二度目の都会。
僕、健太、彩花の3人でまた電車に揺られていた。
前回の進学説明会が楽しかったのがきっかけで、
「今度は遊びで行こうぜ!」と健太が言い出したのだ。
高層ビルがきらきら、行き交う人の波。
商店街とはまるで別世界だ。
「〇〇、見ろよ、でっけぇスクリーン!」
「うるさい、観光客みたいだよ健太」
「観光客じゃなくて田舎代表だ!」
彩花が笑いながらツッコむ。
「ほんと、二人とも落ち着きないね」
そんな、いつも通りの三人。
けれどこの日、僕らは“町では絶対に出会えない誰か”と出会うことになる。
夕方。
人混みを避けて、裏道を抜けようとした時だった。
「おい、そこの三人」
声が響く。
路地の奥、五人の不良がたむろしていた。
ジャケットに鎖、派手な髪。
まるで昭和の不良がタイムスリップしてきたみたいだ。
健太が眉をひそめる。
「なんだよ、通りたいだけなんだけど」
「おう、だったら“通行料”置いてけよ」
……ベタすぎる。
だが、空気は冗談じゃ済まないピリつき方をしていた。
彩花が僕の袖をつかんで、
「行こ、関わらないほうがいいよ」と小声で言う。
僕もうなずく。
けど、不良の一人が健太の肩を掴んだ。
「逃げんのか? ダッセェな」
「離せよ!」
健太が振り払う、その一瞬。
相手の拳が振り上げられた。
その時だった。
「やめとけ」
低く落ち着いた声。
振り向くと、路地の入り口にひとりの男が立っていた。
年は二十歳前後。
灰色のパーカーに黒のジーンズ。
フードの下からのぞく髪が街灯に反射して、
まるで銀色に光って見えた。
不良たちは笑い出す。
「なんだお前、ヒーロー気取りか?」
「口出しすんな。こっちは教育してんだよ」
男は無言で一歩前に出た。
風が吹く。
次の瞬間、何が起きたのか分からなかった。
パンッ。
乾いた音。
見れば、不良の上着のボタンが宙を舞っていた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
男の拳が、かすっただけのように見えた。
「……ボタン、落ちたな」
その一言だけ。
不良たちが顔を引きつらせる。
「な、なんだよお前……!」
「次は顔、いくか?」
一瞬で、全員逃げ出した。
あまりに早く、あまりに静かに。
僕らは言葉を失って立ち尽くした。
男は拳を下ろして、
何事もなかったようにポケットに手を突っ込んだ。
「ケガは?」
「……だ、大丈夫です。ありがとうございます」
彩花が震える声で答える。
男は軽くうなずき、
「そうか」とだけ言って背を向けた。
健太が慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと! あんた何者だよ!?」
けれど、男は振り向かずに歩き去った。
数秒後、角を曲がると、その姿はもうなかった。
静寂。
都会の喧騒の中で、
そこだけ時間が止まったみたいだった。
「おいおい、すげぇもん見ちまったな」
振り返ると、道の反対側のカフェから、
店員風の青年が煙草をくゆらせながら出てきた。
健太が食いつく。
「お兄さん、あの人知ってるんすか!?」
「ああ、あの銀髪の兄ちゃんか。
“銀の狼”って呼ばれてる」
「銀の狼……?」
「喧嘩は強いが、人は殴らねぇ。
ボタンとかペンとか、そういう“どうでもいいもの”だけ落としていく変なやつさ。
街じゃちょっとした都市伝説だよ」
そう言って青年は笑い、煙を吐いた。
「お前ら、運がいいよ。
あいつが通らなきゃ、たぶん今日、警察沙汰だったな」
帰りの電車。
窓の外に映る都会のネオンが、
銀の狼の髪の光を思い出させた。
健太が言う。
「なぁ、あれ絶対ただの兄ちゃんじゃねぇよな」
「うん。パンチでボタン飛ばすって、ありえない」
彩花は静かに言った。
「でも……あの人、ちょっと悲しそうな顔してた」
僕は頷いた。
確かに。
あの瞬間、彼の目の奥に一瞬、
“誰にも言えない孤独”みたいなものが見えた気がした。
それはあの黒い男と同じものだと思った。