【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第70話 スワンプのラボにて ヴィクトール・ロマーノヴィチ・フランケンシュタイン

【改造人間】

 アラスカの湖畔に構えられた、ウッドデッキ付きの寂れたロッジの前に立つ。階段につけられた「立ち入り禁止」の看板とクサリを乗り越えて、扉を蹴破った。

 

 

 室内はナメクジの化け物でも通ったのかというほどじめついて泥だらけだ。ショルダーバッグを肩に背負って、できるだけ泥が跳ねないように木片や捨てられた人形を踏んで歩く。

 

 水がたまって使えなくなった暖炉のなかを覗いて、手前の上側の少し出っ張った石をガコリと押す。

 

 ズゥンと大きく揺れてから、ゴゴゴゴッと地鳴りがボロ小屋を揺らす。暖炉の石積みがぐるぐると回転しながら移動して、やがて透明のカプセルが目の前に出現した。

 

 

 やれやれだ。合理性を追求する管理局の幻魔どものなかで、コイツは異質だ。今時古風な法理師でもこんな仕掛けを作らんぞ。

 

 カプセルに乗って、階下に降りる。目の前に現われた鉄製の廊下を通り抜けると、奴が机に足を投げ出す形で座っていた。ブゥンとかすかに機械が震動する音が鳴り続けている。ラボというには随分と貧弱で汚らしい。スワンプの前にあるバカでかい画面のパソコン以外はすべて起動された痕跡がなく、ネズミの足跡だけが机の埃を掃除する始末だ。なんのためにあるのかもわからないコードと管が、ジャングルの木の根のようにうねっている。

 

 

 

「よう、兄弟」

 

 

 スワンプは雑誌を頭に乗っけたまま、右手を上げた。

 

 

「驚いたな。ついに透視能力まで身に着けたのか?」

 

「ヒヒッ、顔を見るまでもねぇ。こんなところを訪ねてくる物好きは、今となってはお前だけなんだよ」

 

 

 そう言って椅子をくるりと回して、顔にかぶせていた雑誌を後ろに放り捨てた。血色の悪い骸骨のような瘦せこけた男が不気味に笑う。

 

 

「俺のおもちゃはどうだった?」

 

「いろいろと言いたいことはあるがな、ひとまずオメガを黙らせろ」

 

 俺が二機のドローンが入ったショルダーバッグをその場に落として、スワンプの足元に蹴り滑らせた。

 

「障壁法理の解析中に『ハッキング中だよ』と喚き散らす馬鹿がどこにいる」

 

「ヒヒッ、どのみちハッキングなんざ、すぐにバレるんだ。焦らせるために頓珍漢なことを言わせといたほうがいいんだよ」

 

 

 スワンプはバッグのファスナーを開けてドローンを覗き込む。

 

「なんだ、随分とボロボロじゃねぇか。結構な戦闘だったのか?」

 

「お前は報告書に目を通すことを習慣づけたほうがいい」

 

「ヒヒッ、世間話を振ってやってんだよ。楽しそうだったじゃねぇか」

 

 

 スワンプは椅子に膝を立てて座り、素早くキーボードを打ち鳴らす。

 

 

「今回の事変は第五級に認定されたらしいな。ニンゲンの犠牲者が出てないってのに、破格の評価じゃねえか」

 

 

 まるで映画のレビューを確認するかのような言い草だ。

 

「予言のおかげで現実世界への影響はそこそこあったからな。管理局にとっては痛手だったんじゃないか?」

 

「いや、むしろ管理局にとってはいいアピールができたってよ」

 

 スワンプは「強がりかもしれねぇがな」とせせら笑う。

 

 

「事変が起きたあとの対応だよ。管理局が出資しているクリエイターに協力を要請して、SNSに投稿された動画や写真は、すべて××××によって偽物だと注釈がつけられてんだ。()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()。それに、奴らに雇われた『悪態オウム』どもによって、論点はすでに映像の合成技術による陳腐化にずらされている」

 

「……なるほどな。管理局がプッシュしている××××が事変の収束に役立ったと宣伝できるわけか。こればっかりは古きを重んじる鏡会にはできない芸当だな」

 

 

 だが賛同しかねる。葉巻を咥える。

 

 

「アーロンだかウーロンだか知らんが、ニンゲンに力を持たせすぎるとろくなことにならんぞ。あいつは本気で幻界を管理するつもりだ」

 

 

「お互い欺瞞の協力関係でいいんだ。鏡会を弱体化させることが先決ってことだろうさ――おい、ここは禁煙だぜ?」

 

 すでに火のついていたオイルライターの蓋を閉じる。

 

「……ならもう奥で眠ってもいいか? 俺は世間話をしにここに来たんじゃないんだよ。ここでひと眠りしたら、また日本に帰る必要があるからな」

 

「待てよ、最後に世間話という名のテストをさせろ」

 

 

 スワンプは椅子の上で膝を抱えたままこちらに向き直る。

 

 

「お前の今回の日本旅行のいちばん印象深かったことはなんだ?」

 

 

 印象深かったこと? なんだ藪から棒に。

 

 

 俺は数日間の動きを思い出してみる。

 

 

 怪物討伐。メイファとの闘い。桃九郎との決戦。影縫いどもとの連戦。ロクデナシどもとの大乱戦。戦いだけじゃない。戦闘後に花火のような光景を拝んだし、温泉にも入った。神職に連れられて寺やら城やらいろいろ歩かされたな――。

 

 

 俺はさまざまな事象を思い返して、ひとつの結論にいたる。

 

 

「――コーヒー」

 

 

 極めて平坦に言い放つ。

 

 

「予言の日の二日前ぐらいに飲んだ、チェーン店のコーヒーがうまかったな。俺の葉巻にあった安っぽい味だった」

 

 

 スワンプは下卑た笑いを落とす。

 

「カッヒッヒッ、あれだけ暴れて殺されかけといて、出てくる感想がそれかよ。いいぜ、それでこそお前だ」

 

「喜んでいただけたようでなによりだ。合格ってことでいいのか?」

 

「ああ。ただしだ。イカれてるのは大歓迎だがな、あのガキだけは大事に扱え。ついに月の影を破壊できる存在が俺たちの目の前にあるんだ。『次元の魔女』殺しのためにも、これを逃さない手はねぇ」

 

「『()()()』じゃなく『()()』目の前にあるんだ。忘れるな。俺は金でしか動かんぞ」

 

「ああ、もちろんだ。お前は金で動いてくれればいい。俺は金と、この腐ったラボがあるのだけが取り柄なんだからな」

 

 

 そう言ってドローンをバッグから取り出してコードと接続し始めた。もう俺に用はないらしい。俺はラボの奥にある個室の元自動扉を手動で開けた。

 

 

 

 薄暗い部屋に、安眠椅子とPCが置かれていた。

 

 俺は椅子に体を預けて、PCから伸びたコードを椅子に接続した。続けて椅子から出る三色のコードを体に挟み込み、目をつぶった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ぽぴー、という間の抜けた完了音を聞いて瞼を開いた。コードを外して、首元を抑えながらPCの画面を見る。

 

 俺のここ数週間の出来事がテキスト化されていた。記憶のテキスト化ができる法理はいくつか見てきたが、スワンプの機器をいちばん気に入っていた。要約が簡潔でわかりやすい。ほかはごちゃごちゃと修飾をつけすぎなのだ。こちらの感情を勝手にでっちあげてくる。

 

 

 マウスのホイールを回して、テキストをざっと眺めて、顔をしかめる。

 

 

 やけに長いな。

 

 

 スワンプの奴、プログラムを変えたのか? あまりに長いと過去の記憶とあわせて容量オーバーになるから面倒だ。

 

 俺は遡っていくつかの表現を消去していく。「美味だった」、デリート。「風情がある」、デリート。「忌々しいほど長い」、デリート……。

 

 

 きりがない。

 

 

「湯ノ石温泉に入浴。なかなかどうして気持ちがよい」の表現にカーソルを合わせた後、マウスを滑らせてそのまま保存ボタンを押した。幸いまだ記憶保存装置の容量に空きはある。たかが数年の日本滞在で残りが埋まることもあるまい。

 

 

 もう一度安眠椅子に身を預けて、無機質な天井を眺める。息も絶え絶えの蛍光灯の音だけが、部屋に気配を落とし込む。

 

 

 ようやく静かだ。

 

 

 

 鏡会だの、管理局だの、化け物だの、ニンゲンだの。

 

 

 

 どいつもこいつもうるさくてかなわない。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()。宇宙の藻屑にしてしまえばいいのだ。

 

 

 

 俺は()()()()()()()だ。たとえ百年かかろうとな。

 

 

 

 しみったれた部屋のなかで、今度こそ本当の眠りについた。

 

 

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