【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【生ける死神】
「俺たち以外も派手にやっているようだな」
泥を払ったヴィクトールが一瞬輝いた空を見上げた。私は死角からナイフをその脇腹を狙うも、強固な筋肉の鎧は刃を通すことなく弾き飛ばす。ヴィクトールが手を伸ばすよりも先に懐に入りこみ、拳を腹筋にあてる。
「ッフ!」
呼気とともに力を前方に解き放つ。
内臓まで響く衝撃によってよろめいた彼の股座に蹴りを差し込む。間髪を入れず水月と喉と顔面に連撃を叩き込んだのち、一歩距離を詰めて、包帯に巻かれた右肩を臍に当てる。
再び短く息を放つ。
肩からの寸勁にヴィクトールの肉体は宙に浮いた。同時に右半身に金槌で叩かれたような鋭い痛みが走り、噛みしめた口から思わず声が漏れる。
折れた腕をさらに砕いた代償は、しかし無意味であることを思い知る。
ヴィクトールは着地と同時に距離をつめ、大振りなビンタを繰り出した。技もへったくれもないその一撃は私を広場の端から端まで吹き飛ばし、桜の木にたたきつけられた。
数秒気を失うが、大地の震動によって覚醒する。同時に目がくらむ。呼吸するたびに骨が内臓に突き刺さる。血を吐きながら寝返りを打つと、ヴィクトールがこちらに向かって歩み寄ってくるのが見えた。
「示談したいならその場に寝たまま左手を頭の上に置け」
声が聞こえる。
かろうじて動く左手で大地をついて、呼吸を整える。視界が揺れる。血と汗が目の前の地面に落ちる。
頭の中が明滅する。私は、今、なにを、しているんだっけ――?
「――ッジャックッ!」
咄嗟に頭に思いついた言葉をこぼすと、炎に包まれて、青魂影に転がり込んだ。
私は力尽きてその場に突っ伏した。右半身から激痛が走るがもう反射反応すら起きない。痛みで別の痛みを抑えているのが現状だった。右半身の痛みのおかげで、左半身が動かせる。
おぼつかない動作でポケットから鎮痛ミントを取り出して、噛み締める。鼻の奥をひんやりと香りが通り抜け、全身の繊維がほぐされる。
このまま眠ってしまいたい。鎮痛ミントを噛んでいながらこの思考になるのは、体が死のうとしている前兆だ。私は再び左手を地面について、上体を起こす。戦闘で芝生が剝がされて雨水を含んだ地面が露出したせいで、体は泥だらけになっていた。
仰ぎ見ると、ヴィクトールが空中で拳を振り上げた状態で固まっていた。思っていた以上にギリギリの回避だったようだ。私はその浮いた足の下を這うように動き、取り急ぎ衝撃が届かない位置に移動する。
充分に距離を離してから、私は懐から煙草を取り出して寝ころんだ。ライターを探すことすら億劫なので、ジャックに青い炎を付け火してもらう。
口を満たした鉄の味と、鬼火による冷えた煙が混ざり合う。
漫然と煙を吐き出してから、ゆっくりと上体を起こす。
今のままでは勝てない。
いろいろ尽くしてみたが、マシンガンはもちろん、もはや半端な爆発物では傷すらつけられない。
言葉を覚えるより早く宿された鬼火の力を、石に木に滝を穿ち続けた拳を、死体を重ねて覚えたあらゆる火器の技術を、すべて結集させても、あの男には通じない。
「ジャック」
名を呼びながら重い腰を上げる。ジャックはまるでこれから起こることがわかっているかのように、ゆっくりと私の右隣に添い立った。
「
ジャックが顔を傾けて、私の顔を覗き込む。期待しているのだ、
「――
ぐふっ。ぐふふっ。
唸り声ばかり上げていたかぼちゃ頭の口から、笑いがこぼれた。
「『死に近づきて死を届けん』」
ぐひゃひゃひゃひゃひゃっ!
愉悦に満ちた笑い声とともに、私の心臓にジャックの両手が侵入してくる。骨の髄から冷やされるような感覚に歯を食いしばる。ジャックはやがて手に心臓の形の炎を取り出して天に掲げ、それを握りつぶした。
散った炎を一身に受けながら立ち上がる。
私は右手を掲げて、力を込める。
吐く息が白い。骨が凍てついている。瞳に冷たい炎が宿ったのを感じて、思いがけず笑みがこぼれた。
「これでは、
私の言葉に同調するように、ジャックが嬉しそうに空を舞っていた。
【改造人間】
俺の振り下ろした拳はまたも空を切り、大地にクレーターをあけただけだった。
やれやれ。俺は緩慢な動作で体を起こす。青魂影を使いこなす奴との対決がここまで面倒だと思わなかった。テレポーター用に開発された空雷の改良を進言する必要がありそうだ。
後ろを振り返る。
「いい加減に――」
しないか、と言葉を続けようとして、言い淀む。続けられなかった。
今しがたまで虫の息だった獲物が肩をだらりと下げて突っ立っていた。右腕に巻かれた包帯は姿を消し、その両手には拳銃が握られている。口元には血をぬぐった跡があるが、傷跡は見当たらず、静かにこちらを見据えている。
そう。静かにだ。あまりにも静かすぎる。
「死んだのか、お前」
思わずこぼれ出た言葉だった。それほどまでに生気がなく、存在が朧気だった。
メイファの瞳に青い炎が揺らめているのが見えた。
これが奴の『
と、普通の思考なら躊躇するところだろう。
俺は臆することなく歩を進める。悪いが恐怖には興味がない。怪物は畏れを与える側であり、
「私がジャックの力を借りる代償は二つある――」
全身を脱力したままメイファが語る。
「ひとつは私が殺した幻魔の魂をジャックに移送すること。もうひとつ、青魂影を自由に使う代わりに私の生気をくれてやること」
次の瞬間、青い炎に包まれてメイファの姿が消える。
「通常は使うたびに生気を渡してあげるのだけれど、誓約を結ぶことで『
振り返って見えたのは煙草に火をつけるメイファと――。
こちらに向かって飛来する無数のグレネード弾だった。
こざかしい。俺が銀幕を張って防御体制に入り――。
水銀の壁は、全方向からのライフル弾の襲撃によってハチの巣にされた。
「ッ!?」
厚めに防御していた頭以外は三十ミリを超える銃弾が肉体にめり込み、体の末端は派手に弾き飛ばされた。左脛より下を持っていかれて、その場に膝をつく。
間髪を入れず、大地が爆発し、体が綿毛のようにたやすく宙に浮く。
「一年……私はすでに、一年分をジャックに渡している」
メイファが姿を消すたびに、ありとあらゆる鉄と火薬が俺の肉体がえぐられていく。弾が、爆弾が、鉄塊が、俺を無慈悲にこすぎ落としていく。
「一年あれば骨折は完治するし――」
自慢の肉体がスレンダーマンのごとく削られた後、見上げた俺の瞳に映ったのは――。
「――
――夜空をかき消す、オレンジ色の流星群だった。
すばらしい。
天を隙間なく埋める無限爆撃に、ほんの一瞬見惚れてしまう。
ニンゲンの身で、よくぞここまで容赦のない破壊行為を。
返礼せねばなるまい。人智を超えた怪物として。
首元に刺さったボルトを引き抜く。
「『
俺が『絶理』を披露するまさにそのとき――。
とぅるるるるるるん。
コール音の呼び出しを受けた。