【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【古来狸】
ルガールは本丸広場に着地した。背中にのしかかる疲労感に一瞬よろめいて、ミツルを地面に寝かせて深く息をつく。一瞬でも絶理を出した影響がすでに足を重くしていた。
標高百三十メートルの山の上に作られた南北に長く平たい本丸は、春には桜と天守閣の眺め、そして瀬戸内海の遠望が楽しめる公園として整備されている。
その広場に立つルガールの視線の先には瓦礫の山と化した夕立城の残骸があった。土埃が舞うなか、天から落ち切った今もガラガラと音を立ててその身を崩していた。
ルガールは崩れた城へと歩いていく。背丈よりも大きい岩に触れながら、崩壊地の周囲をゆっくりと歩いていく。
ややあって、崩壊地の一部がガラリと動いた。
古来狸が柱の残骸を押しのけて、薙刀を支えに立ち上がろうとしていた。消え失せた左腕からは血と、それ以上の勢いで幻力が流れ出ていた。
ルガールの存在に気付いた古来狸は、焦点の合い切らない瞳孔で睨みつける。
「もういい、やめだ」
ルガールは古来狸に告げる。
「古風な喋り方で誤魔化してたみてぇだが、戦ってみてわかった」
無謀なまでの攻撃姿勢。その裏返しとしての、あまりにもお粗末な回避能力と防御意識。
「お前、第一次大戦も記憶にねぇひよっこだろ?」
否定することなく、古来狸は薙刀を地面に突き立てて、懐より取り出した巻物を宙で開いた。ルガールは「話にならねぇ」と首を横に振って、背を向けて歩き出す。
「ここで引いとけ。大人しくしてりゃあ、影縫どもが保護してくれるだろうよ」
古来狸はルガールの忠告を無視し、右手のみで印を結び、『
「なにがお前をそこまで駆り立てる? 恨みがあるってんなら、百年後に出直してこい。今のお前じゃなにもできやしねぇ」
身を焦がす焔に歯を食いしばりながら、古来狸は『
「たかが城を浮かせたぐらいで帰る場所がねぇと……地獄行きだとでも思ってんのか? 思いあがるなよ。お前なんざ閻魔からげんこつ喰らって門前払いがお似合いだよ」
秒針よりもゆっくりとその柄と刃が回る。古来狸は気を失うまいと右手で左腕の切断面をかきむしる。涙も血も流れることなく揮発していく。
「言っとくがな、俺もくたびれてんだよ……!」
ルガールは背を向けたまま右手に力をこめ、爪をとがらせる。相対する薙刀はやがてその刃を古来狸の胸元に向けた。
「もう力の調整はできねぇし、まんまと焼け焦げて心中してやるほどお人よしでもねぇ……! わかるか!? コクリ、最後の警告だ! 俺にこれ以上牙を剥かせるな!」
刃が古来狸の胸を貫いた瞬間、薙刀は霧散した。焔が油を撒いたかのごとく勢いを増し、天を焦がすほど氾濫する。
「『
焼け焦げた喉で法理を解き放ち、大地を蹴った。火だるまの三つ足の獣は灼熱の爪で、大地と空気を焼き裂きながら、ルガールの背中に襲いかかる。
「ッ鹿野郎がァッ!」
ルガールは力を解放し、振り返りながら右爪で薙ぎ払った。振り切った五爪の斬撃は焔を無常にかき消し、勢いを殺すことなく古来狸の霊体を滅した。
たまゆらの決着に、ルガールはその場に立ち尽くす。
しばらく呼吸を整えて歩き出そうとして、ふと空を見上げた。刻一刻と色味を変えている朝空の一点を、なにかを探し出したかのようにじっと見つめる。しかし、やがてなにをすることもなく身を転じて、再びミツルの元へと歩き出した。