放課後の帰り道、夕焼けがゆっくり街を染めていた。
商店街の端っこを歩いていると、
パン屋の前で母さんが買い物袋を両手に下げて歩いてくるのが見えた。
仕事帰りらしく、いつものエコバッグが少し重たそうだった。
白いブラウスに淡いグレーのスカート。
髪は風に揺れて、夕陽のオレンジ色を柔らかく反射していた。
見慣れたはずの姿なのに、どこか絵の中から出てきたみたいに見える。
僕が声をかけようとしたそのとき、
道の向こうから走ってきた小学生の男の子が転んだ。
手提げ袋が滑って、折り紙の束がぱらぱらと風に舞い上がる。
母さんはすぐにしゃがみこんで、飛んでいった折り紙を拾い集めた。
「だいじょうぶ? 痛くない?」
男の子は少し泣きそうな顔をして、
「うん……でも、折り紙がぐちゃぐちゃになっちゃった」と唇を噛んだ。
母さんはやさしく笑った。
「平気だよ、まだ空が明るいもん。
きっと折り紙の神様も見ててくれてる」
そう言いながら、
少し折り目のついた紙を丁寧にのばしていく。
「これ、何を折るの?」
「ツル。学校で作ってるんだ」
「そっか。ツルって、折ると元気を分けてくれるんだよ」
母さんは器用に手を動かして、
一枚の紙をあっという間に美しい鶴の形にした。
男の子は目をまん丸にして見ていた。
「すごい……!」
「ね、だから元気出して。お姉さんに一羽ちょうだい?」
男の子は少し照れながら、
「うん。お姉さんにあげる!」と笑った。
母さんは嬉しそうに受け取って、
「ありがとう。これは今日いちばんの宝物だね」と言った。
その様子を少し離れたところで見ていた僕は、
なんだか胸の奥が温かくなっていた。
母さんの言葉って、魔法みたいに空気をやわらかくする。
男の子のお母さんが駆け寄ってきて、
「すみません、うちの子が……」と頭を下げた。
母さんは笑って首を振った。
「いいえ、大丈夫ですよ。素敵な折り紙をいただいたんです」
お母さんは目を丸くして、
「うちの子が……? ありがとうございます」
と何度もお礼を言っていた。
夕陽の光の中で、
母さんと子どもとその母親が笑い合っている姿を見たとき、
この町って、ほんとにいい場所だなって思った。
夜、食卓の隅に、昼間もらった鶴が置いてあった。
母さんはそれをスケッチブックのページに貼って、
「今日の奇跡」と小さく書き添えていた。
僕が「奇跡?」と聞くと、母さんは照れくさそうに笑って言った。
「うん。奇跡ってね、特別なことじゃなくて、
人の優しさが伝わる瞬間のことなんだって思うの」
その言葉を聞いて、僕は頷いた。
母さんの言葉は、いつもシンプルなのに不思議と心に残る。
次の日、玄関に小さな包みが置かれていた。
中にはクッキーと、可愛い折り紙のメッセージカード。
「昨日はありがとうございました。
息子が“天使に折り紙渡した”って言ってます。」
母さんは笑って、
「天使はちょっと言いすぎよね」と言いながら、
スケッチブックのページをそっと閉じた。
でもその頬は、ほんの少し赤くなっていた。
母さんって、
特別なことをしてるわけじゃない。
ただ、誰かのために立ち止まって、笑ってくれるだけ。
でもその一瞬が、誰かの一日を変えるんだと思う。
僕は机の上に置かれた鶴を見ながら、
小さく呟いた。
「……母さんって、やっぱりすげぇな」
そのとき、風が窓のカーテンを揺らした。
まるで、あの鶴がそっと羽ばたいたみたいに。