【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第55話 私の勝ちね

【生ける死神】

 燃焼物のないはずの広場は、数メートル先すら見えない煙に包まれていた。最後の爆発から数十秒はおいたはずだが、いまだにパラパラと大地の破片が落ちてくる。

 

 

 

 ぴゅぅー。

 

 思いがけず出た口笛に恥ずかしくなり、誰に言い訳するでもなく咳ばらいをする。

 

 誓約を結ぶと、体は冷え切るのに、精神面はとんでもなくハイになる。車が走っていれば競争したくなるし、高い塔があるとそのてっぺんまで登りたくなる。以前、誓約を使った直後にカミラお嬢様と遭遇した際、会話中に周囲を飛ぶ羽虫にブチ切れ、「邪魔邪魔邪魔ァッ!」と叫びながら十数匹の羽虫を手づかみで駆逐してしまう醜態をさらした。後にも先にもあんな……、あんな貴族らしからぬ表情のカミラお嬢様を見ることはないだろう。あの日以来、私への無茶な依頼は減り、頻りに有休消化を進めるようになった。

 

 

 おっとっと、そんなことを考えている場合じゃなかったわ。

 

 

 深呼吸をして心を落ち着かせながら煙の中を歩く。奴はまだ生きている。直観でわかる。死なないなら死ぬまでブチ殺すまで。あの生意気な、すべてに興味がありませんってツラに四十ミリ弾をミシンを打つかのごとく叩き込んでくれる!

 

 

 だんだんと煙が晴れてくる。クレーターと呼ぶには粗すぎる爆撃の痕の中心点に、どでかいなにかが突き刺さっていた。

 

 

 はたしてそれは巨大な卵のような物体だった。一軒家ほどはある巨大な白い楕円状の物体は、爆撃を受けなかったのか、それとも爆撃に傷一つつかなかったのか、定かではないがとにかく戦場では考えられない清潔さを保っていた。周りの陥没した地形も相まって、落下した宇宙船を発見したかのようだ。

 

 残念ながら疑似宇宙船の前に立つのは、未確認とは程遠い存在の大男だった。ニンゲン形態に戻ったヴィクトールは右手に棒をもち、ふるふると左右に振っていた。棒の先端には白い布が結び付けられている。

 

 

 嘘でしょう?

 

 

 ここまでやっておいて、コイツはまさかっ……!

 

 

 呆気にとられた私を前にして、奴は表情ひとつ変えずに両手を挙げた。

 

 

 

()()()

 

 

 

 

 

 

【改造人間】

 地鳴りに続いて、龍のような鳴き声が轟いた。ここからでは見上げても顔すら捉えられないほどの巨体。多連装ロケット装置というのはああいう怪獣にこそ使うべきだろう。

 

 

「……聞いているの? 今更降参ってどういう了見?」

 

 メイファは今しがた召喚された化け物のことなど知らぬ存ぜぬといった様子だ。コイツが使っていたのは絶理ではなく、違法薬物の類だったのかもしれない。歯をいーっと剝き出しにして威嚇する姿は、ほんの数分前の冷たい表情の女と同一人物とは考えられない。

 

 

 

「俺に戦う理由がなくなった。これから俺が戦うのは弁護士だ」

 

 

 オメガから連絡があった。俺の雇い主が捕まり、支援団体にも調査団にメスを入れられている。先方の弁護人によると、報酬を全額支払うのは現実的ではないとのことらしい。

 

 支払いが困難となった場合の補償についてもすでに締結済みだ。だが、ここ数日を思い返してみれば割に合わない金額だと言わざるを得ない。

 

 

「もし任務を続行してくれれば、組織を再興した暁には名誉会員として迎え入れるとのことですが」

 

 オメガの言葉に「二度と俺の名を口にするなと伝えておけ」と返答しておいた。

 

 

 

 ()()()()()()()()だ。だから白旗を振る。至極自然なことだ。

 

 

 

 メイファはダンと力強く足踏みする。

 

「そんなことで納得すると思っているの? 降伏を聞かなかったことにしてもいいのよ?」

 

「俺はすでに仲間に降参することは伝えてある。負けを認めた相手への過度な追撃は万象法廷で厳しく非難されることだろうな。当然、ヴラドール家にも報告される。お前、あの高慢ちきに事態の詳細を知られるとまずいんじゃないか?」

 

 

 メイファは俺の話を聞きながら、苛立たし気に胸ポケットから煙草を取り出して火をつけている。

 

「お前の主人も悲しむことになる」

 

「……負けを認めるということは、相手に畏れを受け渡すことになる」

 

「構わんさ。俺は名声だの、強さ比べだのに価値を見出しちゃいない」

 

 

 ふぅーと煙を吐き出して、メイファはつぶやく。

 

「……つまらない幕引きね」

 

「戦いとは本来そうあるべきだ。いつだって虚しく、求められないものであるべきだ」

 

 

 どの口が、とメイファがこぼしたときだった。

 

 

 ごうと突風が吹き荒れるような音がした後、東側から熱風があたりを覆った。街の方面の空は、いまや夕焼けのように赤く染まっている。ときおり爆発音が聞こえる。公園樹に隠されて街は見えないが、業火に巻かれているのは間違いない。

 

 

 

 火を噴いた怪物を尻目に、メイファに問いかける。

 

「お前はこれからどうするんだ? あのミツルとかいう少年を助けに行くのか?」

 

「いいえ、ミツル様は指輪をハメなかった。助けを求められない以上は駆け付けることはできない。どうもルガールが対峙しているようだから、あっちは彼に任せるわ」

 

 

 メイファは煙草を挟んだ右手で、前進する怪物の背中を指し示す。

 

「むしろあの化け物のほうが問題だわ。あれに暴れられすぎて、第三級以上の事変に認定されてしまうと、必然的に長兄様の耳に事件のあらましが届くことになる。それだけは阻止しなければならない」

 

「そうか。大変だな」

 

 

 

「そこでお願いがあるのよ、ヴィクトール――」

 

()()

 

 

 

 間髪を入れずに即答する。

 

「……まだなにも言っていないわ」

 

「俺は()()()()()()というものが世界で三番目に嫌いなんだ」

 

「あれを倒したいから手伝ってほしいのよ。あなたは私に負けたんだし――」

 

「俺を捕虜として扱うのか? 捕虜の即時前線派遣は『ブルカンの誓い第三条約』で明確に禁止されている」

 

 

 

 メイファは思考を巡らせるように煙草で宙に円を描いた後、首を横に振った。

 

「知識のある筋肉ダルマってこんなに厄介なのね」

 

「貧弱バカよりマシだろう」

 

 

 

 メイファは携帯灰皿に煙草をしまう。

 

「わかったわ。五百万でどう?」

 

「五百万でどうとは――」

 

 俺は反射的に抗弁しようとして――。

 

 

 

「……は?」

 

 

 言葉を反芻して、耳を疑った。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 俺の短い返答を不服の表明だと勘違いしたのか、メイファはむすっとした表情で言葉を続ける。

 

「がめついわね。破格の値段でしょう。言っておくけれど、すぐに出すという条件だとこれ以上は出せないわ。ただでさえ兵器を買い足して金がかかっているんだから」

 

「ちょっと待て、五百万を出せるのか?」

 

「? ええ」

 

「ドル換算で? お前の金でか?」

 

 

「ええ。言ったでしょう? お嬢様から『()()()()』はもらっているって」

 

 

 お小遣い。……なるほど、ヴラド―ル家にとって、五百万ドルは端金らしい。

 

 

 

 理解できず、俺は困惑のなかで笑ってしまう。

 

「俺は最初に交渉したはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ、していたわね」

 

「今払うなら、なぜあのときに払うと言わなかった? いや、あの段階じゃなくたっていい。力を得るために一年寿命を縮めたんだろう? その代償を支払う前になぜもう一度交渉しなかった? お前の命を削る前に、いくらでもタイミングはあったはずだ」

 

 馬鹿げている。百歩譲って、命に代えても絶対に支払わない覚悟なら、プライド高い大馬鹿者として納得してやるが、決着がついた今はあっさりと金を支払うと言っている。コイツのやっていることは理屈すら成り立っていない。

 

 俺の当惑をまるで無視するように、あっけらかんと言い放った。

 

 

 

「だってムカついたから」

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

「だってあなた、相当に腹立たしいんですもの。気づいてないの? 愛想ひとつない無表情で上からの目線の交渉。誰だって腹立つわよ。だから少しわからせてやろうと思って」

 

 

 

「……わからせたいから、一年寿命を削ったのか?」

 

「ええ、おかげでスッキリしたわ」

 

 街のほうでは怪物と影縫たちが戦っているのだろう。太鼓の音色や、雄たけびが聞こえてくる。

 

「で、依頼を受けてくれるの? 早くあれを止めないといけないんだけど」

 

「あ、ああ。……引き受けよう」

 

「よかった。受けたからにはちゃんと働いてよね。そこは心配いらないんでしょうけど」

 

 そうやってスタスタと歩いていく。俺は呆けたまま少し遅れてついていく。理解できない。コイツは百年生きることすら困難なニンゲンだろう? 産まれてから三十年経っているかすら怪しい小娘が……命の価値を理解できていないのか?

 

 じわじわと心の奥底でなにかがうごめいているような感覚になる。これでは、まるで――。

 

 いつのまにかメイファは手を後ろに組んで、俺のほうを振り返っていた。

 

 

 

()()()?」

 

 

 

 少し口元を緩めて、俺を見上げてくる。

 

 

 

「私のこと、ちょっと怖いって思ったんじゃない?」

 

 

 

 唖然として固まる俺を見て、ふふんと鼻を鳴らす。

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 そう言い放って、俺の前で初めて、「笑み」というものを浮かべた。悪戯っぽく、と表現するには悪魔的すぎる、自慢げで勝気な笑み。

 

 機嫌よさげに前を行くメイファの背中に、俺は再び両手を挙げた。今度は打算的な降参ではなく。

 

 

 

 認めよう。()()()()だ。

 

 

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