【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第61話 美しい決着

【写し】

 無名は瞳を開くと同時に、神杖を天に掲げた。

 

 

 

(「『然り』、『然り』と受け取った! もはや祈願も必要ないわ! 祈りの手を天に掲げぇ! 今こそ、勝鬨を上げる時ぞ!」)

 

 畏れのうねりが神杖を通して無名の体を飲み込む。遠慮のない幻魔達の高ぶりは無名の四肢を内側から発奮させ、堪え切れずその場でよろめいた。

 

 

(おいおい、耐えられないと世話ないぜ? 『湯遊び坊ちゃん』?)

 

 軽口をたたきながら、クローイはメイファとヴィクトールにも思念を共有する。

 

(ほざけッ! お前さんも、途中で壊れるんやないぞッ!?)

 

 神杖を頭上で一回転させてから、無名は駆け出した。

 

 

 

 下駄を鳴らして向かってくる男に向かって、写しは金剛杖を振る。無名は一切避ける様子はない。

 

 打ち下ろされた杖の先は、地中から現れた水銀の蛇によって軌道をずらされた。蛇は杖に巻き付いて、そのまま固形化する。

 

 無名は打ち付けられた金剛杖に法衣を伸ばす。遠心力で天に舞い上がり、結界めがけて神杖を振り上げる。

 

 写しは腹を叩いて十数の信楽焼を無名の周囲に展開するも、瞬きの間にライフル弾で打ち抜かれた。連なった発砲音が遅れて夜を駆け抜ける。

 

 

 

 無名が突き出した杖頭が、写しを覆う結界と接触した。バチバチと雷のような幻力同士のせめぎ合いののち、ついに神杖は結界を穿ち砕いた。

 

 勢いのままに写しの鼻先に神杖から聖光が放たれる。存在を浄化するその光線に写しは叫喚を上げ、力いっぱい金剛杖を引き抜いて、腹を叩いた。

 

 

 

 ぽぉん。

 

 

 

 堤の音とともに、写しの身は遠方の松手(まつて)川緑地まで移動した。まずは体制を立て直さんと、袈裟の内側に仕舞っていた狸葉を取り出して見上げると――。

 

 

 

 神杖を振り下ろさんとする、無名の姿があった。

 

 

 

 瞬間移動への対処は、()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 写しは吠えて葉を掴んだ左手で殴りかかろうとするも、そこに三発の榴弾砲が弾着する。後退の一歩は、ヴィクトールの殴打によって揺るがされ、その場に尻餅をついた。

 

 写しの見開かれた瞳孔に、無名の姿が飛び込んでくる。

 

(『想起せよ』)

 

 クローイは最後の仕上げに、写しの眼に影を見せた。

 

(『英傑・稲生武太夫(いのうぶだゆう)』)

 

 かつて自分を封印に追いやった、侍の面影が無名と重なり、写しは動きを止めた。

 

 

 

 神杖が写しの額に打ち下ろされた。極彩色のプラズマが走る。その光はやがて写しの姿を包み込むほど大きくなり、やがて真白の光波がうねった。

 

 音も色もすべてが消え去る光のドームに、無名の姿も飲み込まれる――。

 

 

 

 光は収束した。はたりと宙から無名が降り立つ。

 

 空が紫に橙に、色を帯びてきていた。東の山々の尾根からはいまだ太陽は見えず、しかし確かに朝の気配が忍び寄る。

 

 神杖をその夜の終わりを告げる天に向けて掲げる。

 

 

 

(「我が名は無名」)

 

 

 

 今宵手に入れた新たな名を叫ぶ。

 

 

 

(「『夕立偽王を討ち倒し者ッ!』」

 

 

 

 ワァッと思念が沸き上がった。クローイは神杖の先から集まった思念を空に飛ばす。人知れず打ちあがる無音の花火は、来る夜明けを祝福するように華やかに打ちあがっては散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に散る思念をしばらく見上げたのち、ヴィクトールは花火に背を向けて葉巻を咥えた。オイルライターを取り出そうとポケットをまさぐっていると、ジッと火花の散る音が右隣から届いた。

 

 

 

 しばし固まった後、その火に葉巻をかざす。

 

 

「俺の足払いによる転倒が致命傷だったようだな。報酬は振り込んでおけよ」

 

 

 ヴィクトールは瞼を閉じて煙を吸い込む。

 

 

「……馬鹿言わないでよね。今の火貸しでチャラよ」

 

 

 すっかり青い炎が抜けきったメイファは、大層眠たげに煙を垂れ流していた。

 

 

 

 

 満身創痍の二人は、それ以上言葉を交わすことはなく、ただ漫然と朝の光の花々を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ややあって無名が神杖を手放すと、ポンと音を立てて黒猫の姿に戻った。

 

「秘技・液体猫」

 

 そう言って、緑地の上にでろんと寝転んだ。無名もその場に座り込む。

 

 

「大人しいしといてくれよ。まだ、城のほうに行かんと――」

 

「あっちは大丈夫だよ」

 

 クローイの発言を後押しするように、身を凍らすような冷気をまとった幻波が刹那的に吹いてきた。やや遅れて、思念の歓喜のざわつきが大波となる。

 

 

 

 城山の上に浮かんでいた夕立城が傾いて、石垣がガラガラと崩壊しつつあった。

 

 

「あの子は満月の幻力にあやかろうとしたんだろうけど、相手が悪すぎたよ」

 

 

 クローイの言葉に呼応するように、城全体が地に向かって崩れ落ちていく。

 

 

 

「満月下のルガールに喰えないやつなんて、それこそお月様ぐらいなもんさ」

 

 

 

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