【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【ミツル】
「あなたは学級委員長として、件の騒動に辟易としていました。こんな子ども騙しに引っかかるなんてどうかしていると。現実主義者の仮面をかぶって、そう嘯いていました」
「しかし実際はどうでしょう。その仮面の下には元服前の少年にふさわしい、短見で絵空事に思える願いを抱えていました」
ミツルはある日のことを思い出していた。夕焼け色が差し込む教室に置かれた、五十音と、はい・いいえの文字が書かれた紙と十円玉。その教室に、影を濃くして佇む自分の姿を。
「あなたは暮れなずむ教室のなかで、窓際の席に紙と十円玉が置かれていました。女子生徒数名が呪いごとをやっている場面を教師に見つかり、教師に別室に連れていかれたところだったので、道具はそのまま放置されていました」
それは、天守の中央でうずくまるミツルに、ひたりひたりと近づいていく。
「あなたは十円玉を手に取って、しばらく眺めてから、人差し指で十円玉を紙の上に置きました。
「『はい』に動いたときですら、あなたは自分の無意識の行動だと冷めた目線を送っていました。しかし、その冷笑の裏で、あなたは心臓を高鳴らせ、馬鹿馬鹿しいと惚けながらも願いました」
「違う――」
「違いません! 違いませんとも!
それは――こっくりさんと語られた霊はミツルの肩に手を置いて、笑みを湛えてミツルの顔を覗き込む。
こっくりさん、こっくりさん。
願いを聞いてくれますか?
「あなたが願いを口にしたそのとき、教室の扉がガラリと開きました。呪いごとを恥ずべき行為と考えていたあなたは、自分の行ないを隠すために即刻人差し指を十円玉から離しました。儀式は中断され、呼び出された獣霊は帰る道を失なったのです!」
顔を覗かせた教師になにをしていたか悟られないように、手を後ろ手に組んだ。その瞬間、ミツルの背後には、霊が完全に顕現した。本来であれば十円玉とともに鳥居に返されるはずの存在。突然の解放に驚いた霊は両手を口に当て、その口元は徐々に不気味に歪んでいく。
「鳥居に帰れなかった獣霊はずっと漂っておりました。影縫たちに見つからぬように身を隠し、あなたの背中を見つめて耐え忍んでおりました。ああ、すべては、願いを成就させるために!」
「……ルガールはどこに――」
「あの犬畜生の言う通りです。今の段階ならまだ取り返しがつきますとも」
頭にかぶった笠を取る。
「
焦茶色の髪を突き破るように獣の耳が露わになり、その弧を描いた口元からは隠す必要のなくなった牙が、月夜のもとに晒された。
ミツルは、ぼやけた視界のなかで思い出す。
自分があのときに、なにを願ったのか。
こっくりさん、こっくりさん。
願いを聞いてくれますか?
十円玉が、『はい』に向かって、ゆっくりと、こっくりと動いていく。
「今こそ叶えて差し上げましょう!」
瞬間、体が二重になるような衝撃がミツルの内側から突き上げた。視界が、聴覚が、舌覚が激しくぶれる。自分の手のひらに、冷たい別の手のひらが入っていく。体がのけぞり、苦悶する表情の裏で、高笑いする霊が重なる。
ミツルは抵抗しながらポケットのなかの指輪に触れる。ほんのりと熱を帯びている。これをはめれば助かるのか? 炎のなかの金髪の少女がちらつく。ダメだ、これをハメたら、本当に戻れなくなる気がする……!
ミツルは意識を手放す刹那、あの日の自分の願いを思い返した。
「
天守の暗がりにて、赤い瞳が揺れ動いた。
「物憂げな日々に、飽くなき闘争を……」
ゆらゆらと歩みを進めて、欄干の前に立つ。
西洋で、東洋で。世界各地で民に親しまれ、同時に禁忌とされてきた交霊術。
妖狸の憑き物、名を古来狸《こくり》。
その怪異が、ミツルの声で叫んだ。
「
動物霊として軽んじられてきた化け狸は、怪談と予言の猛烈な渦を受け止め、災厄として夕立城に解き放たれた。