【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【黒猫】
僕は黒猫のまま夜の大通りを早足で急いでいた。本当は法理でかっ飛ばしたいんだけど、城が近づくにつれて法理感知トラップの厳戒体制が敷かれていてリスクが高い。シンプルに防覚膜だけ纏って徒歩で向かうのがいちばん安全だ。
おしゃれな街灯が立ち並ぶ城下町通りに入って、少し傾斜がついた道を登っていく。夕立城へ向かうロープウェイの駅があるが、すでに営業時間外のはずだ。外の登城口から行くか、それともロープウェイのロープを伝っていくか……影縫の監視の目が少ないほうで行こう。最悪『明枕』を撃てばいい。多少大胆に動かないと、タイムリミットになる。
言っとくが僕は隠密法理も得意分野だ。「大胆に」と言っても、並大抵の幻魔じゃ見破られない程度の動き方はしていたつもりだ。
だから月の影が突如展開されると同時に、御札が左右の商店から溢れだし、巨大な鷲となって襲い掛かられたとき、思考はろくに反応できなかった。ただ培った戦の反射神経が法理を練りだした。
(ッ『五粒の砂時計』!)
ほぼ無意識のうちに尻尾で簡易サインを描いて、残像を先行させる結果に修正した。一秒にも満たないロールバックだったが、どうにか皮一枚で鷲の爪をかいくぐる。道を転がりながらニンゲン形態になる。
姿勢を低くして爪と耳を尖らせたそのとき、空から、無名が法衣で固めた拳とともに降ってきた。猫ひねり――これは法理ではないのであしからず――で回避し、側転バク転を繰り返して距離をとる。御札をまき散らしながら飛来する鷲をかわして蹴りを入れ――。
宙に舞う御札の合間から見えたのは、枯れた人差し指を天に向ける無名の姿。
「『
人差し指を払うと、細く高まった光線が空間を切った。髪を焦がしながら猫伸びの姿勢――これも法理ではないのであしからず――で回避した後ろで、商店が水平に分断された。
商店が音を立てて崩れ去るより先に、魔法陣を展開し『一閃に奔れ』で加速した。
五跳びのうちに爪で七回切りつけるも、護符の守りを削ることしかできず、代わりに不可視にて設置されていた糸に引っかかって思い切り胸元を切り裂かれた。
薙ぎ払われてきた法衣を蹴り飛ばした衝撃で、崩れ切った商店の屋根の上に降り立った。傷の具合を確かめようと俯くと、タートルネックが破れて血に染まった下着まで露わになっていた。
「えっち」
このサービスシーンいる? 僕は『施しリサイクル』で服を分解した分で傷口を癒やす。さすがに上半身下着一枚では格好がつかないので、新たに黒のパーカーを羽織っておく。青少年には申し訳ないね。でも、水着姿より、もこもこのセーター姿のほうがえっちだと思うんだよな。
まずいな。
この心理状態は俗に現実逃避と呼ばれており、僕に危機が迫っていることを示している。
なぜかって、目の前の男だ。
下駄を打ち鳴らし、ラス・ベンタスの闘牛のごとく鼻息荒いこの男だ。
僕は唇を舌で舐める。
「お前さんには散々かき乱されたがな……、悪いがさっさと終わらせてもらうわッ!」
その幻力から感じ取れるのは、はち切れんばかりの怒りと、隠しきれない焦り。
気づいたな?
「最終ラウンドぞッ!」
無名は法衣を放ち、それよりも速く拳が繰り出された。