【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第37話 七つ目の怪談 

【ミツル】

 ミツルが怪談話について切り出したのは給食の時間だった。湯ノ石中学校では、生徒が六人ずつのグループとなり机を合わせて食べるのだが、ミツルのグループで、怪談の話題が出たのだ。

 

 

 

「加賀が預かっていた白い子犬がさ、チワワなんだよ! あれが『喋るチワワ』だって噂だぜ」

 

 関本総一郎がコッペパンを口に含んだまま喋る。ミツルは牛乳を飲みながら皆の話に適当に相槌を打つ。どうやら昨日見たチワワが喋ったと誰かが言い始めたらしい。どうせ誰かが面白半分ででっちあげたのだろう。やはり一度流れた噂を止めることは不可能だとミツルは再認識する。波紋が波紋を呼ぶ展開になるだけだ。

 

「なに黙りこくってんだよ、ミツル。いつもならやめなよなんて言うのによ」

 

 関本がにやにやしながら言う。突然話題を振られ面喰らったが、これはチャンスと頭の中で考えていた偽の怪談話をおさらいする。そして雰囲気作りのために、もったいぶった様子で手を顔の前で組んで神妙な顔を演じて見せた。

 

「……いや、実は七つ目の怪談話を知っちゃったんだよね」

 

 ミツルはきょとんとしている六人に、加賀からの受け売りの怪談話を俯きながら語った。

 

「――そんなわけでこの湯ノ石中学校に戻ってきちゃったってわけさ。行くあてのない恨みを抱えてね」

 

 ミツルふうとため息を吐きながら、視線を上げる。みな一様に眉をひそめている。ミツルはそれを怖がってくれているのだと判断した。

 

 

 

「まあ噂自体は下らないものだけどな。こんな噂に踊らされないように――」

 

 

 

「お前か?」

 

 

 

「――自分をしっかり持って……なんだって?」

 

 

 

 関本は笑いながら、しかし確かに頬を引き攣らせながら言った。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「……どういうこったよ?」

 

 今度はミツルが眉をひそめる番だった。

 

「七つ目の怪談話は前から言われていただろ? 怪談話をこっそり流して、自分は素知らぬ顔で過ごしているけれど、その正体は人の皮を被った悪魔だって。夜な夜な生き血を吸うそいつの正体を知る方法があるって」

 

「知らねえ……そんなの、知らねえぞ!」

 

「……そういやお前、最近変な感じだったよな。突然倒れたりしてさ」

 

「なんだよ……なんなんだよっ!」

 

 ミツルは勝手に震える声を張る。関本は隣の席の者と目配せをした後、口を開いた。

 

 

 

「『()()()()()()()()』だよ。お前がそうなのか?」

 

 

 

 

 

 

 

【ミツル】

「おい、ミツル!」

 

 

 

 昼休み。ミツルは机を後ろに下げるとすぐに教室を出た。俊介が後ろから声をかけてきているのが聞こえたが、ミツルは足を止めることはしなかった。今は誰とも話したくない。

 

 給食時は何とかその場をやり過ごしたが、皆の視線が冷たかった。乾いた笑いを作りながら、その裏に微かな不快感や恐怖心を抱いているのが見えてしまった。

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい。ミツルは足をさらに速める。ありえない話ばかりなのに皆信じているのか? 荒唐無稽の噂話じゃないか。偶然起こった出来事に、噂話をねじ込んでいるだけだ。

 

 ミツルは階段に差し掛かったところで足を止める。違う。本当はミツル自身が一番信じているのだ。なぜならミツルはもう知っているのだから。ルガールという自分の世界ではありえない存在を。それゆえに信じられるのだ。自分が怪談の一部だという話も。

 

 ルガールは、ミツルが世界を壊す存在と予言されたと言っていた。この学校の誰よりも、ミツル自身が自分にありえない存在に近いことを知っている。だからこそ、先ほども強く否定できなかった。本当に生き血を吸うような存在なのではないか。その思いがミツルの態度に現れてしまった。周りの生徒が不気味がるほどに。

 

 

 

「やっと追いついた」

 

 俊介がミツルの肩を掴む。ミツルを心配しているような表情をしていた。

 

「なにかおかしいぜ、お前。なにがあったんだよ。給食の時間に」

 

「別に……なんでもねえよ」

 

「ちょっと聞いた感じだと怪談話関連らしいな。なんでお前が乗ってるんだよ。下らないことって言っていたじゃねえか」

 

 知っているじゃないか、とミツルは唇を尖らせる。

 

「お前がどういう考えで怪談について語ったのかは知らんけどさ。あんまりむきになるなよ? クラスで浮いちゃうぜ?」

 

 ミツルは手すりに手を滑らせながら俊介に尋ねる。

 

 

 

「俊はいつから知っていたんだよ。七つ目の怪談話は」

 

「ああ、今朝だよ今朝。学校きたらそんな話を聞いてよ。そういや『鏡に映らない少年』だったなって、俺も思い出したんだ」

 

 今朝、そんな噂話を思い出したのか。タイミングが悪すぎる。もう一日ずれてくれていたら、ミツルも噂を自分で流すことはしなかったろうに。ミツルの思いつめた表情を心配してか、俊介が笑いながら肩を叩く。

 

「ま、自分から怪談に成りに行くなんて、昨日から偉く成長したじゃねえか。昨日は怪談話にびびってたくらいなのによ」

 

「うるせぇ。俺は知らなかっただけだよ。皆に語られている七つ目の怪談話を」

 

 二人は下駄箱のある昇降口に向かう。その前に差し掛かったところで、俊介が「悪い、便所!」と言い、すぐ後ろにあるトイレに駆け込んだ。

 

 

 

 ミツルはトイレ前の洗面台で待つことにする。小窓から外を見ると暗い雲が出てきているようだ。最近晴れ続きだったから、そろそろ雨が降ってもいい頃だ。「ええ、傘持ってきてないよ」という声が聞こえた。鏡越しに見ると、女子生徒二人がミツルの向かい側にある洗面台で手を洗っていた。もう一人も「私もだよ」と苦笑いをしている。

 

 ミツルは手を見ると白く汚れていた。汚れの原因はすぐに見当がついた。階段の手すりだ。あそこ階段の手すりは最近白く塗り替えを行っており、それ以降擦ると白い汚れが付いてしまうのだ。ミツルは洗面台の蛇口をひねった。勢いよく流れだした水を遮るように両手を差し伸べる。

 

 

 

 激痛が体を駆け巡った。

 

 

 

 ミツルは短い悲鳴を上げて両手を引っ込める。周囲の生徒が不審そうに見つめる中、ミツルは両の掌を凝視する。特に変わった様子はない。手の甲から大きな水滴が落ちていく。

 

 ミツルは恐る恐る右手を水に差し伸べてみる。しかし指先に少し触っただけで静電気を体の内部に流し込んだかのような痛みが走った。反射的に手を引っ込める。

 

 

 

 なんだってんだ? ミツルは混乱しながらも蛇口を止める。ただでさえ目立っているので、これ以上は目立ちたくない。周囲の視線とささやき声を感じながらも素知らぬ顔で洗面台に腰かけ、ポケットからハンカチを出す。手を拭きながらおずおずと視線を上げると、俊介がトイレの入り口で立ち尽くしていた。口をあんぐりと開けている。

 

 一部始終を見られてしまったか。ミツルは一抹の恥ずかしさを感じながらも、ハンカチを仕舞って「行こう、俊」と手招きする。ミツルも冷静になりたかったし、俊介も聞きたいことがあるだろうが、今はとにかくこの場を立ち去りたかった。

 

 だがミツルが数歩進んで振り返っても、俊介はその場から動いていなかった。先ほどと同じ顔、同じ姿勢でこちらを見ている。ミツルは逸る気持ちを押さえながら俊介に呼びかける。

 

 

 

「俊、なにしてんだよ」

 

 俊介は視線を外さないまま首を横にゆっくりと振る。それからミツルにこう言った。

 

「……ミツル、こっちへ来い」

 

「はあ? なんだよいったい――」

 

 

 

()()()()っ……! もう一度、()()()()()()()()……!」

 

 

 

 俊介は右手で先ほどミツルがいた場所を指差す。ミツルは周囲を見渡してから、首を振って元の位置へと歩いて行った。周りがひそひそとなにやら話している。ミツルは早くこの場から逃げたい一心だった。

 

 ミツルは先ほど立っていた位置に戻り、どうだと言わんばかりに両手を腰に当てる。

 

「これで満足か?」

 

 だが俊介はミツルの方を向いていなかった。俊介はミツルの少し後ろ、洗面台の方を向いていた。先ほどよりさらに目と口を開け、壊れたからくり人形のように首を左右に振り続けている。ミツルはうんざりする。俊介は意味もなくミツルをからかうことが多々あったので、今回もそうだろうと思っていた。

 

「俊、みんなが見ているから――」

 

 そこで女子生徒の悲鳴が聞こえた。感嘆からなどではない、聞いた者を思わず後ずさりしてしまうような、心からの悲鳴。ミツルは驚きながらそちらを振り返る。

 

 二人の女子生徒が互いにもたれ合う様に抱き合いながらこちらを指差している。先ほど手を洗っていた生徒たちだ。悲鳴を上げたのはこの二人らしい。だが、どうも様子がおかしい。周囲の人間も悲鳴を上げた生徒よりも、ミツルの方を見て、驚愕の表情をしている。口から飛び出してくる言葉も文章になっていない。

 

 よく見ると、周囲の生徒の視線が動いていた。ミツルと、ミツルの少し後ろの空間に。

 

 後ろ? ミツルは振り返るより先に考える。ミツルの後ろには特に変わった物はないはずだ。先ほど使った洗面台があるくらいだ。洗面台に異変が起きているのか? それか、その後ろにある小窓から何か見えているか、壁の――。

 

 

 

 壁。

 

 

 

 ミツルは先ほどの景色を思い出して、頭が真っ白になった。心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。脇腹が痛む。

 

「……なんだよ……なんだよそりゃあっ!」

 

 誰かの声がする。俊介か、他の生徒かもミツルには分からなかった。ミツルは唾を呑みこん。振り返る。ざわつく音が遠のいて行く。自分の鼓動の音と呼吸する音がやたらと鮮明に聞こえた。

 

 ミツルはそこに何があるのか思い出していた。さっきも見たはずだ。先ほど悲鳴を上げた二人だ。彼女たちが手を洗っていたとき、ミツルは振り返らなかったはずだ。では何故見ることが出来た?

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()。それがあったから振りかえらなかった。

 

 

 

 だが、それを使っても見えないはずだ。通常、それを使っても真後ろの物は見えない。()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 洗面台に向き合う。先ほど見た景色と変わらない。四つある蛇口。ネットに入れられている石鹸。曇天を飾る小窓。そして、それがあった。

 

 後ろでどよめく生徒の声が鮮明に聞こえてくるようになった。俊介に肩を掴まれる。肩を揺られながら、ミツルはとある言葉を思い出していた。

 

 

 

 あの黒猫と会った日、誰かから言われた言葉。なんと言っていたか、今、わかった。

 

 

 

 ()()()()()()()()――。

 

 

 

 目の前の鏡には、顔を引きつらせながら声を荒げる俊介の姿が映っている。

 

 

 

 

 しかし、俊介の手が掴んでいるはずのミツルの姿は、どこにも映っていなかった。

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