日曜の午後。
母さんは「ちょっと気分転換してくるね〜」とスケッチブックを抱えて出かけていった。
嫌な予感がした僕は、こっそり後を追った。
案の定、公園のベンチで鉛筆を走らせる母さんの周りには、ちらほら人だかりができていた。
白いブラウスにジーンズといういつものラフな格好なのに、光に照らされる姿はどう見ても“モデルが撮影中”だ。
隣で犬を連れていたおじさんまで足を止めて、「いいねぇ」とつぶやいている。
「……またかよ」
僕は木陰からため息をついた。
そのとき。
「おーい、〇〇!」
聞き慣れた声。健太が走ってきて、彩花も本を抱えて一緒だった。
二人とも偶然この公園に寄っていたらしい。
「えっ……健太くんに彩花ちゃん?」
母さんが顔を上げると、ぱっと花が咲いたように笑った。
その瞬間、通りがかりの女子高生まで立ち止まってスマホを構えていた。
「ちょうどよかった〜。今ね、三人を描いてたの」
「え!?俺たちを!?」
健太が食いつき、僕は内心「やめてくれ……」と頭を抱えた。
⸻
母さんが広げたスケッチブックには──芝生で遊ぶ三匹の動物。
僕は少し不器用そうなクマ。
健太は元気いっぱい跳ね回るウサギ。
彩花は賢そうに微笑むキツネ。
三匹は並んでボールを追いかけ、楽しそうに笑っていた。
「わぁ……」
彩花がぽつりと漏らした。
「なんだか、本当に私たちみたい」
健太も目を丸くしている。
「……すげえ。こんなにぴったりくるとは思わなかった」
母さんは無邪気に微笑む。
「三人を見てるとね、動物にしたらすっごく似合う気がして。描いてて楽しかったの」
⸻
僕はスケッチを見つめながら、不思議な気持ちになっていた。
ここ最近、健太と彩花の関係が気になって、なんとなく胸の奥に引っかかっていた。
彩花が母さんを見て落ち込んでいたことも知っているし、健太が母さんを“女神”だと崇拝しているのも見てきた。
三人の間には、どこかギクシャクした空気があった。
だけど──母さんが描いた絵の中では、そんなことは一切なかった。
クマとウサギとキツネは、ただ一緒に遊んで、同じ空を見上げて、笑っていた。
その絵を見ているうちに、胸の奥のモヤモヤがふっと軽くなっていくのを感じた。
⸻
「ねえ、三人とも、すごくいい関係だと思うの。見てて、描きたくなっちゃったくらい」
母さんは当たり前みたいに言う。
でも、その何気ない言葉が僕たちの心を揺さぶった。
彩花は恥ずかしそうに俯きながらも、微笑んだ。
「……なんだか嬉しいです。私も、この三人でいるの、好きだから」
健太は、耳まで真っ赤にしながら「お、俺も!これからも三人で最強だな!」と声を張り上げた。
いつもの調子なのに、声がちょっと震えているのを僕は聞き逃さなかった。
そして僕自身も……素直に思った。
「……この三人でいるのが、やっぱり一番落ち着くんだよな」
⸻
その後、彩花は母さんに「この絵、写真に撮っていいですか?」とお願いしていた。
健太は「俺、この絵スマホの待ち受けにする!」と騒いで、通りがかった子どもたちまで笑っていた。
帰り道、僕は母さんの後ろ姿を見ながら思った。
母さんの描く絵には、ただのイラストじゃない力がある。
人の心をやわらかくして、余計なわだかまりを溶かしてしまう力が。
──だからきっと。
僕たちは、この三人でまた笑っていける。
母さんのスケッチに描かれた動物たちみたいに。