【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
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「すばらしい……」
古来狸は天守屋根の上から、写しが街を火の海にするのをミツルの姿で眺めていた。総大将である
浮遊する城の周りには、数名の飛翔妖怪たちが結界を破る手段を模索していた。古来狸は視界に入る蠅を嫌うがごとく顔をしかめ、印を結び召喚術を号する。
「『人外の身の性来を引くからは心に心、心してみよ』」
煙とともに城内に、百八十八匹の狸侍が召喚された。あるものは瓦屋根の上で槍を天に掲げ、あるものは北
「『討ちて参れ』」
古来狸の命令と同時に、鎧武者たちが影縫たちを撃ち落とさんと飛びかかっていった。その行く末にすでに興味はなく、古来狸は屋根に腰掛け、赤く染まる夜の街を見やる。
すべては順調だ。いよいよ雪辱を果たす時が来た。あの満月が消えるころには、ニンゲンたちが目を覚まし、異変に気付く数が数倍に膨れ上がる。畏れがたまれば、本物の印行様も結界を打ち破り、妖狸軍とともにこの街へ進撃するはずだ。そうなればもはや予言の――この少年の力も必要ない。最後の力を振り絞って月の影を砕いて、現実世界を火の海に変えてやろう。
自分に言い聞かせる古来狸であったが、じわりじわりと焦燥の二文字がにじり寄っていた。古来狸にとって誤算だったことが、三つある。
ひとつ目は、月の影を砕く力と、隠神刑部の写しを召喚する力を、同時に扱えないこと。月の影を破壊したうえで写しが火を噴けばあっという間に地獄を見せることができるのだが、ともに多大な幻力を消費するがゆえに叶わなかった。憑依したミツル自身の疲労と、数刻前に桃九郎の刀気に気圧されたことが響いていた。
二つ目は、想定よりも畏れのたまりが遅いということ。深夜帯でニンゲンの多くが眠りについていることを加味しても、畏れを抱く総数が少ないことに焦っていた。
古来狸は知る由もないが、これは影縫と神職たちの尽力によるものだった。影縫は影に迷い込んだ幻魔の避難誘導を迅速に実施し、幻魔たちによる畏れを最小限にとどめた。また、戦闘要員として徴収された上員たちも、隠神刑部の写しに叶わないとわかるが否や、狸軍たちの牽制と、避難者の保護および結界の維持、現実世界の対応に注力し、写しとの戦闘は恐れ知らずの化け物たちに託す方向に移行していた。
市街地からやや離れた位置にある金平八幡《きんぺいはちまん》神社の奥社では、金平の指示の元、算盤会がそろばんを弾き、影内の局所的な幻落値の最適解を高速で叩き出していた。影球密度内の幻落値を数間単位で調整することで、現実世界への影響を最小限に抑えることができていた。皮肉にもこの算盤会設立の発案者は、古来狸を育てた街の狸神・お袖狸であった。お袖狸は沸き上がる胸騒ぎに蓋をするように、会員たちの補佐に奔走していた。
古来狸がなすべきことは、夕立城に籠城することではなく、八百八の狸軍の写しを率いて神職の拠点となる神社仏閣に進軍することであった。それをしなかったのは、夕立城に大将としてとどまっていたほうが畏れがたまりやすいという推測から。そう言い聞かせていた。
その考えはある意味で正しく、しかし古来狸の本心ではなかった。古来狸は無意識のうちに、自らに言い聞かせていた。自分は夕立城で泰然と座っているべきだと。
なぜ攻め立てないのか。隠神刑部の写しに暴れさせながら、
それでも依然、戦況は古来狸に有利だった。算盤会をもってしても広大な範囲かつ急変する状況を高速で算出しきるのはむずかしく、影の幻落値を局地的に調整するのは、一流の結界師をもってしても容易ではなかった。狸軍は夕立城周辺で防衛を固め、古来狸が脅威として見ていた四人は隠神刑部の写しの対応に手いっぱいであった。
大丈夫だ。誤算はあれど、問題ない。これは試練だ。
そのとき、遠吠えが聞こえた。
物悲しく、孤独を謳うような狼の鳴き声。
古来狸は冷笑を浮かべた。
あの狼が鳴いて、いや、泣いているのか。
古来狸が膝に手をついて立ち上がったとき、狸軍からの思念に異変が生じた。
召喚者である古来狸は、写しとの意思の疎通は取れないが、どの写しがやられたかは把握できるようになっていた。一ノ門手前に配置した兵十匹が一瞬のうちに消えた。続いて門内の十五匹が次々と姿を消し、二ノ門、三ノ門と破られていく。
なにが起きている?
古来理が状況を整理しようと額に手を当てている間に、
夕立城には、城を順序通りに攻略しなければ天守までたどり着けない結界が張られていた。天守を中心として、螺旋状に整えられた道と幾重もの門、通り道を撃ち下せるように配置された
「よお」
天守屋根にて、古来狸とルガールは再び対峙する。異なる点は、先ほどまでとまるで違うルガールの風貌。銀色の体毛に覆われた、引き締まった肉体。厳冬を彷彿とさせる凍えた蒼い瞳。獲物を捕らえて逃さない、鋭利な爪と牙。
三つ目にして、古来狸の最大の誤算。
「いい月だと思わねぇか、化け狸」
『