文化祭当日。
校門の前にはすでに人だかり。掲示板には例のポスターがずらりと並び、町の人まで押し寄せていた。
僕は朝から胃薬を握りしめていた。
「〇〇、今日お母さん来るんだろ?!」
健太が目を輝かせて寄ってきた。
「いや、来るけど……来ないでほしい」
「来てくれよ!女神の降臨だ!」
……やめろ、その呼び方。
お昼ごろ。
校門から入ってくる人波の中に、見慣れた姿を見つけてしまった。
母さんだ。
ポスターで顔が広まっているせいで、入ってきた瞬間に「本物だ!」と声が上がった。
「〇〇くんのお母さん!」「女神だ!」
……もう隠す気もないらしい。
母さんはにこにこと校内を見渡しながら、まずクレープ屋の模擬店に立ち寄った。
「わあ〜、美味しそう!」
浴衣でもないのに、ただトングを覗き込む仕草だけで屋台の男子たちは真っ赤になっている。
「お、お、お代は結構です!!」
「特盛にします!!」
──出た、大サービス合戦。
気づけば母さんの手には、山のようなホイップが乗ったクレープが。
僕は顔を覆った。
午後の校庭ステージ。
吹奏楽部の演奏に母さんが足を止めたのが、事件の始まりだった。
母さんは体を揺らしながら拍手して見ていたのだが──
司会の生徒がマイクで叫んだ。
「客席に、あのポスターを描いた〇〇くんのお母様が来てくださっています!」
瞬間、会場は「おおおお!!」と大歓声。
母さんは慌てて手を振ったが、それがさらに拍手喝采を呼んでしまう。
極めつけは、演奏の最後。
「アンコール!アンコール!」の声に混ざって、誰かが叫んだ。
「お母様も一緒にどうぞ!!」
「え、え!?私!?」
気づけば吹奏楽部の部長に腕を引かれ、母さんはステージへ。
マラカスを渡され、演奏に混ざる羽目になった。
……それがまた似合ってしまうから困る。
母さんがリズムに合わせて振るたびに、観客は大盛り上がり。
「女神だ!」「うちの部に入ってください!」と叫ぶ声まで飛び交った。
僕はステージ袖で、ただ崩れ落ちていた。
夕方。
模擬店を巡るたびにサービス品をもらい、ステージでは大歓声を浴び、母さんは満面の笑みで言った。
「〇〇くん、すごく楽しかったね〜!みんな優しいし、学校っていいところね!」
「……僕の胃は死にそうだけどな」
つい口に出すと、母さんはくすっと笑って僕の肩をぽんと叩いた。
その笑顔を見て、仕方なく僕も少しだけ笑ってしまった。
──これが“僕のお母さん”なんだ。
翌日。
学校新聞の一面には、吹奏楽部と並んでマラカスを振る母さんの写真。
タイトルはでかでかと──
「女神降臨!文化祭を救った奇跡の来訪者」
僕は新聞を握りつぶして机に突っ伏した。
平凡な高校生活?
……もう二度と戻ってこない。