【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第56話 聞いてやるもんか

 

【黒猫】

 風元素を足場に空に跳んで様子を見ると、偽刑部(ぎょうぶ)が杖で観覧車を打ち壊しているところだった。アーケード街を踏みつぶしながら通り抜けた後、自分の目線より高い建築物にぶち当たったのが気に喰わなかったのかもしれない。昼間はぶった切られ、夜には打ち砕かれ……あの駅ビルも散々だな。ことが収まったら買い物に行ってあげないと。

 

 

 

 頭を下にして落下しながら、腕を組んで考える。

 

 着地するまでに決断しよう。

 

 

 ひとつ、思いついた作戦がある。現界への影響がかぎりなく少なく、後腐れがなく、()()()()()()()()()()()であろう方法だ。問題は三つある。

 

 

 第一に、失敗したときの代償がでかい。逆に偽刑部に打倒されるようなことがあれば、やつは弱点を克服することになる。

 

 第二に、それをやると僕がかぎりなく疲弊し、問答無用で捕縛される。まあ、勝とうが負けようが逃げようが、影縫に追われる立場なのは変わりないし、恩を売っておく意味でも協力したうえで捕縛されたほうがマシか。

 

 第三に、戦闘には無名の協力が必須だ。しかもただの協力じゃなくて、即時の意思疎通のために加護を緩めてもらわないといけない。でも、無名は僕のことを信頼していないからな。

 

 

 なぜここまで敵対心を抱いているのか。ちょっと部下を眠らせて、乱戦の末に彼の記憶を消去して、影縫の無線通信を妨害し、捕縛したヴィクトールを逃がす手伝いをして、対桃九郎戦の通信役を務めて、さっきの戦いの最中に後頭部に大岩を降らせたぐらいしか、心当たりがない。

 

 

 

(深入りは禁物ですよ、クローイ)

 

 唐突にご主人の言葉が頭に浮かんだ。たしか、砂塵翼賛会の事件で捕まった僕を保釈してくれたときの言葉だ。

 

(あなたはただでさえ他人の心情を直線的に受けやすいのですから。感情に流されてはいけませんよ。常に物事を茶化して受け流し、情が生まれる前に姿をくらませなさい)

 

 そうだ。ご主人なら、今の状況でも似たようなことを言うんだろうな――。

 

 

 

 着地した僕は、地面に光線で魔法陣を描いた。自分を中心に、半径三メートル。

 

「無名っ! 二つお願いがある」

 

 円の内側にエルフ文字を描きながら無名に頼み事を伝える。

 

「ひとつ。今から僕は数分間この場から動かない。仮に偽刑部が踏みつけてきてもどうにか支えてほしい」

 

「ハァ? 無理に決まっとるわ!」

 

 

「もうひとつ。その後僕は変化する。僕を使ってあれを打ち倒してほしい」

 

「ど、どういう意味ぞ?」

 

「後でわかるさ。僕を使うときは加護を緩めて、僕の思念が届くようにしておいてくれ。『天蓋(てんがい)の背骨――』」

 

「ちょい待てや――」

 

 

 戸惑う無名を無視して、詠唱を開始する。

 

 

 

「『――五令(ごれい)の瞬き』

 

 

 残念だけどご主人。

 

 

「『骨法煎(こっぽうせん)じて名を宿し まどろみの縁に写すは(さざなみ)』」

 

 

 あんたの言うことなんか、聞いてやるもんか。

 

 

「『岩戸(いわと)より出でて舞い踊れ、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)の語り部よ』

 

 

 

 

 

 

 

【聖人ミイラ】

 クローイの呪文とともに、魔法陣が天に伸びる光の柱をつくり、柱から数万の手が生えてきた。手のひらについた瞳を瞬かせながら、龍のように腕をうねらせて街中に伸びていく。

 

 

 腕のうちの一本が僕の目の前に手の甲をかざして、法衣に五回ノックした。加護が拒絶するとくるりと方向転換してあっという間に別方向に消えていく。

 

 

 見たこともない法理だが、系統からして探知系の能力であることは想像がつく。そして、先ほどの呪文の文言……印行様の語り部を探している様子だった。

 

 

 魔法陣に両手をついて俯いているクローイの背中を見る。

 

 

 なんとなく理解した。彼女がなにをしようとしているのか。

 

 

 背中が小刻みに震えている。相当な負担に違いない。夕立市に限定したとしても、ニンゲンだけで五十万人近く住んでいるというのに。しかも極力脳に負担がかからないように、形式的には許認可制の法理にしている。強制心奪のほうがよほど楽だっただろう。

 

 

 

 今更なんぞ、クローイ。ええかっこしぃのつもりか。

 

 

 

 ずぅん。

 

 

 

 地鳴りが近づいてくる。言語も解さない『写し』とはいえ、奇妙な法理が展開されて放っておくほど愚かではないらしい。黒煙を上げる家屋の残骸を踏みつけ、行く手を阻むビル群を破壊しながら、確実に距離を詰めてくる。

 

 

 大通りに躍り出た印行は、左手に巻いていた数珠のひとつを引きちぎった。小豆を散らばるような軽快な音が響いたのち、珠は煙を纏いて姿を変えた。赤い炎を身にまとった、軍人たち――いや、軍帽でよく見えないが、確かに獣の顔だ。ぎらついた牙が光る。

 

 写しの次は、日露戦争の英雄、軍隊狸の真似事か。

 

 

 

 ざっざっざっ。狸たちは隊列を乱さず行進する。

 

 

 上等やわ。

 

 

 僕は左足の法衣でクローイを覆い、右手で護符をかまえる。

 

 

 

 ここを通りたいんなら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 軍隊狸たちが銃剣を手に、雄たけびとともに突進してきた。

 

 

 

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