【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

60 / 76
第59話 怪獣の倒し方

【聖人ミイラ】

 薄くなった護符の隙間をついて、軍隊狸の銃剣が僕の左脇腹を突き刺した。

 

 

 

「ッ『悔い改めよ』!」

 

 右腰の横に構えた枯れた両手から、閃光が炸裂し、殺気を向けているすべての敵に誘導弾が放たれた。狸兵たちは叫び声を上げて消えていくが、印行の心臓を狙った光弾は碧色の壁に阻まれて空中で爆ぜた。

 

 

 法衣で周囲を打ち払ってから、深く息を吐く。気づけば向けられた殺気に対して無意識のうちに反応して攻撃を凌いでいる状態だった。今はどうなっとるんぞ?

 

 

 作り上げた護符の獅子は、狸兵の右翼に飛び掛かっていた。狸兵は一時隊列を乱され、すぐに獅子を囲み銃剣を突き出した。たまらず獅子もその場から跳躍して後退する。

 

 

 敵左翼は僕に向けて一斉射撃してきている。護符でしのぎつつ都度都度牽制しているが、持久戦に持ち込まれるとこちらが不利だ。

 

 

 印行は少し離れた位置からこちらを見下ろしてる。先ほど数珠を引きちぎって展開したオーロラのような結界が、僕の攻撃を遮断していた。

 

 

 背後にうずくまるクローイを見やる。光の柱は随分と細まってきている。おそらくはもうすぐ情報は取り終えられるはずだ。それまでどうにか耐えられれば――。

 

 

 

 ずぅん。

 

 

 

 印行のついた金剛杖が大地を揺らした。

 

 ついに来るか。僕は護符を前面に配置して、巨大な鳥居を作り出した。もう己を纏う護符もわずかだが、ここを耐え切るしかない。

 

 印行は右手を挙げて、腹を打ち鳴らした。

 

 

 

 ぽぉん。

 

 

 

 小気味よい音とともに、印行の姿が消えた。

 

 

 短く息を飲む。頭を回転させるよりも早く、禍々しい妖気が背後から襲い来る。

 

 

 瞬間移動。

 

 

 コイツ、でかい図体してッ――!?

 

 

 振り向きざまに見たのは、打ち下ろされた巨大な杖。

 

 

 こうなっては木綿に等しい法衣を振るい、どうにか打撃をいなそうとして――。

 

 

 ガゴォンッ!

 

 

 脳まで揺さぶられるような衝撃と音に、思わず瞼を閉じた。

 

 恐る恐る目を開けると、暗がりの中で、クローイの光の柱が輝いていた。光が照らすのは、二人の周囲を覆う壁。いや、鏡か? 急造のドームは光を反射して、僕たちの姿を八方に映し出していた。杖の衝撃を受けたであろう天井部分は、大きくへこみながらも僕たちの身を守っていた。

 

 僕たちの安全を確認するかのように、鏡はゆっくりと形を変えていく。大きなトカゲのような姿になったかと思えば、止めどなく首を伸ばしていく。

 

 

「なんなんぞ、この大怪獣バトルは……」

 

 

 現代に爆誕した水銀のブラキオサウルスは、その首を振るって杖を打ち払った。印行は突如現れた銀色の恐竜にひるみ、一歩後退する。

 

 

 

 パルパルパルパル――!

 

 

 独特の音を奏でながら、後方から二つの鉄の箱が飛来してきた。

 

 鉄の箱は双円のプロペラを回しながら、印行の周囲を旋回する。下部の警告灯からプラズマが放射されると、結界の表面に理解不能な解析コードが流れ落ち、何重にも積み重なった警告表示が映し出された。

 

 

「――アッハッハ~、ハッキング中だよ! アッハッハ~、ハッキング中だよ!――」

 

 画面に笑顔の悪魔アイコンが表示されたドローンは、壊れたレコードのように笑い続ける。

 

 

 

「――解析完了まで、残り七十一秒――」

 

 片や半目の天使アイコンのドローンは、抑揚なく情報を落とし、結界上に特大のカウントダウンを表示させた。

 

 

 印行は歯を剥き出しにして、けたたましい蝿を撃ち落とそうと錫杖を振るうも、蝶のように巧みに回避する。印行の結界がプラズマを発して、あちこちで虹色の歪みができている。

 

 ようわからん。

 

 

 ようわからんから、ぶっ放したるわッ!

 

 

 

 僕は右手の護符を焼き、聖なる力を枯れた右手にためる。

 

 

 

「『聖なるかな』!」

 

 

 右手から放たれた光線は、結界のゆるみを突き抜けて、印行の肩を焼き抜いた。印行は唸り声を上げる。

 

 

 

 ぽぉん。

 

 

 印行は再び腹を鳴らし、後退した。二機のドローンと水銀のプテラノドンが追走する。

 

 

 

「アッハッハ~、ハッキング中だよ!――」

 

「解析完了まで、残り二十九秒――」

 

 

 ぽぉん。

 

 再び腹を打ち鳴らすと、数十名の狸兵たちが姿を変えた。出撃した戦車はプテラノドンに向けて一斉射撃し、爆撃を受けた翼竜は地に落ちて再び姿を変えていく。

 

 狸兵たちは天に向かって銃撃するも、ドローンは蛇行して避けていく。

 

 

「アッハッハ~、ハッキング中だよ!――」

 

「解析完了まで、残り十秒――」

 

 

 バチバチと音を立てて結界が歪んでいく。

 

「「九」!」

 

 二機のドローンが同時に秒数を数え上げる。

 

「「八」!」

 

 印行は左手で徳利の蓋を飛ばした。

 

「「七」!」

 

 印行が徳利を口につける。

 

 火炎に備えて、僕は再度護符の鳥居を前面に展開する。

 

「「六」!」

 

 印行は口に含んだ酒を吹こうと腹を膨らませる。

 

「「五」!」

 

 放射する今かという瞬間。

 

 印行の眉間に青い炎が揺らめいた。

 

「「四」!」

 

 閃光が夜闇を照らし、印行は身をのけ反らせた。含んだ酒をこぼした印行の身が火に包まれる。

 

「「三」!」

 

 印行は唸り声を上げて、その身を震わせる。

 

「「二」!」

 

 袈裟を焦がしながら怒りに満ちた印行が天に吠えると――。

 

「「一」!」

 

 その瞳から黒は消え、オレンジ色の火に染められていた。

 

 

 

「「()()()()」!」

 

 

 

 結界が消え失せると同時に、空を切って飛来したミサイルの雨が印行の顔面に着弾した。数多の戦を超えてきた僕ですら聞いたことのない、一切の伝達を許さない爆裂音が連なった。護符の鳥居は吹き飛ばされ、なんとかその場にとどまるのが精いっぱいだ。

 

 印行はこの日初めて出血による悲鳴をあげ、その場尻餅をついて右顔面に手をかざす。抑えた指の隙間から幻力が大量に溢れ出るのが見て取れた。

 

 

 

「ほらね。そんな便利な()()()()があるなら、様子見なんてせずに、さっさとぶち込んでやればいいのよ」

 

「様子見の結果、隙が生まれたんだ。手持ちの安物ではこの一回でオーバーフローだ。二度と同じ手は通用しない」

 

 

 

 背後ろから聞きなじみのある憎たらしい声が聞こえてきた。

 

「さっきの妙な法理はやはりこいつの仕業か。うっかり覗かれたぞ、俺は」

 

 右手から現われたヴィクトールがクローイを見下す。

 

「無名、影縫に私たちを狙わないように言ってくれない? とくにあっちにいる人形使いの子とか」

 

 左手から現われたメイファが左後方を指し示す。

 

 

 指示されたほうへ念波を飛ばす。

 

(綾香っ! コイツらには手ぇ出すな!)

 

 車の影に隠れた綾香から返答がくる。

 

(おじじ、そいつらマジヤバい。あたしの『ヤマアラシ』が一瞬で粉微塵にされた)

 

(わかっとる。ほかの影縫たちにも伝えとけ。今は指名手配の四人は無視。お前さんは現界に戻って異常現象の言い訳しといてや)

 

(無茶言わないでよ。現実世界は妙な振動と謎の暑さと異音続きでさ。もう『霊現象とか信じちゃってる感じ(笑)?』ってニヒルな女子高生気取るのも無理あるって)

 

(……とにかく危ないけん下がっとけ。通信切るぞ)

 

(了解……おじじ、死んじゃやだよ)

 

 綾香がその場を離れる気配を背中で感じる。

 

 

 

「で、どうするのがいいんだ?」

 

 ヴィクトールは×印の目になったドローン二機をその場に置いた。

 

「印行は――あの化け物は僕とクローイでやる方法がある。お前さんらは足止めしてくれんか?」

 

 

 

「足止め? それは無理な話だ」

 

 

 

 ヴィクトールの顔をにらみつける。確かに協力を求めるのがおかしな話だ。こいつらは敵だ。忘れるな。今ここで捕縛したれ。

 

 僕の敵意を無視して、ヴィクトールは右隣を通り過ぎていく。

 

 

 

「依頼は『()()()()()』だからな。報酬を全額得るためにも、先に始末させてもらう」

 

 

 そう言って飛びかかってきた狸兵たちをちぎっては投げ捨てていく。

 

「私はあれが収まればなんでもいいのだけれど」

 

 メイファが左隣を通り抜けながら言葉を落とす。

 

「とにかくさっさと片づけたいの。うかうかしていたら、アイツのケツに弾道ミサイルをぶち込んで、日本国民に汚い花火をお見せすることになるわよ」

 

 な、なんやキャラが変わっとらんか? 青い炎を瞳に宿したメイファは、両手に銃を構えながら姿を消した。

 

 

 

 印行はつぶれた右目の敵を取ろうと、自分で召喚した軍のことなど忘れたように、容赦なく錫杖を地面にたたきつけた。その錫杖を橋にしてヴィクトールが駆け上がり、印行の顔面に拳を叩き込もうとするが、しかし、印行が口から勢いよく火炎を噴き、ヴィクトールはがれきの山に吹き飛ばされた。メイファがセットしたであろうミサイルも印行が新たに張り巡らせた数珠の結界を突破できず、空中で爆発する。

 

 空を見上げる。天に浮かぶ夕立城の後ろに満月が見える。月の位置からして、三時半は過ぎているだろう。日が昇るにつれて、目覚めるニンゲンがどんどん増えていく。クローイが間に合わないなら、やはり僕の『絶理』ですべて消滅させるしかない。

 

 

 

「はようせぇよ、クローイ」

 

「お望みとあらば」

 

 光の柱が消えた。クローイがその場に寝転がり、疲れ果てた様子で笑う。

 

 

 

「『()()()』よ。奴の倒し方」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。