土曜の昼下がり。
母さんがエコバッグを肩にかけながら、のんきにこう言った。
「ちょっと商店街に買い物行ってくるね〜」
──その瞬間、僕の背筋に悪寒が走った。
母さんが商店街に行く=何かしら事件が起きる。これは確定事項だ。
「ひとりで行くのは絶対ダメ!俺も行く!」
「え〜、大げさだなぁ。買い物くらい普通にできるよ?」
「母さんの“普通”は俺の“事件”なんだよ!」
結局、僕は半ば強制的に付き添うことになった。
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八百屋・佐藤さんの暴走
まず立ち寄ったのは八百屋。
ガタイのいい佐藤さんが威勢よく並べていたナスの山に、母さんがにこっと笑いかける。
「佐藤さん、ナスとトマト、いただけますか?」
その笑顔に佐藤さんは一瞬フリーズ。次の瞬間、背筋をピンと伸ばし、妙に丁寧な声に。
「い、いらっしゃいませ……!トマトにナスですね!えーと、ナスは……十本!」
「ちょっと待って!母さんは三本って言っただろ!」
僕が慌てて止めると、佐藤さんは豪快に笑った。
「〇〇くん!お前のお母さんは特別なんだ!おまけだよ!」
母さんは「あら〜ありがとうございます〜」と笑顔で受け取る。
……だからその天然笑顔が問題なんだよ!
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肉屋・お姉さんのサービス地獄
次は肉屋。
元気な看板娘のお姉さんが、母さんを見た途端に口紅を塗り直し、声を張り上げた。
「〇〇くんのお母さん!今日は何になさいます!? 鶏ですか!?豚ですか!?牛でも!? ぜーんぶでも!!」
母さんは「鶏胸肉を少しだけ……」と遠慮がちに答えたが、気づけば袋に鶏、豚、牛の肉がどっさり。
「ちょ、こんなにいりません!」
「サービスですっ!!!」
店内に響く声。お客さんまで拍手してる。なぜ!?
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魚屋・豪快なおじさん
魚屋に行けば、包丁を握ったおじさんが母さんを見て固まる。
「お、おお……〇〇の母ちゃんじゃねえか!今日はアジだな!? いや、カツオもいい!マグロも!ヒラメも!」
「そんなに食べきれませんから、アジを……」
……が、袋にはアジ+カツオ+マグロ+ヒラメが入っていた。
「サービスだぁぁぁ!」
魚屋の雄叫びに周りがまた拍手喝采。
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パン屋・甘党オーナー
パン屋の前を通ると、甘党で有名なオーナーが飛び出してきた。
「〇〇くんのお母さん!新作のクリームパン焼きたてです!ぜひぜひ!」
「え、そんな、買う予定なかったのに〜」
「いえ、試食で!あ、いや、箱で持ってってください!」
なぜか試食の一口パンが、最終的に大きな箱になって母さんの手に。
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喫茶店マスターまで参戦
さらに喫茶店の前を通ると、マスターがエプロン姿で深々と頭を下げた。
「奥様!ぜひ珈琲を一杯、ご馳走させてください!」
「え〜、でも私お金払いますよ?」
「とんでもない!こちらからお願いします!」
結局アイスコーヒーとケーキまで出てきてしまう。
完全に母さん歓迎セレモニー状態だった。
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商店街・総崩れ
気づけば、八百屋・肉屋・魚屋・パン屋・喫茶店、それぞれが母さんに“最大級のサービス”をしようと必死。
通りすがりのおばさんたちも「〇〇くんのお母さんって、ほんと女優さんみたいねぇ」とざわめき、子どもたちは「きれいー!」と手を振る。
母さんはエコバッグをぱんぱんに膨らませながら、のほほんとした顔で僕に言った。
「ねえ、みんな本当に親切ねぇ。なんだか申し訳ないくらい」
僕は荷物で腕がちぎれそうになりながら、心の中で叫ぶ。
「違うんだ母さん!それは親切じゃなくて、母さんが原因で商店街が崩壊してるんだ!!」
買い物から帰宅。
僕と母さんがテーブルに山のような袋を並べると、野菜・肉・魚・パン・ケーキまで所狭しと積み上がった。
母さんは両手を腰に当てて、にこっと笑う。
「ねえ、すごいでしょ? みんな優しくしてくれて、いっぱいおまけしてくれたの!」
僕はぐったりと椅子に座り込み、エコバッグからはみ出したナスを見つめながらため息をついた。
「……母さん、それ“優しい”んじゃなくて“母さんのせい”だから」
母さんは首をかしげ、「え?どういうこと?」と本気で分かってない様子。
その天然っぷりがまた胃にくる。
でも、ふと母さんがスケッチブックを取り出して、
「商店街の人たち、すごくいい顔してたなあ。あとで絵に描いてみよっかな」
なんて呟く。
……あの人にかかれば、どんなドタバタも最後には“絵”や“笑顔”に変わってしまう。
結局僕は、苦笑しながら冷蔵庫に入りきらない食材と格闘するのだった。