【第一部完】ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~ 作:松山リョウ
【ミツル】
「辞めんのかよ? 部活」
俊介はエナメルバッグを座布団代わりにして駐車場の隅に座り込んでいた。ミツルがルガールの散歩という名の作戦会議をしているときに、部活帰りの俊介とばったり出会ったのだ。
「ああ……もともと義務感で続けちゃってた部分あるし」
右足で地面を蹴る。もともと膝のケガで休部状態となっていたが、正式に部活を辞めることを仲間に告げた。表向きには受験勉強のため、ということにしていた。
数日前に吸血衝動が起きた。ミツル自身は体が熱くなって以降はろくに覚えていないのだが、結果的にメイファが負傷した。メイファたちは衝動がくる周期さえわかれば対策できると言っていたが、真剣に試合に挑んでいるチームメイトを他所に、まったく関係ないことで気を揉むのは失礼なように思えた。
「マジかよ~。もう受験とか考えんの? 第一めざす奴は違いますな、やっぱ」
「第一」というのは県立夕立第一高校のことで、県内有数の進学校となっていた。姉の有希が通っている学校で、ミツルもそこに合格することを両親から期待されていた。
「めざすだけならタダだしな」
そう言って、当たり前のことに気が付く。俊が突然受験勉強にめざめないかぎり、高校からは別の道を歩むのだな。
鏡にミツルの姿が映らなかったあの日。俊介が胸倉をつかんでなじってしまっていたせいで、お互い少し気まずい距離感で数日間を過ごしていたが、とくにきっかけもなく元通りになった。俊介はあの日の出来事に納得できていない部分があるし、ミツルはなにも告げられないことに一抹の罪悪感がありつつも、そんなことよりも馬鹿なことを言い合うほうが優先度が高かった。思春期の男児の友情とは往々にしてその通りであった。
「俺なんて神頼みしてから鉛筆転がすしかねぇってのによ」
アホか、と言いかけて、ミツルは違う言葉を発した。
「……神頼みなら、ちゃんと日頃から神様にお祈りしとけよ。榎大明神って知ってる?」
「なんそれ?」
「ほら、夕立城のふもとに鳥居が並んでる場所があるじゃん?」
俊介は考えるそぶりすら億劫な様子で聞き返してくる。
「……そんなんあったっけ? なに、そこがご利益あんの?」
「多分若い子なら大歓迎だよ」
「大歓迎って……誰がだよ」
「それと湯月神社と白鷺寺にもお参りに行くといい。あと、そうだ、ちょっと離れるけど――」
「ちょ、ちょい待てって。お前なんで急にスピリチュアルになってんの?」
「別に。……ただ、俺も神頼みをよくするからさ。もうちょっと、神様仏様のことを知っておこうかと思って」
「壺売るのだけは勘弁してください」
「うるせぇ、四の五の言わずに学べ、お前は」
*
「大事にしろよ」
こちらに背を向けたまま大袈裟に腕を振って別れを告げる俊介を見送っていると、ルガールが言葉を発した。
「長く生きてるからな、俺にも友と呼べる奴は何十人といたんだぜ? だが、いまや残ってるのは片手で数えるほどしかいねぇ」
ルガールは短い手足をとてとてを動かしながら、家路へ向かう。
「幻魔の世界に足を突っ込む以上、さまざまなことが狂わされる。物事への価値観や時間間隔、根本的な感情に至るまで、だ。そういうときに、ニンゲンとのかかわりがお前を現実に返してくれる架け橋となる」
実体験だろうか。ミツルはルガールを含むみなの過去のことを知りたいという欲求があったが、まだ聞き出せずにいた。安易に幻魔の過去に踏み込んではいけない暗黙の了解を感じ取っていた。
ルガールの助言に、ミツルは軽く頷いた。ミツルが受験に受かろうが落ちようが、おそらく俊介とは別の道を歩むことになるだろうことはわかっていた。それまでは、できるだけ一緒にいるようにしよう。というか、自然とそうなるに決まってる。
「それにしても歩きづらいったらありゃしねぇ……!」
ルガールが悪態をつく。
「俺は誰がなんと言おうと、一年以内に狼サイズまで成長してやるからな? 不自然だとか言われようが知ったことか」
ルガールは引き続きミツル宅に潜入したまま、不測の事態に対応する担当となっているのだが、姿形を変えさせてほしいという要望は却下されていた。「家族三人に忘却法理をかけるだけで済むだろうが!」と憤っており、散歩と称して外に出ては、松手川の土手を走り回り、鬱憤を晴らしているのだ。
「こんな俺の長所が一ミリも出てねぇ姿とは、早くおさらばしたいもんだぜ」
「……俺、ルガールの長所をひとつ、知ってるよ」
「ほう?」
ルガールは声を若干弾ませる。
「ひとつしか気づけてねぇってのはちと能力不足と言わざるをえないが、短い期間でちゃんと見つけているのは殊勝なことだ。どんなところが長所だと思ったんだ?」
「殴り合いの喧嘩をしても、全然罪悪感がわかないところ」
ルガールは忙しくなく手足を動かしながらミツルを睨みつける。
「……まだ今日のところは俺の反省期間ってことで許してやるがな」
続いてため息交じりに脅してきた。
「次に舐めた口利きやがったら、丸呑みしてやるからな」
ミツルはリードを引きながら、愉快そうに笑う。
夕焼けに染まる空の下、一人と一匹の影が伸びていく。
*
少し先の話であるが、ミツルの予測通り、彼と俊介は高校進学を機に学び舎を分かつこととなり、次第に疎遠となる。俊介は地元の大学に進学し、県外でスポーツインストラクターとして働き、そのうちに二児の父親となり、直接的に幻魔とかかわることもなくその生涯を終える。その程度の、幼少期の一時を過ごしただけの関係性の彼が、人生において「親友は誰か」と自問する際に、常に頭の片隅にミツルの名前が浮かぶことは、この物語とは無関係な日常であり、これ以上語られることはない。
語られることはないが、それは幼少期にしかなしえない、とても価値のあることなのだということも追記しておく必要がある。
*
後日、ミツルは無名から一枚の書類を渡された。「お前さんが考えた連盟の名前と、自分の名前が合っとるか確認してくれ」との言伝を受け、テキストを確認する。
団体名:月下城連盟
設立日:二〇××年八月一日
設立目的:観察指定を受けた幻魔・赤土充氏の保護および幻界教育、同氏の能力の経過報告
設立期間:設立開始日より七年(満了予定日三カ月前に延長の可否を再審査のこと)
構成員(敬称略):
赤土充/総長
有馬辺無名/総長代理
クローイ・サリヴァン
ルガール・ヴォルグマン
メイファ
ヴィクトール・ロマーノヴィチ・フランケンシュタイン
薬酒蔵綴喜
「
ミツルは高揚した様子でつぶやいた。無名はその青臭さに若干呆れつつも、長たるミツルが満足する名前であるならば、と触れずにおいた。幻界における名前のもつ効力を理解していた。
ミツルは、口元を緩めながら、「月下城連盟」の文字を丁寧に撫でた。
黙示録の一ページ目が、今、刻まれた。