ある日、母さんがにこにこと帰ってきた。
手にはスケッチブック、そして商店街のチラシ。
「ねえ〇〇くん、聞いて! 商店街の人たちに“ポスター描いてくれませんか?”って頼まれちゃった!」
──嫌な予感しかしない。
僕は頭を抱えた。
「母さん……それ、絶対また騒ぎになるやつだろ」
でも母さんは全然気にしていなかった。
「大丈夫大丈夫!ただのイラストだもん〜。可愛い野菜や果物を描くだけだし!」
……その“可愛いだけ”が一番危険なんだよ。
数日後。
母さんは徹夜で仕上げたポスターを抱えて商店街に持って行った。
描かれていたのは、笑顔のナスやトマト、元気に跳ねる魚、そして商店街の人々をモチーフにしたゆるキャラ風イラスト。
ほのぼのしてて、見てるだけで楽しくなる。
「すっご〜い!!」
八百屋の佐藤さんが叫んだ。
「俺がナスになってる!しかもイケメン風!」
「おれの店もあるじゃねえか!」
魚屋のおじさんは涙目でポスターを抱きしめている。
「こんなの飾ったら客が倍増するわ!」
肉屋のお姉さんまで大興奮だ。
その勢いで、商店街の至る所にポスターが貼られることになった。
翌日。
学校の帰りに商店街を通った僕は、衝撃を受けた。
ポスター、ポスター、ポスター!!
電柱、店の壁、掲示板、はては駐輪場の柵にまで。
どこを見ても母さんのイラストが微笑んでいる。
「〇〇くん!これ、君のお母さんが描いたんだって!?すごいね!」
クラスの連中に冷やかされ、僕は即座に俯いた。
さらに町の人たちが集まって口々に言う。
「女神様のポスターだ!」
「いやいや、これはもう商店街の守り神だ!」
「額に入れて飾るべきだ!」
母さんはというと、本人はのんきに「えへへ、ちょっと描いただけなんだけどなぁ」と照れている。
……その照れ笑いがまた周囲を煽ってるんだよ!
ついには町内会が動き出した。
「このポスターを来月の観光パンフレットに採用しよう!」
「駅前にも大きな看板を!」
「いやいっそ、ゆるキャラ化してグッズ販売を!」
──なにそれ!?どこまで行くんだ!?
僕は必死で止めに入った。
「ちょっと待ってください!母さんはイラストレーターであって、アイドルじゃありません!」
けれど誰も耳を貸さない。
「イラストレーターだからこそ素晴らしいんだ!」
「商店街の未来はお母さんにかかっている!」
母さんは「わ、私そんな大したこと……」とオロオロ。
僕は胃がきりきりするばかりだった。
帰り道、母さんは大きな紙袋を抱えていた。
中には、商店街の人たちからの「お礼」だといって、果物や肉や魚がぎっしり。
「ねえ〇〇くん、ちょっと描いただけなのに、みんな喜んでくれて……絵ってすごいね」
母さんは無邪気にそう笑う。
僕は袋を代わりに持ちながら、ため息をついた。
──絵がすごいんじゃなくて、母さんがすごすぎるんだよ。
そしてまた僕の平穏な日常は、商店街ごと巻き込んで消え去っていった。