冬のある放課後。
商店街を歩いていたら、八百屋の佐藤さんが両手を広げて近づいてきた。
「おおっ、〇〇くん! ついにできたぞ!」
「……何がですか?」
「“聖域(サンクチュアリ)”だよ!!」
……え、なにそれ。
どっかのロックバンド?
それとも新しい宗教?
「“サンクチュアリ”ってのはな、お前のお母さんを慕う者たちの集まりだ!」
「正式名称、“〇〇さんファンクラブ 聖域(サンクチュアリ)”!」
僕:「……正式名称なのに、すでに意味が重い。」
佐藤さんは胸を張って続けた。
「女神のようなあの笑顔を、この町の誇りにするんだ! 我々の使命だ!」
その背後には、肉屋のお姉さん、魚屋のおじさん、パン屋の店主まで整列している。
まるで秘密結社の入団式。
僕:「……使命って。町、どうしたんですか?」
佐藤:「町が一つになったんだよ!」
もはや怖い。
⸻
数日後、商店街の掲示板に貼り紙が増えていた。
『聖域(サンクチュアリ) 通信 vol.1』
見出しにはこう書かれていた。
• 「今週の女神目撃情報」
• 「笑顔で大根を選ぶ姿、尊い!」
• 「スケッチ中の横顔、奇跡!」
下には、母さんの手描きイラスト。
……これがすごく上手い。
「これ誰が描いたんですか……?」
「うちの娘! 美術部で“女神専属絵師”目指してるんだ!」
佐藤さんが鼻息を荒くする。
町、完全におかしくなってる。
⸻
聖域グッズ続々登場
パン屋では「女神のほほえみパン」発売。
ハート型のクリーム入り。売り切れ続出。
喫茶店では「サンクチュアリブレンド」登場。
「飲むだけで心が清まる味」と書かれたポップ。
魚屋では「本日のおすすめ:女神に捧ぐヒラメ」。
……もはや会話不能。
母さんが商店街を歩くだけで、店の人たちが一斉に姿勢を正し、
「本日もお美しい!」と声を揃えて挨拶する。
……これ、聖域っていうより王国じゃない?
⸻
健太がニヤニヤしながら言った。
「お前の母さん、もう“町の神”だな。サンクチュアリって名前、やばすぎだろ!」
「笑うなよ……ほんとに崇拝されてるんだぞ」
彩花は少し困ったように笑って、
「でも、わかるかも。〇〇くんのお母さん、見てるだけで癒やされるし」
と静かに言った。
……そう言われると、何も言えない。
確かに母さんは、どこに行っても人を笑顔にしてしまう。
それが“サンクチュアリ”を生んだ理由なんだろう。
⸻
帰宅すると、テーブルの上に小冊子が置かれていた。
表紙には金の文字で「聖域通信」と書かれている。
「ねえ〇〇くん、これ佐藤さんが持ってきてくれたの。みんなで作ったんだって!」
「母さん、それ……ファンクラブの会報だよ。“聖域(サンクチュアリ)”っていう名前ついてるんだ」
「サンクチュアリ……? なんだか強そうね」
「強いどころか、町が完全に宗教化してるんだよ!」
母さんは苦笑しながらも、ページをめくって「みんな楽しそうでいいじゃない」と微笑んだ。
その笑顔を見て、僕は何も言い返せなかった。
⸻
数日後、商店街の中央広場に巨大な横断幕が掲げられた。
『第一回 サンクチュアリ感謝祭 〜女神を讃える日〜』
出演:八百屋佐藤、肉屋恵美、魚屋健一
協賛:商店街振興会
下には手描きの母さんのイラスト、そしてスローガン。
「笑顔は光」
……もう完全に宗教。
僕は頭を抱えながらも、どこか笑ってしまっていた。
馬鹿げてるけど、町の人たちは楽しそうだった。
誰かを笑顔にする力──母さんの絵にも、声にも、笑顔にも、それが宿っている。
それを守ろうとする人たちが、今のこの町を作っているんだと思う。
そして僕は、心の中でそっと呟いた。
──“サンクチュアリ”の中心にいるのが母さんなら、
この町は、きっとまだ大丈夫だ。