【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

49 / 76
第48話 メイファ VS ヴィクトール

【生ける死神】

 診療所からくすねた鎮痛ミントを噛む。鼻の奥まですっと漂白されるような香りが通る。これで残りは一枚だ。その先は痛みに耐えるしかない。 

 

 

 診療所で骨折を瞬時修復する類の法薬を見つけられなかったことが悔やまれる。外傷と内臓回復系の術薬もわずかしかない。

 

 

 

 私は夕立城の周りを囲む城濠沿いに歩く。濠沿いには国道が走っているが、深夜ともなるとたまにタクシーが走っているだけの静かな夜だ。濠の脇でカメラを構えてひとりで会話している青年は、最近流行りの配信者という奴だろう。

 

 橋を渡り、夕立城の敷地内に入っていく。今いる南西エリアは、その昔三の丸という、家臣たちの屋敷があった防衛区画だったらしいのだが、今は入口付近に美術館や市民会館が並び、その奥は広場になっていた。美術館前の噴水の中に建てられた少年の石像が、物悲し気に胸の前で手を組んでいる。

 

 

 

 ミツル様が指輪をつけた様子はない。

 

 

 

 私の仕事の第一段階は終わっている。ミツル様に真実を伝えること。今後どうするかはミツル様ご自身が決めることだ。その判断次第で動きを変える必要があるが、どうあれすぐに駆けつけられる体制だけは整えておきたい。夕立城はこの街の重要拠点として、厳重体制が敷かれているようだが、はたして青魂影でどこまで突破できるか。流石にあのメガネの侍ほどの実力者はいないことを願いたい。

 

 それより問題なのは、ミツル様の力だ。本来の血統法理である『吸血』と『幻力の吸収および開放』という範囲を超えて、おそらくは『法理自体の吸収』にまで至っている。法理から導き出された法理ではなく、根幹の法理自体を酌んでしまうので、本来突破困難なはずの月の影や青魂影をひび割れるまで渇かしてしまえるのだろう。

 

 予言の畏れが、ミツル様の力をも歪ませてしまったのか。

 

 混血というのみならず、ヴラドール家の血統法理からも離れてしまった存在を、長兄様が許すとは到底思えない。

 

 私自身も、いつか選択を迫られることになるだろう。カミラお嬢様の命令を優先するか、カミラお嬢様の命を優先するか。

 

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 だたっ広い広場に入っていく。芝生が敷き詰められた都市公園だ。端のほうの一区画は整備の最中なのか、工事車両が停められている。

 

 

 

 芝生の広場の中心で足を止める。

 

 

 

 静かすぎる。

 

 

 

 影の中に入るのだからニンゲンの喧騒がなくなるのは当然なのだが、影縫たちの気配すらないのはおかしい。影縫の罠か、あるいは――。

 

 

 

 とぅるるるるるるん。

 

 

 

 電話のコール音が背後から聞こえた。

 

 振り向いた先には、今となっては顔馴染みの大男がいた。

 

 

 

「……後で掛け直す」

 

 ヴィクトールはそういって電話を切った。

 

「随分と丈夫なのね。見事な斬られっぷりだと思ったのだけれど」

 

「何度でも立ち上がるのが、怪物の本分なんでな」

 

 そう言って葉巻に火をつけた。

 

 

 

「数時間前まで、今回の遠征で何度目かわからない捕縛を受けていたわけだが、そのおかげで得られるものもあった。牢屋から出たところで、とある男が交渉してきてな。一時邪魔者を足止めしてくれれば、俺の願いは成就するとのことだった。つまりは、今夜こそ予言の日ということにしたいらしい」

 

 

 

 煙を吐き出しながら、滔々と言葉を続ける。

 

「俺の願いは予言を実現させて、報酬の金を手に入れることだ。あの男の言うことが正しければ、少し時間を稼げれば、あの少年がこの街に、ひいてはこの国に厄災をもたらすということになる」

 

 私はヘンゼルを取り出し、弾が装填されているか確認する。

 

「そこでだ、メイファ。今一度お前の立ち位置を確認しておきたい。お前の目的は、あの少年を生かすことなのか、それとも殺すことなのか。それによって、俺の立ち振る舞いも変わってくる」

「殺すことなら、おそらく放っておいても問題ない。俺と一緒にファミリーレストランでコーヒーブレイクと洒落込んだっていい。あの少年を生かす方向でも、交渉の余地はある。数時間だけ待ってくれるか……今すぐ向かいたいなら条件次第では見逃してやってもいい」

 

 

 

 口に咥えたタバコに、ジャックが青い火を灯す。

 

 ふうと煙を吐いてから、質問する。

 

「……一応聞いてあげるけど、条件って?」

 

「五百万でどうだ? もちろんドル換算でな」

 

 空を見上げる。広場を照らす光に霞むことなく、満月が天から大地を照らしている。

 

「今すぐの支払いが無理なら前金で百万でもいい。ヴラドール家なら、金は持っているだろう。メイドのお前が無理でも、ご主人様に頼めばどうにか用意できるかもしれん」

 

「……お嬢様から幾ばくかおこずかいを預かっているけれど、五百万はいくらなんでもぼったくりじゃない?」

 

「お前が金額にケチをつけられる立場か? これは最後通牒だ」

 

 

 

 私はヘンゼルで広場を照らしている電灯を撃った。ひとつ、ひとつと撃つたびに月明かりが色濃くなっていく。ヴィクトールは止める様子もなくこちらを見つめてくる。

 

「……影縫が集まってくる様子がないってことは、ここは月の影ですらないわね」

 

「正確に言えば、月の影に重ねる形で、もう一枚結界を貼ってある。管理局が開発した月の影を模した結界だ。使用者より幻力が低い対象一体のみを空間内に入れることができ、時間経過か使用者が解除するまで結界内から脱出することはできない。月の影の連中は俺たちを認識できない。本来はニンゲンを迷い込ませて襲うために作られた外法のシロモノで、禁理指定されているが……()()()()()()()()()()。使ってしまった」

 

 憎たらしく肩をすくめてみせた。

 

「だから、影縫の邪魔が入って『ここは一時共闘といきましょう』などという感動的な展開にはならない。期待をしていたなら申し訳ないがな」

 

 

 

「幻力を結界の行き来の条件としているなら、無機物の行き来はできるってことでいいのかしら? 今の銃声は月の影に聞こえているし、爆発が起きれば巻き込まれると」

 

「幻力がこもっていないならな。……なんだ、外からミサイルでもぶっ放すつもりか?」

 

「まさか。いきなりそんな下品な真似はしないわよ」

 

「そうか? お前ならやりかねないと思ってな――」

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 私の言葉が言い終わるのを待たずして、ジャックがヴィクトールの上からロードローラーを突き落とした。鈍い轟音とともに、地面に巨大な車輪がめり込み、ゆっくりと時間をかけて横転した。

 

 

 

「ヴィクトール、あなたはなにか勘違いをしている」

 

 

 

 いまだ舞う土煙に向かって話しかける。

 

「ヴラドール家は捕虜には寛容だし、得た富は貯蓄するよりも世界に配するべきという精神性ももっているけれど――」

 

 ジャックが私のそばに舞い降りてきて、ヴィクトールが埋まる地面を指差した。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()。貴方にはパンとサーカスさえ口惜しい」

 

 

 

 ズズッとロードローラーがぐらつく。

 

 

 

「人の美学にケチをつけたくはないが、お前は愚民の選択をしたと言わざるをえない」

 

 水銀の膜の下から、巨体が車輪を押し除けて姿を見せた。

 

「意地というのは命がかかっていない場面で、弱者が自分を納得させるために使うものだ。今のお前の所行は自殺行為でしかない」

 

 首元にボルトが突き刺さった怪物はロードローラーの操縦席部分を右手でつかむ。

 

「もうひとつ。ロードローラーの使い方がなってない」

 

 丸太ほどもある二の腕がさらに膨らんだ。握撃で鉄が歪み、痛みをこらえるかのごとく軋んだ音が響く。

 

 

 

「コイツは締めに使うべきだ――このようになッ!」

 

 

 

 テニスラケットのごとく振るわれた大車輪は風を切り、私を圧し潰そうと眼前に迫った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。