【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第47話 夕立城天守にて

【犬っころ】

 

 ガサゴソと布の擦れる音が、俺を目覚めさせた。

 

 

 

 瞼を開けようとするが、その行為すら気だるい。暖かな光に包み込まれている感覚に眠たくなる。なんだ? なんだってこんなにヘロヘロなんだっけか。

 

 そうだ、思い出した。桃九郎とかいう侍が突然現われたんだった。街を駆け回りながらあの手この手を駆使してやり合っていたが、最後はビルごとぶった斬られた。

 

 寝ぼけ眼のままリリスを恨む。英霊か、神血統か、奴が何者なのかはしらないが、あんな化け物がいるなら事前に情報共有しとけってんだ。本当にこんなことは思いたくないが、クローイやほかのろくでなしどもが加勢していなかったら、とっくに晒し首になっていただろう。

 

 

 

 がちゃん。枷が外れるような音がした。

 

 重たい首を上げると、何者かが外へ出るのが見えた。追いかけるよりも先に、周りを見渡して、現状を確認する。

 

 どうやらあの男にぶった斬られたあと、地下牢に閉じ込められていたようだ。穴倉に構えられた牢は、出入り口となる前面以外は硬い岩で囲まれていた。通常なら逃げるのは困難なように思えるが、目の前の木の格子の入口は開け放たれていた。俺は戸惑いながらも入り口から外を覗いてみる。

 

 俺のいた牢屋の横に、四つの牢屋が並んでいた。岩壁の蝋燭には火が灯され、息が詰まりそうな洞窟をさらに陰鬱に照らしていた。

 

 牢屋をつなぐ通路部分には、白い紙で顔を隠した、看守であろう者が倒れていた。外傷はなく、呼吸もしているようだが、気絶している。おそらく『眩め』を撃たれたな。

 

 奥には階段が見えた。あそこから外に出られるんだろう。

 

 

 

 そろりそろりと通路を進む。どの牢屋にも誰もいない……と思っていたので、階段の一段目に飛び乗ったときに声をかけられたときは正直驚いて数センチ跳ねた。

 

「脱獄とは感心しないな」

 

 

 

 そいつは入り口に面した牢の中で、太々しくも葉巻を吸っていた。どでかい体には包帯が巻かれている。

 

「お前も捕まってたのかよ」

 

「簡易のホテルになると思ったんだがな。日本のサービス精神も、地下牢にまでは行き届いていないらしい」

 

 俺は顎で後ろの倒れている看守を指し示す。

 

「アレはお前がやったのか」

 

 ヴィクトールは葉巻を咥えたまま上を向いている。

 

 

 

「俺じゃない。目が覚めたら牢屋のトビラは空いていた。……ルガール、看守を静かに一撃で伸す実力があり、俺たちを開放してくれるほどの慈悲があり、かつ葉巻を置いて無言で去っていく照れ屋さんに心当たりはあるか?」

 

「『慈悲』をもったお人よしは全員死んじまったし、照れ屋は大抵ぶっ飛ばしてる」

 

「だろうな。……対立している俺たち両方を治療して、逃がそうとする奴の魂胆がわからんな。俺たちがしてやれることは、せいぜいこの街で暴れることだけだというのに」

 

 俺は自分の体の具合を確かめる。確かに、完全回復ではないが、最低限動ける程度の治療は施されたらしい。回復法理がかけられていなければ、一週間は動くことすらままならなかったはずだ。

 

 

 

「で、どうする? ここでやんのか?」

 

 ヴィクトールが吐いた煙は、円状になって岩の天井にぶつかって消えていく。

 

「気乗りしないな。ここは影縫の敷地内だろうし、せっかくの脱獄チャンスを、プライドをかけた喧嘩でふいにするなんて馬鹿馬鹿しい」

 

 ヴィクトールは葉巻を地面に押しつけて燻りを消した。

 

「それに、ここで中途半端に回復させられたのは、まるで俺たちが戦い合うように仕向けているようにも思える。俺はタダ働きをさせられるのがこの世で()()()()嫌いなんだ」

 

「一番はなんだよ」

 

 

 

()()()()()()()()()の存在だ。わかったらさっさと行け。俺の気が変わらんうちにな」

 

 

 

 俺は「けっ」と控えめな敵意だけ残して階段を登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グネグネとした小さな洞窟を歩いていくと、目の前に坊さんの絵が現れた。絵に飛び込むと、地蔵が並んだ別の洞窟に飛び出た。なるほど、ここは影縫の転送通用路らしい。

 

 

 

 今は何時で、ここはどこなんだ? とにかくミツルと合流する必要があるが、てんで的外れな場所だったら匂いをたどれるかも怪しい。俺はひとまず鼻をひくつかせる。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。

 

 

 

 駆け出して緩やかなカーブを曲がると、右側に光の入り口が閉まりかけていた。ミツルの匂いはこの光のなかに続いている。俺は迷わずその中に飛び込んで、走り抜ける。

 

 遠く光の先にミツルの後ろ姿が見えた。子犬の姿で必死に手足を回したおかげで、どうにか奴が出口に足をかけたタイミングで背中に飛びつくことができた。

 

 

 

「うわっ」

 

「きゃっ」

 

 走るのに夢中で気づかなかったが、あの霊女も一緒だったらしい。三人まとめて出口から転がり出した。

 

「な、何事ですか?」

 

 綴喜は左手で頭を抑えながらもミツルの前にかがみ込んだ。

 

「おい、俺だ、俺」

 

 綴喜は目をパチクリとさせている。

 

「……ルガールさん?」

 

「どうにか……間に合ってはいないようだが」

 

 

 

 綴喜の後ろに座り込むミツルは、赤い瞳で、俺のことを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

【ミツル】

 光のトンネルを抜けると、夕立城の天守にたどり着いた。

 

 

 

 二十畳ほどの天守最上階は、敷居と鴨居で床の間が区切られるだけの簡素な造りだった。引き戸もすべて取り外されているので、ほぼ吹き曝しの状態だった。観光客の往来から木目はツルツルに磨かれており、夜の冷気に晒された床はまるで氷のようだった。

 

 四方に設置された観光客用の固定式双眼鏡は街の夜景を覗くこともなく佇み、天守の軒先はライトアップによって明るく照らされている。時折夜闇に黒い影が飛び交っているのは、烏天狗だろうか。

 

 鳴り響いている携帯電話の応対と、ついでに城内を警備している影縫と話してくると言って、綴喜は階段を下りていった。ミツルは部屋の隅で膝を抱えて座っていた。

 

 

 

「山の上にあるだけあって、随分と眺めはいいな」

 

 ルガールは欄干に座って、南側の景色を眺めている。

 

「お、あの赤い光は観覧車じゃねぇか? つい数時間前まで、俺はあそこで激戦を繰り広げてたんだぜ? 俺の『百芒星乱舞』で討ち取る寸前まで追い込んでやったんだ。最後はぶった斬られたんだが、奴さんもかなり深手を負ったに違いないからな。痛み分けってやつだ」

 

 なんの反応もしないミツルに、流石に気まずくなったのか、ルガールは欄干から降りた。

 

「なあ、なにがあったか知らねぇけどよ、そんな落ち込むことはねぇだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だぜ?」

 

 加賀が血溜まりで倒れていたシーンが思い出される。ミツルはその想像をかき消すように膝に深く額を押さえつける。

 

 

 

 ルガールが慌てふためく。

 

「いやなに、人なんざ遅かれ早かれいつかは殺すもんだ。クローイってわかるか? お前も会った黒猫だよ。アイツも若くて尖ってた時期があってな。どっかの術士たちの情報交換会を聞いていたときに急にブチギレて、『そんなに戦争ごっこがしたいなら、君らが直接殺し合えよ』つって、その場にいたお偉いさん方五十人ぐらいを殺し合いさせたからな。()()()()()()()()()()()()()()――」

 

「お前はなんなんだよっ!」

 

 顔を上げて叫ぶミツルに、ルガールが怯む。

 

「ルガールの言うとおり、噂を流そうとしたら、俺が七番目の怪異になってた。最初から全部ルガールが仕組んだことなんじゃないのか?」

 

「違う、それは断じて違う! 客観的に見てくれてる奴ならわかってくれると思うんだがな。お前視点はそりゃ怪しさの塊だろうが、俺だけは確実にシロなんだ、なあそうだろ? とにかく、俺を信じてくれ」

 

「……人狼の言うことなんか、もうなに一つ信じてやらない」

 

 そう言ってまた膝の中に顔を埋めた。

 

 

 

 暗闇の向こうから声が届く。

 

「……お前さんはもう取り返しがつかない、どうしようもないって思っているかもしれねぇがな。そうやって塞ぎ込めるうちはまだニンゲンだから大丈夫だ。誰ぞ殺めちまったと思ってるかもしれねぇが、幻魔の治療能力を舐めるなよ? 俺なんて数時間前まで()()()()()()()()()()()()だったのが、今こうしてピンピンしてんだ。きっと助かってる」

 

 ミツルはぴくりとも動かない。

 

「お前さんもこれ以上刺激されなければ、すべてを忘れてニンゲンの生活に戻れるさ。今は休んどけ」

 

「……あれだけ無茶苦茶やって、すべて忘れるって?」

 

「クローイがいるからな。数日はかかるかもしれねぇが、できねぇことはないはずだ」

 

「……勝手だよ、あまりにも」

 

「ま、そうやっていじけてることだって忘れるさ」

 

 

 

()()()()()()()()には、人の気持ちなんて理解できないんだろうな!」

 

 

 

「――そうだな。忘れちまったよ、()()()()()()()()()()()なんて」

 

 

 

 別人の言葉と聞き違うほど、ぽつりと零れ落ちた声だった。

 

 ミツルは顔を上げる。こちらに背を向けて床に寝ているルガールの姿は、青白い月明りでは説明できないほど、ひどく寂しい陰りを帯びていた。

 

 

 

「……ルガールも――」

 

 

 

 ミツルの言葉を遮るように、稲光のような明滅と同時に、爆発音が鳴り響いた。ルガールは南側の欄干に駆け寄った。

 

「誰ぞやり合ってんな、こりゃ」

 

 ミツルも立ち上がって、欄干から身を乗り出して城下を見下ろす。南西方向の山裾から煙が上がっていた。すぐ麓の城山公園だ。続けてパラララと乾いた機関銃が撃たれる音が聞こえる。

 

 

 

「ルガールさん! ちょっと来ていただけますか!?」

 

 綴喜が階段下から顔を出す。ルガールは「そこで待ってろ」と言い残し、綴喜とともに階下へ降りていった。

 

 

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