夏の終わり、少し冷たい雨が降っていた。
放課後のバス停、傘を持ってこなかった僕は、屋根の下で途方に暮れていた。
スマホの画面には「ただいま雷雨注意報発令中」。
最悪だ。
そんな時、見覚えのある声がした。
「〇〇くん〜! 迎えに来たよ!」
顔を上げると、駅前の通りの向こうに母さんが立っていた。
白いワンピース、透明のビニール傘。
街灯の下、雨粒が傘を滑って光を散らしている。
水たまりの反射まで、映画のワンシーンみたいに見えた。
……なんで、そんな登場の仕方するんだよ。
周りの人、全員振り返ってるじゃん。
会社帰りのサラリーマンが立ち止まり、
通りかかった女子高生が小声で「きれい……」と呟いた。
その声が聞こえた瞬間、僕の顔が一気に熱くなる。
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母さんは僕を見つけて、パッと笑顔を見せた。
「雨、けっこう強いね〜。風邪ひかないでよ!」
その笑顔で、雨が一瞬止まったように感じた。
白いワンピースの裾が、少しだけ風に揺れる。
光と雨と風――全部が、母さんを中心に動いてるみたいだった。
通りの向こうで、パン屋の店主が手を止め、
八百屋の佐藤さんが店先から身を乗り出す。
「おお……今日も“女神”が降臨なさった……」と小声で呟いた。
……いや、なんでお前らそんな宗教みたいな反応するんだよ。
⸻
母さんが僕のところまで歩いてきた。
傘を差し出しながら言う。
「ほら、一緒に入ろ。濡れちゃうよ」
僕は慌てて立ち上がる。
二人で傘に入ると、雨音がすぐ近くで弾けた。
ほんの少しの距離なのに、息が詰まりそうになる。
「〇〇くん、最近ちょっと顔が疲れてるよ? ちゃんと寝てる?」
「う、うん……大丈夫」
母さんの声はいつも通り優しいのに、
こんなに近くで聞くと、なんか胸の奥がざわつく。
視線を上げると、透明な傘越しに見える母さんの横顔。
雨に濡れた睫毛が光って、
その一瞬が、言葉にならないほど綺麗だった。
⸻
家に帰る途中、すれ違う人たちがみんなこちらを見ていた。
たぶん、母さんと僕が二人で傘を差して歩いてる姿が、
まるでドラマのポスターみたいだったんだと思う。
健太からLINEが届いた。
【お前、今駅前いた?】
【え、なに】
【なんかSNSで“雨の日の女神”って写真バズってるぞ】
恐る恐る開いてみると、
駅前の街灯の下、母さんが僕を待っている写真。
傘の中で光に包まれる姿が、奇跡みたいに撮られていた。
コメント欄には「この人、誰?」「本当に実在するの?」の嵐。
僕はため息をついてスマホを閉じた。
……やっぱり、母さんって災害級だ。
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家に着いて、服を乾かしていると、母さんがふと思い出したように言った。
「あ、帰り道でパン屋さんに会ってね、“今日も奇跡でした”って言われたの。なにかしら?」
「……うん、多分、母さんが原因だと思う」
「え〜? 私なんにもしてないよ?」
母さんはそう言って笑った。
濡れた髪をタオルで拭きながら、
まるで、世界のどこにも悪意がないみたいな笑顔で。
その笑顔を見て、僕は心の中で小さく呟いた。
――ほんとに何もしてないのに、
この人はいつも誰かの“奇跡”になってしまうんだな。