冬の始まり。
冷たい風が吹きはじめた商店街は、どこか静かで、
野菜の並ぶ八百屋の店先にも、人の姿はまばらだった。
「おーい、〇〇くん!」
いつものように佐藤さん(八百屋の店主)が声をかけてくる。
「母さん、今日も絵の仕事かい?」
「はい、家で描いてますよ。寒くて外出たくないって」
「だよなぁ、こんな寒い日は人間も野菜も縮こまっちまう」
そう言いながら、佐藤さんは手をこすっていた。
そこへ、タイミングよく母さんがやってきた。
マフラーを巻いて、手袋をして、
買い物かごを下げて。
「こんにちは〜、佐藤さん。にんじん、きれいですね」
母さんは店先の野菜を見て、目を細めた。
「寒いのに、こんなに色が鮮やかで。まるで生きてる絵みたい」
その一言で、佐藤さんの顔がぱっと明るくなった。
「生きてる絵! いいこと言うなぁ! あんた、やっぱり女神だよ!」
「そんな〜、ただの主婦ですよ〜」
母さんは笑った。
その笑顔を見た佐藤さんが突然、
「よし決めた! スープ会やろう!」と叫んだ。
「スープ会?」
僕が聞き返すと、佐藤さんは胸を張って言った。
「この寒い時期に、町の人たちで温かいスープ飲もうって会さ!
うちの野菜で! そして〇〇さんの絵を飾って!」
「えっ、私の絵?」と母さんが目を丸くする。
「ほら、あんたが言った“野菜は生きてる絵”って言葉、
そのままテーマにしたらいいじゃないか!」
こうして勢いだけで、**「第1回・商店街あったかスープ会」**の開催が決まった。
その日の夜にはもう、肉屋も魚屋もパン屋も巻き込まれていた。
翌週の日曜日。
商店街の中央広場にテントが立ち、
大きな鍋から立ちのぼる湯気が冬空に溶けていく。
母さんはエプロンをつけて、野菜を刻む手伝いをしていた。
普段はイラストレーターとして家にこもっている母さんが、
こうやってみんなの中に混ざってるのが、なんだか新鮮だった。
「〇〇さん、にんじんカット完璧!」
「いやいや、切り方がちょっとアートすぎて食べるのもったいねえ!」
笑い声が飛び交い、
八百屋の店先よりずっと賑やかだった。
母さんは休憩の合間に、スケッチブックを取り出した。
人の手、鍋の湯気、笑顔。
その一瞬一瞬を描きとめていく。
そして出来上がったスープが湯気をあげる頃、
母さんはその絵をテーブルに置いた。
紙の上の鍋の中には、
にんじん、じゃがいも、大根、そして笑ってる人の顔。
「みんなで作ったスープです」
母さんが照れくさそうに言うと、
その場が一気にあたたかくなった。
「いいなぁ……これ。味が見える絵だ」
「いや、絵の中のスープの方が美味そうだぞ!」
みんなが笑って、スープをすくった。
スープ会が終わる頃には、
みんなの顔がほんのり赤く、笑っていた。
商店街の人たちが片付けをしている横で、
佐藤さんが母さんに言った。
「〇〇さん、あんたのおかげで、今日は本当に温まったよ」
「私の絵なんかより、佐藤さんの野菜が主役ですよ」
「いや、野菜はあんたの笑顔で育つんだよ」
母さんは少し照れて笑った。
「じゃあ、これからもお世話になりますね」
その笑顔に、佐藤さんが一瞬だけ黙って、
「……やっぱりこの町の灯だな」と呟いた。
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家に帰る途中、母さんが言った。
「ねえ〇〇くん、人が一緒に何か作ると、空気まで美味しくなるね」
僕は笑って返した。
「母さんの描く“空気”が、たぶん一番の調味料だよ」
母さんはふわっと笑って、マフラーを巻き直した。
冬の風が少しだけ、あたたかく感じた。