彩花の気持ち
夏祭りの夜。
提灯の灯りが商店街を照らし、浴衣姿の人たちが行き交う中、私は友達と歩いていた。
──その時だった。
「えっ……だれ?」
友達がぽつりとつぶやき、私もつられて視線を向ける。
人混みの向こうに見えたのは、紺地に白い花柄の浴衣を着た女性。
すっきり結んだ髪からのぞくうなじ、明かりに映える横顔、その微笑み……。
誰もが目を奪われ、空気さえ変わっていた。
……気づいたら私も、息を飲んでいた。
私は頭が真っ白になった。
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金魚すくい。
彼女が網を持つと、金魚が吸い寄せられるように飛び込んだ。
射的では、浴衣姿で次々に景品を撃ち落としていく。
まるで絵巻物の中から抜け出したみたいに。
「……すごい」
ただ呟くしかなかった。
周りの人はみんな歓声を上げていたけど、私は少しだけ胸が痛んだ。
だって、私は一生懸命がんばっても、あんなふうに誰かを惹きつけることなんてできない。
〇〇くんのお母さんは女神みたいで。
そして〇〇くんは、その人の隣に当たり前のように立っていて。
……なんだか、すごく遠い存在に思えた。
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川沿いに移動したとき、夜空に花火が咲いた。
みんなが「きれい!」と歓声をあげる中、〇〇くんのお母さんは両手を合わせて子どもみたいに喜んでいた。
その姿を見た瞬間、私はなぜだか少しホッとした。
女神みたいな人なのに、〇〇くんと同じように花火を楽しんでいる。
それが、なんだか嬉しかった。
横顔を盗み見ると、〇〇くんは困ったようにため息をつきながらも、母親の笑顔に少しだけ頬を緩めていた。
その顔を見て、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
──やっぱり。
私が好きなのは、〇〇くん自身なんだ。
お母さんに比べたら、私は小さくて平凡かもしれない。
でも、〇〇くんにとっては私なりにできることがあるはず。
そう思うと、不思議と前を向ける気がした。
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翌日。教室で健太くんが「〇〇の母さん、女神だった!」と騒いでいて、みんなが笑っていた。
私は少しだけ勇気を出して、〇〇くんの横に座って言った。
「……でもね、私にとって一番すごいのは、やっぱり〇〇くんだよ」
自分でも驚くくらい素直な声が出てしまって、顔が熱くなる。
〇〇くんは一瞬、驚いたようにこちらを見た。
その目が胸の奥に残って、私はずっとドキドキしていた。
健太の心
夏祭りの夜を境に、俺の人生は変わった。
……いや、マジで。
金魚すくいで魚が自分から飛び込んで、射的で百発百中、盆踊りじゃ会場の中心で光り輝いて……最後は花火の下で笑ってる。
あれを見て「ただの人間」だと思える奴いる?
いねえよな!?
俺は見ちまったんだ。〇〇の母さん、あの人は──女神だ。
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翌日、俺は教室に飛び込むなり叫んだ。
「おい!みんな聞け!昨日の夏祭りで俺は“女神”を見た!!」
クラス中の視線が集まる。
「金魚は自ら差し出され、射的の景品は崩れ落ち、踊り子たちは一糸乱れず女神に従ったんだ! これは奇跡だ! 神話だ!!」
「健太、うるさい……」
机に突っ伏す〇〇の声が冷たい。
だが俺はひるまない。
「〇〇!お前は幸運すぎる!女神を母に持つなんて、運命に選ばれた戦士だぞ!」
クラスは爆笑。女子たちは「また健太が始まった…」と呆れ顔。
でもいいんだ、俺は真実を語ってるだけだからな!
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バスケ部の練習中。
ボールを持ちながら、ふと頭に浮かんだのは母さんの笑顔だった。
「……あの人に応援されたら、俺、どんな相手にも勝てる気がする」
気合いが入りすぎて、ダンクにいったらリングを壊しかけた。
監督に「落ち着け!」と怒鳴られたけど……仕方ねえだろ、女神を思い出すと力が湧くんだから。
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後日、図書室で彩花に会った。
彼女は本を抱えたまま、少し沈んだ顔をしていた。
「彩花、どうした?元気ないじゃん」
「……私、〇〇くんのお母さん見て、自分がちっぽけに思えちゃって」
一瞬、俺は言葉に詰まった。
でもすぐに言った。
「は?なに言ってんだ!彩花は彩花でいいんだよ! 俺は本気でそう思う!」
自分でも驚くくらい真剣な声が出た。
彩花はぽかんと僕を見て、それから頬を赤くして笑った。
……やべえ。女神だけじゃなくて、彩花までちょっと可愛く見えた。
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帰り道、空を見上げながら俺は誓った。
「よし、俺は決めた。今日から“母さんファンクラブ”を正式に発足する!」
誰が笑おうが関係ない。
あの夜の女神の姿を、俺は一生忘れない。
そして……彩花の笑顔も、なんだか頭から離れなくなっていた。
僕の迷い
夏祭りが終わって数日。
学校ではまだ「〇〇の母さん伝説」が尾を引いていた。
教室で誰かが「金魚すくいの奇跡」とか「射的の女神」とか言い出すたびに、僕の胃は縮む。
そして、そのたびに大声で補足して大騒ぎするのは──健太だ。
「お前ら聞け!〇〇の母さんは本物なんだ!奇跡をこの目で見た俺が保証する!」
……もうやめてくれ。
だけど、そんな健太の隣にいる彩花の様子が、この頃少し変わった。
なんというか──健太の言葉に、前よりもよく笑うようになったのだ。
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放課後、バスケの練習が終わって体育館から出ると、廊下の先に二人の姿が見えた。
彩花が本を抱えて、健太と並んで歩いている。
「……健太くんって、意外と真面目なんだね」
「え!?俺が!?……そ、そうかな?」
健太が耳まで赤くなっているのが遠目にも分かった。
彩花は照れたように笑って、髪を耳にかける。
その光景を見て、僕はなんとなく胸がざわついた。
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「彩花、これ持ってやるよ」
健太が彼女の重そうな図書の束をひょいっと抱える。
彩花は「ありがと」と笑って、二人の間に柔らかい空気が流れる。
「……お前ら、なんか最近仲良くね?」
気づいたら僕は声に出していた。
健太は「な、なに言ってんだよ!」と慌て、彩花は「え?そうかな?」と首をかしげる。
そのやり取りにクラスの女子たちが「お似合い〜!」と冷やかして、教室はまた盛り上がった。
僕は笑いながらも、心の奥でなんとも言えないモヤモヤを抱えていた。
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帰り道。
健太は相変わらず「〇〇の母さんファンクラブ第一号」とか言ってる。
彩花はその隣でクスクス笑ってる。
──でも、僕には分かる。
あの二人の距離は、少しずつ縮まっている。
そしてそのことに気づくたび、なぜか胸の奥が妙にざわついて、落ち着かなかった。