【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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5月18日7時~17時 赤目の少年
第35話 運命の日の朝


【ミツル】

 

「みっちゃ~ん! ご飯できてるよ~!」

 

 

 

 扉のノックされる音と共に母親の声がミツルを目覚めさせる。ミツルは一度枕に顔を埋めて、十秒ほど動きを止める。そして勢いよく顔を上げる。ここで二度寝すると陽子が大層怒る。ミツルは頭を振ってベッドから降りる。

 

 目を擦りながら扉の前に立つと、部屋入り口に置いてある段ボール箱が目に入った。子犬が余りにもミツルの部屋に入り浸るので、居間とミツルの部屋両方に寝床を置いてあるのだ。

 

 箱の中を覗き込むと白い子犬と目があった。チワワのような風貌をしながら青い瞳を持つ子犬。いつも不貞腐れているように目つきが悪い。深夜のミツルが白昼夢を見ていないのであれば、この子犬は法理鏡会から派遣されたルガールとかという狼男だと名乗っていた。ミツルが観察対象であることなどを丁寧に語ってくれた。最も話の半分以上ミツルは理解できなかったが。

 

 

 子犬は不機嫌そうにこちらを見るばかりだ。やはり深夜の出来事は寝不足が生んだ厳格だったのだろうか。ミツルが欠伸をしつつ扉を開けようとしたそのときだった。

 

 

 

「おい、いつまで間抜け面してんだ。昨日のことはちゃんと覚えているんだろうな?」

 

 

 

 ミツルは開きかけた扉を一度閉める。目を擦りながら子犬を見下ろす。

 

 

「夢じゃないのか」

 

「あん? なんだって?」

 

「なんでもない。おはよう、ルガール」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 朝食を食べ終えてミツルが通学バッグの準備をしていると、再びルガールが話しかけてきた。

 

 

 

「なあ、頼み事、覚えているか?」

 

「噂を流せとか言ったこと?」

 

「ああ、そうだ。考えてあるのか?」

 

「んん~、そうだな……国語の教科書……あ、あったあった。よし」

 

「よし、じゃねえよ」

 

「うるさいな。ちゃんと考えてあるよ」

 

「どんなやつだ?」

 

「『体育館のすすり泣き』」

 

「ほう、もっともらしい題じゃねえか。どんな内容なんだ?」

 

「では聞かせて差し上げよう」

 

 ミツルは通学バッグを背負うとルガールに向き直ってこほんと一つ咳払いをする。

 

「あの体育館を建てる前はそこに狸の像が立っていたんだ――」

 

 

 

 ミツルが怪談話をし終えると、ルガールは再び「ほう」と感心したように声を出す。

 

「驚いたな。いつの間にそんな綿密な話を考えていたんだ」

 

 ミツルは自慢げに鼻を鳴らす。

 

「まあこれくらいすぐに考えられるさ」

 

 今の話は昨晩加賀から聞いた話だということをルガールは知らない。「いやはや大したもんだぜ」とルガールは満足げに頷く。

 

「その感じなら学校のガキンチョどもを騙せるだろうさ」

 

「去年のこっくりさん騒動で実感してるからね。ちょっとでも信憑性があったら、あっという間に広まるよ」

 

 

 

「コックリサン騒動? なんだそりゃ?」

 

 

 そういえば、あれも異変だったのだろうか。ミツルは手短にルガールに説明する。

 

「テーブルターニングの一種か」

 

「知ってるの?」

 

「簡易的な交霊術だな。似たようなもんは世界中にある……」

 

 ルガールはそう言った後、目を閉じて考え込む。

 

 

 

 ミツルの脳裏によぎる、鳥居の下に書かれた五十音。手のひらに置かれた十円玉。

 

 

 

 ミツルは急に不安になった。

 

「……まさか、危険なものなの?」

 

「ん? いや、子どものまじないレベルなら、呼び出される霊なんざたかがしれてる。コソコソ隠れて物体を動かしたり、記憶を読んで願いを言い当てた〜っつって人を騙したりする、チンケな獣霊さ。……ただ、それが直近で起こってたのは気になるな」

 

「どういうこと?」

 

「つまり今回の予言や、怪談話の前哨戦として、噂によって集まる力がどの程度なのか調べていた可能性がある。そのときは結構な騒動になったんだろ?」

 

「まあ、そうだね。学校中がおかしくなってたから」

 

「……ってことは、前々からお前の周りで計画していた奴がいるのか?」

 

 

 

 心当たりはない、と言おうとして、思い出す。

 

 炎の中でゆらめく影。金髪の少女。

 

 

 

 ルガールに『あの日の事故』は伝えていなかった。ミツル自身もよくわからないが、あの日のことを、軽薄な物言いをするルガールに話したくなかった。

 

 

 

「……ひとまず学校に行ってくるよ、ルガール」

 

「……おう、行って来い。あまり無理はするな。噂ってのは話し手が不審に思われちゃいけねえ。飽くまでひっそりとな」

 

「へいへい。ルガールも警備巡回頑張ってな」

 

 ミツルはもう一度「行ってきます」と声を出して、自分の部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

【ミツル】

 

 湯ノ石中学校の校門をくぐったところでミツルは昨日気分が悪いと集会を抜け出した下田と出会った。ミツルは昨日の今日で大丈夫なのかと尋ねる。下田は大丈夫だと丸眼鏡をくいと上げてみせる。

 

「やっぱりサボりだったってことか」

 

「いやいやいや、本当にあのときは気分悪かったんだよ」

 

 下田は今日の体育の授業を休む口実が出来たと喜んでいる。あまり運動が得意ではない下田にとって体育のサッカーは最も嫌いな時間らしい。ミツルはその話に相槌を打ちながらルガールとの約束について思い返していた。

 

 実感がなかった。街の危機と言われてもピンとこないので、ミツルはルガールからの頼みごとに関してもさほど重要性を感じなかった。ただルガールという非日常的な存在が現れたことが面白く、その存在いうことを聞いていればもっと面白いことになるかもしれないという、自分の好奇心を満たすために動いているにすぎなかった。

 

 ミツルは自分の引き受けた頼み事の責任の重さを把握しないながらも、約束はちゃんと守る気でいた。どのタイミングで誰に切りだすかを登校時間ずっと考えていた。

 

 下田が今度は宿題をやっていない口実にもなるか否かを語っている。ミツルは下田にまずは話そうと決意する。こういうのはあまりにも仲がいい者同士でも仲が悪い者同士でも広まらないと考えていた。下田とは仲は悪くないが、放課後二人で一緒に遊ぶほどではない。お人よしで噂の類をのっけから否定はしてこないだろう。

 

 二人は昇降口で上履きに履き替える。ミツルはさりげなく怪談話のほうに移行できる機会を窺う。

 

「――まあ吉バアだし、やってなくてもいいかな~って」

 

「かもな。ところでさ、怪談話って知ってるよな?」

 

 我ながら切り出し方が下手くそ過ぎる。さりげなさの欠片もない。ミツルはそう思いながらも下田の反応を待つ。下田は突然の話題転換に一瞬面喰らったが、すぐに合点がいったように頷いた。

 

「はぁ? あ~はいはい。あの話ね」

 

「そうそう、最近学校で噂されているやつ」

 

「『怪人X』が出たらしいね」

 

「あれの七番目が――なんだって?」

 

「あれ? その話じゃないの?」

 

 下田は階段の一段上からミツルを振り返る。そして「そっか。SNSとかやってないもんね、ミツルは」と合点がいったように頷く。

 

「昨日の下校時間に四組の村口たちが、大柄の男が会ったんだってさ。身長が二メートルはありそうな大男。やけに長いコートを着ているなって顔をのぞき込んだら――いたるところ縫った跡があったんだと。でも村口が悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだらパッとその場から消えたんだと」

 

 ミツルは心臓の鼓動が大きくなるのを押さえようと呼吸を深くする。

 

 間違いない。昨日出会ったアイツだ。

 

「事情を説明しても大人は信じてくれないし、でもうちの生徒たちはみんな言ってる。怪人Xが桜の木の下に新しい死体を埋めたんだって」

 

「桜?」

 

「それも聞いてないの? 昨日の夜、校庭の桜が咲いてたんだと」

 

「……」

 

「校庭の桜の木の下には元々死体が埋まっているって話だっただろう? その桜の満開はその死体の生き血を吸って咲いたんだろうって。……死体なのに生き血っておかしいよな? ……とにかくそれをみんな結びつけてんだよ。桜が咲いたのは、怪人Xが死体を埋めたんだって。次の標的は誰なんだってな」

 

「……あほくさ」

 

 二人は教室に入る。そこで下田の友人である中川が下田に駆け寄ってきてカードゲームの話を始めたので、ミツルは自分の席に着くことにした。

 

 大男というのはミツルが桜の前で出会ったあの男で間違いないだろう。あんなのが何人もいたら困る。そいつには近づいてはいけないとルガールに忠告されていた。どうやらルガールと一悶着あったらしい。その男に加えて桜の満開も見られていた。そちらも怪談話に結び付けられた。これで五つ揃った。残りは『喋るチワワ』だけ。ルガールもそのうち生徒たちに知られてしまうのだろうか。

 

 

 

 ミツルは、まだこの時点では、あまりにも物事を楽観的に考えていた。

 

 

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