【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
第69話 湯月神社にて 薬酒蔵綴喜
【桜の姫君】
「――めんどいところは飛ばして、主要な部分だけ読むぞ。え~、『甲乙丙丁は、互いに協力関係を結び、中央の上員でも対応しきれない事変の主犯格およびその法理を見事に打ち砕いた。夕立市の幻魔を代表して、感謝の意を述べたい』」
「わかってんじゃねぇか」
「いやぁそれほどでも」
「礼には及ばないわ」
「報酬はこの口座に頼む」
「『しかし幻魔同士の抗争の一言では看過できない、重大な過失と暴虐的な行動があり、それが異変の規模が大きくなった要因であることも事実であり、刑の免除とするにはあまりにも罪が深い』」
「そもそもクローイが初手で気づいてりゃなにも起きなかったんだ」
「メイファの派手すぎる攻撃手段が騒動がでかくなった主要因だよね」
「元を正せば予言を実現させようとひっかき回していたヴィクトールがいちばんの重罪でしょうに」
「ミツルのそばにいながら、なんの役にも立たなかったルガールが責任を取るべきなのは言うまでもない」
「『よって、甲乙丙丁および影縫の特別――』、わかったわかった、各々の主張は後でゆっくり聞くけん座ってくれ。ここでおっぱじめようとすんな!」
これはまだまだ時間がかかりそうです。私はふわりと飛んで本殿の屋根の上に腰かけました。湯月山の中腹にある社からは、青青しい桜の木々の向こうに夕立市の都市部分が見渡せます。遠く城山の上には、今日も変わらず夕立城が昼の陽光を浴びて輝いています。
ため息が出そうになるのをぐっと堪えて両頬をぴしゃりと叩きます。いつまでも自罰的であっても致し方ありません。
夕立城を巻き込んだ事変から十日間が経ちました。ミツル殿は元気に回復して、今日も学校で勉学に勤しんでいます。吸血衝動は完全にはなくなっておりませんが、今のところは私の加護とメイファさんが取り寄せた調合薬でどうにか抑えこんでいる状況です。あとはミツル殿が力を制御できるようになるまで耐えるしかありません。
ミツル殿はあの騒動の日、一日家出をした設定だったのですが、桃九郎殿が謎理論を並べまくってどうにかなったそうです。「母の不信感からくる言葉の牽制を、圧倒的な自負心で跳ねのける人は初めて見た」とおっしゃっていました。
「姉ちゃんが『一日家出ボーイ』ってイジってきて、ウザいんですよね」
精いっぱい苦々しさを演出しつつ、それでいて嬉しさをにじませた表情でそう語っておりました。
夕立市で起きた謎の集団幻覚や怪奇現象は、管理局の尽力でうまく治められたそうです。なんでも、えすえむえす? のぺっくす? のげろっぱ? が嘘八百を並び立てて、
とはいえ傷跡は大きいです。今回の騒動で写しの『
かんかん。
いつの間にか烏さんが隣におりました。屋根を嘴で叩いてかぁとつぶやいてから、俯いてしまいました。悲しむその頭を撫でてあげます。
コクリは烏たちの言葉すらわからなくなっていました。烏たちの必死の説得を聞けていれば、もしかしたら途中で足を止められていたかもしれないのに。彼女だけではありません。若い妖はどんどん動植物との対話ができなくなっています。言葉の少なさはそのまま幻力の弱さに直結します。繋がりを捨てて、生き残れる幻魔などありません。
私ももっと学ばねばなりません。五十年ぶりに桜を追って日本を行脚してみてわかりました。今の世の中は私が欠伸一つする間に目まぐるしく移り変わっていきます。
なんと今や貨幣すら必要ないのです。すまほを印籠のようにもって念じるだけで、売買が成立するのです。あんな小さなすまほがそんなに価値があるなんて……。ニンゲンのみなさんは、恐ろしくはないのでしょうか。無名などしょっちゅうすまほを落としているというのに、いったいいくら損しているのやら、想像だにできません。
とにかく、そういう移り変わりに対応していかなければ、我々は瞬く間に存在を忘れ去られ、必要とされなくなることでしょう。街を守るために、私も積極的に動かなければなりません。
幸い、ミツル殿がいらっしゃいます。彼とともに、互いの世界を学んでいきましょう。血を与えたというアンジェラという方は
「綴喜っ!」
無名の呼ぶ声が聞こえます。私はふわりと屋根から舞い降ります。
無名が境内の真ん中で袖に手を入れて立っておりました。
「……おや? みなさんはご一緒ではないのですか?」
「あいつらは湯月の爺さんからこの街のしきたりについてレクチャー受けとるわ。今日は挨拶だけや言うとったけど、おそらく夕暮れまでかかるぞ」
「ということは、みなさん受けていただけることになったのですね?」
「ああ。まあ五十年減幻処分よりは、七年奉仕活動のほうを選ぶわな」
奉仕活動というのは、今回の場合、ミツル殿の護衛および教育係になります。ひとまず彼がニンゲン世界で成人するまで、安全に現実世界を生き、ついでに幻界のことを学んでもらう期間、その補佐のために、みなさんにご協力していただくことになったのです。
「あいつらはあいつらで思惑はあるんやろうけどな。まあ僕と綴喜が目ぇ光らせとったら下手なことはせんやろ」
「おお、そうですよ、無名が連盟の総長代理になるのですよね!」
「ほうよ。また面倒なことを押し付けられとるわ」
無名は苦虫をつぶしたような顔で湯月神社の石段を降りていきます。
「致し方ないですよ。さすがにみなさんに任せるわけにはいきませんし、ミツル殿は形式上は長ですけど、実質的な参謀は必要です」
「かったるい。ほんなん綴喜がやったら――」
そういって宙に浮かぶ私を見つめます。
だぶるぴーすを決める私を見つめた後、ため息をつきました。
「――まあ、僕がやるしかないんか」
「む、無名……。そこまで言ったのなら私に任せる選択肢を熟考してもよかったのでは?」
「ほうは言うても、いろいろ事務処理があるやろうけんな。僕も大概やけど、綴喜にパソコン作業は無理やわ。マックの使い方とか、知らんやろ?」
「失礼なっ、馬鹿にしないでいただけますか? 私、これでもまっく愛好家なのですよ?」
「んなわけないやろうが。絶対嘘やわ」
「私が通なところを教えてあげましょうか?」
私は胸に手を当てて、くるりと宙に舞って無名の前に浮かびました。
「なんとますたーど派なんですよ。なげっと」
私の宣言に無名は目を細めて、再びため息をつきました。
「……綴喜は
「あ、その反応、さては無名はばーべきゅー派ですね? やはり幾年過ぎようと舌が坊ちゃんですねぇ、無名は。通はますたーどですよ、ますたーど」
私は笑いながら石段に背を向けて、空を漂います。
ちょうど鳥居の上方に、白い月が浮かんでおりました。
私は笑みを隠します。
月はまるで今より異界から現われたかのように、その半身をひょっこりとのぞかせています。夜だけでは飽き足らず、昼間も世界を監視しているようです。
月は苦手です。
あれがすべてを狂わせるのです。
桜は散り、雪は解けるというのに、月は悠久にあのままです。満ち欠けなど、影が産み出した錯覚に過ぎません。もののあわれを誘おうと、形だけ命を真似ているところが、どうにも苦手でたまらないのです。
(私は好きですよ)
(あれがないとつまらないではないですか)
記憶の中でそう囁くのは、靡く灰色の髪と、薄く笑う口元。
「綴喜っ! はよう行くぞ!」
無名の呼ぶ声に、「はぁい」と返事を返します。
すべてを貴女の思い通りにできると思ったら、大間違いですよ?
私は月に背を向けて、無名の元へ降りていきました。