【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【ミツル】
もう夜の一時を回ったところだ。ミツルは明日も寝不足になることを今から憂いていた。ミツルはずっとルガールの話を聞いていた。最初はだんまりを決め込んだが、しつこくミツルが問いただすと打って変わってペラペラと話し始めた。
ただ、説明してくれるのはいいのだが、やれキョーカイ本部だのやれ何チャラ怪奇だのわけのわからない単語が飛び出してくるうえに、質問すると、そんなことも知らないのかニンゲンは全く気楽なもんだな、と呆れられ、挙句の果てにいかに自分が苦労して異変を解決してきたかを自慢してくるので、一向にミツルは話が理解できない。
「なぁルガール、君が北欧で如何に恐れられている
「
「その誇り高き狼様を目の前にして俺はどうすりゃいいの? いい加減母さんを呼んできてもいい?」
「待て、母親を呼ぶとますます厄介なことになるかもしれねぇ。俺だって状況を把握し切れてねぇんだ……クソッ、なんだってクローイは反応しねぇんだ!?」
ルガールはこめかみに指を当てて苦い顔をする。テレパシーを使っているのだとさっき説明を受けた。
ルガールは舌打ちをしてからミツルに再び向き直る。
「なあ、本当に生まれてこのかたこんな経験はなかったのか?」
「当たり前だろ。道行くチワワがいきなり北欧人に変わっていたら、俺は犬を飼おうなんて発想にならないよ」
「そういうことじゃねぇよ。なんでもいいんだ。不思議に思ったことや、奇妙なものを見たとか」
「それもさっき話した通りだよ。校舎に現れた黒猫だとか、裏門に御札が現れたとか」
「黒猫ってのは十中八九クローイなんだがな……。あいつなにか掴んでたのか?」
ルガールはベッドの上で胡坐をかいて腕を組んでいる。白い眉間に皺が寄る。
「俺がさっき話したことが全部知り合いのしたことだって言うならさ。怪談話もルガールの仲間が流したのか?」
「カイダンバナシ? なんだそりゃ?」
ルガールが眉間の皺をさらに深くする。ミツルは今学校で噂されている怪談話について説明する。ミツルの周りで起きている不思議なことがその怪談話に沿って起こっていること、噂はおそらく最近作られたものであること、七番目の秘密がはっきりしていないこと。
ルガールは下を向いたまま話を聞いていたが、ミツルが話し終えると顔を上げた。
「誰が流したのかまではわからねぇが、少なくとも俺たちの存在を利用しようとしていることは確かだな」
「利用?」
「俺たち幻想世界に住まう奴ら――幻魔って呼ばれてるんだが、俺たちはニンゲンの恐れや敬いの心を持って初めて存在していられるんだ。その『畏れ』を受けることを失くしちまった奴はただのニンゲンや動物に成り下がって、そのうち幻魔としては消えちまう。だが単純に自分が理を外れる者だと言いふらせるわけじゃねぇ。この世界には『月の影』っていう厄介な法理が張り巡らされていて、幻魔が大手を振って現実世界に干渉することができねぇんだ。この島国のニンゲンを食い尽くせるなら畏れを簡単に集められるが、それができねぇ世界になってるってわけだ」
「……今、ルガールは俺たちの世界にめちゃくちゃ干渉できているように見える」
「だから俺は驚いてんだよ。月の影の破壊自体は過去に事例はあるが、それを幻魔指定さえ受けていないガキがやってのけるなんざ聞いたことがねえ」
「ちょっと話がずれたか。要は幻魔にはニンゲンの関心が必要なんだよ。もっと言えばその関心が強ければ強いほど力を得ることができる。狼男なんかは世界中で有名だからな。それなりに力を持っている種族なんだぜ? やられ役が多いのが癪だけどよ……さて、ここからようやく本題だ」
ようやくか。ミツルは少し姿勢を正す。
「さっき噂の話をしただろ? その噂を流すことでガキどもは恐怖心や猜疑心を抱く。その結果その噂の対象は力を増幅させることになる」
「……じゃあルガールの力も増幅されてんの?」
「今はそうでもない。ガキどもが俺と噂とを結び付けられていないせいだろう。だが俺のことが広まれば力が集まってくるかもしれない」
「やったじゃん」
「よかねえよ。その噂を流した奴が何者で、何をしようとしているのかを知らねえことには」
ミツルは眉間に指を当てて頭を働かせようとする。
「結局俺はどうすればいいの? その犯人を探すとか?」
「いや、それは危険すぎる。そこは俺の役目だ。お前は噂が広まるのを止めてほしいんだが……無理だよな」
「……無理くさい」
ミツルはきっぱりと答える。あまりの即答にルガールは呆れたような視線をミツルに向けてくるが咎めはしない。ルガールも一度流れた噂を止めることの難しさを知っているのだ。こういう与太話は下手に鎮静化しようとすると、逆に興味を沸かせることになる。
「まあ期待はしてねえよ。その代わりにその逆のことをやってもらう」
逆? ミツルは首を捻る。
「
「……どういうこと?」
「いいか、敵の狙いはほぼ間違いなく七番目の秘密だ。そこに自分に有利になる材料を組み込んでくる。その噂の内容が、そいつ自身が力を得るものか、あるいはお前の力を増幅させるものにしてくるだろう。そういう噂が広まると面倒だ」
ルガールは人差し指を顔の前で突き立てる。
「だからお前が出まかせの噂を流すんだ。そしてそれこそが真実だと思いこませろ。そうすりゃ敵の思惑通りにはならない。少なくとも妨害はできる」
なるほど。ミツルにも理解できた。
「偽の噂を流せってことか。おもろいじゃん」
「おもろいじゃんって……」
ルガールはツンツンと立つ白髪を掻き上げる。
「本当、話しているとただのガキだな。こんなのに鏡会も管理局も踊らされているなんざ、笑い話だぜ」
ミツルはその言葉に反応する。
「そういえば予言で俺が危険人物みたいに言われていたんだよね? どんなふうに描かれていたの?」
ルガールはベッドに寝転がりながら言う。
「お前知らねぇのかよ……ニンゲン界でもそこそこ話題になってるぜ? SNSで『ヴェルナーの絵』で検索してみろよ」
ミツルはスマホで検索してみると、すぐに出てきた。
空に浮かんだ日本の城を背景に笑う赤目の少年。街は破壊され、城の奥には怪獣のような化け物が暴れている。不気味だ。だがそれ以上に。
「……独創的な絵だね」
「素直に下手くそだって言えよ」
これが油絵ではなくクレヨンで描かれていれば、幼稚園児の落書きだと言われてもミツルは納得しただろう。
ミツルはスマホを充電器に戻す。
「あれが現実に起きるって? ピンとこないなぁ」
虚空を見つめるミツルにルガールはふんと鼻を鳴らす。
「ピンと来られちゃ困るんだよ。予言は外れることも多いからな。今回は外れなんだろう。お前が気にすることじゃない」
ミツルは胸の内に残るしこりをかき消すように首を振る。
「……まあいいや。明日でたらめの噂を流せばいいんだね」
「ああ、頼むぜ。俺は一旦犬の姿に戻るからな。それにしても爆弾首輪の法理まで解除してくれたのは助かったぜ。あのアマ、今度あったら覚えてやがれ……」
ルガールはぶつくさ言いながら、ぽんと音を立てながら元の白い子犬の姿に戻った。やはりこちらの姿のほうが似合っている。ルガールが就寝用のクッションが置いてある段ボールの中に飛び込むのを見てからミツルは部屋の電気を消す。
「じゃあお休み」
ミツルは枕に深く頭を沈める。目の前でありえないことが起こっているわりにはミツルの心は落ち着いていた。元々奇妙なことが起きていたからというのもあるが、なによりミツルはまだ夢の中の出来事だと思っていた。自分は既にベッドで寝ていて、朝目が覚めたらあの白い子犬は何も話さなくなっているに違いない――。
「そうだ、ひとつ言い忘れていたぜ」
暗闇のなか、ルガールの声が届く。
「チワワンコって名前は止めろ」
【黒猫】
「おいおい、ポテトサラダまでうまいとはな」
僕の隣に座るヴィクトールが舌鼓を打つ。手首を手錠で繋がれているというのに、流暢にスプーンとフォークを使いこなしている。
「これはあのヴラドール家で重宝されるわけだ。なあ、クローイよ」
「本当においしいよね。僕も首輪を外してくれたらなぁ。やっぱりニンゲンの料理はニンゲンの姿でいただきたいよ」
「わかるぞ、クローイ。首輪だとか、手錠だとか、こんなにうまい料理をいただくには無粋で失礼というものだ。どうだ、メイファ。今だけは戦場のクリスマス、『live and let live』の精神でいこうじゃないか」
「私が知っている諺は『dead or alive』だけなの。ごめんなさいね」
メイファの冷ややかな返答に、ヴィクトールは僕に視線を送って、肩をすくめた。おべっか作戦失敗。そりゃそうだ。僕は唐揚げを一口かじる。うまい。
「捕虜は丁重にもてなすべし」というヴラドール家の信条と、「料理の腕をなまらせたくない」というメイファの意地から、僕たちは拘束された身ながら料理を振る舞ってもらっていた。ポテトサラダ、唐揚げにトマトとレタス、かぼちゃの煮物、味噌汁にご飯……。いつのまに日本の家庭料理を勉強したのだろうか。お世辞抜きにどれもすばらしい味だ。左手一本でよくもここまで作り上げる技量には舌を巻いた。
しかし珍妙な光景だ。どこかの地下にある倉庫内に丸テーブルが置かれ、くたびれたランタンの光のもと、手錠をかけられた大男と、馬鹿でかい首輪をつけられた黒猫と、右腕を包帯で固定した赤髪の女が食卓を囲んでいる。ティム・バートンの映画じゃないんだから。
ヴィクトールは作戦を諦めていないらしい。唐揚げにフォークを突き刺す。
「とくにこの揚げ物が絶品だ。これはお前にしか出せない味だろうな。なんという料理だ?」
メイファは壁に貼り付けていたレシートを読み上げる。
「……ニチレイ 特から」
「ニチレイトクカラというのか。なんともジューシーで味わい深い――」
「ニチレイフーズという会社が出している
夕食の団欒とは思えないほど張り詰めた空気のなか、カチャカチャと食器が触れ合う音がむなしく響く。
ヴィクトールは味噌汁を喉に流し込んでから、ようやく言葉を絞り出す。
「……作り手によって温かみが――」
「やはり殺すしかないようね」
「まあ待て」
「言っておくけれど、利き手を骨折さえしてなければちゃんとした手料理を振る舞えたわ」
「わかっている、もちろんわかっているとも。なあ」
こっちに話を振るな。僕は仕方なく会話を引き継ぐ。
「茶番は置いといてさ。メイファは僕らをどうするつもりなんだい? 正直生かしておくメリットがないように思うんだけど」
「生かしておくメリットはゼロに等しいわね」
あっさりと言い放って味噌汁に口をつける。
「だけど殺すデメリットが大きいのよ。管理局と鏡会に喧嘩を売ることになるから。特に貴女はリリス様の一番弟子でしょう? それなりの正当性と緊急性を用意しておかないと」
「確かに。僕に手を出すと、それはもうご主人は黙っていないだろうなぁ」
大嘘だ。おろらくご主人は僕が爆殺されたという報告を聞いても、「あらそうですか」と上の空でつぶやいて、読んでいる本に栞を挟むことすらしないだろう。
「心配しなくても明日の坊っちゃ……あの少年の状況を見て、貴女の処遇は決めるわ。もしかすると、これが最後の晩餐になるかもね」
「悲しいな。だがこれもお前が今までしてきたことを考えると仕方のないことだ、クローイ。最後の晩餐を存分に味わえ」
「貴方もよ、ヴィクトール」
「メイファ。俺はあのミイラ男にしてやられたが、毒ガスを喰らわせて一日動けなくしてやっているんだ。少しは感謝してくれてもいいんじゃないか?」
二人の会話を聞き流しながら、僕は思考を沈める。
邪魔なヴィクトールを襲撃したあと、あの少年の異変関連の記憶を消去しようとした瞬間、逆行法理を喰らって、僕は気を失った。あれはあの少年自身の力なのだろうか。僕の『忘却の地平線へ』の法理を破壊したのは彼の能力だろう。だが、消去してきた相手に対して、自動で反撃してくるのは、彼自身の能力とは別のものに感じる。しかも、自惚れになるが、僕の精神防膜を容易く打ち破り、解析を間に合わせない高次元の逆行法理だ。あれはいったいなんだったのだろうか――。
ダメだ。法理制限の首輪をつけられた状態じゃ思考を深めることさえできない。まだ体が完全に回復しているわけでもない。法理が目一杯使える状態で、一度考える時間がほしい。僕は平皿に注がれた味噌汁に舌をつける。
「ああ、おいしいのに、猫舌には辛いなぁ。ニンゲンの姿になれればなぁ」
「明日になったら首輪は外れるわよ。
「悲しいが、致し方ないことだ。あの世で罪を悔い改めるしかないな、クローイ」
「貴方もよ、ヴィクトール」
ようやく物語の中盤ぐらいです。まだ「転」にもなっていないのに、我ながら長すぎですね。
ここまで読んでいただけた方なら、最後まで読み通して損はさせませんので、ブクマや評価などよろしくお願いします。