 

 さてと。オメガとの通信を終えた後、俺は考える。

 

 トチ狂った世紀末派だが、ある意味で正しい。噂は正しいか正しくないかが問題ではなく、広がったか広がらなかったかが重要だ。誰にも伝えられない真実は無価値だが、百人を騙せる与太話は金になる。

 

 急がなくてはならない。雇い主がどんな富豪か、あるいは財団なのか知らんが、捕まるのは時間の問題だ。財産が差し押さえられる前にことを起こす必要がある。

 

 ただ、今の俺に出来ることと言えば考えることくらいなものだ。そもそもこの縄を引き千切ることができないのだから――。

 

 

 

 いや待てよ?

 

 

 

 俺は縄に目を向ける。縄の法理の光が時折古ぼけた蛍光灯のようにチカチカと点滅していた。

 

 試しに力を腕に籠めてみる。縄が軋み、腕に食い込む。

 

 

 

 イケるぞ。唸り声を上げながらあらん限りの力を込める。

 

 

 

 微かにピキリと音を立て、法理がガラスの破片のように辺りに飛び散った。同時に縄も千切れた。

 

 やはりな。俺は立ち上がり、縄を手に持つ。法理の効力が弱まっていたのだ。意志の反転が起きなかった。法理の効力期間が切れたのか。

 

 

 

 あるいは。

 

 

 

 奴が死にかけているのかもしれんな。

 

 この縄で俺を縛り付けた者。背後から奇襲をしかけた犯人。

 

 ()()()()()()()()()()の身に、なにかが起こったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

【ミツル】

 

 ミツルの周りを轟々と風が吹き荒れていた。

 

 

 

 ミツルは耐えきれずその場にしゃがむ。固く目を瞑り、両手で耳を塞ぐ。それでも瞼をすり抜けて光が点滅しているのが、塞いだ両手をすり抜けて唸り狂う風の音がミツルの感覚を刺激した。

 

 

 

 ピシッ。

 

 

 

 亀裂の入る音がした。続いて、ガシャンと何かが割れる音。破片が地面に落ちてさらに細かく砕けている音が夏の蝉の輪唱のように耳の奥に突き刺さる。

 

 ミツルは奥歯をきつく噛みしめる。目の奥が痛む。体の末端が冷える。どろどろの液体が体中を流れていく感覚が酷く不快に感じる。ミツルはこみ上げる吐き気を必死でこらえる。

 

 

 

 どのくらいの時間そうしていただろうか。吐き気が治まりミツルはゆっくりと目を開ける。

 

 

 

 ぼんやりとした視界に家庭科室の床の木目が映った。四、五回瞬きを繰り返してから耳から両手を離す。もうなんの音もしていなかった。

 

 机に手を掛けながら立ち上がり、辺りを見渡す。棚に入ったミシン。鍵の掛けられた窓。先ほどと変わりない家庭科室だった。

 

 ミツルはしばらく呆然とする。口に溜まった唾を飲み込む。さっきのはなんだったのか。立ったまま見る夢だろうか。

 

 ミツルは頭を押さえる。こめかみも心臓の鼓動に合わせて脈打っている。背中の汗が体を冷やしてくる。さっきの女性の声は誰のだろうか。忘れてもらうとか言ってたっけ。なにも忘れていないようだけど。いやでも忘れていたらなにを忘れたのかもわからないか――。

 

 カタンと窓が揺れる音がした。ミツルは我に返り、時計を見る。時間はさほど経っていないがそろそろ集会も終わる時間だ。ここで突っ立っていても仕方がない。

 

 

 

 ミツルはもう一度教室を見渡してから小走りで扉に向かう。

 

 教室を出る刹那、なにか物音が聞こえた気がしたが、振り切るようにミツルは扉をぴしゃりと閉めた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ミツルが体育館に向かう途中でちょうど集会が終わったようだ。ざわつく声と足音が廊下の奥から聞こえてきた。ミツルは自分のクラスが来るまで壁に背中を預けて待つことにする。

 

 何人もの生徒を見送って、ようやく三組の集団がやってきた。先頭の生徒に手を挙げる。

 

 

 

(――を見てはダメだ)

 

 

 

 ミツルの耳に女性の声が届いた。ハッとして振り返る。先ほどと変わらず生徒たちの列が乱れながらも進んでいた。誰の言葉かは分からない。でも、不思議と自分に向けられた言葉だとわかっていた。

 

 なにを見てはいけないのか?

 

 

 

「おう、シモっちはどうだった?」

 

 

 三組の先頭を歩く白石に肩を叩かれて、ミツルも列に加わる。白石と話しながらもミツルはどこか上の空だった。

 

 

 

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