【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第44話 状況を整理しよう

【聖人ミイラ】

 百三十余段の石段を登ると、赤い鳥居の向こうに鮮やかな朱色の社殿が見えた。

 

 

 

「無名さん、お疲れ様です」

 

 湯月(ゆづき)神社の境内に構えられた第二臨時基地内では、中央から派遣された伊田(いだ)上方指令が指揮をとっていた。死線を潜り抜けた後が眉根に刻まれた深い皺から見てとれるが、流石に疲れが隠せていない。

 

「そんな畏まらんでええって。もう僕は半分引退した身なんやから」

 

「そういうわけにはいきませんよ。……報告は受けましたか?」

 

「まだよ。月の影の件はどうなったん?」

 

「現場からの話では、月の影の簡易修復自体は可能なのですが、再発防止のための具体的な策は算盤会でも立案できていないとのことです。法理の乱され方がわが国では前例がないパターンのようで……。苦肉の策ではございますが、月の影が破壊されることはあきらめて、即時修復の体勢を徹底することしかありません。とにかく人命が最優先なので、『幻落(げんらく)値』を上げることを最優先とし、各所の承認をお願いしているところです。

 

 両手で顔を擦りながら、うんうんと頷いてみせる。ため息をつきたいところだが、尽力をつくしている影縫諸君の前で落胆の意を見せるわけにはいかない。

 

 

 

 幻落値とは、月の影に転送される幻力の大きさの基準のことだ。幻落値が高ければより幻力が高い存在しか転送されず、逆に幻落値が低くければ幻力が少ないニンゲンでも迷い込むリスクが高まる。極端な話、幻落値がゼロであれば、幻力がゼロの生物ですら影の中に迷い込むということになり、幻魔の戦闘に一般人が巻き込まれる事態になりかねない。

 

 だからといって、幻落値を上げればいいという問題ではない。最大まで値を上げた場合、幻力が低い小妖怪が影に転送されず、現実世界で悪さをし放題になってしまう。

 

 また、幻落値が上がるほど、現実世界への影響が大きくなるという弊害がある。通常の値なら月の影内で手りゅう弾が炸裂しようが、現実世界ではそよ風が吹く程度だが、幻落値を上げていくと爆発によって突風と強烈な熱気が現実世界に反映されるようになるし、感覚的侵入も起きやすくなる。現実世界でたびたび話題になる原因不明の異音や超常現象は、月の影の幻落値を上げすぎたことによる影内の事象の浸透――僕たちが『墨渡(すみわた)り』と呼ぶ現象であることが多い。

 

 今回の場合、高速で移動する狼やグレネード弾をぶっ放してくる女など、広範囲かつ甚大な破壊を引き起こす幻魔が多いので、幻落値を上げて月の影内にニンゲンの肉体が転送されないことを最優先。そのうえで、月の影が破壊されたときの対応も考えなければならない。

 

 

 

 伊田と避難経路や目撃者の対応などのシミュレーションをする。大まかに全体を整理できたところで、伊田がチラチラとこちらを伺うように視線を向けてくる。

 

「なんや言いたげやな?」

 

「……岩屋の印行(いんぎょう)様が……」

 

 舌打ちが出る。

 

「またダダコネよるんか、あのタヌキ」

 

「いえ、承認はしてもらえたのですが……『万が一夕立城下に厄災が降りかかるようなら、我が八百余の構成員を派遣する』とおっしゃっていて……封印を破りかねません」

 

「アカンに決まっとるやろ、余計にややこしぃなるわ」

 

 印行様は夕立市、ひいては四国を代表する怪異であり、『神座(しんざ)入り』のひとりだ。最近は大人しく妖怪たちの統率をしているが、これ以上畏れをためられると夕立市どころか日本侵略に乗り出しかねない。簡単に表に出てきていい存在ではない。

 

「印行様には中央の神職に対応を依頼して、あとは念の為桃九郎に伝えとき。ことが済んだらウチとお袖様で伺いに行くわ」

 

 伊田は少し安堵した様子で頷いた。

 

 その後、連絡会で各所からの情報を共有してもらう。

 

 

 

綾香(あやか)地方術士より。『女子高生会話網からの情報。本日の満月と予言を結びつけてライブ配信を行なう配信者が多数出没している。充分注意されたし』」

 

柿崎(かきざき)上方隊員より。『桃九郎警備隊長が捕縛したルガール・ヴォルグマンとヴィクトール・フランケンシュタインは、白鷺地下牢に投獄済み。明け方に岩島《いわしま》へ移送予定。残りは以前捜索中』」

 

紅羽(くれは)地方術士より。『桜花守護者から伝言・負傷のため、白鷺寺にて一時休憩します。なにか手伝えることがあればお申し付けください』」

 

衣山(きぬやま)巡査より。『マル番の少年を加賀殿が保護。白鷺寺隠塔にて監視中』」

 

首藤(すどう)上方隊員より。『松手一丁目の関所、松手川赤橋の護符が修復不可能なほど壊れている。倒れていたマル番を保護した場所で、マル番の影響が強く出た模様。無名特別顧問の協力を仰ぎたい』」

 

 

 

 眉間を揉む。ひとまず、松手川の赤橋に行って護符を貼り直してから、白鷺寺に向かえばいいか。

 

 

 

「無名さん。ご武運を。……頼りきりで申し訳ございません」

 

 基地を出ようとする僕に、伊田が頭を下げてきた。なにをアホなことを……。

 

「なにを言うとるんぞ。僕が暴れられるんはお前さんらが仕事をこなしてくれとるからやわ。すまんけど、もうちょい堪えてな」

 

 伊田は小さく頷いて、敬礼をしてみせる。死地にいくんじゃないんだから。

 

 

 

 僕は基地を出てからスマートフォンを取り出して、綴喜の電話番号を押す。十一回コールが続いたところで切った。なんでいつまで経っても連絡がつかんのぞ。苛立ちを隠すように、湯月神社の石段を駆け降りた。

 

 

 

 

 

 

 

【黒猫】

 僕は大木の下で丸まっていた。神社の駐車場の脇に立つ樹齢四百年の木が霊力をまとっていたので、その恩恵に預かることにしたのだ。本当はさらに霊力の集まっている神社の境内で回復したかったのだが、社の主は影縫と繋がっているだろう。というか、神社横のここだって相当に危ないのだが、路地裏では今の傷を回復させるのに三日はかかる。そもそも戦場の湯ノ石温泉からふらつきながらここで倒れたのだ。これ以上動く気力がない。灯台下暗し、「キュクロープスの胡座元」ってことで見つからないことを願うしかない。

 

 

 

 事前に山岡桃九郎の情報はご主人から教えられていたが、想定を遥かに超える強さだった。退けられたのは、月の影があまりにも不安定だったのを逆手にとれたからだ。彼が目の前の相手を打ち倒すことだけに集中していたら全員斬られて終わりだっただろう。

 

 くそっ、結局ゆっくり考える時間さえない。月の影が不安定だったのは、ミツルの力が暴走しているのがいちばんの要因だ。それに加えて、派手に暴れたのが複数名のニンゲンたちに見られたせいで畏れがどんどんこの地にたまっているのを感じる。あの駅ビルでの戦闘がよくなかった。影が薄れた時点で一時休戦をすべきだった。最低でももっと謙虚に戦うべきだったのに。僕が言えたもんじゃないけどさ。

 

 

 

 ふうと息をついて、目を瞑る。一時間だ。あと一時間だけ休んで動き出そう。

 

 ミツルは今、誰といるんだ?

 

 考えがまとまらないなりに、ひとつ頭のなかに浮かんだ仮説があった。

 

 

 

 その仮説が真実なら。

 

 

 

 丑三つ時までに、ミツルと()()()を出会わせちゃいけない。

 

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