【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【犬っころ】
孤独には慣れたが、置いてきぼりにはどうしても慣れない。
以前にクローイと一緒に鏡会主催のパーティに参加したことがある。どういう意図で開催されたパーティだったかはもう忘れた。とにかく俺は慣れないスーツを身にまとってその立食パーティに参加したわけだが、まあ最悪だったね。
すれ違う奴らはクローイには握手を求めるのに、俺には一切目もくれない。「僕の『サトリ』と対決したいだけだよ」などとあいつは言っていたが、そんな理由はどうでもよくって、とにかく俺を無視するのが気に喰わなかった。腹が立ったのでせめて元だけでも取ってやろうとテーブルに並べられた飯をバクバクと喰っていた。
途中、手に取ったパフェがうまかったので、「おい、これはなかなかイケるぞ」、と甘党のクローイの方を見やると、あいつはどっかの法理師とダンスを踊っていた。いつもはパンツしか履かない奴が、フリルつきの黒のドレスを身に纏ってピアノの演奏に合わせて円を描いているわけだ。
お前、いつの間にそんなにヒールで歩けるようになったんだ? お前の得意分野は、タップダンスだろ? そんないけ好かない奴、首にかけたネックレスで首絞めて帰ろうぜ? そんなことを言えるはずもなく、俺はパフェのクリームが溶ける前に、自分で食べきるしかなかった。
後日、絶対迷宮と呼ばれていたその法理師の家城が、リリスによって看破され、壊滅させられたと聞いたときは、笑い転げてから、なんだか虚しくなってぼうっと天井を見上げたもんだ。
なんで急にこんな話をするかって? 今まさにそんな気分だからだよ。
*
戦い始めの俺はそりゃあもう機嫌がよかった。どこぞの性悪のせいでひたすら子犬のまま駆け回り、ぼこぼこにやられまくってたところで、ようやく俺らしいの力を取り戻せたんだからな。本来はこんなに体が軽いもんだったっけかと感動したもんだ。
コクリもなかなか根性が座っている。そもそも満月の俺に挑んでくる大馬鹿者なんて、ついぞ見なかったからな。それを真正面からかかってくる時点で、見込みがある。戦い方は粗削りだが、速さで俺にまったくついていけないところを、霊圧のバリアでうまく凌いでいた。予言の力で増幅された幻力を霊圧に変えてうまく戦っていたわけだ。俺は狸を見直したね。
じゃあなんでおれが甚だ白けているかと言うとだな。どっかのアホどもが別の戦場で勝手に盛り上がって、街全体に思念を飛ばしまくっているからだ。俺が我慢ならないのは、そのアホのなかにクローイが交じってるってことだ。なんなら先導していると言っていい。
こっちがいざ尋常に勝負ってなときに、ウォォォォ!、なんて盛り上がってるわけだ。
さあ、仕切り直しといこうぜっ、てなときに、勝鬨を上げろッ!とか言っちゃってるわけだ。
俺はまだ戦いの真っ最中なんだが!?
そもそもおかしくないか? いかにも敵の根城ですってな感じで空に浮かんでんだぞ? 普通こっちを先に叩くだろ!?
これこそ置いてきぼりのほかならない。同じ場所にいるのに存在を忘れられることほど、悲しいものはない。戦う気も失せるってもんだ。
例えばこのお芝居に観客がいたとして、シーンが移り変わったときに「おっと、そういえばこいつも戦ってたっけか、失敬失敬」ってな感じで忘れ去られてたら悲しいだろ?
*
南のほうから強烈な幻波が伝わってくる。橋のたもとが明滅している。あの辺で戦のクライマックスが行われているわけだ。
俺は深く息を吐いて振り返る。
天守屋根上でコクリが膝をついていた。切り裂かれた白衣は赤く染まっている。
「なあ、お前も白けたろ?」
俺はコクリに言葉を投げる。
「このままだとアイツら、カーニバルを始めちまうぜ? ここは一旦手打ちにしねぇか?」
コクリは瓦に手をついたまま肩で息をして震えている。先ほど無名の名乗りを上げてからずっとだ。
コクリは俺の言葉に返答することなく、瞼上から流れ出る血を拭うように、何度も何度も目元を擦った。やがて膝をついて立ち上がり、短く息を吐いて薙刀を構えた。
その瞳はほのかに赤く、しかし揺らぎはなくなっていた。
俺が、とにかくもう勝負をやめたい理由のもうひとつが、コクリの戦う姿勢だ。
こいつは、ここで死ぬ気だ。
戦うなかで死ぬのは致し方ないことだ。俺だって手を抜いているわけじゃない。今まで幻魔は何千匹と殺してきた。今更躊躇なんざない。
俺は手心なんてくわえられない。戦いの場に立ち続けるなら、終わらせるまでだ。俺の矜持だ。そこだけは曲げるわけにはいかない。
だから、……だから、ただやるせないだけだ。
こいつ自身がいちばんわかっているはずだ。今のままじゃ勝てないってことは。なあコクリ、お前が決意を固めるまでの間に、俺が何回お前を殺せたと思ってるんだ? 意味がないんだよ、お前の決死は。
負けそうなら、逃げればいいんだ。死にそうなら、心のなかで舌を出しながら、媚びへつらえばいい。俺はずっとそうしてきた。
そろそろ俺も生きながらえすぎたからな。もう媚びるぐらいなら死んでやるかと考えているところだ。
でもコクリ、お前はきっと、
思念がまたわぁ、と盛り上がったかと思うと、空に思念の花が咲いた。
おいおい、ついには花火まで上げ始めたぞ! 本格的にサンバでも踊り始める気なのか!?
空はだんだんと白んできている。
仕方ない。これ以上待つわけにはいかない。
せめて遺恨のないように、奥義でしめてやろう。
俺はコクリの視線を受け止めながら告げる。
「これ以上やるってんなら、俺は『
【古来狸】
「これ以上やるってんなら、俺は『絶理』を出す」
古来狸は薙刀を構えたまま動かない。
「わかっちゃいると思うが、今のお前じゃ受け切れねぇ」
絶理。それは歴戦を潜り抜けたものに許された究極の奥義。
誰しもが扱える、基礎的な一律法理。
種族および血縁に受け継がれる血統法理。
幻魔の法理を受けてその身に宿る呪願法理。
自身の願望・性質によって生み出される原名法理。
他者からの畏れが渦巻いて創出される
時に世界から追われ、時に名を剝奪されてきた幻魔が、己を司る法理をすべて混ぜ合わせて完成させる唯一にして絶対的な法理。その片鱗に触れることすら最低でも百年の年月が必要であり、絶理の習得者は無条件でヴォイニッチ石塔に名を刻まれる名誉を受け、万象法廷の監視下に置かれる。
現界に遍く『月の影』や万物との対話が容易となる『バベルの祈り』も、元を辿ればたったひとつの絶理から始まったものであり、それほど絶理は世界を根幹から揺るがしうる力を持っている。
絶理に対抗するには、絶理しかない。
そして、古来狸は絶理を習得できていない。
されど古来狸は返答として、薙刀を持ち直してその切っ先をルガールの眉間に向けた。
「……そうかい」
ルガールは重心を下げる。
「言っとくが手加減は――」
古来狸が己の後方に霊圧を放出して、一気に距離を詰めた。勢いのままに薙刀を突き出す。あわよくば絶理を出される前に仕留めようという魂胆。鬼気迫る早撃ち――。
――だが、早撃ち勝負はルガールの望むところだった。
「『絶理――』」
ルガールは己の胸元を右手で引き裂いた。
「『――
ルガールの身が白銀の狼の姿に変わり、即座に姿を消した。
頬に走る冷気と、それに続く左半身の熱を帯びた痛み。
古来狸は見失った狼の姿を追いかけようと半身を翻そうとして――。
遠心力により、左腕が粉々に砕け散った。
朧げな夜明けの光が、古来狸の左腕の破片をキラキラと瞬かせる。古来狸は自分の身になにが起こったのか理解できず、咄嗟に左手に持っていた薙刀が落下していくのを取ろうと右腕を伸ばして、そのまま薙刀とともに落下する。
ルガールの絶理『月喰星堕天』の解は、自己と自己の触れたものの瞬間的な極低温化。絶対零度にかぎりなく近い低温化で形を保てるのはルガールだけであり、自身も呼吸することはかなわない。無呼吸でのみ発動できる秒単位の絶理。しかし、ルガールとって刹那は粉雪が舞い落ちるひと時に等しい。
丑三つ時より空に浮いていた夕立城は、ついに陥落した。石垣が瓦解し、鯱は天を見るのを忘れ、天守を守る門は折れ曲がりながら、すべてが地へと引き込まれる。
古来狸は力なく落ちながら天に残った右手をかざして霊圧で城を支えようとするも、覆水盆に返らず。自らの流す涙だけがふわりと空に浮かんでいく。
(……悔しくはないのですかっ、お袖様っ……!)
顔を歪めた古来狸は、崩れ落ちる城の残骸とともに落ちていく。
ルガールは絶理を解いて人型に戻る。
落下する城壁を飛び跳ねて、気絶したままのミツルを空中で受け止めた。
「『月が満ちたら逃げ帰れ』」
絶理の反動で体が重いルガールは、力なく落下しながら誰に聞かせるでもなく大見得を張る。
「世界の常識だぜ? ルガールに喰われちまうからな」