【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第38話 山岡桃九郎、見参

【犬っころ】

 

 どうやらミツルは影縫どもの監視対象に入っているようだ。昨日から結界を解こうと試みる不届き者がいるようだし、かすかにだが空に幻魔の気配を感じる。おかげで防覚膜を張っていても、用心してコソコソと隠れながら動くことしかできなかった。

 

 

 

 しかし参った。ミツルのそばにいたほうがいいか、と学校の校門前まで来てみたもの、そこで立ち往生してしまった。校舎内に子犬がチョコチョコ歩いていると目立って仕方がないし、そもそも校舎周りに高度な結界が貼ってあった。一週間ほど前に来たときよりも強固になっている。今のチワワ姿じゃ、突破は無理だ。

 

 

 

 近くのアパートの植え込みに隠れてどうするべきかと天を仰ぐと、見知った顔がそこにいた。メイファは体育館の屋上から、望遠鏡のようなもので校舎のほうを伺っていた。

 

「……なにやってんだ、アイツ」

 

「それはこちらの台詞です」

 

 耳元で女の声がして、俺は植え込みから転がり出た。牙を剥き出しにして睨みつけると、笠を被った和風装束の女が宙に浮いていた。驚いたように口元を両手で抑えている。

 

「も、申し訳ございません。驚かせるつもりではありましたが、まさかここまで効果覿面とは思わず……」

 

「ビビってねぇ、テメェが家からつけてきてんのだって知ってたぜ? 影縫さんよぉ」

 

「私はずっと学校におりました。それに影縫ではありませんよ、ルガールさん」

 

「……俺の名を知っているのは見込みがあるが、お前は誰なんだ?」

 

「綴喜です、一昨日お会いしたではありませんか。私が霊圧で押さえつけて……そういえば、あのときは申し訳ございませんでした。随分と苦しそうでしたが、その後お体に支障はありませんでしたか?」

 

「ああ、はいはい。乱戦の最後にちょっかい出してきた奴か。チンケな霊圧すぎて忘れてたぜ。おかげさまで肩凝りも治って清々しい気分だよ」

 

「まあ、それはなによりにございます。またして差し上げますね」

 

「ありがたい提案だが、タダでそんな何回も受けるのは流石に気が引ける――痛てで、おい、やめねぇか!」

 

 

 

 綴喜の霊圧に押さえつけられていると、メイファに動きがあった。体育館上で立ち上がり、鬼火の炎とともに姿を消した。

 

「お、おい! お前この辺の守護霊かなんかなんだろ!? 赤髪の女が校舎内に侵入してるぞ! いいのか、放っておいて!」

 

 ああ、と顔を上げると、俺を押さえつけていた霊圧も消えた。

 

「メイファさん、いらっしゃっていたのですね。あのお方は、どういった目的で日本にいらっしゃっているのでしょう? ご存知ですか?」

 

「……知らねぇな。少なくとも中学校をうろついていい奴じゃねえだろ」

 

 綴喜は目を瞑っている。

 

「……『青魂影』への道ができていますね。ちょっとお邪魔してみますか」

 

 そう言った瞬間、綴喜の姿が消えた。霊体だから『青魂影』に入りたい放題なんだろう。これ幸いと俺はその場をそそくさと後にした。どうにも綴喜とは会話のテンポが合わない。ミツルを守るという視点では、メイファより綴喜のほうが適任だろう。

 

 

 

 ポツポツと雨が降ってきた。さて、下校時間までどう時間を潰したものか。そういやクローイとも連絡がつかず仕舞いだ。アイツがどこにいるのか、探ってみるか。鼻をひくつかせて、クローイの匂いを探ろうとしたときだった。

 

 

 

「犬、探し物ですか?」

 

 

 

 道路の真ん中に、大柄の男が立っていた。髪を七三分で固めて、白色の鉢巻を額に巻き、羽織を着ていた。手にはボートの櫂ほどありそうな長い日本刀をもっていた。

 

 眼鏡の奥の神経質そうな目で俺を見据えながら、大声で語り始める。

 

「赤髪発見の一報を聞いて来てみれば、犬っころがいるじゃありませんか。これは手間が省けるってもんですよ。なんなら全員集まってくれませんかね。俺はかくれんぼより()()()()()なんですよ」

 

 なんだコイツ。いきなり不躾な――。

 

 

 怒りが湧き上がるよりも先に、俺はその場から飛び退いた。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 そう勘違いするほどの、無慈悲な刀気。

 

 

 

 全身から汗が噴き出る。

 

 

 

 俺が駆け出すよりも先に、奴の肘鉄が俺の顔面を捉える。俺はかろうじて両足で弾くが、拳を受け止めた衝撃で俺は十数メートル空中に吹っ飛ばされた。腕の痺れすら感じとる間もなく、奴の回し蹴りが俺の胴体をまともに捉える。

 

 ジェット機にぶつかったような衝撃から受け身を取って着地したのは、浅瀬の川のなかだった。街の中心部から少し離れた、小石だらけの川まで飛ばされたらしい。俺は急いで錠剤を口にして、ニンゲン形態になった。

 

「なんですか、ニンゲンの姿に化けるなんて。生意気なんですよ」

 

 男はさも当然のように河辺まで追いついてきた。

 

「獣は獣らしく、地べたに這いつくばっていればいいんですよ。そのまま首を差し出してくれれば楽なんですがね」

 

 男は長刀で肩をトントンと叩く。

 

「あのですね。海外の化け物どもがね、勝手に喧嘩するのは別にいいんですよ。俺の部下たちをいいようにやってくれても、ある程度は許容してあげますよ。幻魔なんて、俺の部下含めて、死にたがりの戦闘狂ばっかりですからね」

 

「しかしですね、今は月の影がとにかく不安定なんですよ。お前らが暴れた結果、現実世界に影響がおよぶのは看過できませんからね。現実世界に影響が出るってことは俺の妻が悲しむことにつながるんですよ。だから俺がはるばるやってきたってわけなんですよ」

 

 話が長い。その割に、まったく隙がない。よくわからねぇぽっと出が、なんだってんだ。

 

 俺は少しでも不意をつくきっかけにならないかと、話を振る。

 

「さっきからベラベラとうるせぇ野郎だ。結局なにが言いてぇんだ」

 

「なにが言いたいってね、そりゃひとつしかないでしょうよ」

 

 日本刀を体の横に構えて、体勢を低くした。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 空から落ちる雨雫よりも速く、俺に斬撃が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

【聖人ミイラ】

 

「お前がいながら、なんてざまですか」

 

 黒縁眼鏡の上の眉が吊り上がる。山岡桃九郎は、現実世界換算ではもう四十歳に近いはずだが、声は甲高く、常に割れているようにでかい。体中の毒性がほぼほぼ抜けきったので、個室から六人収容された臨時入院部屋に移送されたのだが、タイミングが悪すぎた。桃九郎の発声にみな一様に顔をしかめている。僕は手を合わせて頭を下げたくなる。

 

「しゃあないやろ。僕の部署は実戦経験が薄いんやわ」

 

「部下たちのことを言っているんじゃあないですよ」

 

 桃九郎は早口に、しかし一語一語ハキハキと発音していく。

 

「あのですね、お前の部下が負けるのは仕方ないんですよ。相手も相当の手練れのようですし、対抗できるのは京の番所でも厳しいでしょうよ。事実、俺の部下たちもすでに催眠をかけられたようですしね」

 

「しかしですね、お前は違うでしょうよ。お前はあんな奴ら、ちゃちゃっと捕縛しないとダメでしょうよ。『不転の破戒僧』の名が泣きますよ」

 

 桃九郎とは西国の影縫の戦闘要因として、あらゆる戦場に駆り出されてきた仲だ。出会った頃は青二歳ながらも慇懃無礼で、そこから百戦錬磨の無礼者に成長した。

 

「買い被りすぎや。倒幕前ならともかく、今の僕にそんな力はないわ」

 

「あのですね、そんな泣き言を聞きたいんじゃないんですよ」

 

「正直に言いますとね、敵味方かぎらずね、幻魔がいくら傷つこうが死のうが、俺は構わないんですよ。どうせ向こう見ずで死にたがりな奴ばっかりですからね。しかしですよ、現実世界に生きている一般人に被害がおよぶのは違うでしょうよ。というかですね、俺の妻もすでに被害を受けているんですよ」

 

 明美さんが? 半身を起こす。桃九郎の妻とは何度か会ったことがある。奥ゆかしく美しい方で、なぜこんなできた人物が桃九郎と結婚するのかはなはだ疑問であった。彼女の身になにかあったのだとすれば、とても心苦しい。

 

「明美がね、今度夕立城を観光したいって言ってるんですよ。来週ですよ来週。来週までに決着をつけないといけないんですよ。俺が観光ルートを下見する時間も必要ですから、実質残り五日もないわけですよ。これは急がないといけませんよ」

 

 枕に頭を埋める。心配して損した。

 

「……旅行の日程を変えればええやんけ」

 

「なんで幻魔どものために明美の予定をずらさないといけないんですかね。おかしいでしょうよ。見てくださいよ、これ。俺の妻ですよ、俺の妻の明美です」

 

 桃九郎が僕の前に影縫手帳の裏側に挟んでいる写真を見せつけてくる。

 

「知っとるわ、その写真は何回も見たって」

 

「こんなにかわいいのに、なんだって予定を変えないといけないんですかね?」

 

 こいつ、僕が家族関連で落ち込んどるときに自慢してきやがって。僕は荒々しく両手を挙げた。

 

「わかった、わかりました。捕縛できずに申し訳ございませんでしたっ」

 

 桃九郎は、ふんと鼻を鳴らして手帳を懐にしまう。

 

「別に謝罪の言葉がほしいんじゃないですよ。お前の敗因はもっと早い段階で俺を呼ばなかったことですよ。なぜ呼ばなかったんですか」

 

 うるさいから、と心のなかで返答しておく。ただでさえ頭が痛いのに、桃九郎の長話は拷問のようだ。

 

「あのですね、お前たちは夕立市こそが予言の場所だって思いこんでますけどね。予言で示されている場所の候補は夕立市だけじゃないんですよ。もう全部こじつけみたいになってますけど、姫路のほうに最有力候補がありましてね、そっちでも予言の子なんじゃないかって言われている小娘がいるそうですよ。とにかく一個一個早めに対応していかないとキリがないんですよ」

 

 それは僕も把握している。療養しながらニンゲンたちのSNSの動きを見ていたが、数日前よりも噂の範囲が広がっている。本当に五月十何日に予言が起こるなら、もう明日までだ。一層盛り上がりを見せている。

 

 SNSの投稿のほとんどは茶化し目的の発言だが、本気にしている者も少なくない。事実として海外観光客の旅行予定のキャンセルが相次ぎ、経済損失は数百億円相当になる可能性があるとの試算されている。

 

「断言しますけどね、絶対管理局のBB操法ですよ、今回の案件は。でも、もう野次馬やら陰謀論者やらがきゃあきゃあ騒いじゃっているわけですよ。騒げば騒ぐほど畏怖がたまっていって問題が大きくなるのに、あいつら馬鹿ですよ、馬鹿」

 

 整髪料で七三分けに固められた髪をなでたときだった。

 

「失礼します」

 

 スーツ姿の桃九郎直属の部下が入室してきた。部下からの耳打ちの報告を聞いて、桃九郎は再びふん、と鼻を鳴らした。

 

「見つかったそうですよ、まずは赤髪からです」

 

 ベッド横に立掛けていた宝刀『百鬼颪(なきりおろし)』を手に取り、僕に背を向けながら言う。

 

「事が済んだら、お前も兵庫に遠征に来てもらいますよ」

 

 もう次の仕事のことを考えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようだ。

 

 

 

 事実として、桃九郎は強い。

 

 

 

 白色の羽織を旗めかせる後ろ姿を見送る。

 

 

 

 日本に生まれたならば、誰しもが聞かされる鬼殺しの英雄譚。その傑物の九代目にして、『大和四神刀』の一振り。

 

 

 

 山岡桃九郎が負ける姿は、想像できなかった。

 

 

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