【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~   作:松山リョウ

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第73話 弘法大師像前にて 有馬辺無名

【聖人ミイラ】

 白鷺(しらさぎ)寺の裏山には巨大なお大師様の像が立っている。周りを山々に囲まれているので湯ノ石町のどこからでも眺められる、というのは大袈裟だが、遥か仏教発祥の地であるインドの方角を見るその安寧な表情は、湯ノ石庶民の風景の一部となっている。

 

 お大師様に手を合わせてから、その裏手に梵字を振って、今度は山に向けて手を合わす。お大師様の加護によってこの地にたどり着いた狸たちは、お大師様を深く親しみ、死後もこの地に集まると呼ばれている。幻魔に墓などあるはずもないのだが、妖狸が天に昇ったときにはこの裏山に手を合わせている。

 

 

 

「……影縫辞めるいうんは本当なんか?」

 

 

 祈り終えた僕の背中に、金平が問いかけてきた。

 

 

「やめるんちゃうわ。ただ『特別顧問』いうわけのわからん名前を降りるだけやわ」

 

 

 中央に申請を出したのだ。ミツルを保護する連盟と影縫の戦闘要員を兼任するのはつらいので、指導員としての立場にさせてくれ、と。

 

 

 クローイに指摘された。指示役も索敵も戦闘も僕に頼りきりになっていて、警察機構としての組織が成り立っていないと。ごちゃごちゃにしてくれたお前が言うなと言いたいところだが、その通り後継が育っていないのも事実だ。穏やかな街ゆえに必要なかったと言えばそれまでなのだが、後代のことを考えると僕の知識を受け継いでいったほうがいい。

 

 

 僕は意固地になっていたのだ。自分の存在意義が、戦場にしかないと。だから自分ですべて済ませようとして、継ごうという意識が低くなっていた。

 

 

「ええんやない? ミツルさんの護衛も兼任するんやろ? あの子はちゃんと守ってあげんとあかんよ」

 

 お袖は「なぁ?」と金平に同意を求めて腕を絡ませている。

 

「ほうやな。お袖はファーストインプレッションを間違えとったから、僕がしっかりせんと」

 

「ほなって、力見せたほうがええんかと思うやん。ウチのファッションショーであんな身ぃ引かれるとは思わんかったんよ」

 

「お袖、お前また若い男に手ぇ出しよるんちゃうやろうな」

 

「ちゃうよ、ウチは金平さん一筋やけんね。……ウチのほうこそ心配やわぁ。金平さんの本気のそろばん打ち見た算盤会の子ら、みんな惚けとったんよ」

 

「お袖が隣におるのに、ほかの誰を見る必要があるんぞ」

 

「もぅ~金平さんったら~」

 

 

 お大師様の前で、なにをやっとるんぞこいつらは。

 

 

 僕は手持無沙汰になって、空を見上げる。

 

 戦いが終われば終わりではない。

 

 未来から見返せば法外とも言える結界の大量展開は、幻財面で夕立市のみならず××県に大きな打撃を与えるはずだ。

 

 戦闘を主軸としない小妖怪たちは、自分の身を守るために、影縫含む地域の加護を受けなければ力自慢に潰されて終わりだ。小豆洗いが生きていられるのは、小豆を洗って集めた畏れを幻財として市に献納して、保護してもらっているからだ。

 

 怪我の功名で印行様の畏れを周辺地域に広められた一方で、妖狸信仰を主体とする統治に不満の声を上げるものも多く、これ以上の幻財の徴収を引き上げることになれば四国の外へと妖怪たちが移動してしまうことになりかねない。

 

 一度弱った土地を再興するのは困難だ。まだ街に活気があるうちに、手を打たねば――。

 

 

 

 

「おじじ」

 

 

 

 唐突に、舌っ足らずな声が聞こえた。

 

 

 周囲を見渡すが、僕たち以外誰の姿も見えない。

 

 金平夫婦も不思議そうに顔を見合わせていた。

 

 

「おじじ」

 

 

 もう一度、声がした。

 

 声が聞こえた方角の草むらをかきわけて覗き込むと、一匹の狸がいた。わずかながら幻力を纏っている。

 

 

「おじじ」

 

 

「……知っとるか?」

 

「いや、見たことないな」

 

「おじじ」

 

 鼻先を金平に向けて、また言葉を発した。

 

 

「あらあらまあまあ!」

 

 

 お袖が浮足立った様子で狸を顔の高さまで抱きかかえる。

 

 

「新しい子やないの? この間の綴喜様の舞で産まれた子やろか!?」

 

 

 狸はじっとお袖の顔を見つめている。

 

 

「こんにちは、ウチはお袖言うんよ!」

 

「おば――」

「お・そ・で、言うんよ~。おねねでもええんよ、おねね」

 

「お?」

 

「お~ね~ねっ」

 

「おねね」

 

「そうよ~賢い子やね~!」

 

 

 抱きかかえてわしゃわしゃと背中を撫でた。

 

 

「まだ名前もないんやろうな。なんぞつけてやらんとなぁ。刑部の旦那にも報告せんと」

 

 常に眉間に皺を寄せている金平の表情も、今ばかりは和らいでいる。

 

 

 

 名前を出し合う二人から少し離れて、お大師様が眺める方角を見やる。ちょうど風が巻き起こり、落ち葉が空に舞い上がった。その浮力に肖った烏たちが、カァと声を上げながら、空へと飛び立った。お大師様の微笑んだ顔に見送られながら、さらに高く高く、天へ天へと飛んでいく――。

 

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