【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第40話 どうかお忘れなきように

【ミツル】

 

「アンジェラお嬢様は、歌と聖書を愛する方でした」

 

 

 

 メイファは先導して廊下を歩く。何十人といる生徒は一様に静止しており、青白く照らされる様はすこし不気味だった。

 

 

 

「彼女は種族のなかでも少し変わり者として認知されておりました。吸血鬼でキリシタンなど、今までおりませんでしたから。長兄様含め一部の親族は疎ましく思っていたようですが、両親からは愛されておりました」

 

「そんなある日、アンジェラお嬢様は御付きの者を何名か連れて日本に旅行に出掛けられました。何故日本だったかは存じ上げません。ずっと屋敷の周りしか出歩けなかったから、どこか遠くへ行ってみたかったのかもしれません――その旅行の最中、事故が起きました」

「ご存知の通り、九州のとある街で電車が脱線事故を起こしました。脱線原因は高架下の道路が陥没したことによるもの。脱線した電車は速度を落としきれないまま高架横のマンションに落下し衝突。乗客運転士合わせて八十名以上が亡くなる、平成以降の列車事故としては非常に被害の大きな事故となりました」

 

 

 

 ミツルが顔色を変えたのを感じたのだろうか。背中にも目がついているかのように、メイファは振り返りもせずにすぐに補足する。

 

「事故の発生自体にはアンジェラお嬢様は関与しておりません。大きな事故だったから当時の万象法廷の調査団も調査に入りましたが、当該事故に関しては幻魔の関与はなかったと結論づけています。それに、アンジェラお嬢様もその列車の先頭に乗っていて、御付きの者を皆失くしておりますしね」

「先頭車両はマンションに突っ込んで大破しました。先頭車両で生き残ったのはアンジェラお嬢様ただ一人。マンション側は一階の駐車場に突っ込みましたが、奇跡的に死者は出なかった――と、報道されているはずです」

 

 

 

 メイファは下駄箱の前を通過して、校舎出口をくぐり抜ける。

 

「事故の瞬間、その駐車場には一人の少年がおりました。その家の四階に住んでいた、当時小学二年生だった少年が」

 

 ミツルは事故の直前のことはよく覚えていた。小学校の校庭に行こうとしていたのだ。手にしていたミニサイズのバスケットボールをつくと、駐車場にボールの跳ねる音がこだましていたのを想い出す。

 

 その音が轟音にかき消されてからは、記憶が曖昧になっている。

 

「事故の状況から生存は絶望的なはずでした。ですが、その少年は傷の具合に反して回復が異常に早く、なんの障害も残らないまま退院となった……というのが、現実世界で語られていることですね」

 

 

 

 ミツルも外に出る。この薄暗い世界ではわかりづらいが、空は分厚い雨雲が覆っているようで、何千という雨粒が空気抵抗で下側が潰れた状態で静止していた。周辺の生徒たちはまさに傘をさいて下校しようとしていた。

 

「アンジェラお嬢様がそのときなにを考えていたのかはわかりません。無知なる現実世界のニンゲンへの血の譲渡は、万象法廷にて裁かれれば極刑もありうる重罪であり、ヴラドール家の品格を穢す行為でもあります。それでも、貴方を選んで、血を分け与えた」

 

 メイファは雨粒さえも静止した世界で、ミツルの方を振り向いた。

 

「アンジェラ様はその後行方不明となりました。一家の誰もアンジェラ様の名前を口にしません。ただ、ミツルお坊っちゃまに血を与えたこと自体は気づかれていないようです。なにが起きていたのか完全に知っていれば、長兄様が貴方を生かしはしないでしょうから」

 

 

 

「……俺が吸血鬼だったとして」

 

 

 

 ミツルは唾を飲み込む。

 

「俺をどうする気なんですか? 殺すんですか?」

 

 メイファは首を横に振る。

 

「経緯はどうあれ、貴方様はもうヴラドール家の一員です、殺すことはいたしません。……とカミラお嬢様はそう考えております」

 

「カミラお嬢様?」

 

「ヴラドール家の第二女、アンジェラお嬢様の姉にあたる令嬢にございます」

 

 メイファが体を動かすたびに、雨粒が速度を取り戻し、メイファの体に水が弾ける。

 

「カミラお嬢様は酔狂で、お優しいお方です。自分の首を狙ってきた身の程知らずの暗殺者を従者として雇うほどですから」

 

 メイファは自分の右手を眺めてから、あらためてミツキに視線に向ける。

 

 

 

「ミツルお坊ちゃま。ルーマニアのお屋敷にご同行ください。カミラお嬢様なら、お坊っちゃまを家族として迎え入れて、吸血鬼としての生き方をご教示いただけるでしょう」

 

 

 

 音のない世界で、ミツルの呼吸音だけがむなしく響く。

 

 ミツルは今の考えを言葉にしようと口を曖昧に動かし、考えがまとまらず力なく首を横に振る。

 

 

 

「無理、無理ですよ。吸血鬼とか、なんとか家とか、なにも知らないし」

 

「ご説明いたしましょう。そもそもヴラドール家の始祖は西洋史学者・ジャヤの著書にもある通り――」

 

「いい、やめて。その本をしまってくれ」

 

「不安ならいきなり移り住むのではなく、最初は旅行にいたしましょうか? 調べたところによると今なら格安パックが――」

 

「そのパンフレットも仕舞って……大体ルーマニアがどこにあるのかも知らないし――」

 

「ご説明いたしましょう。ルーマニアとはバルカン半島東部に位置する――」

 

「その地球儀を仕舞ってくれ。なんでそんなものを携行してるんだ」

 

「ミツルお坊っちゃまの疑問は事前に予測して――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 ミツルの怒声が青魂影に響き渡る。

 

 

 

「俺はアンタたちの坊ちゃまになった覚えはない! 俺は赤戸ミツルだ! 日本人だ! ルーマニアだの、誇り高き血統だの、知ったことじゃないんだよっ!」

 

「失礼いたしました。それではミツル様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

 

「……っ好きに呼べよっ」

 

 

 

 ミツルの激昂にも、メイファは一切怯む様子はなく、ミツルは肩透かしを食らう。

 

 メイファの目から視線を外さないようにしながら、胸に手を当てる。

 

「とにかく、吸血鬼一家だかなんだか知らないけど、俺はもう家族がいるんです。いきなり家族になれなんて言われても、俺の家族は父さんと母さんと姉ちゃんだけです。悪いけど、あんたの助けにはなれないですよ」

 

「……家族のことを愛して、そして愛されているのですね」

 

 メイファの瞳がほんの一瞬揺らぎ、すぐに力強く見返してくる。

 

 

 

「なればこそです。なればこそ、貴方は捨てることになる。そう遠くない日に、家族を捨てなければならないことに気づくときがきます」

 

 

 

 家族を捨てる?

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ピシッ。

 

 

 

 空間にヒビが入る音がして、青白い景色が割れた。同時に世界は色と音を取り戻し、大粒の雨がミツルの体を叩いた。ざあと降りしきる雨の音を喜ぶように、色とりどりの傘がくるくると動き始める。

 

 

 

「この力っ……!」

 

 

 

 メイファは目を見開いて、すぐに自分がこの場にいるべきではないことに気づく。周囲の学生たちは、突如現れた赤髪の女にたじろいでいた。

 

「私を呼びたいときは、ネックレスにつけてある指輪を右手の人差し指にお通しください」

 

 ミツルは胸元に揺れる指輪に視線を落とす。

 

 

 

「これだけは進言させていただきます」

 

 

 

 視線を上げると、すでにメイファは傘の花畑の向こうに消えていくところだった。

 

 

 

「最後には必ず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうかお忘れなきように」

 

 

 

 冷たい雨が降り注ぐ。「おい、どうしたんだよ」と隣のクラスの生徒が声をかけてくるが、ミツルの耳には届かない。

 

 降り注ぐ幾千の雨がミツルの皮膚を刺す。頬を伝う水の筋が、雨なのか涙なのか、ミツルにはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【改造人間】

 

 俺の両手首を結んでいた封錠がチカチカと明滅し、光を失った。俺が力を込めると、いとも簡単に錠は砕け散った。

 

 

 

「どうやら封錠の法理が解除されたようだね」

 

 隣で寝転ぶ黒猫は耳の後ろをかいている。

 

「メイファが影縫にでも捕まったのかな」

 

「どうだかな。俺が影縫なら、封錠のカギを見つけたら解除せずにあの女を拷問にかける。少し考えれば、昨日奪取された凶悪犯二名をどこかに閉じ込めていると想像がつきそうなもんだ」

 

 俺は立ち上がりその場で伸びをする。最初は黒猫に縛られたと思ったら、次は包帯男、挙句に目が覚めたら赤髪の女に縛られているんだから、体ががちがちだ。どうにも女運がない。今回の遠征でいったい何度縛られているのか。

 

「カギの存在を認知していない状態でなにかしらの攻撃があの女を襲って、気づかないうちに破壊してしまったと考えるほうが妥当だ」

 

「封錠のカギはそんなやわなものじゃないけどね」

 

「だがあのガキなら可能だろう」

 

 右手首をさする。まだ幻力制限法理の冷たい痛みが残っている。

 

「なんたって月の影をいとも簡単に破壊できるんだ。封錠のカギの法理を破壊するなど造作もないはずだ。大方、ガキと接触して、あの力を使われたんだろう」

 

「あれはなんなんだろうね。彼がダンピールだとしても、ヴラドール家の血統法理に『法根の破壊』なんて能力なかったと思うんだけど。予言とか怪談話の影響で能力が拡張されちゃっているのかな」

 

 

 

「……やはりあいつはヴラドールの血が混ざっているのか」

 

 黒猫が大げさに口元に両手を当てる。

 

「あ、いけない。彼が七年前、ヴラドール家の第三女・アンジェラから血の譲渡を受けたことは言っちゃいけないんだった」

 

「お前、友達いないだろ」

 

「……どのみち君にはすぐにバレることだろ。メイファがヴラドール家のメイドだと知っているなら検討がつく話だ。だからこそ、彼女は、僕と君を始末することを考えていたようだし」

 

 

 

 ガチャンとクローイの首輪が落ちた。法理さえ使えれば爆弾の解除も容易にできるということか。心読といい、やはりこいつがいちばん厄介だ。

 

「で、これから君はどうするんだい? メイファに復讐にでもしに行く?」

 

「そんな面倒なことをすると思うか? 俺からすれば今のところアイツとやり合う必要性がない。むしろお前のほうが邪魔なんだよ、クローイ・サリヴァン」

 

「安心しなよ。僕は一旦今回の件から降りる……というか、少し考える時間がほしい」

 

 クローイは黒猫姿のままうつむいている。

 

「僕は、もしかすると、とんでもない勘違いをしているのかもしれない。そんな気がするんだ。僕だけが気づけることなのに、ちょっとした思い違いでいいようにやられている気がして……でもその違和感の正体がわからないから、一度自分の記憶を遡る時間がほしい」

 

 

 

 今回の一連の出来事の真相を探りたいというわけか。確かに一度読み返すなら、この辺がいいのかもしれない。俺には関係のない話だがな。

 

 

 

「君の邪魔はしないさ。状況によっては、今後協力関係を結べるかもしれないよ」

 

「そうか。それは楽しそうだ」

 

「それじゃあね」

 

「ああ」

 

 

 

 俺は地下室から出ていくクローイを見送って、懐から葉巻と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんのためらいもなくスイッチを押す。

 

 天井部から爆音が鳴り響き、爆風と煙が地下室内にまで押し寄せてきた。

 

 

 

 俺は煙を手で払いながら、外に出る。施設があった場所は一本の太い柱以外消し飛ばされ、瓦礫の山が積み重なっていた。脇の燃えている柱に葉巻をかざす。

 

「今更降りるだなんて悲しいことを言うな、クローイ。そう言われて『はいそうですか』と笑顔で送り出せるほど、俺はお人よしじゃない。お前の言葉を信じるよりも、お前の死に顔を見るほうが、よっぽど安心して葉巻を楽しめるというものだ」

 

「一緒に夕食を囲んだ仲だっていうのに……」

 

 瞬時に防膜を張ったのだろう。ニンゲン形態になったクローイは、瓦礫の上で腕についた砂埃を払っている。

 

 

 

「僕が逃げに徹したら君じゃ追跡しきれないだろうに、わざわざ爆破してくれたのは、君なりの意思表示かい?」

 

「そういうことだ。『()()()()()()()()()()()()()()()』。組みたいなら金を払え」

 

「……ここでやり合ってもいいんだけどさ。今の爆発を感知して影縫が動き出しているだろうから失礼するよ。君とはもう会わないですむことを祈っておこう」

 

 そう言って、クローイの影は砂塵のなかに消えていった。俺も追いかけることはなく、その場を去ろうとした。

 

 

 

 その直後に後頭部に衝撃を受けた。いつぞやのときと違い、今度は首元に防膜をしっかりと張っておいたおかげで昏倒することはなかった。

 

 

 

「ちぇっ、ダメか」

 

「お前、生涯友達できないぞ」

 

 

 今度こそ本当に別れた。影縫がすぐそばまで来ている気配があったので、ともに隠密行動に切り替えた。クローイの言葉通り、もう会わないですむならそれに越したことはないし、俺も金にならない無駄働きはごめんだ。ましてや協力関係なんぞまっぴらだ。

 

 

 

 だが、俺たち二人の願いはあっさりと砕け、わずか一時間後にはともに戦地に立たされることになり、協力せざるを得なくなる。

 

 

 

 影縫から、圧倒的な力を持った英傑が派遣されてきたからだ。

 

 

 

 俺も、クローイも、……いや、黒幕も含め今回の事変にかかわるすべてのロクデナシどもが、ソイツの出現で歯車を狂わされたのだ。

 

 

 

 

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