【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第45話 なにを今更

【学舎の亡霊】

 私がふらふらと白鷺寺に降り立ったとき、古いお堂からミツルさんが裸足で駆け出してきました。

 

 

 

「巫女さん!? 巫女さんですか!?」

 

 私を見て、ミツルさんは私に抱きついてきました。なんと、もう私を実体として捕まえられるほどになっておりました。

 

「どうしよう、加賀先生が、俺、この手でっ……」

 

 錯乱した様子で要領を得ませんでしたが、赤く染まった右手を見て、はっとします。

 

 その場にとどまるように指示をして、私はお堂のなかを覗き込みました。

 

 

 

 なかに倒れているのは、加賀さんでした。赤い赤い液体のなかで、うつ伏せに倒れています。加賀さんは、湯ノ石学校で理科の勉強を教えている教師です。以前の学校の霊騒動以来、加賀先生とは何度もお話した仲です。基礎的な法理を習得していた加賀さんが、こうして倒れているということは――。私は加賀先生に視線を送った後、速やかにミツルさんのもとに戻ります。

 

 

 

「巫女さん……俺、夢の中で」

 

「落ち着いてください、ミツルさん。私です。綴喜です。学校前でご挨拶した亡霊です」

 

 

 

 ミツルさんの瞳が揺れ動いて、お堂のほうへ視線を送ります。

 

「先生を早く、救急車――」

 

「ミツルさん、よく聞いてください」

 

 ミツルさんの頬を両手で挟んで、私の方を無理やり向かせます。

 

「いいですか、私は貴方が思い描く巫女ではありません」

 

 ミツルさんは目を瞬かせています。

 

「ですが、死ぬ前は巫女でした。貴方の力を抑えることができます」

 

「そんなことより先生を――」

 

「加賀さんなら大丈夫です。ちゃんと生きておられます。それよりも貴方の力を抑えなければ、被害がどんどん広がっていってしまいます」

 

 こう言うしかありません。無名はおそらくまだここに来ない。今は、一刻も早く、ミツルさんの力をどうにかしなければ。

 

「ここの霊力で抑え切れないのであれば、やはり夕立城の霊力を借りるしかありません。今宵は満月です。貴方の力は丑の刻がピークになります。丑の刻を超えるまで、夕立城の結界で耐えるしかありません」

 

 ミツルさんは困惑した様子で、瞳に涙をためています。私はその涙が溢れる前に強く抱きしめます。

 

 

 

「大丈夫です、ミツルさん。取り返しのつかないことなんてありません。私が丑の刻まで守って差し上げますから」

 

 

 

 私はミツルさんの手を引いて走ります。

 

 途中出会った影縫の衣山さんに、加賀さんのことを伝え、私はミツルさんと夕立城へ赴くことを伝えます。

 

 人気のない境内を通り抜け、マントラに辿り着きました。

 

 

 

 白鷺寺にはマントラ洞窟という小さなトンネルがあります。五分足らずで裏山へと通り抜けができる、山肌に掘られたニンゲン大の洞窟です。中にはお地蔵様が並び、密教の教えが説かれたお言葉も記され、俗世と隔離された冷たい異空間を肌で感じることができます。

 

 表向きは自身と向き合うための空間ですが、我々の世界では異空間への駅として使われています。夕立市の霊気の高い場所や地下牢へ直接通じるトビラが設定されているのです。この通路はここに警備部を構える影縫とその関係者しか知らず、安全にすばやく目的地につくことができます。

 

 私は茫然自失としているミツルさんの手を引いて、とあるお地蔵様に手を合わせます。解号を唱えると、光のトビラが現れました。

 

 

 

 ミツルさんの背中を押しているとき、洞窟の入り口のほうから気配を感じて、急いで振り返ります。

 

 コウモリが一匹、飛んでいくだけでした。ほっと息をつきます。

 

 大丈夫。この道は影縫関係者しか知らないし、万が一知られても解号がなければ開くことはできません。夕立城は厳重に警備がしかれているため、表門から突破するのは容易ではないでしょう。ここから入城さえできれば余裕ができるはずです。

 

 

 

 光道を二人で進んでいきます。

 

 連戦で想像以上に霊力を使ってしまいました。あくまで傍観者でいようと思っていたのですが、クローイさんやルガールさんをここで死なしてはならないと、桃九郎さんと戦う羽目になってしまいました。最終的に影縫の方々の追跡があり、みなさんとは散り散りになってしまいましたが、ご無事でしょうか……。

 

 

 

 

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 唐突に頭に浮かぶ言葉を目をつぶってかき消します。大丈夫、大丈夫なはず。夕立城まで行ければ、丑三つ時まで耐えられるはず。なにを今更怖気づいているのか――。

 

 

 

 ぶるるっと光のトンネルが揺らぎます。入り口が閉じようとしているのでしょう。閉じてしまえばこちらのものです。安堵したそのとき、後方から光が瞬き通り抜けました。それはトンネル利用者への合図です。

 

 開通者以外の通行人を確認。

 

 侵入者あり。

 

 私は振り返らずに、ミツルさんの手を引いて駆け出します。

 

 光の先に、夕立城の天守最上階が見えてきました。大丈夫。我々のほうが早い。

 

 あと少し、あそこにさえ辿り着けば――。

 

 

 

 すぐ後ろで、荒い息遣いが聞こえました。

 

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